頬杖をつきながらアスファルトの道路を見下ろした。視界に入るのは駅に向かう人の波。何とかという若者向けのショッピングセンターがオープンしたと娘から聞いたのは、昨夜だったか。明日子供達を連れて遊びに行くの、と満面の笑みをたたえながら続けた娘をやり過ごし、ビールのおかわりをねだった自分に、今やなんとも言えず呆れ返っていた。
「何であいつがここに」
人の波、その流れに逆らって立ち止まり、男の視界に飛び込んで来た女のシルエット。それはまさしく会いたくない人のもので…一段一段ヒールが階段を撫でる澄んだ音に、男は冷や汗を流しながら机の下に隠れた。
「蘭おは…―あら、誰もいないのね、上かしら」
息を殺しながら心の中で早く帰れと念じる。だがその願いも空しく、次の瞬間冷たい声が響いた。
「いい年齢して隠れんぼ? 暇なのね、眠りの探偵さん」
頭上から降り注いだ皮肉な笑みに、恐る恐る顔を上げて、飛び上がる。
「英理…お前がなんでここに」
作り笑いを浮かべ、埃だらけの両膝をはたきながら立ち上がる。
「蘭に呼ばれたのよ、たまには一緒にご飯でも食べようって」
久々に頬に手を当てる仕草に小五郎はドキッとした。仲睦まじく暮らしていた昔の記憶が鮮明によみがえってきたのを、一呼吸おいて気を落ち着かせる。
「蘭ならコナンたちと買い物に行ってていねェよ」
「謀ったわね…」
眉をヒクつかせながらため息を吐いた英理に小五郎のため息が重なる。その時、奇妙なタイミングで時計が正午を知らせ、二人は顔を見合わせ思わず吹き出した。
「ねぇ、久々にここの台所に立ってみようかしら」
頬を赤らめ、英理が顔を伏せると小五郎は慌てて手を振った。この別居中の妻のかなり独特なセンスは知り尽くしている。英理は顔を引きつらせている小五郎を軽くにらんだ。
「あら、その顔は何かしら?」
「い、いや、たまには二人で外食でもどうだ」
照れ隠しのように咳払いをする小五郎の、予想外の言葉に英理は何度か瞬きした。
「あなたがそんな科白を言うなんて、珍しいわね」
皮肉か、と、また喧嘩腰に口を開きかけて、英理の顔を見るとその顔は朱に染まっている。英理は穏やかに続けた。
「ええ、行きましょう。今日は何にも予定がないの」
「あ、あぁ…」
二人は顔を見合わせて恥ずかしそうに小さく笑うと、並んで歩き出した。二人の間の距離はもどかしいけれど、お互いの存在を確かめ合うように、ゆっくりと…
別居夫婦、こんな結びつきもいいかもしれない。
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