第6怪 壁のシミ
家のシミには触れてはならない。
昔おばあちゃんの言っていた言葉。
理由はわからない。
私の家は古く、あちこちにシミや汚れがある。
昔からの木造家屋なら当たり前の光景。
私の部屋の壁には大きなシミがある。
ベッドのすぐ横にあり、体を横向きにすると目に入る位置にある。
特に気にもしていなかったため触る事も、隠す事もなかった。
ある日、友人が遊びに来た時の事。
――――――
「ねぇ、あれ気味悪くない?」
壁のシミを指差す。
「何が?」
「手形みたいな、気味悪い感じ」
手形と言われると、確かに五本の指、小指から親指まで計ったような長さ。
黒ずんでいるため、墨で手形を付けたと言っても信じてしまえるほど綺麗な形。
「…気味悪い、かも」
私はカレンダーで“それ”を隠す事にした。
その日から……
――――――
夜、妙な寝苦しさから目を開けた。
時計は夜中の2時25分を知らせている。
「なんか、気持ち悪…」
独り言をつぶやくと、水を飲もうと台所に向かった。
静まり返る台所の蛇口をひねりコップに水を注ぐ。
背中に寒さを感じた。
直感的に振り返ってはいけないと思った。
手に持つコップからは水が溢れ出していた。
それに気付き蛇口を閉めると、寒気は消えた。
ほっとして振り返ると、台所の入り口から自分の背後まで手形のようなシミが、まるで這って来たように続いていた。
手からコップが滑り落ち、流れ出る水の筋が床の手形を濡らした。
――――――
翌日
昨晩の手形は消えていた。
あれは、見間違い……
そう考えるしかなかった。
しかし、寝苦しい夜は続き、その度に手形の事が頭をよぎった。
その日も寝つけずにいた。
寝返りをうち、シミのある方へ顔を向ける。
うっすら目を開けると……
「っ!」
声が出ない。
自分の目に映った“それ”は、それほどまでに恐怖心をあおった。
カレンダーの裏から、
ズルリ……
ズルリ……
と、焼けただれた赤黒い手がこちらに這い寄っていた。
(手!?そんな、まさか!!)
恐怖と混乱で体が動かず、見開いた目を閉じる事さえできない。
手は目の前まで迫った。
しかし、何をするでもなくただ、じっと壁に張り付き動かない。
――――――
気がつくと外から日の光が差し込んでいた。
手も消えていた。
その事を家族に話と、はじめは適当に聞いていたが、あまりに怯えた表情を見兼ねて霊媒師を呼ぼうと言う事になった。
――――――
数日後
霊媒師が訪れ、部屋のシミを調べはじめた。
シミを見るなり悲しそうな表情になる。
「火事に遭われた者の悲鳴が聞こえます」
私は思い出した。
あの手が焼けただれていた事を。
「…子供の霊です。……あなた、この霊に会いましたか?」
「……」
霊感が強いわけでもなく、今まで心霊現象にあった事もない。
まして、幽霊に会うなんて想像もできない。
「お水ありがとう、と言っていますよ」
「……あ」
はじめて見たのは台所。
その時、滑り落ちたコップから零れた水は、手形を濡らしていた。
「彼らは、私達に危害を加える事はありません。忘れられる事を恐れているだけなのです」
シミから現れた手はお礼を言いたかっただけなのだろうか?
後日聞いた話だが、この家の一部は廃材を加工して増築資材にしたらしい。
その中に、火事に遭った家屋の廃材が混ざっていたのだろう。
このシミは、火事で苦しみながら焼け死んだ子供の断末魔そのもの。
その日、シミを隠すようにかけていたカレンダーを別の場所へ移した。
以来、寝苦しくて夜中に起きる事はなくなり、今まで通りの日常が訪れた。
ただ、一つ変わった事と言えば……
毎朝、壁の前に水を注いだコップをお供えするようになった事だろうか。
壁のシミ 終 |