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お題掌編

掌編――十五夜

作者: と〜や

 月見の宴に招待されたのはこれが初めてじゃない。が、これはなんだ?

 僕は目をしばたいた。

 風が吹くたび黄金色の波が東から西へと流れていく。

 今では珍しくなった見渡す限り一面のススキの原。こんな場所が都内のどこに残ってたんだ。

「ほれ、ぼけっと突っ立ってないで、手伝えや」

 足元から声がする。我に返って見下ろすと、牙寿郎がじゅろうが見たこともない奇妙な道具を使って何やらやっていた。

「何やってんの」

「見てわからんか。火をおこそうとしてんだよ」

 自慢の長い髭を誇らしげにピンとたてて、奴は手元の道具をみせびらかした。

 木切れの上に棒が立っている。ひもがついた横棒には穴があいていた。

「ライターあるよ」

 ポケットからジッポーを出すと、牙寿郎は前歯を剥いた。

「馬鹿者! 古来より月見の秋刀魚はおこした火で焼くと決まってんだ。見てろ」

 そういうと肉球のついた手のひらで横棒を上下させ始めた。ほどなく牙寿郎の手元から煙が上がり始めた。彼が手元にあった細い何かを取ってごそごそし始めたかと思うと、ぱっと明るく輝いた。暗くなり始めた中で、その炎はあたたかい黄色の光を放っていた。

「ほれ。どいたどいた」

 僕が後ろに下がると、彼は横に置いてあった鉢植えみたいな形のものの中に光を沈めた。じっと手元を見守る彼の長い耳がぴくぴくと動いた。

 僕もそっと覗いてみた。燃え移った炎が黒い塊をなめ始めていた。

「これでよし、と」

 鉢植えの上に網をかぶせて、彼はとがった鼻を得意そうにひくつかせた。

「へえ。すごいな。こんな道具で火がつくなんて知らなかったよ」

 火起こしの道具に手を伸ばそうとしたとたん、牙寿郎の爪が飛んできた。

「おい、触るな。それにこんな道具とは失敬な。わが一族に伝わる神聖なる道具だぞ」

 そう唸ると、彼は道具をきれいな模様の布にくるみ、ところどころきらきら光るきれいな箱にうやうやしく納めた。

「さて、七輪の様子を見ててくれ」

「七輪?」

「七輪も知らんのか。火を見ててくれってことだ」

「聞いたことも見たこともないんだ、仕方がないだろ」

 小馬鹿にされた気がして僕は言い返した。牙寿郎は鼻をひくつかせただけだった。

「とにかく火を見ててくれ。ああ、それとお前、酒は飲めるか?」

 小屋に戻りながら、彼は振り向いた。

「酒?」

「ああ、飲んだことがないか。まあいいや」

 耳を揺らしながら牙寿郎は小屋に入っていった。

 僕は彼を見送ったあと、七輪を覗き込んだ。青い光が暗闇で踊ってるのが分かる。黒い塊が赤く光っていた。

 風が吹いてきた。顔を上げると、真っ暗になった夜空の下でススキがざわざわと鳴った。暗い夜の海を見ているようだ。白いものが見えた気がして、僕は目をそらした。

 だだっぴろいススキの海に一人きりで置いてけぼりにされた気がして、急に心細くなった。気持ちよかった風の音やススキの声が人の声に聞こえはじめた。

「早く出て来いよ、牙寿郎」

「呼んだか」

 足音もなく、牙寿郎が立っていた。手にした盆の上には台に乗った白い団子と花瓶に入ったススキがあった。

「これをあの上に乗っけてくれ」

 彼が鼻で示したのは、細い竹で組まれた、二メートルぐらいの高さの塔だった。

「この上? ぐらついてるけど大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。落っこちてきても大したこたない。俺が登ってもいいんだが、お前なら手が届くだろ?」

「わかった。お盆ごと乗っければいいんだな?」

「馬鹿者、そんなことしたら他のもんが運べないだろ。三方と花瓶だけでいいんだよ」

「三方?」

 振り向くと、彼は鼻の上に皺を寄せていた。

「団子が乗っかってる奴だよ。いいからとにかく置いてくれ。早いとこ秋刀魚焼かなきゃ」

 すこし背伸びをすれば塔のてっぺんに手が届く。言われた通りに団子とススキを並べると、塔の上に乗っかったススキはなんだか旗印のようだった。

 盆を手に戻っていった牙寿郎が小屋から持って来たのは、四十センチぐらいの長い魚だった。

「ほれ、見事だろう? いまどきこんなに立派な秋刀魚はそうそう手に入らん」

「へえ、図書館の映像でなら見たことあるけど、初めて見た」

 七輪の網の上に魚を乗せると、じゅーっという音がした。彼は鼻の上に皺をさらに寄せた。

「いまどきの人間は魚も知らんのか。じゃあこれも知るまい」

 彼はお盆の上から皿に載った焼き栗を取り上げて僕の手に乗せた。

「これは知ってるよ。僕の家にも栗の木があるからね」

 はじけた皮の割れ目に爪を立てて力を入れると、黄色い実がころんと出てきた。

「そういやそうだったな。前にもらったこともあった」

 キャラメル色の実をでっかい前歯でかじりながら、牙寿郎は目をしばたいた。僕も真似て前歯でかじりついた。思ったより甘くてやわらかかった。

「甘い!」

「そうだろ、そんじょそこらの栗とは訳が違う。好きなだけ食べてくれ」

 そういうと彼はまた小屋に戻っていった。

 三つ目の栗に手を伸ばしたところで、何かがはじける音がした。振り向くと七輪から白い煙がもうもうと上がっていた。

「うわ、火事? 爆弾?」

 あわてて飛び退る。

「馬鹿者、なにやってるんだよ。秋刀魚を焼きゃ煙が出るのは当たり前だろ? 今時分の秋刀魚は脂が乗ってるから旨いぞ。ほれ、もう秋刀魚が焼ける」

 花瓶のようなものと小さな杯を持って戻ってきた牙寿郎は、そばにあった長い箸で七輪の上の秋刀魚をひっくり返した。はじける音が激しくなり、煙が一気に立ち昇った。

「頃合だな」

 ごそごそして振り向いた彼の手の上には、緑の長い葉っぱに乗せられた秋刀魚があった。まだぱちぱちとはじける音がしていた。いい匂いがして、僕の胃が鳴った。

「どうするの」

「もちろん、食べるんだよ」

 そういうと彼は切り株のテーブルに僕を手招いた。小さな切り株の椅子に腰掛ける。

「ほれ、口あけてみな」

 素直に口をあけると、熱々の身が飛び込んできた。素敵な香りが鼻の奥に広がった。こんなおいしいもの、今まで食べたこともない!

 あまりの旨さに言葉が出てこない。牙寿郎は目を丸くしてる僕に満足したのか、前歯を剥いて笑いかけてきた。

「旨いだろ? こんな上等の秋刀魚はなかなか手に入らないんだぜ。さ、飲もう。もう二十歳は過ぎてるんだろ?」

 と、僕は差し出された杯を受け取った。牙寿郎は花瓶のようなものを傾けた。透明な液体が杯を満たしていく。

「お水?」

「飲んでみりゃわかる。それが酒ってやつだ」

 おそるおそる杯に鼻を近づけていく。嗅いだこともない、甘い甘い匂いだ。でもお砂糖のような匂いじゃない。なんだかいい香り。唇だけつけてみると唇がぴりぴりした。

「何こわがってんだよ。酒はな、一気に飲むんだ」

 腰が引けてる僕を安心させるつもりなのだろう。牙寿郎はそういって自分の杯を満たすと一気に飲み干した。僕も意を決して見よう見まねで飲み込んだ。飲んで――咳き込んだ。

 酒が喉をするりと降りていくのが分かる。通り過ぎたあとの喉がいきなり熱くなった。胃に届いたのだろう、胃がまるで倍に膨れ上がったみたいに暴れはじめた。

「が、じゅろ、これ、ぼく、おかし」

 口の中も熱かった。牙寿郎は笑いながら水を差し出してくれた。冷たい水がおいしかった。

「体が熱いだろ。病気なんかじゃねえ。酒のせいだ。大丈夫、すぐなんともなくなるから」

 それ以上彼は酒を勧めてこなかった。咳のせいで涙目になりながら、僕は恨めしげに彼を見つめた。

「そう睨むなって。これも月見の儀式なんだから」

「儀式って、まだ月なんか」

「出てるぞ。ほれ」

 指差す方向を見上げる。さっき三方とススキをのせた塔の向こうに、真ん丸い月が出ていた。

「いつの間に」

 そんなに時間が経ったとは思えないのに。こんなに高い位置に月が見えるなんて。

 見上げる黄色い月の縁がにじんで見えた。目をこする。

「儀式をしなきゃ見えないのさ。ほれ、みんな出てきた」

 牙寿郎の白い毛並みがぶれて見えた。

「牙寿郎が二人いる」

 彼ご自慢の素敵な長い耳が四本見えた。

「おいおい、もう酔っ払ったのか?」

「これが酔っ払うってやつなのかな……四人に増えたよ」

 耳がどんどん増えていく。薄暗かったススキの原が、まるで昼間みたいに明るかった。

 なんだかだんだん楽しくなってきた。前後に体を揺らしながら、僕は十人になった牙寿郎に笑いかけた。

「しょうがねえなあ。月見はこれからだってのに。立てるか?」

 大丈夫、と言おうとした僕は、腰を浮かしたところで後ろにひっくり返った。切り株の後ろ側にころんと転がった僕に、牙寿郎は鼻を鳴らした。

「あー、この調子じゃあ連れていけねえなあ。途中で落っこちちまう。今年一番の風の日ならお前も連れて行けると思ったんだけど。杯一杯で酔っ払いになるとは思わなかったよ」

 転がった僕を覗き込んだ牙寿郎の赤い目が見えた。

「何の、話?」

「月見に行く話さ。しょうがねえ。また機会があったら今度こそ連れてってやるよ。んじゃ、ちょっくら行ってくるからよ」

「んあ、どこへ?」

 酔っ払った僕は間の抜けた声を出した。その問いの答えを聞く前に、三角の白い耳たちが一斉に走り出した。――ススキと団子を乗っけた塔へ。あの、今にも倒れそうな塔にどんどん登っていく。何人いるんだろう。重さで倒れそうだな。

「決まってるさ」

 てっぺん近くに登った牙寿郎は振り返り、がなりたてた。がなりたてないと聞こえないほどの大きな音が塔からし始めていた。

「月だよ!」

 そう、言った。と思う。白い兎に埋め尽くされた塔は、爆発音と煙を放って、まっすぐ上へ飛んでいった。と思う。

 僕はその白いロケットを寝転がったまま、ずっと見上げていた。覚えていたのはそこまでだった。



 寒さのせいで目が覚めた。お日様の下に僕が見たのは、見渡す限りの枯れたススキの原と、切り株の椅子と、吹っ飛ばされた机だった。危なっかしい塔はなくなっていた。

 小屋の中を覗き込んだが、牙寿郎はいなかった。

 帰ってテレビをつけると、夕べ目撃された謎の飛行物体のニュースをやっていた。アップになった飛行物体の先端にはススキが揺れていた。

別館ブログからの転載です。

2005年の作品になります。

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