小さなテディベアと5人の女王さま(1)
冬の童話祭とのことで、童話、を意識して書かせていただきました。
テディと女王さま達の物語楽しんでいただければ幸いです。
そして少しでも心に残っていただければ嬉しいです。
よいしょ、という声がしました。お城の1階へ続く階段を1段ずつ下りていくのは小さなクマ、いえ、テディベアでした。茶色くてふわふわとした体と、特徴的な2つのつぶらな目。そして、お尻には小さな丸いしっぽがついていて、1段下りる度、上下に小さく揺れていました。
お城の階段は、人の膝下程しかない体をもつテディベアにとっては下りるだけでも大変です。なにしろ自分の腰ぐらいまでの高さがあるのですから。
「ほら、テディもうちょっとだよ。頑張って」
と、テディは自分を励ましながら階段をなんとか下りました。疲れてその場に座り込んでしまいたい気持ちを抑えながら、頭の上を見上げてみると、天井は吹き抜けになっていて光が差し込んできているのが見えました。テディはしばらく天井を眺めてから両手を伸ばしてみますが届きません。
「よいしょ」
今度は片足で一生懸命体を伸ばしてみますが届く気配がありません。
「うーん」
かわいらしく顎に手を当てて首をかしげて考えてから、テディはひらめいたらしくその場で飛び跳ねてみました。飛び跳ねながら両手を伸ばして見ますが、それでも天井には届きません。
「全然届かないや。やっぱりお城って大きいんだなぁ」
しみじみとそう呟いてみて、テディは思い出したように急に辺りを見回しました。
「あぶない、あぶない。これから王さまに会いに行かないと行けないのに忘れるところだったよ。きっと大広間はこっちだね」
何やら声が聞こえてくる方へとテディは歩き始めました。自分の身長を大きく超える扉を見上げながら、テディは思い出していました。ただのぬいぐるみだった時、4人の女王さまにたくさん撫でてもらったこと、話しかけてもらったこと、それから抱きしめてもらったこと……。他にも楽しい思いではいっぱいありました。口元に手を当てながら1人で「ふふっ」と照れ臭そうに笑いながら広間へと向かいます。
「きっと皆びっくりするね」
今にもスキップしだしそうな気持で大広間へと向かったテディは王さまの真剣な声を聞きました。
「まさか、スインが?」
その声に応えたのは聞き覚えのない声でした。
「そうなのよ。一向に塔から出てこないの。このままじゃ皆凍えちゃうわよ」
入っていいのか不安になって、開けっぱなしのドアからそっと中を覗き込んでみました。テディが走り回るには十分すぎる大広間の中央に王さまが豪華な椅子に座って話を聞き、王さまの前に3人の女王さまが立っていました。ふわふわしたヒゲが伸びたおじいちゃんの王さまはいつもの優しい笑顔ではなく、なんだか真剣な顔をしていました。
「まさか、魔女のせい……?」
「そういえば魔法使いが、この前魔女が私達の事を悪く言ってたって……」
「これこれ。なんでもかんでも鵜呑みにするんじゃないよ。噂は大きくなるもの。そうじゃろ? で、リップはどうしたんじゃ?」
「リップ? あの子まだ部屋にこもってるの?」
「ひ、ひひひ引きこもりはいけないわよ……」
「ひ、が多いわよインチェ様。リップ様は体調がよくないのよ。なんたって今、病気なのだもの……」
「び、びびびびび病気?」
「病気って、リップは――」
「お!テディ!」
急に王さまがテディに気づき、声をあげました。笑顔で手招きをしているのを見て、テディは頷いて女王さま達の方へと向かいました。右からショートヘアーの女王さまのアイ。次に黒色の長い髪の女王さまインチェ。その隣にテディが知らない女王さまが立っていました。ブロンドの髪に青色が混じった不思議な髪の色。テディはちょっぴり不安げに見ながら、よく知っているアイとインチェの元へ走っていきました。
「女王さま!」
テディの声を聞いて気がついた3人の女王さまの内、アイとインチェが信じられないといった表情で顔を見合わせました。
「まさか、リップが持ってきた、あのぬいぐるみのテディ!?」
王さまは頷いて、嬉しそうに笑っています。
「そうじゃよ。わしが命を与えたんじゃ。こんなに元気に走り回って……うぅ……」
と、涙を拭いていて、アイが王さまに元気よく声を掛けてあげています。テディはアイに抱きついてから、続いてインチェの元に向かいました。インチェはまだ信じられないようで恐る恐るテディの頭に手を乗せています。
「う、ううううう動いている!」
「う、が多いわよインチェ様」
そう言った女王さまに見覚えがなかったテディは、不思議そうな顔で見つめました。金色の髪も、黒色の髪も、茶色の髪も見たことはありましたが、金色に青色が混じった髪を見たことは無かったのです。
テディの視線に気づいた女王さまは少し低めの声で言いました。
「ふふふ。これは髪の毛に色をつけてるのよ。初めまして。あたしはネラ。リップ様の代理女王なのよ」
「リップさまはどうしてここにいないの?」
リップの事が大好きだったテディは寂しそうにネラに尋ねました。その様子を見て、少し困った顔をしながらネラは優しく言います。
「そうね、今は少し体調が良くないから、元気になったら出て来てくれるわよ」
「そっか……」
テディはがっかりしたようでしたが、ふと何かに気がついたように顔をあげました。
「ネラさまも女王さまなの?」
と、テディはなんだか難しい顔をしてネラを見ています。しばらく見つめてから、テディはネラに尋ねました。
「あれ? でも、ネラさまって男の人だよね。どうして王さまじゃなくて女王さまなの?」
その言葉に誰もが目を丸くしましたが、ネラだけはテディを抱きしめました。
「いやぁん! すぐに見破っちゃうなんて賢い子! その通り、あたしはお・と・こ! でも心はピュアな乙女なのよん! だから問題なーいの!」
「そうなんだ」
ネラの声は他の女王さまに比べて低いものの、外見は普通の綺麗な女性でした。それに心が女性であるなら良いのだとテディは納得して笑顔を向けます。
「よろしくお願いします。ネラさま」
「きゃぁぁかわいい! もう食べちゃいたい!」
ネラはきつくテディを抱きしめて頬をこすりつけています。アイが後ろで何かを言いましたが、聞こえないようにネラがテディの両手を握って上下に振りました。
「よろしくね、テディちゃん!」
明るいネラの雰囲気に安心して、テディも楽しそうに笑顔になりました。
すっかり打ち解けた様子を見て、王さまは真剣な顔になって話し始めました。
「今日はね、テディにも話があるんじゃ」
嬉しそうにしていたテディは、そっと床に下ろしてもらってから王さまを見上げました。
「何かあったんですか?」
王さまは少し悲しげな顔をして、テディに話し始めました。
「この国の季節が、4人の女王さまの力によって巡っている事は知っているね?」
テディは頷きます。
「春はリップさま、夏はアイさま、秋はインチェさま、冬はスインさま、でしょう?」
王さまもまた笑顔で頷きました。
「そうじゃ。この4人の女王さまが交代で国のはずれにある季節の塔に住むことで、この国に4つの季節がやってくる。でも、スインがどうも塔から出てきてくれないんじゃよ」
王さまはふわふわのヒゲを悲しそうにいじりながら話し始め、いつの間にか隣に立っていた女王さま達も真剣な顔で王さまの話を聞いています。
「春を連れてくるはずのリップも部屋から出てこない……。このままじゃ作物も育たないし、雪が今のまま降り続けたら家が押し潰されてしまう。だから、テディにはこの3人の女王さまと一緒に季節の塔に行ってスインとリップが交代できるようにしてあげて欲しいんじゃ。あの2人の事だから、きっと何か事情があるに違いない」
テディは真っ直ぐ王さまを見て頷きます。
「わかりました、王さま。王さまはぼくに命をくれたし、4人の女王さまにぼくはずっと良くしてもらいました。絶対に春を呼んできますよ!」
「ありがとう、テディ。じゃあ、よろしく頼んだよ」
「はい!」
元気いっぱい返事をして、テディが3人の女王さまと一緒に出口に向かおうとした時、王さまがテディの名前を呼びました。
「わかっていると思うが、テディは――」
王さまが何を言おうとしているかを察したテディは笑顔で頷きました。
「大丈夫。分かってますよ王さま。じゃあ、いってきます!」
こうして、テディと3人の女王さまはお城を出発したのでした。