12.空港 ─遥─
「牧田さん……。まさかとは思うけど……この車、成田に向ってない?」
遥の問いかけにわずかにピクッと肩を振るわせた牧田は、前方の長距離トラックにはり付くようにして、ぐんぐんスピードを上げていく。
そしてひとつ大きく息をつくと、妙に明るい声でこう答えるのだ。
「パーキングに寄らずにイッキにいっちゃうからね。道が空いてて良かった。久しぶりよ……空港は」
──空港。やっぱり牧田は成田に向っていたんだ。なぜ? なんで彼女が今この時間に空港に向う必要がある?
遥は自問自答を繰り返すが、たどり着くこたえはただひとつ。
母親からのあのメール。
そうなのだ。今日は柊がアメリカに発つ日。シカゴに飛び立つ日なのだ。
それにしてもなんという偶然。遥は牧田ならきっとやりかねないと、このカーチェイスのからくりを暴きにかかった。
「牧田さん、誰に聞いたんですか? 何か知ってるんでしょ?」
「ええ? ああ……。そうね、あたしがなんで成田に向ってるのかってことよね? それはもちろん、あなたの気持ちのわだかまりを取り除いてすっきりしてもらうためよ」
「わだかまりなんて何もありませんよ。誰に入れ知恵されたんだか……」
「あのね、夕べあなたのお母様から電話があって……。そしたらどう? 柊さんが今日シカゴに発つって言うじゃない! なのに堂野君ったらお母様に返事もしてないって……。お母様、心配してらしたわよ。だからあたしが責任持って空港まで連れて行きますって約束したの。空港で彼女を引き止めるも良し、見送るも良し……」
「……ったく余計なことを。大袈裟なんですよ、お袋は……。牧田さん、だから言ってるじゃないですか。柊……あいつのことはもういいって。何も関係ないですから」
「最近の堂野君、誰が見たって変よ。仕事だって打ち込んでるフリをしてるだけだわ。スタッフが影であなたのこと何て言ってると思う?」
遥の顔が一瞬引き攣る。スタッフにまで何か見抜かれていたのだろうかと思うと、さすがにもう自分のプロ意識の低さにあきれるしかない。
「雪見しぐれに生気を吸い取られて抜け殻になっているだの、昔の女の後始末に苦労してるだの、果ては、先輩モデルのイジメにあってるだの……。まあどれも全くのハズレではないにしても、ひどすぎない? そうやって噂を真に受ける人も出てきて、結局足元をすくわれるのがオチ。あたしだって、そんな話聞きたくない。だから……」
「だから?」
「今日、柊さんとちゃんと会って、あなたの気持ちをぶつけて来なさいよ。それでダメでも、もともとだしね。もしかしたら何か流れが変るかもしれないし……」
「変らないです。もう今更何も変らないですよ。……次のインターで出て、戻りましょう。俺、運転代わりますから」
遥は話にならないとでも言うように気の抜けた返事をして、牧田の決意をなんとか鈍らせようと試みるのだが。
「いいえ、戻らないわ。今日を逃すと、次はないのよ。なんとしても決着つけてもらいますから」
いつの間にかビル群は姿を潜め、あたりにはのどかな景色が広がり始める。
幕張を過ぎて尚も東へ、そして徐々に北よりに進路を変えてひたすら東関東自動車道を走っていくのだ。
上空を飛び交う飛行機も何機か視界に入り、成田が近いことを知る。
言い出したら聞かない牧田の性格を熟知している遥は、とにかく今は彼女の思うようにさせようと、むすっとしたまま腕を組み、成り行きを伺っていた。
「堂野君。柊さん、12時のシカゴ往きの便だったわね?」
遥がだんまりを決め込んでいるのを知りながらも、牧田が努めて明るく尋ねてくる。
「……はい」
「大丈夫かしら、間に合うといいんだけど。ほんとはもう一時間早く電話したかったんだけど、あなたも疲れてるだろうからギリギリまで寝かせてあげようと思ってね。免許書持ってる? 用意しててね。あそこセキュリティーチェック厳しいから」
「牧田さん……。もし……もしも俺が、あいつを見たとたん里心がついて、仕事なんて放っぱらかして二人でとんずらしたら……とか考えない?」
まさか自分の口からそんな言葉が出るなんて思ってもみなかった遥は、言った後で発した内容の重みに気付く。
今更会っても何も変らないと言ったその口で、続いて出た言葉だとは到底思えない。
心のどこかでまだそう思っている自分がいるということだろうか。柊とやり直せると?
牧田がこれを聞いてどう判断するのか……。遥は静かに彼女の返事を待った。
「信じてるわ。堂野君、あなたを信じてる。成田に連れてこようと思ったその時から覚悟は出来てるの。この後に起こること、全てあたしが責任持つから……。堂野君がそうしようと思うのなら二人で逃げて。だって、それはあなたがもう限界ってことでしょ? そんな状況のあなたを仕事に縛り付けておく権利はあたしにはないから」
牧田はそう言って車線変更を繰り返し空港入り口の第二ゲートをくぐると、空いているスペースを求めて立体駐車場をぐるぐると駆け上っていく。
「あたしはここで待ってるから……。いいから早く行きなさい!」
停めてからもしばらくは押し問答を続けていたが、無理やり車から降ろされた遥は、しぶしぶ第二ターミナルに向って歩いて行った。
今更彼女に会ってどうしろと? 柊が東京から去って二ヶ月。同じ国内にいながらも、一度も姿を見せなかった彼女が果たして自分に心を開いてくれるのだろうかと不安が襲う。
彼女が自ら別れを選んだのだ。なのにこんな風に追いかける自分は未練がましいのではないか、などと変な意地も遥の心に湧き上がる。
何も声をかける必要はないのだ。遠くから彼女の姿を見るだけでもいいじゃないかと気持ちを切り替えると、急に身体が楽になり、歩みも自然に速まる。
駐車場から空港施設内に入ると、あたりをぐるりと見渡した。
ポインセチアの紅い葉とクリスマスツリーが目に入る。
今日はクリスマスイブだというのに、遥の心はそれに反比例するように沈み込んでいく。
ここは二階。出発ロビーは三階だったはずだと、前に留学する友人を見送った記憶を頼りに二エスカレーターに乗る。
時刻はとっくに11時を過ぎていた。柊のことだ。もう搭乗手続きを済ませてゲートをくぐっているかもしれない。
そう思ったとたん、遥は無意識にエスカレーターの右側を駆け上っていた。
途中、旅行客のスーツケースが行く手をふさぎ前に進めなくなる。
そんなわずかな時間さえ、今の遥には永遠に思える。
「あのーーぉ」
突然彼の前に立っている大学生風の見知らぬ二人組みの女性に声を掛けられたのだが、今日ばかりはいつものように笑顔で応じている時間はない。
深めにかぶっていた帽子を少し上にあげ、目の前の女性の一人と視線を合わせると
「ごめん。ちょっと急いでるんで」
とだけ言って、わずかなすき間を縫っていっきに駆け上がる。
「今の堂野遥だよね。めちゃかっこいい!」
背後に黄色い声を浴びながらも、歩みを止めずに慌ててポケットから携帯を取り出し一昨日の母親からのメールを開く。
ランデブープラザ前にいるから……という文を拾い出すと、制服を着ている職員らしき人を呼びとめ場所を尋ねた。
職員が指差したのはちょうど中央部あたりのインフォメーションのようなところだった。
遥はそこへ足早に駆け寄ると、それに気付いて椅子から立ち上がった見慣れた人物が覇気のない声を漏らす。
「は、遥! 遅いわよ……。何してたの? あと5分早かったらなんとかなったかもしれないわ……。柊ちゃんには遥に連絡したって言ってないのよ。だから引き止められなくて。夢ちゃんは今、おみやげを買いに……」
遥は母親の話など聞き終わらないうちに、すでに走り出していた。
手荷物検査のところに並んでいる人を一人ずつ確認するために。
違う、違う、違う! 柊はもうそこには並んではいなかった。
すき間から見える人影を追うが、柊らしい人物は見えない。
すると白いコートを着た、背の高い女性が遥の視野に入った。柊なのか?
「──ひいらぎっ!」
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