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続こんぺいとう
作:大平麻由理



7.置き手紙 ─遥─


 遥はハンバーガーショップに来ていた。そこは七月まで柊がバイトをしていたところだ。
 去年の夏だっただろうか、まだ柊がここで働き始めたばかりの頃、遥は一度だけ様子を見に立ち寄ったことがある。
 ところが柊が遥に気付いたとたん緊張のあまり態度がぎこちなくなり、明らかに仕事に支障が出るくらいミスを連発したため、それ以来行くことはなかった。

 夏休みに長期休暇を申請した後、遥の祖母の看病のためここのバイトはすでに辞めている。
 なのにどうしてそこに向っているか、遥自身もわからなかった。

 さっきミーティングルームで言われた本田の助言が、何度も遥の脳内でリピートされる。
「一度距離を置いてみろ。お互い一人になって考える時間も必要だ。彼女、語学留学でもするつもりか? ならばしたいようにさせてやれよ。彼女の人生なんだからな。そのうちおまえの元に帰って来るさ。おまえだって彼女のいない辛さをとことん味わってみるのも必要だぞ。なあに、それくらいで死にはしないさ。人間ってもんはうまく出来てるんだ。適応能力って奴があるんだよ。だから今無理やり全てを投げ打って、彼女を追いかけてみても、得るものは何もない。次に二人の間が壊れた時は取り返しのつかないことになるぞ……」
 本田は遥の気性も柊の性格もすべてわかった上でそのように言ったのだ。
 遥も本田の言わんとすることは理解できる。が、しかし、素直にはいそうですかと頷けるものでもない。
 もし柊がこれから先、もう二度と自分のところに戻ってこなかったらば、今行動に移さなかったことを近い将来悔やむことにはならないか。
 今ならまだやり直せる、何としてでも柊を探し出して、引き止めるんだ……とそう思う部分が無常にもむくむくと増殖し始める。
 だからと言って、これ以上事務所に迷惑はかけられない。

 遥はいまだ答えを見出せないまま店のカウンターに並び、柊のオススメだったハンバーガーとサラダのセットを注文した。
 柊の後に採用されたのだろうか。慣れない手つきの目の前の学生アルバイトが注文を聞き間違え、飲み物を取り替えるためあたふたと厨房に戻っていった。
 彼女は決して慣れてないわけではなく、目の前に突然現れたモデルの遥に、愕きのあまり腰を抜かす寸前だったため、動転していただけ……なのだが……。
「申し訳ございませんでした。……コーヒーでございますね。しばらくお待ち下さいませ」
 店長の名札を付けた若い男性スタッフがすかさずフォローに回り、丁寧な物腰で遥に応対する。
「あのう……」
 遥は自分で言っておきながらびっくりしていた。いったいこの店長に何を尋ねようと言うのか?
「はい、なんで……しょうか?」
 店長も自分よりやや高い位置にある遥の眼差しを不思議そうに覗き込む。
「蔵城は、最近こちらに顔を出してないでしょうか? 昨日とか、今日、こちらに伺いませんでしたか?」
 店長は明らかに返事に困ったように口ごもる。
「く、蔵城……ですか? 辞めてからは、一度も来てませんが。 あ、あのう。確かあなたは堂野さん……ですよね? 蔵城とはどういった……」
 遥は、しまった! と思ったがもう遅い。
 あれほど事務所から気をつけるよう釘を刺されていたのに、自分の口から第三者に柊のことを語ってしまったのだ。
 幸い遥の後ろに並ぶ客はなく、まだ誰も気付いてないからよかったものの、もし店のスタッフがそういった認識に疎ければ、すぐにでも世間にひろまってしまう可能性がある。
 遥は咄嗟に思いついた言い訳を告げる。
「あっ、蔵城は僕の親戚で、祖母からの伝言があって……」
「そうですか、彼女とご親戚ですか。残念ながらこちらにはもう来ていませんね……。あっ、そうだ。彼女の私物がまだ少し残ってるんですがどうしましょう。ご自宅に送ってもいいんですけど……」
 店長はどことなくまだ遥のことを探っているようだ。
 昨今の個人情報の保護問題が大きく関与しているだろうことは、遥の目にも明らかである。
 もし遥の言うことがでたらめでストーカーと同類であったなら、彼女の荷物を言付(ことづ)けるのは非常に危険な行為になる。
「頂いていきます。あ、あの……こちらに採用してもらう時の彼女の保証人は僕の祖父になってるので、決してやましくはないんで。何なら彼女の実家に電話をかけてもらって僕の確認を取ってもらってもいいですよ」
「あはは。そこまでして頂かなくても大丈夫ですよ。堂野さんのことは、何度か雑誌でも拝見しましたし、ここの若いスタッフにもいろいろ聞いているので存じてますから……。荷物取って来ますね」
 遥にだけ聞こえるようにそう言って頭を下げた店長は、足早に店の奥に下がっていった。
 入れ替わるようにして、遥の目の前には白い湯気の立ち上るコーヒーが置かれ、料金の精算が始まる。
「荷物の方、後でお持ちしますので、席でお待ち下さい」
 気を取り直したのだろうか。さっきの若いアルバイト店員が別人のようにてきぱきと業務をこなす。
 遥は促されるまま奥まった席に移動した。
 そこはかとなく暖かい感じがするこの店は、店長や店員の心がそのまま反映されているのだろうか。
 何も聞かなくても、柊がここで大事にされてのびのびと働けていただろうことは大方予想が付く。
 遥は危うく涙腺が緩みそうになるのを必死でこらえた。

 柊の荷物と、少しですがどうぞ……と店長からもらったハンバーガーが数個、遥の手に下げられた紙袋の中に納まっている。
 すっかり日の暮れた秋の夜、遥は携帯の着信を確認しながら家に向っていた。
 大学に入学してから足しげく通ったここは、遥が前に住んでいた学生マンションよりもあるいは思い入れが深いかもしれない。
 遥は柊から預かったままになっている鍵をポケットから取り出しドアを開け、二人の思い出がいっぱい詰まった彼女のアパートに足を踏み入れた。
 そこはいつになくシンと静まり返り、時折、路地二つ向こうで走る電車の音が窓ガラスのかすかな振動とともに聞こえる程度で、上階の人の気配すら何も感じられなかった。
 電気のスイッチを入れ、室内を見回す。
 そこは身震いするくらい整然としていて、どこか覚悟めいた空気が漂うのは気のせいなのか。もうここには誰も戻らないとでも言うように。

 遥は台所にある小さいテーブルに、大学の学章が印刷された馴染みのあるレポート用紙が一枚置かれているのに気付いた。
 柊の几帳面な字が並んだそれを手にした遥は、読み終えてもしばらくはそこから視線を外すことができなかった。

 ──堂野遥様へ  今から牧田さんに会いに行きます。大体の用件は電話で聞きました。もしわたしがここにもどらなければ、ガス、水道、電気等、止める手配をお願いしてもいいですか? 最後の最後まで手を煩わせてごめんなさい。そして荷物は適当に処分してください。よろしくお願いします。 柊

 次の瞬間遥は用紙をくしゃくしゃに握り締め、テーブルに(こぶし)を突きつけ声を上げて泣くのだった。













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