5.消えた光 ─遥─
──遥、私達生まれた時からずっと一緒だったよね。
何の疑いも無くこれからもずっと一緒に居られると本当にそう思ってた。
でもね、お互いのこれからの人生のためにも、一度別々の道を歩むのも
必要なんじゃないかなと思ったの。昨日牧田さんから写真撮られたこと聞いたよ。
十二月いっぱいはあなたと会えないことも。
けど、きっとその後も同じことの繰り返しになると思うの。
実は私ね、前からやってみたかったことがあるんだ。英会話の習得と英文翻訳。
その夢を叶えるのは今しかないと思ってる。
──遥は大学とモデルの仕事、そして将来の仕事に対する夢もちゃんと持ってるのに
私は何も将来のこと考えてなかった。遥と一緒にいることしか考えてなかった。
牧田さんも、やなっぺも、夢ちゃんも。みんな自分の夢を持って、前向きに生きてる。
私もそろそろ目覚めなきゃってそう思ったの。
どうか私の最後の我がままを聞いて欲しい。私達別れるべきじゃないかな。
いや、別れたいの。電話で声を聞くとまた気持ちが揺らいでしまうから。
メールでこんな話して、本当にごめん。
そして……今までありがとう。
昼からの講義に間に合えばいいからと朝寝を決め込んでいた遥は、枕もとの携帯の着信に気付いて朝日の差し込むベッドの中でメールを見ていた。送信者は柊。
何度確認しても、正真正銘それは柊からのものだった。
遥はベッドから起き上がると、ためらうことなく携帯に登録してある柊の実家の電話番号を選び出し、通話ボタンを押した。
『はいもしもし。蔵城でございます』
「柊? ……俺」
『……。あら、はる君? はる君でしょ? やだ、私よ、おばちゃんよ。いったいどうしたの?』
最近、柊の声が彼女の母親の声にそっくりなのは気付いていた。まさか今のも違っていたなんて……。遥は少し慌てた。
「あっ……。あの、柊は?」
『え? 柊? なんか大学の研修旅行に行くって言ってたわよ。昨日突然帰ってきて、夕方出かけたんだけど、はる君に言ってなかったの?』
遥の読みどおりだった。柊は、昨日のうちに実家にもどっているのだ。
「あ、ああ。聞いてない。もし柊の行き先がわかったら俺の携帯に連絡して」
『わかった。でも変ね。大学に問い合わせれば行き先わかるんじゃないの?』
「そうだけど……。実は、柊が別れるって。俺と別れるってそう言ってきた。だからきっとどこかに身を隠してるんだと思う」
『ど、どういうこと? けんかでもしたの?』
「ちがう。とにかく居場所がわかったら連絡して。おばちゃん、俺たちいつもゴタゴタしてごめん。柊を傷つけてばかりで……ごめん」
『何言ってるのよ。いつものはる君らしくないじゃない。あの子ならすぐに帰ってくるわ。心配いらないって。じゃあ柊に連絡取れたらはる君に知らせるから。元気出しなさいよ。大丈夫だからね』
「うん……。じゃあ」
遥は電話を切った後携帯を閉じることなく、続けて牧田の番号を呼び出して通話ボタンを押していた。
『はい。牧田です。……堂野君?』
「はい。今少しいいですか?」
『ゴメン! 今保育園なの。その後、上の子の小学校のPTAの会議があって……そうね、二時ごろこっちから電話する。──ママ水筒はー? あっ、これよ……ってちょっと黙ってなさい! あら、聞こえちゃった? ほんとにゴメンね。何せ二週間ぶりの休暇だからいろいろ用事もたまっちゃってさ、もうてんてこ舞いよ。じゃあねー』
遥は一方的に切られた電話を閉じると、ベッドの上にそれをおもいっきり投げつけた。
牧田が働きながら三人の子どもを育て、夫の研究まで支えているのはちゃんと理解しているのだ。
でもいくら頭でわかっていても、今のこの状況を作り出した元凶の鍵を握る彼女に、あざ笑うかのように邪険にされたようで、苛立ちと怒りで腹の中が煮えくり返っていた。
──ったく、どいつもこつも俺の気持ちを無視しやがって。……柊、いったいどこに行ったんだよ。英会話? 翻訳? なんだよ、それ。んなもん、何も聞いてないぞ。もしかして日本から出るっていうんじゃないよな? にしても昨日の今日で海外へは無理だろう。じゃあどこだ。どこにいる?
まるで先の見えない暗闇を手探りで歩いていくような言いようの無い不安感で、遥は身も心も押しつぶされそうになっていた。
行けども行けども、出口は見つからない。また元の場所へもどるのだ。
──そうだ、柳田だ! あいつのところに行ったんだ。
遥は一瞬見えた光に希望を見出したかのように、ためらうことなく柊の一番の親友であるやなっぺこと柳田沙代に電話をかけていた。
『はーーい。堂野、久しぶりじゃん。ところで何?』
「柳田、あれがまた世話になってるんじゃないかと思って……」
『あれ? なんだよ、あれって!』
「いや、だからその、ひ、柊が……」
『はあ? 柊って……。あんたたちもしかして、またけんか? 何やってんのよ! あたしは今、それどころじゃないんだから! ……って、柊、東京に帰ってきてんの? おばあちゃんの看病で実家にいるんじゃないの?』
遥の心に灯った希望の光が今また闇に包まれる。
「一昨日の晩、こっちにもどったんだ。で、消えた……」
『消えたって……。何のんきなこと言ってんの? 早く探しに行きなよ! 実家は? バイト先は? 他に行きそうな所は?』
「わからない……。てっきりおまえの所かと思ってた」
『ほんっと、腹が立つよ。情けないね……。あんだけ頭が切れて優等生のあんたが、柊のことになるとからっきしダメになるんだから。でもね、あたし明日シカゴに発つのよ。その準備でもうてんやわんやなの。悪いけどあんたたちの痴話げんかに付き合ってらんないんだ!』
「ゴメン。悪かった。あっ、気をつけてな。藤村はおまえが行くこと知ってるのか?」
『まだ言ってない。てかそんなことどうでもいいから早く柊を探しなよ! そうだ。夢美ちゃんじゃないかな? 彼女に聞いてみれば?』
「そ、そうだな。そうするよ。ありがとう。向こうに着いたらまたメールでも送ってくれ」
『うん。わかった。パソコンから送るね。じゃあ、柊のこと頼んだわよ。柊にはあんたしかいないんだから、絶対何があっても離しちゃだめだからね。』
──絶対何があっても離しちゃだめだからね……。柳田の言った最後の一言が遥の胸に重くのしかかる。
でもそれ以上に遥は、もう立ち上がれないほどに打ちのめされていたのだ。
こんなにも柊のことを何も知らなかった自分自身に……。
いつもそばにいてそれがあたりまえで、小さい頃から何でもわかり合えていると思っていたのは全くの幻であったと。
彼女が追い込まれた時、自分以外に逃げ込む先のこともわからない。
柳田に言われて初めて夢美の存在を思い出す始末。
遥は自分の頭を掻き毟ると、まず服を着替え、夢美の電話番号を聞くために藤村に電話をかけていた。
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