7.ドアの向こうに
このマンションの五階に遥の部屋がある。
同じ間取りの部屋が縦も横も同じように並ぶ学生マンション。
堂野、とマジックペンで書かれた簡易な表札を目安に、鍵を開けて中に入った。
ずっと窓を閉め切っていたせいか、たちまちムッとした空気に取り囲まれる。
たたみ半畳程の狭いベランダに干してあるTシャツと靴下を取り入れると、サッシを開けたままにして部屋に風を通した。
ベッドの上には彼が今朝まで着ていたのだろうか。ハーフパンツが脱いだ形のままそこに広げられていた。
フローリングの床にはDVDや舞台関連のタウン誌、そしてなにやら難しそうな経済の分厚い本が、あちこちに散らばっている。
遥のパソコンはDVDも見れる優れものだ。一緒に住めば、ビデオデッキとももうお別れなのかもしれない。
いつも小奇麗にしているのに、相当忙しいのか、小さなキッチンのシンクには、グラスや茶碗が使ったまま洗いもせず放置されていた。
洗い物を終えると炊飯器に米を二合セットし、鍋物の材料を切って、ザルに盛り付ける。
今夜は遥の好物の寄せ鍋だ。
おばあちゃん特製の肉団子が大好きだった彼のために、鶏ひき肉に秘伝の調味料とネギやしょうがをまぜこんでよくこねて冷蔵庫に入れた。
床に散らかっている物を手早く片付けると、折りたたみ式のミニテーブルを広げ、カセットコンロと鍋を用意する。
準備万端。
あとは、彼が帰ってくるのを待つだけ。
これが俗に言う、鍵を渡された彼女の『お約束ごと』というものなのだろうか?
はたまた、単身赴任の夫宅に週末に訪れる世話焼き女房の日常? なのか……。
なんだか新婚ごっこのような感じがして、思いのほか楽しんでいる自分がいる。
彼が今夜もう一度、一緒に住もうと言ってくれたならば、間違いなく『うん』と返事するだろう……。今度は絶対に。
時計を見るともう十時だ。テレビをつけても初回を見逃した連続ドラマはなんとなく見る気がしないし、報道番組を見る気分でもない。
ほんとうに遅い。遥の奴、いったいどこで何をしてるのやら……。
あれだけ気合の入った服装で出かけたくらいだもの、相当重要な話し合いでもあるのだろう。
メールしたって、どうせ繋がらないし。
電源オフにしているのなんて、日常茶飯。
わたしが来てることも知るわけがないのだから、今夜帰ってこなかったとしても、それは仕方のないこと。
遥に罪は無い。
わたしはここに泊まる覚悟で来てるので、何時まででも待つつもりだ。
だから、早く……帰ってきて……。
玄関のドアの向こうに人の気配を感じ、わたしはふと上半身を起こした。
いつの間にかベッドにもたれてうたた寝をしていたみたいだ。
時刻は深夜の一時。遥が帰ってきたのかもしれない。
わたしは、はやる胸を押さえて、ふらつきながらもなんとか立ち上がり、玄関の鍵を中から開錠しようと、サムターンに手を掛けた瞬間、ほぼ同時に外側から鍵が差し込まれドアがガチャッと開いた。
「ひ、ひいらぎっ!」
まぎれもなくそこに立っているのは遥だった。
「遥、お帰り。ふふふ……。わたし、来ちゃった……」
でも喜んだのは、ほんのつかの間。
わたしは自分の目を疑った。
もう一人別の人が彼の肩にしなだれかかるようにして立っている……。
女の人?
そこにいたのは、間違いなく、演劇サークルの里中先輩だった。
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