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続こんぺいとう
作:大平麻由理



71.命


 綾子おばさんが出産した病院がいいだろうとの母の提案で、ひとり病院に向った。
 今までに感じたことのないこの体調の変化は、まさしく母の予想どおりなのかもしれない。
 産科・婦人科の看板を掲げた三階建ての小さな病院。
 何度かおばさんのお見舞いに来ていたので、初めての受診のわりには、ためらいなくすっと院内に入れた。
 待合室にはまるまるとしたお腹を抱えた女性が三人と、母くらいの年齢の女性が二人、すでに診察を待っていた。
 待合室に置いてあるマタニティー雑誌にどうしても目がいく。
 妊婦さんがみんなそれを手にして読んでいるのだが、果たして、わたしが読んでもいいのだろうか?
 店頭に並んでいるのは知っていても、自分には全く関係のない物というお粗末な認識しかなかったため、今まではほとんど視野に入ってくることはなかった。
 回りの人の視線を気にしながら、ためらいがちにマガジンラックから一冊、取り出してみる。
 出産までに準備しておく物が、こと細かに説明つきでまとめられているページに行き当る。
 生まれてくる赤ちゃんの衣類、ベッド、ベビーカー。
 母親の寝具にマタニティーウエア、出産後の補正下着までも……。
 こ、こんなに……。
 初めての出産には、皆これをそのまま全部準備するのだろうか?
 体験談として先輩ママと称する人のコメントが、片隅に載せられている。

 ──レンタルとお下がりで充分間に合いました。
 なぜかその文にホッとする自分がいた。

 名前を呼ばれ診察室に入り、検尿、エコー、問診を受ける。幸い内診はまだなかった。
「蔵城柊さん、ですね。う……ん、まだはっきりはしないんだけど、多分妊娠してるとみていいでしょう。最後の月経周期からいくと妊娠八週目なんだけど、心音がはっきりしないのよね。ベビーの姿も確認し辛い。不順だとおっしゃってたので、この状況からいくと五週目あたりかな。それと、非常に立ち入ったことで申し訳ないですが、独身でいらっしゃるようですが……」
 四十代くらいの女性のドクターが、やや声をひそめて尋ねてくる。
 そうだった……。
 わたしとしたことが、妊娠に気をとられすぎて、社会的な通念が全く抜け落ちてしまっていたのだ。
 気持ちの中では、遥とは生まれた時から家族同然なので、配偶者という認識が欠けてしまっているのだ。
 先生の表情から、のっぴきならない様子を感じ取り、急に心臓がドクドクと騒ぎ出す。
 つまり、子どもをどうするのか? と暗に尋ねられているような気がしたからだ。
「あ、あのう……。籍はまだですが、その、ちゃんと相手はいますので……」
 あたふたしているわたしの心情を汲み取ってくれたのか、にっこり笑って手を握ってくれた。
「そうですか。わかりました。では二週間後もう一度検査をして、出産予定日などをわりだしていきましょう」
 妊娠初期の注意事項を教えてもらい、病院をあとにした。

 何と言ったらいいのだろう。嬉しいとも、悲しいとも、まだ何の感情も湧いてこない。
 このわたしが妊娠? 本当に母親になるの?
 お腹に手を当ててみても何も変りはない。逆に食欲が落ちた分、前よりもへこんでしまったように感じるくらいだ。
 わたしは携帯を取り出すと、遥に直接電話をかけた。

 家に帰り、わたしの口から結果を聞いた母親の反応は、意外なものだった。
「おめでとう……」
 と言ったきり、複雑そうな顔をしている。
 何か言いたそうな、でも言えないような、そんな感じ。
 結婚という形をとらないまま迎えた妊娠に、多少昔堅気な所のある母は難色を示しているのだろうか?
「母さん、ごめん。その、結婚前にこんな結果になっちゃって」
「いいのよ、そんなこと。私が子供が出来にくい体質だったからあなたもそうだったら……とずっと心配してたの。だから、良かったと思ってる。それで、お相手の方はなんて? その……。前に聞いていた、大河内君なんでしょ? あなたたちうまくいってるの?」
 ええ? なんで大河内なの?
 そりゃあまあ、仲良くしてるってことは、この前に帰国した時に話している。
 でも、付き合ってるとは言ったものの、プロポーズされたことは言ってなかったはず。
「母さん、何か誤解してない? 大河内君とは……その……。そういったお付き合いはないよ」
 ちょっとためらいながらも、きっぱり否定した。
「そ、そうなの? じゃあ、いったい誰? 誰なの? もしかして青い目の人とか言うんじゃないでしょうね? 英語なんてちっともわからないのに、どうしましょう、大変だわ……」
「母さん……。いい加減にしてよ。さっき遥に電話したの。今晩飛んで帰って来るって」
「へっ?」

 わたしは鳩が豆鉄砲を食らった顔というのを、今、初めて見た。






 









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