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続こんぺいとう
作:大平麻由理



58.シカゴ


 おばあちゃんの意識がもどって、もう一週間になる。けれどわたしはまだ大学に行っていない。
 とっくに後期の授業が始まっているのだけど、おばあちゃんのことも気になるし、遥のことも……。遥は結局病院に姿を見せることはなく、わたしはもちろん家族の誰もがまだ彼に会っていないのだ。
 おばあちゃんも遥に会いたがっているけど、どうすることも出来ない。

 術後の経過は良好で、あと一週間程で退院可能だと説明を受けた。が、しかし……である。深刻な症状が出てしまったのだ。半身麻痺と、言語障害である。傷口の経過を見てリハビリもしなくてはいけないと言われた。
 食事や排泄の介護、退院したあとのリハビリの付き添いなど、今後の課題が山積みといった状況なのだ。
 父やおじさんも有給を取って協力すると言っているけれど、女性でないと理解し合えないデリケートな部分もあるので、どうしても綾子おばさんと母に負担がかかってしまう。
 綾子おばさんには小さい卓もいる。高三の受験生もいるのだ。
 母は数日後に稲刈りや他の農作物の収穫、果樹の手入れもしないといけない。
 それこそ今までおばあちゃんが先陣を切って取り仕切っていた数々の農作業を一人でこなしていかないといけないのだ。
 じゃあ、わたしこれで帰ります、と言ってのこのこ東京に戻っている場合ではない。
 こんなわたしでも、猫の手三匹分くらいの働き手にはなるだろうから。
 
 十月いっぱい大学を欠席したとしても、単位の方は大丈夫だと思う。
 ただ、ファーストフード店のアルバイトの方はこれ以上迷惑をかけられないので、店長に事情を話して辞める方向で受理してもらった。
 でも、わたしが東京に戻らない理由はこれだけではない……のだ。
 その最大の原因は遥。その人だったりする。
 仕事が終わったらそっちに行くと言って、もう一週間以上。メールも途切れがちで、おばあちゃんに声すら聞かせてあげられない。
 彼がここに来るまでは、絶対に東京になんか戻ってやるもんか! と素直になれない自分がいるのだ。

 なかなか東京に戻ってこないわたしを一番心配してくれたのはやなっぺだった。まだわたしがこっちにいると知って、夕べ電話をくれたのだ。
 やなっぺは今月末にアメリカに発つと言う。それまでに是非一度会いたいから、早く東京に戻って来てと懇願された。
 こんなに早くアメリカに行ってしまうなんて、全然知らなかった。まだまだずっと先のことだと思っていたから。
 長野でその話になった時、もうすでに全ての段取りが整っていたということ?
 成田からシカゴまでたったの十一時間だよ……。だなんて、まるで北海道にでも行くような軽いノリで明るくふるまっていたやなっぺ。
 シカゴってアメリカだったんだって、わたしの知識なんてそれくらいのもの。
 英語だって話せるのかしら、本当に大丈夫だなんて、まるで行かないでよ、と引き止める駄々っ子のように、やなっぺを困らせることしか出来ない。
『そんなもん、大丈夫だよ。心だよ。こころ。同じ志の者同士、言葉なんて通じなくても分かり合えるって信じてる。それに去年からラジオ英語講座、結構まじめに聞いてるんだ。多分日常会話くらいなら、聞き取れると思うよ。しゃべるのはまだまだだけどね』
 向こうで、語学学校に通いながら、やなっぺの在籍している美大と提携しているシカゴの美術系の大学に行くという。
 その大学には有名な美術館が併設してあるらしい。いや、美術館が大学を併設しているのかな? とにかく日本では考えられない壮大なスケールの学校でデザインの勉強を深めるのだ。

 それをこともなく実行に移すやなっぺは、やっぱりすごい。
 藤村には言ったのかと聞くと、急に黙り込む彼女。それまでの高揚した声の主はもうどこにも見当たらない。
 言うタイミングが見つからないとボソッとつぶやいた。今わたしは藤村と同じ街にいるわけだから、折を見て伝えようかと言ってみたが、やなっぺはきっぱり断った。自分の口から言うから放っといてと。こういうところが実にやなっぺらしい。
 
 遥がまだおばあちゃんに会いに来ないとわたしがこぼすと、マジ? と怒りを露わにする。
 ほーんと、最近の堂野はどうかしてる、柊に安心しきっている、最低なやつ! と、散々こき下ろしてくれた。
 何も知らない他人に遥のことを悪く言われると、さすがにわたしも我慢ならずに逆切れしてしまうところなんだけど、全てを知っているやなっぺならばとついつい許してしまう。
 当の遥も、やなっぺには一目置いているところがあるから、彼女の怒りは、わたしの心の軌道修正にもってこいなのだ。

 そんなやり取りを思い出しながら、おばあちゃんの寝顔を眺めていたはずだった。

 誰かが、頭を撫でてくれている。優しい温かい手で、そっと、静かに。

 誰? ……誰なの? 

 わたしの意識は徐々にはっきりとしていく。目の前に白いカーバーのかかった掛け布団。そして少し皺の寄った小さな手。
 そうだ、ここは病院。そしてわたしが頭を乗せていたのはおばあちゃんのベッド。
 うっかり、うたた寝をしてしまったのだ。

 じゃあ、今頭を撫でてくれたのはおばあちゃん?

 目の前の右手は、手術以降あまり動かなくなっている。ということは反対の左手で? でも、左手は布団の中だ。もしかしておばあちゃんの右手が動くようになったのだろうか。 
 これは大変だ。ナースコールしなきゃとがばっと上半身を起こし、腕を伸ばしかけたその時だった。

 突然誰かに後ろから抱きしめられ──た。

















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