29.ずっと好きだったんだ
「そんなに困った顔、するなよ……。僕の言い方がまずかったよね。君のこと、ずっと好きだったんだ。中学二年で同じクラスになっただろ? あの時から、君のことが忘れられないんだ」
まっすぐにわたしを見て、そんなことを言う。
これって、つまり、告白ってやつだよね。
「そ、そうだったんだ……。で、でも、今はその、大河内君の気持ちにはこたえられない。……ごめんね」
こんなに面と向かって告白されたのは、今が初めて。
遥にすらここまではっきりと言ってもらった記憶がないというのに。
「ああ、わかってる。こたえてもらおうとは思わない。でもこうやって、時々話すくらいはいいかな? 昔のよしみとして」
わたしはおもわず『うん』と頷きそうになったけど、それはダメなのではないかとハタと気付く。
「大河内君、それはできないよ。だって、大河内君の気持ちには、これから先もずっとこたえられないんだよ。それに、遥が、遥が……」
「堂野がどうかしたの? 彼に遠慮して友達同士だとしても会えないのか?」
「友達なら会えるよ。……友達なら。でもね、昔、わたしも大河内君が好きなんじゃないかと彼に疑われたことがあって……。それに、遥は大河内君のわたしへの気持ちに薄々気付いてたのか、大河内君のことをあまり良く思ってないの。だから、ね? もう会わないほうがいいと思う」
「ちょっと待って! 蔵城が僕のことを……って。それって、根も葉もない堂野の思い込み? それとも、何か根拠があってのこと? そこ、少し気になるなあ。少なくとも中二の時、君も僕のことをそんなに悪く思ってなかったよね。毎日、学校でいろいろな話をして、お互いの趣味嗜好にも、かなりの共通点があった。興味本位で僕に近寄ってくる他の女の子と君は、確かに何かが違ってたんだ。あの頃、君に僕の気持ちを告げてたら、君はきっと受け止めてくれてたんじゃないかと思う。これはうぬぼれでも何でもないんだ……」
た、確かにそうかもしれない。
中二のあの頃は、まだ遥のことは好きだと自覚してなかったから。
「で、でも……。今はもう、わたし達中学生じゃないし。……過去にもどることはできないわ」
「もちろん……。ただ君が当時、少しでも僕のことを見てくれてたのならとても嬉しいと思うよ。それだけでも心の拠り所になる。だから、付き合うのは無理でも、たまにこうやって話すのはいいだろ? 堂野の気にさわるようなことはしない。誓うよ」
大河内は嘘つきではないし、乱暴な性格でもない。それはよくわかってる。
でも、たとえ友達としてであっても、こうやって二人きりで会うのは絶対良くない。
遥だって許すわけがない。
でも、でも……。遥に知られなければ……。そう。何もあったこと全てを遥に知らせる必要は無い。
たまになら……。友達であれば、たとえ相手が男性であっても大丈夫な気はする。
現にやなっぺは、男性の友人が十本の指では足りないくらいいる。
そこには同性同士の友情と全く変わらないものが存在すると思うから。
男性の方がやなっぺに恋心を抱き、友情がこわれそうになったこともあったと聞いた。
やなっぺも一歩踏み出そうと努力してみたけど、彼女の心の中の想い人の存在が、それを邪魔する。
それ以来、相手とフェアな関係を維持するため、極力故意の女らしい言動を控えて、男性の友情を勝ち得てきたやなっぺ。
彼女の真似は出来ないが、男女間の友情は努力次第で成り立つと証明してくれた。
目の前の大河内が自分の大きなスポーツバックの中を覗き込むようにして何かを探している。
「あった。これ……。試写会のチケット。今度行かない? もちろん、君の好きな雪見しぐれが主演。ラブストーリーの王道だよね。この映画」
原作本と一緒にチケットをテーブルに並べている。
この映画、絶対に行こうと思ってたやつだ。
遥はこの手の映画は嫌いなので、絶対行かないだろう。
DVD化されたものを、レンタルでならしぶしぶ見てくれるという程度。
大河内は、わたしが雪見しぐれのファンだってことも覚えててくれたんだ。
小学生の頃からモデルをやってた彼女は、今ではホームドラマなどの経験を経て、トップスターへの階段を駆け上がっていく真っ最中だ。
わたしより一つ上なだけなのに、落ち着いた風貌と卓越した演技力は各界に定評がある。
この作品が試写会で、誰よりも先に観れるなんて。行きたい……。でも、誘ってくれる相手は大河内。
ああ、どうしたらいい?
「よかったらこの本も貸すよ。それに心配なら、僕は行かないから。また別の日に、感想聞かせてくれたらいいよ。……なら、いいだろ?」
「で、でも、大河内君も観たかったんじゃないの?」
「封切になってから映画館に行くよ。だから心配はご無用。誰か誘って行っておいで。堂野はこういうのは好きじゃないだろ?」
こうやって東京の地で遥のことを知っている人物としゃべっているのは、不思議な気がする。
それが大河内の口からであっても、ちょっぴり嬉しい気分になる。
この二人、同じクラスになったことないのに、なぜかお互いをよくリサーチしている。
大河内は生徒会長だったから、人脈を生かしていろんな同級生をまんべんなく把握しているのかもしれない。
大河内は、一緒に行かないと言う。それならいいか。
わたしは遠慮なくチケットを受け取ると、やなっぺを誘ってみようかなどともう頭の中で予定を組み立て始めている。
「あっ、これ僕のメルアド。この試写会の会場、ちょっとややこしいところにあるからわからなかったら僕に聞いて」
本にはさんであるしおりにさりげなく彼のメールアドレスが書き込まれる。でもわたしのアドレスは聞かない。
そうだよね。こういうところ、大河内は常識的人種なんだよね。むやみやたらにそういうことをしないのだ。
ほんとうに友人としてなら、最高のパートナーに任命したいくらいだ。
もうすぐ九時になろうとする頃、わたしの携帯が鳴った。
やなっぺだった。
──あと、三十分くらいでそっちに行ける。焼き鳥持参で行くからね!
そんなおいしそうな文面のメールをニヤリと眺めたわたしは、もうすぐ友達が来るからと大河内に告げて、席を立った。
「もしかして、堂野?」
神妙な面持ちで尋ねてくる大河内に笑って返す。
「そんなわけないでしょ。高校時代からの女友達。焼き鳥宅配してくれるって。ふふふ……。映画も彼女誘ってみるね。今夜はいろいろありがと。じゃ、また」
彼もわたしの言葉を信じたのか、満面の笑顔で手を振ってくれる。
この大都会東京で、張り詰めた空気をなごませてくれる昔馴染みに心癒されるのもそう悪くないなと素直に認める七月の夜だった。
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