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続こんぺいとう
作:大平麻由理



28.禁断の香り


 遥と別れて暮らすようになってもう何週間経つのだろうか。
 寂しくない……といえば嘘になるけれど、数ヶ月前までの生活に戻っただけと思えば、それなりにやっていけるものだ。
 前と違ってメールもこまめに返してくれるようになったし、寝る前には必ず電話をかけてきてくれる。
 まるで別人のようだ。
 父には悪いけど、あれからも何度かここに泊まっていくこともある。
 同棲はダメって言ったけど、訪問は禁止じゃなかったよね。
 言葉の揚げ足を取るようで大人気ないかな? でも子どもが出来たら知らせろとも言ってくれたんだし、たまの泊りは大目に見てくれるよね。

 今夜はやなっぺがうちに泊まりに来る予定だ。
 実家に帰った時藤村に会ったと言ったら、いろいろ彼の近況が知りたいからと、今夜わざわざここに出向いてくるらしい。
 やなっぺは、まだ藤村のことが気になるのだ。でも今回の件は彼女にとっては朗報になるかもしれない。

 あの日、おばあちゃんの家の客間に遥と泊まった藤村は、わたしが思ってた彼ではなかったようだ。
 夢美の前では、おめでとうなんて言って乾杯までしてたのに、客間に入ってからは一睡もせずに頭を抱えて一晩中うずくまっていたらしい。
 翌朝泣きはらした目が痛々しくて、わたしと夢美に悟られないうちに家に帰って行ったと聞いた。
 平気じゃなかったんだ。ちっとも。
 それが藤村の愛の形なんだろうけど、男ってみんなそういうもんさ、と遥が言ったひとことがいつまでも耳に残って離れない。
 藤村が夢美を忘れる日がほんとに来るのだろうか……。

 わたしは、午後の講義を終えると急いでバイトに向った。いつもより早目に仕事を上がる予定だからね。
 この店の人気商品は、ハンバーガーとサラダとドリンクのセット。
 大手アメリカ資本のハンバーガーショップより少し値段は高いが、肉質の良さとサラダの新鮮さで学生や主婦層にも人気がある。
 わたしの仕事といえば、注文を聞き、店長と調理スタッフが作った出来立ての商品を受け取りテーブルに運ぶ、というもの。
 直接調理に携わることはあまりない。
 今夜もようやく人の波が落ち着き、持ち帰りの客がカウンター越しに数人待っているくらいで注文待ちの行列も無くなった。
 テーブルを片付けカウンターに戻ってきた時、新たな客が入ってきたのを自動ドアの開閉する音で知ったわたしは、客の顔を見るより先に反射的にいらっしゃいませと声をかける。
 そして、わたしの前に立った人物と目が合った。
「よう、蔵城! 元気そうだな。今日、仕事何時に終わる?」
 そこに居たのは……大河内大輔……だった。
「蔵城さん、今夜はもう上がっていいよ。お客さんにそう言ってあげなよ」
 二十代のまだ若い店長がそんなことを耳打ちしてくれる。
 大河内はまた前のように、ちょっと話がしたいとか言い出すに決まっている。
 わたしの方は何も話すことはない。まだ仕事があるからと断りたかったのに。
「……ほらほら、ここはもういいからさ。早く帰る支度して。素敵な人ね? 蔵城さんの彼氏?」
 今度は調理スタッフの三十代のママさんアルバイターがそばに寄って来て耳元でささやく。
 厨房でのそんなやり取りは大河内には見えないはずだが、再び彼の前に立ったわたしは
「もう、終わるから……。ちょっと待ってて」などと返事をするはめになったのは言うまでもない。

 大河内は、持ち帰り用にハンバーガーを二つ注文してわたしを待っていた。
 着替えて出てくると、案の定ちょっとだけ話がしたいと言って表通りのカフェにやや強引に連れて行かれた。
 そこは、挽きたてのコーヒーの香りが漂う静かな落ち着いた店だった。
 大河内もきっと初めてなのだろう。店内をきょろきょろ見渡したあと隅の二人がけのテーブルを見つけると、椅子を引いて座らせてくれようとする。
 こんなことも自然にできてしまう大河内は、きっと今でもモテモテなんだろうな、などとふと思ってしまった。
 エアコンの冷気が心地よいその場所に腰掛けると、アイスコーヒー二つとわたしに何も聞かずに注文する。
「前に会った時も蔵城、アイスコーヒー頼んでただろ? 今日も、それでいい?」
 わたしは普段あまりアイスコーヒーは頼まない。
 あの時は、突然の大河内の出現に驚いて、何も考えられないまま咄嗟に注文してしまったのがたまたまアイスコーヒーだったというだけ。
 彼は、中学の頃よりいっそうサラサラに見える薄茶の髪を片手でかきあげると、ありえないほどの長いまつげをしばたいてそんなことを言う。
 それでいいも何も、もう注文してしまったんでしょ、と言いたいのをグッとこらえて、うん、と頷いた。
「蔵城……。今付き合ってる奴とかいる?」
 えっ? な……何? そ、そんな唐突に何を聞くのやら。今、アイスコーヒー注文したところじゃない。心の準備もできてないのに。
 なぜ、そんなこと聞くのだろう?
「いるよ。なんで?」
 わたしは、さも当然というように、いると答えた。
 もう、ややこしいことはこりごりだし、わたしにはちゃんとした婚約者がいるんだもの。ここは、きちんと言っておかないと。
「そうだよな。いるだろうとは思ってた……。東京で見つけた?」
「ううん、違うよ。大河内君も良く知ってる人。……堂野だよ」
 大河内の顔が一瞬曇ったように感じたのは気のせい?
 いいや、見間違いじゃない。笑顔が消えて、冷ややかな言葉が返ってくる。
「堂野と……付き合ってる? ふふ、やっぱりな。そんなことだろうとは思ってた。あいつも、確か君と同じ大学だったよね? じゃあ、二人は示し合わせて東京に出てきたんだ。僕は今、非常に辛い窮地に立たされている……っていうわけだよね? ねえ、蔵城……。僕は、堂野に勝ち目はない?」
 よりいっそう洗練された甘いマスクをおしげもなくさらしながら、容赦なく降り注ぐストレートな物言い。
 何と返事をすればいいのか到底言葉が見つからない。








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