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続こんぺいとう
作:大平麻由理



25.俺今、すんげぇ後悔してる


「雨、ひでぇーな。なあ柊。これから、どうする?」
 わたしの部屋で寝転がりながら、窓の外を見て遥がそう言う。
「母さんもああ言ってくれてるし、久しぶりに映画でも観に行く?」
 駅の近くのショッピングゾーンに、シネコンと呼ばれる新しいスタイルの映画館ができたと聞いている。
 ちょうど観たかった洋画があったので遥を誘ってみた。
 って、ちょっと待って。今まで遥と一緒に映画なんて行ったことあったっけ?
 子どもの頃にアニメばかりの三本立ての映画なら、もちろん何度か一緒に行った事はある。
 でも普段わたしが行こうと誘っても恋愛物はダルイとか言っていつも断られていた。
 テレビの映画番組は結構真剣に見てるくせに。単に照れくさいだけなのかもしれない。
「映画? 何もここに帰ってきてまで映画観なくてもいいだろ? 駅前だと知り合いに会うぞ?」
 それもそうだ。
 今やこの街の時の人でもある遥が、人の大勢集まるところに行くのはやはり気が引けるのだろう。
「うん。そうだね。じゃあ、もう東京に戻ろっか? これからのことも決めないといけないし……」
「もう、帰るのか? せっかくだしもう一晩ゆっくりしていこうぜ。これから先、休みとれそうにないし……。俺な、モデルの仕事続けることになりそうなんだ」
「ええ?」
 遥は今、一回限りという約束のもと、雑誌の読者モデルの仕事を引き受けて何日間かに渡って撮影をしている。
 十月号の特集記事に載る予定なのだ。
 たった数ページの記事のために、何枚も何枚も写真を撮る。
 専属モデルではないので衣装替えは少ないけれど、手持ちの服も持参で素人っぽさを生かした自然なページを作るため、地道な作業が続いているのだ。
「俺、親の仕送り止めてもらうつもりなんだ。学費は奨学金でなんとかまかなえるとしても生活費は稼がないとな。軌道にのったらどこか小さいマンションでも借りて一緒に住もう。おまえのバイト代とでなんとかやっていけるんじゃないかと思う」
「モデルの仕事、契約延長するってこと?」
「ああ。今度は読者モデルじゃなくて、十二月に出る新刊の専属モデルとしての話があるんだ。同じ出版社だから、牧田さんがそのまま担当してくれる。学生の間だけということで受けようと思うんだ。今の撮影で雑誌に出てしまえば、もう何回出ようと一緒だろ? 提示された契約金やら報酬も悪くないし、おまえと暮らすためなら俺、なんでも出来るさ」
「遥……」
 あんなに嫌がってたモデルの仕事なのに、報酬のために引き受けるというの?
 わたしと暮らすためって、さっき父にあんなに反対されたのに?
「おい、そんな顔するなよ。言っとくけど俺、嫌々仕事やるわけじゃないから。実はちょっと興味も出てきてるんだ。モデルとしてはまだまだしっくりこなくて一生慣れそうにないけど、雑誌を作り上げるためにいろんな人達が一丸となって一つの物を作り上げていくというか、そのあたりが見ててすっげぇおもしろいんだよな。ますますテレビ局に勤めたい気持ちが強くなってきたんだよ。同じマスコミ関係としては最高のバイトだと思うんだけどな。将来製作する側になった時、俺のこの経験がすごい役に立つような気がするんだ。おまえはどう思う? マスコミは嫌いか?」
「嫌いとか好きとかよくわかんないけど、遥が手の届かない遠い人になっちゃうのはいや。きっとそのうち雑誌だけじゃすまなくなって、テレビとかもでるようになって……。そんな風に考えると、不安だよ」
「でも俺は将来、そのテレビにかかわる仕事を望んでるんだぜ。モデルやタレントを否定することは、結局俺の将来も良く思ってないってことにならないか?」
「それは違うよ。うまく言えないけど……。ただ、遥とますます会えなくなるんじゃないかって思うの。それが心配なだけ」
 そう。マスコミの仕事なんて、はっきり言ってまだよくわからない。
 ただ遥がその世界に閉じ込められて、わたしの手の届かないところに行ってしまうのが怖いだけ。
「だからもっと稼いでおまえと一緒に暮らせるようがんばるんだよ。金銭面だけでも自立すればおまえのおやじも文句は言わないと思うけど?」
「それは、そうかもしれないけど……。あの様子じゃあ、それだって厳しいと思うけどね……。ねえ遥。今ふと思ったんだけど、こうやって仕事が舞い込むってこと自体、遥に何か才能があるっていうか、そうなるべくして見えない力が働いてるんじゃないかって感じがするんだけど。わたしこの頃、ちょとだけ目が良くなった気がするんだ」
「……視力が上がったのか? なんだそれ?」
「ちがうよ。視力は悪いままだよ。ずっとコンタクトレンズにお世話になってるんだから……。そうじゃなくて、美しい物を見極める目が育ってきたってこと。だって、遥がすんごい男前に見えるんだもの。贔屓目(ひいきめ)もあるかもしれないけど、客観的に見てもかなりカッコいいし……。特に撮影のあった日なんかは、ドキドキしてまともに見れないくらいだもの。だからモデルとしてもうまくいくと思う。きっと成功するよ。そんな人がわたしのカレシだって思うとちょっと鼻が高いかも……なんてね」
 遥はどんどんカッコよくなっていくのに、わたしはどうなんだろ?
 遥がわたしを見つめることなんかないよね。ただ見てるだけってのは時々あるけど。
「柊……。よくもまあ、恥ずかしげもなくそんなこと言ってくれるよな。おまえ、俺に惚れすぎて頭おかしくなったんじゃないか?」
「そんなことない!」
「でもな、俺のおやじも言ってたと思うけど、おまえの方こそ、どんどん……その……きれいになっていくぞ。昨日の藤村だっておまえに見とれてたくらいだからな。だから余計におまえを一人にしておけないんだよ。もうたまんねぇーな……。そこそこかわいいくらいで止まっておけよ」
 そうなの? このわたしが? 少しはましになってきたのかな?
 基礎の手入れだけは毎日するようになって、あれほど黒かった日に焼けた肌も、幾分白くなってきた気はする。
 いろいろ悩んだおかげで頬の肉もすっきりして小顔になったのは、嬉しい誤算だった。
 でも、ちょっと照れるな。
 きれいだなんて、遥に初めて言われた。

「俺、藤村に連絡するわ。おまえも誰か会いたい奴いないのか? そうだ、夢美はどうだ? 誘ってみろよ」
 夢美とは大学に入ってから一度も会ってなかった。
 高校からエスカレーター式に短期大学部の音楽科声楽コースに進んだ彼女は、自宅から学校に通っているので、連絡すれば会えるかもしれない。
「わかった。そうしてみる。でも、藤村が来るって知ったら来ないかも。夢ちゃん、何度も藤村をフッてるもんね」
「ああ、そうだったな。それより彼女、俺達が付き合ってること知ってるのか?」
 遥は夢美が自分のことを好きだったのも知っている。
 藤村も交えてわたしと遥と夢美の四人は変な四角関係だったのだから。
「……多分。わたしから言ったわけじゃないけど、この狭い街だよ。どこかから聞いてると思う……」

 わたし達は、それぞれに連絡を取り始めた。
 遥はダイレクトに通話で。わたしは、メールで都合を聞いてみる。
「……じゃあ、夕方五時に駅前で。……おう。夢美が来るよう、なんとか柊にがんばってもらうわ……」
 男子の会話は簡潔明瞭だ。
 特に遥は、誰よりも会話が短い。あっという間に約束を取り付ける。
 しばらくすると、夢美から返事が来た。
 藤村も遥も来ると正直に知らせたにもかかわらず、行く行く、とかわいい絵文字までつけてレスしてきた。
 心配するほどのことはなかったってわけだね。
「柊……。俺今、すんげぇ、後悔してる」
 いったいどうしたというのだろう。何を後悔してるの?
 言っていることの意味がわからず首を傾げてキョトンとしていると突然遥が起き上がって私の目の前ににじり寄り、顔を近づけてきた。
「とっとと東京に戻った方が良かったな。ここじゃ、こんなことも命がけだもん……な」
 わたしの頭の後ろに手を添えると、そのまま唇を重ねてくる。
 ちょ、ちょっと。ここは東京じゃないんだから。
 それにまだ朝だよ。家の中には父も母もいるのに。
 でもそれに応えてしまうわたし。

 その時だった。
「入るぞ。……遥、出かけるのか?」
 作業服を着た父が部屋に入ってきて、横になって携帯を見ている遥に尋ねた。
 一抹の不自然さはぬぐい切れなかったが、遥の機転の速さは見事だとしか言いようがない。
 わたしの家はかなり古い。廊下を人が歩くたび、どこかがぎしぎしと音を立てるのだ。
 長年の経験で、部屋に近付く人の気配というものをキャッチするすべだけは、遥もわたしも体にしみついているおかげで、最悪の事態は無事回避できた……はずだ。
 今のキスは絶対に見られていない……と思う。
「いいや、まだ。五時に友達と待ち合わせしてるんだけど? 何?」
 あくまでも携帯を見ているそぶりを崩さず、何事もなかったかのようにそっけなく父に答える遥。
「じゃぁ、ちょっと俺に付き合ってくれ。雨が続くといけないから田んぼを見に行く。それと草取り。除草剤は極力控えてるから手作業だよ。おまえにもぼちぼち、田んぼのことを引き継いでいかないとな。それと……。遥、俺が何も気付いてないと思ったら大間違いだからな……」
 父の何かを射抜くような視線がわたしと遥を交互に突き刺す。
 えっ、な、何? 何も気付いてないと思ったらって……。

 も、もしかしてバレてる? 今の……こと。

 突如、むっくり起き上がり、部屋から出て行った父の後姿を見ながら、遥が苦笑いを浮かべている。
 父の包囲網はとてつもなく強靭だったということか。

 米作りは、父と俊介おじさんが会社の休みの日に続けている。
 今では自宅と近所で頼まれている分くらいしか作ってないけど、昨今の無農薬ブームで仕事量が増しているらしい。
 野菜と果樹はおばあちゃんと母の担当。
 田植えや稲刈りの時は家族総出で田んぼに出る。
 綾子おばさんは、会社を辞めてからは花作りに目覚め、あと村の自治会の役や、ボランティアを率先して引き受けて、うまく家族で仕事を分業している状態だ。
 将来は、わたしも何かを担わなくちゃいけないのだろうな。
「柊、おまえも一緒に来いよ」
 遥がわたしの腕をひっぱる。わたしは家で本でも読んでいようかと思っていたのに。
「ええ、嫌だよ! ドロドロになるし、カエルとかヘビも出るし……」
「んなもん、あたりまえだろ。さあ、着替えろ!」
 急に、はしゃぐように準備を始める遥に、目を見張る。
 遥だって、つい最近まで田んぼの仕事をあれほど嫌がっていたのに、この変わりようは何?
 父の用意した超ダサい作業服の上に雨がっぱを身につけたこの目の前の遥が、ファッション誌のモデルだなんて、誰が信じる?
 高校時代の体操服を引っ張り出し、嫌々ながらも着替えを済ませたわたしは、レインコートをはおり、大股でつかつか歩いていく前方の怪しい二人の男性に引き離されないように、雨の中を必死に小走りになりながらついて行くのだった。














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