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続こんぺいとう
作:大平麻由理



18.二人の母


 呆然としてたたずんでいる母達を横目に、わたしと遥は大急ぎで顔を洗い着替えると、居間謙客室謙勉強部屋とオールマイティーな顔を持つ、寝室の隣の四畳半の和室に四人で向かい合って座った。
 母の顔には少し赤みが戻ってきているが、隣に座る綾子おばさんは顔面蒼白のまま視線が空をさまよっている。
「突然来るんだな……。電話くらいしろよ」
 胡坐をかいて座る遥は、あくまでも悪びれるそぶりはみせず、いつものように綾子おばさんをたしなめるような口ぶりでぬけぬけとそんなことを言う。
 確かに、せめて三十分前にでも連絡をもらえれば、このような形の鉢合わせは避けられたのかもしれない。
「はる君。言葉を返すようだけど、娘の家に来るのにいちいち電話しなくちゃいけないのかしら? 私が柊の携帯番号の控えを持ってくるの忘れて、はる君に教えてもらおうとさっき綾子さんに連絡してもらったのよ。でも、あなたの携帯にも繋がらなかった……」
 遥は急に立ち上がると昨日はいていたジーンズのポケットから携帯を取り出し、チッ……と舌打ちをする。
「充電すんの、忘れてたよ……」

 必要最低限しか携帯を使わない遥は充電の間隔もわたしよりずっと長い。
 まだ大丈夫と思っている間に電池切れになることは今回が初めてではない。
「それじゃあ、この状況、説明してもらおうかしら。あなた達はもう五、六歳の小さな子供じゃない。そんな二人が同じベッドから起きだして来るってことは、きっとちゃんとした大義名分があるんでしょうね?」
 母の歯に絹を着せぬ物言いは、ますます磨きを掛けて健在だった。
「母さん、ごめん……。遥とは、遥とは……その……」
 もうごらんの通りですとしか言いようがない。取りあえず謝るのみ。
 これが今のわたしの精一杯の母達への誠意の証しだ。
「柊、なんで謝る? おまえ何か悪い事したのか? ……おばちゃん。おばちゃん達に何も知らせなかったことは悪いと思ってる。でも、俺達遊びや思い付きで一緒にいるんじゃねえんだ。真剣に付き合ってる。大学卒業して就職して……そして、結婚するよ。柊と」
 きっぱりとそう言い切る遥。
 どうしたんだろう。勝手に涙がこぼれる。泣いてる場合じゃないのに。
「そ、そうだったの? 知らなかったわ。……でも、結婚まで決めてるんだったら、こうなる前にきちんと話して欲しかった……。親としては当然の気持ちだと思うけれど。違うかしら? ただ、あなたたちは仲はいいけど、こういった関係に進展するなんて全く想像すらできなかったから……」
 母は、本当に何も気付いてなかったんだ。
 何が何でも隠し通すなんて強い意志はなかったけど、こういうことってすごく恥ずかしいし、なかなか自分からは言い出せないんだよね。

 自分自身のことなのに、すべて遥にまかせっきりだった。今頃そんな大切なことに気付くなんて。二十歳になっても中身はまだ子供のままってことを証明したにすぎない。

 本当に情けない話だ。

 でも時々遥が、それとなく二人の関係をアピールしていたように思ったのに、それすらスルーだなんてわたし達親子そろって相当な天然なのかもしれない。
「おばちゃん……。どうか俺達のこと、このまま見守っていて欲しい。柊のこと大事にする。だから……許して欲しい」
 遥がこんなに真剣にわたしの母親と向き合ってくれているのに、わたしときたら、泣くばかりで結局何も言えないでいる。

 その時だった。
 綾子おばさんが突然遥の前に膝立ちで擦り寄って行ったかと思うと、右手を振り上げ彼の頬を思いっきり引っ叩いたのだ。
「お、おふくろ……」
 綾子おばさんが遥をぶつなんて生まれて初めて見た。いや、自分の子供に手を上げたのはこれが初めてではないかと思う。
 おばさんの目から大粒の涙がポトポトとしたたり落ちた。
「はるか! ……あなたの言ってることが、世間で通用すると思ってるの? 柊ちゃんと結婚するってことが、どんなことかわかって言ってるの?」
 いまだかつてないおばさんの取り乱しように遥も言葉を失っていた。
「柊ちゃんは蔵城家の跡取り娘。遥は朝日万葉堂の跡取り息子。そんな二人がどうやって結婚生活を築いていけるというの? 柊ちゃんには将来養子をとって蔵城の代々の土地を守る義務があるわ。遥には東京で父の店を助ける義務がある。いい年してそんなこともわからないの?」
 驚いたのはわたし達だけではなかった。母があわてて間に入る。
「綾子さん! まあまあ、ちょっと落ち着きなさいよ。あなたの言いたいことはわかったわ。もちろんこの子達が背負ってる物はいろいろあるけど、それをするかしないか、選ぶ権利というのもこの子達は持ってると思うの。幸い私も夫もすこぶる元気だからまだ三十年以上は現役でがんばれそうだし、柊に頼ろうだなんてこれっぽっちも思ってないわ。この子の選ぶ道を応援してやるのが親の努めだと思ってる。もし二人の気持ちが本物ならば、祝福してやりたいと思うのよ。だめかしら?」
 か、母さん……。わたし達のこと、認めてくれるんだ。

 綾子おばさんは結婚後も仕事を続けていたので、遥は乳児の頃からうちに預けられていた。
 わたしの少し後に生まれた遥は、首が据わって間もなく、お座りを始めたばかりのわたしと一緒に、母とおばあちゃんに育てられたのだ。
 母にとって遥は自分の子ども同然なのだろう。
 どんなに遥が憎まれ口をたたこうとも、母が彼を見つめる瞳は昔と同じで温かい。
「ねぇ、綾子さん。この子達がこうなったのもある意味、必然的な結果なのかもしれないわね。東京で他に友達がいなくてお互い頼り合ううちに、心が寄り添ってしまったのかしら。でも、この状況はまずいわね。いくら好き同士でおまけに親戚だからって、学生の分際で同棲って……。このまま見過ごすわけにはいかないわ」
「母さん、結果的にはその……同棲かもしれないけど、わたし達は今までだって同じところに住んでいたし、同じ物を食べて、同じ学校に行って……。東京に来てからの方がいつも離れ離れで、会えない日がほとんどで、寂しかったの。だから、だから」
「柊の気持ちもわかるかるけど、だからってこんな軽率な行動はいただけないわね」
 母の言いたいことも悲しいかなよくわかる。
 学費も住居も親掛かりのわたしが、こんな身勝手なことしていいわけがない。
「おばちゃん、柊は悪くないから。俺が一緒に住もうって言ったんだ。もうこいつと離れられないんだ、俺……」
 遥はさっき叩かれた頬をさすりながらわたしをかばってくれる。
 でも今、どさくさに紛れてとんでもなく嬉しいことを言ってくれたよね。

 母は、あらまあ、と言うようにため息をつくと、ようやく形相を崩し始めた。
「はる君……。あなたの口からそんな言葉が聞けるなんて、今夜は嵐でもくるんじゃないかしら。ちょっと聞いてもいい?」
「えっ? 何を?」
 いったい母は遥から何を聞き出すというのだろうか。
「ふふふ……。柊のどこがいいのか聞きたくて。で、付き合うようになったきっかけは何? いつから? どっちが先に言ったの?」
 母さんったら何を言い出すのやら。今ここでそんな話しないでよ。
 綾子おばさんだって黙ってるけどきっと心の中は穏やかじゃないはず。
 遥、答えなくていいよ。無視していいから。
「どこがいいって……。今更そんなこときかれてもな。なんでこいつじゃなきゃだめなのか、俺にもわからなくて……。こっちが聞きたいくらいだよ。で、中三の時に俺から柊に言った。将来、そ、その……結婚しようって……」
「中三? ほんとにほんと? えらく早いプロポーズだわね。まだ子どもじゃない! ああ、わたしって親失格だわ。全く気付かなかった。柊ったらそんなこと一言も言わないし。……まあ、そんなことあるわけないって思ってたから疑う余地もなかったんだけどね」
「……わたしは知ってたわ」
 突然顔を上げたおばさんがゆっくりとわたしと遥の顔を見ると続けて言った。
「高校一年くらいだったかしら。あなた達の通ってた学校のある駅前のスーパーに行った時、遥と柊ちゃんが一緒に駅に向っているところを見たの。まさかわたしが普段行かないその店にいるなんて思ってなかったのね。あなたたち、手をつないで歩いていたわ……。その後、よく注意してみれば二人が両思いってことはすぐにわかった。だから、東京に出るって聞いた時、一人暮らしさせたくなかったの。こうなることは目に見えてたから……」
  おばさん、知ってたんだ。
 家と高校はかなり離れていたので、誰も見てない時、そうやって歩いた事もあった。
 ここに住む前、しきりにおばさんの実家に下宿するよう勧めていたのは、わたし達の関係に気付いていたからなんだ。
「遥、あなたの気持ちはわかったわ。でもね、あなたのやったことの責任は重いのよ。わたし達親がずっとそばで見張っておくわけにもいかないし、何を言ったところで聞く耳をもたないだろうからどうしようもないんだけど……。ひとつだけ言っておきたいことがあるの。柊ちゃんもよく聞いて」
 否定とも肯定ともとれるおばさんの言葉に緊張が走った。
「……もし、柊ちゃんが妊娠したらどうするの? 言ってることの意味、わかるわよね?」
 遥もわたしも、これ以上ないってくらいに緊張感が高まり、同時におばさんや母の顔がまともに見られなくなってしまった。










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