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08:老人と路地裏

 「お前はこんな夜までうろうろしていて大丈夫なのか? ほら、森の魔女的にだ」

 「婆さんは今、どこぞに出かけておってな、今は気ままな一人暮らしじゃよ、わし」

 どこか疲れを含んだ声音。

 「放任主義も極まれりだな、それでいいのか育て親」

 どこか笑いをこらえるような声。

 「たまにある事でな、あの人は、ちょっと薬草を摘んでくる。と言って山奥にわしを一年以上放置した事もあるからのう」

 「ん?」

 「……わしじゃなければ死んでたの、知ってるかヴァル、賢しい熊は戸をノックするんじゃぞ?」

 他愛(?)ない会話をしながら夜の十三番街を歩く二人、コアとヴァル。

 「なんでわしを育ててるのか、実は殺したいのか育てたいのか放任したいのか大事にしたいのか、全く意図がわからん」

 「……どういう事情なんだ、それ」

 「わしが知りたい、しかしいざ聞くとなるとシャレにならん面倒な事を聞かされそうで嫌なんじゃよ」

 正確には二人だけではなく、その周囲にヴァルの護衛が複数人、ボスに向かう危険がないか常に辺りを警戒している。

 主に忠実な猟犬の如く油断も隙もなく付き従っている。


 パアル世界において帯剣する事はさほど珍しい事でも違法な事でもない、騎士、戦士、傭兵、冒険者にいたるまで街に住む者、行き交う者、多くの者が持ち歩いてはいる。

 そもそも剣などよりも万能な、危険な魔法を一般人が容易に扱える世界なのだ、刃物でどうこう言ったところで些末な事であろう。

 が、鞘から既に抜きはなち周囲を間断なく警戒し襲撃に備え、構えているのは尋常な事ではない。


 「この先だ」

 ヴァルはいつもの黒スーツ、コアも黒スーツというわけではないが黒いシャツに黒スカートという出で立ち。

 夜の十三番街、闇の街に溶け込むように集団は暗がり進み街の一角を目指す。

 紋章術による魔法道具、魔法ランプの白く淡い光が場を照らす。

 

 そこは一面、赤の世界だった。

 

 一組の男女が路地裏に棄てられている。

 乾き、酸化していない瑞々しくもおびただしい血液は鮮烈な赤は地面と壁に散り溜まり、鉄の悪臭を場に放っている。

 体の一部は欠損、消失し、体のいたるところが飢えた、十三番街に巣くう野良犬にでもかじられたのか無数の歯形がある。

 商売者とそれを買う者だろうか。

 女、まだ少女といって差し支えない一人は薄着の如何にもといった風情であり、もう一人の身なりはそれなりに良い。

 行為の最中にでも襲われたか、犬に喰われた時にでも乱れたのか着衣は大きくはだけている。

 男の頭部には鹿の如き角。

 「獣人…身なりから商人か? エルフを買ってこれからという時に無念じゃの、ふふっ」

 少しばかり意地の悪い顔をするコア。

 ヴァルはそれをなんとも嫌そうに見ている。


 エルフとはいえ太古の昔ともはや同じではなく必要以上に排他的でもない。

 人間社会ほど開放されていないが、これはエルフ以外の他の人類種も似たり寄ったりである。

 王都にはダークエルフ以外にも多くの者、種族が行き交うし永住権こそないものの住んでいたりする。

 ドワーフ、人間、獣人、妖精人、人類種はそれぞれに得意な分野、技術があり進んだ文明社会を営む上で欠かすことの出来ない要素となっているからだ。

 五〇年ほど前に起きたライトエルフが中心勢力となった多種人類連合とダークエルフとの戦乱以降、ライトが王都に立ち入る事は稀だが要人レベルに限れば全く行き来がないわけでもない。

 ダークの心情としてはライトに煽動されたとはいえ自身以外の他種族に対して強烈な不信感というものは根強いし五〇年という年月は他種族にとっては相当な時間、人間などにしてみれば一人の人生と同等の長さであるがエルフ種にしてみれば二〇年にも満たない時間感覚だ。

 ライトとは今もって休戦にすら至らない薄氷の停戦状態でありダークと人間ら他種族との関係にしたところで十年以上も断絶した文明圏を築いていた。

 金があれば種族など問わないのが十三番街とはいえ、あまり気持ちの良い客、人物とも感じられないのが心情である。

 おまけにそれ相応の名の知れた者なら外交問題や厄介な懸案になりかねない、後で処理業者を呼び然るべき処置を施さなければなるまい。


 「ふん、財布および貴重品の類は盗られていないか」

 コアは屍体をまさぐり物品を確かめる、被害者の指や腕には貴金属類がそのままにある。

 「どうせなら盗っていけばいいものを」

 「…ただの盗賊ならまだマシって事か?」

 「そういうことじゃな」

 コアは死体を検分していく。

 「犯人は右利き、先ずは女の首を斬って次に男、得物は刃幅の厚い、おそらくは……」

 「おそらく?」

 少し考え込む、口元に指をあてるコアにヴァルは先を促す。

 「解体はもしかしたら新鮮なまま、相手が生きながらに行なったのかもしれぬな」

 「……」

 「手際もきれいなものじゃ。……のう、ヴァルよ。肉を解体するのに一番適した得物、刃はなんだと思う?」

 コアの問いにヴァルは少しばかり逡巡し言葉を紡ぐ。

 「――そりゃお前、肉屋にあるような」

 そこまで言ってからヴァルは顔をしかめた。

 「牛も豚も、相手方の構造、要訣を知っていればだいたいそれ一本で事足りる、人もな」

 コアの言葉にいわんとする事がわかったのかヴァルの周囲にある部下達も顔を歪めた。

 刃厚く鋭い肉切り包丁で人を解体する金銭に興味のない賊。

 「快楽、戦利品もその類かと思ったが、いや全く楽しみがないわけではないだろうが、こやつその根本にあるのはただただ単純な、原始的な欲求での行動よ」

 「……食っているのか?」

 何をとは聞かない。

 「ふともも、腹、腕、欠損しているが犬にでも食われた、それとも……どれも食い応えのある部位よな?」

 どこか試すような顔でコアはヴァルに微笑みかける、まるで黒い、悪質な冗談でも聞かせるような。

 「いかれてる」

 果たしてそれは賊に言った事か。

 「狂っているかどうかはさして問題ではなかろう『必要だからそうした』『腹が減っていた』それ以上の意味はない」

 「それをいかれてると言う」

 ヴァルは断じた。

 「正に獣の如く短絡思考よ。という非難ならまだわかるが、それで狂人扱いならば世の子や学のないもの、躾のなっていない狗は皆ひとしく狂人よ」

 「……」

 釈然としないもののコアとこの手の問答で勝てる気がしない。

 「意地悪が過ぎたな、わしの言葉なぞ屁理屈、詭弁の類よ」

 あっさりと前言を翻す、コアにとってじゃれ合いのような問答。

 「わしらから見て奴はいかれておる、それでよい。が、奴から見ればわしらこそ、そうなんじゃよ、いかれてるように『見える』からと言って侮るともっと被害は大きくなるぞ」

 コアの言葉は静かに、だが路地に反響し皆の耳に届く。

 「しかしこれは都合の良い事でもある、獣ならば罠にはめる事も追い立てる事も出来得る、ただ獣は自己の危険に聡い、慎重にやらねばな」

 「具体的な策は?」

 いまだに顔も名前も、どこにいるのかも知れぬ通り魔に対しどう罠を張るというのか。

 「……さぁ?」

 おい。

 思わず目の前のガキに悪態をつきそうになる。

 部下の面前でなければそれをしたかもしれないがファミリーの長として保つべき威厳というものはある。仕事中ならなおのことだ。

 「――お前は」

 悪態こそ自制するが、それでも無策で言葉を出すという態度だけはたしなめようと言葉を吐きそうになるが、ヴァルはこらえた。

 周囲は闇、護衛は辺りを警戒している。

 一瞬、ほんの一瞬の事であるがヴァルとコアの互いを見る視線以外、周囲の視線が二人に向かず外に向いた瞬間があった。

 それは隙間のようなほんのわずかな時間。

 会話していて互いが沈黙してしまうような不可思議な間。

 その一瞬の間にコアの顔が激烈に変化した。

 ヴァルにだけ見せる、そう意図した表情。


 それは『馬鹿!』ないしは『鈍感!』だろうか。


 言葉に出さず訴えかけるその顔はむくれているようにも怒っているようにも見えた、いや事実そうだったのかもしない。

 ここで選択を、相手の意図を間違えてはいけない。

 獅子は口元に拳を当て咳払いを一つ。

 淀んだ路地裏の空気は肺を病ませるかのようだ。

 全く忌々しい。

 「達者なのは口だけか? 俺に軽口を叩くんだ。それなりの成果、実力を示せ、お前がなんとかしてみせろ」

 ヴァルはコアに『命じた』。

 俺の意に沿い、口だけではなく相応の力を示せと。

 それは明確な上からの『命令』であり、長としての絶対的な力の一端を周囲に示すものであった。

 コアという者が、その正体はそう多くは知られていないがこの場にいる無法者達はコアこそが嵐であるという事をよく知っている。

 嵐が吹き荒れたあの時、手合わせをし手ひどい返り討ちにあった、それでいて心折れぬ精強な兵ばかりだ、そうでなくてはボスの護衛など今も務まらない。

 噂は常に錯綜している。ボスがまだガキにしかすぎない者を情夫にしているだとかなんだとか冗談にも程があるが、あの日以来、一年以上後になって嵐と獅子は共にいる事が多くなった。

 何がどうしてそうなったのかは部下達は知らない。知る必要もないし、もしかしたら誰も、当の本人ですらよくわかっていないのかもしれない。

 ただ言える事は、それからというもの群体としてのオルトは変質した。それはファミリーの稼ぎ、事業の事もあるだろう。

 武闘派としての街への取り組みの事もあるだろう。

 顔役としての立ち回り方にあるだろうか、以前と比べオルトファミリーは賢しくなった。

 小賢しくなったと言う者もいる。

 武闘派の看板こそおろしていないものの以前に比べ、昔を知る者からすれば『らしくない』と感じられる行動が多くなった。

  

 悪夢のような話がある。愛人に入れこんでいて組を私物化されているだの、ヴァル・オルトという存在は既に傀儡、駒に過ぎないのではないか? というものだ。

 全くの馬鹿馬鹿しい話、一笑にする価値もない、とただ思えれば、妄信できれば楽なのだが内部にいる者ほど懸念は不安へとなるに容易い。

 しかし、今のこれはどうか。

 獅子は嵐に命令を下した。

 これは試金石、踏み絵、嵐はオルトに組みする存在であるのか上にあるものなのか。

 知らず喉が鳴る。

 下手をするとここで嵐と一戦交える事になるかもしれないという不安、焦燥。

 辺りの闇から突然と出てくるかもしれない顔も知らぬ通り魔より、この至近にある子供の形をした怪物こそが脅威であり警戒すべき対象。

 護衛者はほぼ無意識に意識と視線、体の運びがコアに向く。

 いつ、どう、何があっても万全の戦形を取られるよう、最悪ボスだけでも死守しなければならない。

 自然、場の緊張感は高まり、それは破裂の時を今か今かと待っていた。

 

 緊張の時間はそう長くはなかっただろう、だが場にいる者は最悪の未来を想像し間延びした感覚を味わっていた。


 沈黙と静寂を破るは嵐。

 「ボスに命じられれば仕方ない……このコア、ボスの用命に従い庭を荒らす不埒なネズミに終わりを下しましょう」

 一礼、胸に手を当て頭を垂れコアは命令を受けるとたしかに答えた。

 何事もないかのように、それをするのが自然の振る舞いであるかのように静かに、優美に。

 ある者は呆けたようにコアを見つめ、ある者はなにか質の悪い企みでも見るかのようにコアを見ている。

 沈黙が再び場を制する。

 「……期待しているぞ」

 「あなたの望むままに」

 どこか笑いを含んだ声だと思うのはヴァルだからわかる事だろう。

 こんなものは茶番だ。

 一連の流れでコアがやった事、要はヴァルに、ファミリーの長に華を持たせる事、不穏な噂を払拭させる事、誰が上であるかを『周囲』に知らしめる事を『させた』。

 ヴァルを立てた、ヴァルもそれに乗った。

 とでも言えばいいのか。

 コア、自分のような余所者があれこれと口出ししてそれで群れの流れが左右される事は長年その下にいる者からすれば面白くもない、亀裂にもなる。

 これを防ぐには獅子は嵐を従えている、そこまでいかずとも手綱を握り、御していると外にわからせる必要がある。

 今回はそれを実行したにすぎない。

 コアにしてみれば余計な面倒事を避ける事になるしヴァルにしてみればメリットは多い。

 しかし、貸しは貸しであろう?

 コアの声からはそんな副音声も聞こえてきそうだ。


 全く忌々しい。

 本当に小賢しいガキだ、そもそも本当にガキなのかも疑わしい。

 

 いいように掌で躍らされている感はあるも、それをする事によって損はないので実行する。

 損はなく得こそするがいささか面白くもないのも事実。


 そう、これはいわば子供じみた仕返し、復讐にすぎない。

 何の得もない。

 が、それでこいつを困らせる事が出来るのならそれは凄く面白い事ではないのか?

 それは素晴らしい事ではないのか?

 実行すべきではないのか?

 なんとも抗いがたい誘惑。

 ……実行しない理由がないな。

 思えば思うほどにそれは魅力的で極めてしまえば逡巡すらなかった。


 「ふん、こういう時の為にお前に品を買い与え、かわいがり、飼ったかいもあるもんだな!」

 ヴァルの言葉にコアの行動をよからぬ企みだと信じていた者達は逡巡の後妙な納得をする。

 あぁそういう事かと。

 「おい!」

 「いやいやいや、花に水をやり愛でた甲斐もあったというわけだな、はっはっはっ」

 コアは抗議の声を上げるもそれはもう周囲には届かぬ。

 ヴァルの護衛者ら、耳聡い女達は歓声を上げる。

 

 オルトの長は武では嵐に敗北を喫したかも知れないがその手腕素晴らしく嵐を飼っていると。

 具体的にどうやって、どうして嵐をかわいがり飼っているのかなどとは口に出す者は命知らずの馬鹿だけだろう。

 

 「ぐぬぬ、もうわし色々と考えるのが、訂正するのが面倒になってきたわ」

 「はっはっは、人生は楽しまなきゃ損だぞ」

 

 ああだこうだと言い合う姿も様になった痴話喧嘩にしか見えない。

 仲良き事は


 「……お主はいつかころす」

 「はっはっはっはっ」


 良きことかな?


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