07:老人と対話
「殺しんひ?」
もっしゃもっしゃもっしゃもっしゃ
公園のベンチに仲良く座り、ドーナツを口いっぱいに頬ばってコアがヨハンに問い返す。
それをなんとも、苦みを我慢するような面持ちでヨハンが見つめていた。
咀嚼し終わりコアは口元、更にドーナツを押し込もうとする。
脇には紙袋に入った多量のドーナツ。
これ全部で一人食う…の……か?
「…いるか?」
ドーナツを一つヨハンに差し向ける。
心なしか少し顔が残念そうだ。
「…いや、腹は減ってない」
「そうか♪」
なんとも現金な良い笑顔である。
コアの今日の装いは清潔感あふれる白く涼やかな半袖のブラウス、中はサテン生地の胸を覆う肌着、スカートは蒼く多段でペティコートは麗しく、内部はふわふわのかぼちゃパンツという愛らしさ、髪には鮮やかな色合い、黄色の花の髪留めが映え、足は細やかな編み細工の革サンダル流麗な足首にツタが絡むが如くの装飾は足と過不足なく固定され走り回る事にも苦がないという実用性も兼ねた一品である。
すべてヴァルの見立てだ。
ヨハンの目から見ても眼福といっていい。
年頃の、生地や材質からしてコアのような子供が着るには高級すぎるきらいがあるが、あの凝り性はこの分野において手を抜くことを知らない。
半ば強引に服や装飾品を与えられ、家にはそのまま着て帰れず森の中の秘密基地、小屋に隠し収納してる、コアとしては面倒なありがた迷惑な有様である。
家に帰るときは婆さんが与えてくれた普段着に着替え、街に来る時はそれなりの装いにしているのだ。
こうしないと婆さんはうるさいし、街で獅子に見つかった時に奴が食いついてきてうっとおしい事になる。
難儀な話だ。
なんにせよヒラヒラ、フリフリなるものに抵抗感というものが日に日に減じ、慣れとはおそろしいものである。
手から水が零れるように何か、かけがえのないものが墜ちてるような気もひしひしとする。
しかし、危機感がなんとも薄い。
取り返しのつかない時にはもう遅いというパターンではないだろうか。
他人事のように思う。
他人事のように思いたい。
ヨハンも最近ではコアに影響されているのか、張り合いなのか、愛らしい出で立ちが目立つ、シャツに長めの萌黄色のスカート、彼の緑髪を一つに後ろで束ねる赤いリボン、シンプルな構造の服飾は単純ではあるが彼の長所を引き立てる真っ直ぐな良さがある。
満面の笑みでドーナツを頬ばり続けるコア、冬前の森に住むリスを連想する食いっぷりである。
「で、そのなんじゃ殺人鬼とは」
話はちゃんと聞いてるようだ。
続きを急かされる。
「十二番街、十番でもあったかな? 男女問わず年もまばらで、一面が血だまりの事件現場、そりゃもう残虐なやり口で全身を斬り刻まれてんの」
身振りを交えたヨハンの語りにコクコクと頷きながら拝聴するコア。
王都を賑わす謎の通り魔事件。
闇夜に浮かび上がる怪人像、被害者は増える一方ではあるが、主に悲劇の主役は夜の街角にいる立ちんぼなせいか真っ当な住民に危機感は薄かったりする。
まるで切り裂きジャックじゃの。
「怖いのはさ、身体の一部が持ち去られてたり事件によっちゃ死体そのものが現場になかったりするんだ」
ヨハンはそれから、どうしてだろうな?とか、恐怖だ!と言っているがコアにはなんとなくわかった。
おそらくは『戦利品』。
切り刻み、美しい顔の者なら顔を、指がきれいなら指を。
持ち帰り愛でる。
嫌すぎる程に殺人鬼とやらの気持ちがよくわかる、人斬りとしての正と負ではあるものの、その姿は所詮、暴力の剣を振るう者として同じ穴のむじな、ご同業であるのだろう。
要するに人でなしだ。
偉人が武徳をいかに真摯にきれいに説こうとも突き詰めれば所詮は暴力を効率的に、破壊と殺傷を高める技術と思想にすぎない。
武の偉人とてその高み、きれいな位置に至るまでにどれだけ多くの人を傷つけ殺め、泣かしてきたのか。
暴力、それを超越した所に武の真髄、深奥、天道、真たる人の道とやらが存在するのだろうが、コアとてまだまだその域には達していない。
殺人鬼もまた然り、そもそもそんな場所に行くことすら既に放棄しているのかもしれん。
「西の森からの魔物が街に入ったんじゃないかって話もある」
ヨハンの言葉にも一理ある。
王都西に広がる『西の森』
レクティア西域大樹海は魔獣、魔物の巣窟である。
魔獣は年を経た獣などが経験などから魔法を使う事を覚えた個体、魔物は生まれ持って変種として出でた強力な個体というくくりでいい。
大樹海、その広さと深さ、得体の知れなさは隣国ライトエルフの国境線すら越え伸び、両者の侵入を防いでいる天然の障害、防衛線だ。
生物学者や採掘者には天然の資源や貴重な生物資源のある地として求められ、多くの冒険者、探索者が地図作成や深部にあるという古代遺跡、まだ見ぬ秘宝や知を求め日々攻略に精を出しているという。
ごくろうな事だ。
奥には樹木に浸食された石造りの古めかしい寺院と汚い石版があるだけだし、おっかない番人がいるのに……下手な覚悟で行くと死ぬぞ。とコアは思うものの人様のロマンに茶々を入れる事もあるまいとは思う。
たまに森から魔獣や魔物の類が人里に降りてくる事はたしかにあるが。
「そんなのがいたらまずわしらが襲われてるな」
森に居を構える魔女とコア、全くもってあの森のでたらめさを知った者ならそれだけで狂気とさえ思える住環境である。
現に越してきてしばらくはその地域を縄張りにするモノどもとの常時戦争状態であったり寝込みを襲われる事も何度もあった。
獣のくせに知恵が人並みにまわる魔狼などがいるので存外にたちが悪い。
婆さんと一緒に腹を見せるまでボッコボッコにしてやったが。
「なるほど、じゃあ街の住人か? でもな犯人がいっこうに捕まらないんだよ」
切り裂きジャックもそういえば未解決の事件ではあったか、映画や小説などのネタに散々されていたが王家の陰謀、怪物、怪人、様々な考察と妄想がある。
今回のこれはどうなんだろうか。
案外、小賢しい魔獣、その仕業の線も完全には否定できないが。
「現場から忽然と消える犯人と死体、謎だな」
ヨハンの言葉にコアは思考する、ぶっちゃけた話、表だって出てはいないが被害は十三番街がひどい。
行方不明者や死人などあの街では珍しくもないが、ここ最近は数が多い。
おかげでヴァルは連日にわたり頭を悩ませているし警戒網を敷いている、その警戒の高さから殺人鬼が別番街に流れているとも思える。
コアの主観でいえば犯行が大胆になっているとも大雑把になっているとも感じる。
ありがちな事ではあるが、それを考えれば獣よりは人の線が濃厚であると思う。
「んーーー」
思考の海に考えが埋没する。
「それでさ俺の予想としてはな」
片耳でヨハンの雑談を聞く。
夏に、火の季節が本格的に迫り日差しは強く暑いがコアは新たに購入した紋章板で、ヨハンは冷気魔法を纏い外でも涼しくすごせている。
全くもって魔法の便利さには呆れるばかりだこれは堕落するな…とコアは痛感する。
何事もほどほどにとは思うものの、何を好きこのんで苦しい思いをせにゃならんのだとも思う。
全く人とは度し難い。
「でさ、これがまたすごい展開でーーー」
ヨハンの声が不自然に伸び、思わずコアはドーナツを食う手を止める。
「どうした、ぁーーー」
コアも語尾が伸びる。
「……どうやって見つけてるんだ」
「全くじゃな」
公園の入り口に見慣れた赤毛、ヘラが立ってコアを睨み、こちらに向かってくるところだった。
ヨハンが常に使っている住んでいる区画は十一番街、ここは九番街の住宅街と商業区の境にある少し寂れ気味の公園で周囲の住人のちょっとした憩いの場、ベンチと砂場、ちょっとした広場があって陽射しが気持ちよくさし木陰にはどこからともなく猫があらわれて涼んでるような知ってる者からすれば隠れ家的な平穏な。
「灰色!!ここにいたのね、勝負よ!」
――あぁ、さよなら平穏。
うぜぇ。
コアとヨハンの偽らざる思いが顔に出そうになる。
ここ最近で、貴族様の子女とは実は暇なのか、コアによく絡んでくるヘラ。
その度に逃げたり、半ば作業的に昏倒させたりとただただ面倒くさい。
ヨハンとしては気の合う友人との語らいを邪魔され面白くない。
ヘラとの接触はコアとのあの馬車での一件以来その頻度高く、街に出てるとほぼ捕まる勢いだ、何か魔法的な探索にでもひっかかっているのか。
さすがに十三番街になると出逢った事はないが、その内出逢いそうで怖い。
ヴァルとの関係、ないしは蔓延する愛人うんぬんのトンデモ噂を知られると思うとコアも気が重く、気まずい。
なるようにしかならないし、それで誤解されてもそれはそれで別にとも思うがこちらからトラブルの元を引き寄せる事はしたくないというのが本音だ。
「ヨハン、人は日々成長するものだ」
「なんか、よくわからないがかっこいいな」
「――とある洒落者から女に対しこういう時はどう対処をすればよいか聞いておる、ヘラとの事もかいつまんで話しておるし多分ばっちりじゃ」
自信満々に胸をはるコア。
口元にドーナツのカスがついていなければもっとしまっていたのだが……。
とりあえずヨハンが手持ちのハンカチで拭いてやる。
「んー、んっ……すまんな」
「あーまぁ、気にすんな」
ちょっと口を拭ってる時に色っぽい声だすのは反則です。
「で、ほんとに大丈夫なのか?」
「まかせておけ。策はある、ものは試しとも言う、人と人の付き合いとはつまり『対話』よ!」
力強く言いきる。
ヘラがこちらに一直線に向かってくる。
彼女の装いは真っ直ぐな白シャツに膝が見えるかどうかくらいの黒ズボン、黒革のブーツ、腕にはなんらかの魔法道具なのか銀の装飾品が映える。
コアはベンチから立ち上がる。
両者は見合い、その距離は近づいてゆく、真剣勝負にも似た間合いの緊張感。
そして
「どうしたの~? ヘーちゃん♪」
「「えっ?」」
とろけるような笑顔とは正にこの事で困惑する二人をなんでもないかのよう、距離はあっというまに詰められ緊張のヘラの間合いを何事もなく静かに踏み込む。
「ヘーちゃんは今日はなんの用なのぉ~」
コアの甘えたような声というのをヨハンははじめて聞いた。
幻聴かと思った。
夢じゃないのか、え、リアルなんですかこれ。
「灰色、な、なんの真似だそれは」
コアはヘラの左手側に回り込むとその腕を絡め取り、ねじり上げる……などはせず抱き込む。
これにはヘラも大困惑だ、いつもの調子なら腕をねじり上げ魔法を封じられた後に昏倒一直線。
何かよからぬ企み、大きな陰謀に入りこんでしまったような気分にもなる。
「ヘーちゃんとは前々から仲良くしたいなぁと思ってて~」
体が自然と密着する。
「何を企んでる!!」
にべもない。
ヘラの緊張感は半端じゃない、彼女からすれば既に腕を取られているのだ。
逃げろーーーそれは人の形をした怪物だーーー。
理性は叫ぶ。
が、それ以外のヘラの部分が「あっ、なんかいい匂いする」とほざいていた。
待て待て待てこれは罠だ、それも特大の、引っかかるな、落ち着け、まずは。
「ヘラはワタシの事きらいなの?」
耳元で、息の感じられる距離で少し真剣な声音が囁きかけられた。
「ワタシはヘラの事いいなぁって思ってるのに、ワタシのことキライなの?」
上目遣いで目は心なしか潤いを含んでいる。
「えっ、いや、嫌いではないが、いや、えっ???」
それがヘラにどれだけの効果があるのかわからないが洒落者から教えられた対話を実践する。
腕と腕は蛇のように絡み、コアの胸や腰周り、ふとももがヘラの腕や手に触れあう。
冷気を纏いつつも確かな体温とうるさいほどの鼓動、リアリティが交錯しヘラはなんというか、もういっぱいいっぱいになった。
異性の、はたから見てても美しいこの灰色が自分に甘えるよう、好意的に体を預けてくるのだ、子供同士、子供であるが、同年代にとってはもう全くなんというか頭の中をぐちゃぐちゃにするような衝撃である。
言ってしまえばヘラのコアに対する絡みとは『好きな子についつい……』というものでしかない。
それはコアにもヨハンにもわかる、バレバレなのだ。
しかし、コアにとってみれば嫌われてはいないが変にライバル的に見られていると感じてたし相手は子供という感覚、ヨハンにしてみれば貴族様の気まぐれ程度に捉えていた。
が、ヴァルは話を聞いておおむね正確に俯瞰していたというべきか、ヘラのコアに対する想いとは現状では色々と不純物の混じった不確定なものだと見ていた。
これからの対応次第ではどうとでも転び得る。
そのどうとでも転ぶ過程であるからこそ面倒であって、もう付き合うなら付き合うまでやってしまえば現状の面倒はなくなると単純に考えた。
ヴァルにしてみれば自分の弟分(と勝手に思ってる)コアが年頃なのに誰ともお付き合いなく大きくなるのは危険、不健康とさえ考えていたし、異性と一人や二人どうとでも対処できるようにならないとこいつは大きくなった時にそれこそ苦労するだろうな、こんな容姿だしと感じていた。
言ってしまえば将来に対する練習、予行演習だ。
相手は貴族だというし平民相手、それこそ今よりも大きくなれば自然と解消するものだとも思っていた。
残酷な話かもしれないがそれが格差、身分の違いというもの。
本気で両者が好き合った場合にどうするんだ…とも思える無責任な話であるものの、あのコアに限って色恋に本気になるようなとも考えていない、あれはそういう類の者ではない。
そういう事に本気になる性質のものではない。
それはヴァルが肌で実感する、確信だ。
ヴァルはコアにあれこれと吹き込んだ、曰くこれをやっておけば王都では間違いない、これはエルフでは日常茶飯事のコミュニケーション、ああやっておけば仲良くなって面倒はない、むしろこうするのがここでの礼儀や流儀。
それなりに長い時をパアル世界で過ごしたものの引っ越しがちな婆さんとの特異な生育環境と異世界の常識や礼というものにいまいち馴染んでいないコアはそれを信じた、信じようと思った。
冷静に考えるに頭がお花畑としか言いようがないが判断力が幼い肉体に引っ張られていたと、後に思う。
そしてヴァルも正直に告白すると途中で、あまりにも純粋に信じるコアに対し面白がって斜め上の事を仕込みまくった。
ヴァルにしてみればささいな悪戯、まだまだ子供な弟にちょっかいをかけていたにすぎない。
ただ奴のちょっかい、無法と性と色の混濁する街の常識にどっぷり浸った街の長の常識は一般の常識とは懸け離れているのだ。
自称常識人の常識ほどあてにならない事はない。
かくして種はまかれた。
「ワタシはヘラの事を『スキ』かも?」
「!!!!!!!!!」
頬と頬が密着するような近接、息のかかるような至近。
これが後二〇才は年かさの話なら部屋でやってくれという事だがエルフ的にまだまだ三〇というガキでは大人の視点ではじゃれ合いにしか見えないかもしれない。
ヨハンは目の前の哀れな獲物を静かに見つめていた。
紙袋からドーナツを一つ勝手に拝借。
もしゃもしゃ
一体どこから仕入れた知識か方法論か、以前にヨハンはコアはこのままでは将来悪い女にひっかからないか心配だとも思ったが今では逆の感想だ。
危うすぎる。
こんな事を大きくなってからすれば刺される事もあるのではないか、というかコアは無事でも周囲が戦場すぎる。
ライトエルフの世界では『戦呼び』だとか呼称される大層な美貌の王太子がいるみたいだが、コアは将来それの二の舞になるのではないか?
そんな不安が確かな実感を持って、有り得そうでそら恐ろしくなった。
俺がちゃんと、しっかりしておかないと…そんな気持ちがヨハンに固まる。
とりあえずこの場は静観、現状でもどう転ぶか、ぶっちゃけどうしていいかわからないというのが本音。
エルフの三〇はまだまだ子供です、コアが異常なんです。
コアとヘラの耳と耳がこすれ合う。
あれはエロいですねぇ。
ヨハンは眼前の喜劇を眺める。
あれはわざとなのか天然なのかわからないが、エルフ、長耳を持つ者の文化で耳と耳をこすれ合わせるのは特別な意味がある。
家族であるならべつに、同姓同士でも大した問題ではないだろう。
だが年頃の異性なら。
まぁなんというかそういう意味だ。
「ヘラはワタシのこと、どう思ってるの?」
「あ!!もう、え、!!あえ、私も、そのえ、すき?」
可哀想になるくらい顔が紅潮し空いてるヘラの右手は所在なさげに宙をさまよう、視線は定まらず、ろれつすら怪しい。
「ワタシたち今まで誤解があったと思うのね、だからこれからお茶でもしながらお話すればもっともっと仲良くなれると思うの」
「えっ、あ、うん」
もうやめてあげて!
「良かった、じゃあこれからお茶にしましょ、ヨハンも一緒でいいよね?」
「あ、うん」
もはや『うん』と言うだけの道具になったヘラ。
コアは腕を絡めたまま後ろを振りかえりヨハンに視線を送る。
まぶたが不規則に瞬く。
空いた左手でヘラから見えない位置で手信号。
それの意味する所は
ワレ奇襲ニ成功セリ
であり
茶屋で高いメニューを思う存分たかるぞ!!
であった。
俺は今日お前が心底こええよ!!
が、コアの目をじっくり見てヨハンは一つの事実に気づいた。
涙目になってんのは演技じゃねぇのかよ!!
そこまで苦痛ならやめろ(笑)
「じゃあ、この先に良いお店があるからそこで、ね?」
その言葉はどう聞いても怪しい店に連れこもうとする悪い客引きだ。
腕を組んだままフラフラ、コアとヘラが歩き出す。
ヨハンも呆れ顔でコアの残した紙袋と木刀を手に動き出す。
何やってんだろ俺ら。
それはいざ行動したコアも思う事だろう。
教会の鐘の音が響き、刻は七刻半(一五時)。
気の合う者とお茶を飲み語らうには丁度良い時間だ。
もっとも今のヘラに語らう頭があるとは思えないが……。
「でもってあれ絶対に『対話』じゃないよね」
ヨハンの声は二人の耳にも届かず虚空へと吸い込まれた。
もしこの場にヴァルがいればなんと言ったのか
『マフィア的には対話、お話を円滑に進める為の範疇よ』
とでも顎髭を撫でながら悪びれずに言っただろう。
悪党と付き合うのはいいものだ、自分がいかに善人かわかる。
誘惑を対話とは絶対に言わない。
そして、コアもヨハンもヴァルも全くもって迂闊としか言いようがないが恐れ多くも火の武門一派、ご高名なヴァランディス伯爵家の子女をたぶらかす事がどれほどの面倒事を背負い込むのかわかっていなかった。
火の女を誘惑してただですむ道理などないのだ。
本気にさせる事がどれほど厄介か。
後日コアに聞けばこう語るだろう。
平穏とはほど遠い選択であったと。