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04:老人と闇の街

 ある嵐の話である。

 

 この街にはじめて来たそれは迷いに迷い、いつのまにかそこに辿り着いていた。

 無法者達の暮らす区画、正常な者ならば眉をひそめ近づかない場。

 肩が触れた、視線が交差した、くだらない理由で害する魔法や刃物が出る、そんな場所だった。

 嵐はいたく喜んだ。

 なんと粗野で、暴風の吹かせがいのある場所であろうか。

 平穏が嫌いなわけではない、が普通ならば望んでも出来ない事が、向こうからやってくる、向こうからこちらを喰らおうとやってくる。

 懐かしい刺激に嵐は狂喜した。

 まず手近に居るじろじろと見てくる者に視線を向けた、よろよろとふらつくごろつきとぶつかった。

 食いつかれ思う存分、風を吹かせた、嵐を起こした。

 

 弱い。


 こいつも弱い。


 その兄貴分も姉貴分も弱い。


 まだまだ足りない。


 弱い、足りず、脆い。


 撫でるだけで十分、打つに値せず。

 「……がっかり」

 嵐は去る。

 後に残るは撫で棄てられた無法者の山があるだけだった。






 十三番街にはおいそれと近づくな。


 これは王都に住む人間のごく当たり前の常識である、貧民街、暗黒街。

 夜ともなればその一部、表層は歓楽街として機能し、少し奥まった所へ行けば表、陽の当たる場では受けられない様々なサービスやご法に触れる品を見る事、買う事も出来る。

 薬、禁制品、売り男に売り女、奴隷、公営ではない賭博、ありとあらゆるモノに値段がつけられ、そこには刹那的な享楽があり、金と人脈があれば入手出来る。

 街の、人の欲を押し込んだような番外地。

 近づくな、確かに潔癖な人であればそれは正しい事であろう。

 だがエルフといえど、人間程に抜きん出て欲深くはなくともライトエルフ程にお行儀が良いわけでもなく、皆が一様に正しく潔癖である訳ではない。

 かくして今日も十三番街、闇の街は穢れた栄華を誇り、水面下、水面上問わず利権にまみれた無法者達の抗争が繰り広げられる。

 人が違う、臭いが違う、空気が違う、男や子供が居て良い場所ではない。

 それは夜に限らず昼でもさして変わらず、むしろ昼である方が危険な際どい場というのも存在する。

 


 「平和じゃの~」

 十三番街、中層にある酒場兼軽食屋で一人テーブルにつき茶を嗜むコアがいたりするが。

 店内には幾人もの客がくつろいでいる、陽の高い内から酒を飲んでいたり、夜の仕事に向けて今起きてきたと思しき半裸姿の女性や青年が朝食をとっていたり、一見してその筋の人達がカードを片手に談笑していたりする。

 店には大きな柱時計があり時刻は『8』の少し手前を指している。

 パアル世界では一日を十二区分する、コアの主観で地球とそう変わらない一日の長さであろうと思うが時間の表現がやや違う。

 一時間を半刻と表現し一刻で二時間という具合だ。

 かつての日本の十二の定時制の時刻表現に近い。

 時計盤にはアラビア数字で数が刻印されている、地球世界では見慣れたものだがパアル世界の異界でこれを見た時はコアは驚いたものだ。

 これにはいくつかの仮説がコアの中である。

 ひとつは偶然の一致。

 結局の所、知的生命体の考える得る発想や発明などは似通ってくるものだ、大体同じ生理現象や構造の人間型なら尚更、またパアル世界には魔力、魔法などというものや、一部地球ではありえない光景や現象、事象があるものの概ね地球と同程度の物理法則が働いている事を鑑みればその結論もあながち間違いでないとも思える。

 そしてもう一つ有力なのが、こちらこそが本命だが、おそらくは古代、昔に、コアと同じかどうかはともかくこの異界に来た、地球からの来訪者がいたのではないかという説だ。

 文化や風俗、また本を読めばたまにある、異質な、英語、ドイツ語、中国、日本などのような妙な文字表現、単語、数字の表現、概念。

 たとえば、この世界、パアルには盤上遊戯で『チェス』がある、名称もルールもそのままにチェスだ。

 『トランプ』もある。

 偶然の一致と言うには強引だろう。

 かつてこの世界に来た人、もしくは人々は暇をもてあましたのかも知れないと思うと苦笑してしまうコアだった。

 (生きてる間にそういう者(来訪者)と出逢いたいものじゃな)

 地球を懐かしく思う。

 ここに生まれてもう三〇年はたつがまだまだ地球で過ごした時間の方が長い。

 無性に米がくいたい。

 味噌でもいい。

 俗な話、食の記憶はしつこい。

 どこかに伝来してないものか。

 (……今はこれで我慢かの♪)

 思考と感傷の海に浸りつつ茶を飲む。

 茶の色は緑であり、いわゆる緑茶。

 紅茶が一般的ではあるが、これは東方からの輸入品らしい。

 好事家には受けているものらしいが一般的にはまだまだ普及、受け入れられていない高価な茶である。

 

 ゴォォォォン


 遠方より鐘の音が聞こえる。

 時計を見れば針が8指している、地球感覚でいうと午後の四時。

 時計盤には分針はない時針だけである、工業も手工業レベルであり、機械化などされていない世界でありタイトな分刻みの時計など必要ではないらしい。

 一応は分や秒などの概念はあるようだが。

 地球の、先進国や日本に比べて色々とここらへんは緩い、たとえば距離の感覚もそうだ、隣町までどれくらいの距離など?と聞けば。

 馬で一刻かな?

 という風にだ。

 そんなものは使う馬、道の状態や乗り手、天候に左右されるわけだが、万事がこういう調子、おおざっぱな世界であり、おおざっぱなコアにはわりと居心地が良かったりもするので問題なかったりもする。

 とはいえ、これは民族性もあるのかもしれない。

 コアが伝え聞く所によるとライトエルフなどはこういう事、単位にいちいち細かいらしい、ドワーフも鍛冶仕事に関わる事になると細かい、妖精人も金が絡む事には細かいらしい。

 文化というものか。

 そこらへんはコアにはまだまだよくわからない、ダークエルフの文明世界から出た事がないので。

 世界を広く見ないと結論は出ないだろう、なんせテレビもラジオも新聞すらない世界だ。

 暖かな初夏の日差しが窓から差し込む。

 「平和じゃの~」

 しみじみとコアは呟いた、剣の事など、武の事など、荒事など無縁のような一時。

 前世の今際の際、こういう生を望んでいたのかもしれない。

 そう思わせるような気持ちの良い午後だとコアは思った。




****




 『口の軽いある無法者商人の会話』


 『嵐』の話はこの十三番街ではタブーだ。

 なにせ街のありとあらゆると言っていい無法者、ヤクザ者、組、一家が等しく蹂躙されたのだ。

 恥も外聞もあったもんじゃない。

 腕自慢の者は腕を砕かれた、大きな口を叩く者は顎を粉砕された、腕のいい魔法使いは指、手、腕、のどを潰され心を折られた、首をありえない方向に捻られた者もいれば、執拗かつ丁寧に肋骨を砕かれた者もいた。

 ありとあらゆる苦痛が抵抗者には与えられ、また折れぬ者には折れるまでその力と技は振るわれた。

 そして、恐るべき事にその話の中で死者が一人としていない。

 苛烈な責め苦を味わい、首すら折れた者もいたが、驚くべき事に誰も命を落とさず腕の良い魔法治癒師にかかれば身体的な後遺症もなく生還した。

 常軌を逸した話だ。

 何も知らん奴が聞けばとんだホラだと笑うだろ?

 区一つの規模の暴力者を相手に死者が出なかった、あとくされのない後遺症すらなく、魔法や刃物が出た現場の乱戦で腕や足、指や目すら失う者が一人もいなかったという事がどれだけ異常な事かわかるだろうか。

 くそったれが、嵐は『手加減』していやがった。

 その事に街の皆が気づいた時、冗談でもなんでもなく場から言葉がなくなった。


 どんなに強くても寝込みを襲えばいけるんじゃね?

 そういう馬鹿もいた。


 街に帰ってこなかった。


 周到な罠ではめて囲めばいいだろ!!


 しばらくして様子を見にいけば廃人の山が出来てた。


 嵐には絶対に関わってはいけない。

 これは親切な忠告だ。

 いや、言い方を変えるぞ、関わってもいい、ただし死ぬ時はお前一人で死ね、こっちに火の粉をまくな。

 腕試し?

 一人で死んでくれ、な?


 嵐の話はタブーだ、だけどな禁忌であるせいで逆に人は惹かれ伝説になりやがる。

 今じゃ嵐の話には尾ひれ背びれがついて、触れたら死ぬ、いや見られたら死ぬ、口から毒を吐く、体が剣で出来ている、実は地上に降臨した悪魔だとか収拾のつかない有様だ。

 馬鹿な話だ。

 実際に見た事がないからそういう事を言う。

 茶化せるんだ。

 あれはそういう冗談で誤魔化してしていいもんじゃない。

 茶化してジョークにして、知らなければ馬鹿な奴なら手を出してしまうだろうな。

 

 なんたって、まだ毛も生えてねぇようなガキが嵐だなんて誰も思わないだろ?

 

 もう五年は前の話か。

 きったねぇ野生児みたいな女か男かもわからねぇようなガキだ。

 あれからだ、新参じゃない街の住人がむやみやたらに子供にはつっかからねぇ、近づかねぇ、邪険にしねぇようにしたのは。

 皆のトラウマだ。

 まぁでも伝説は伝説というべきか、あれから嵐が街に来る事もないし、この街は『平和』そのものだ。

 あれはあの時かぎりのそういう悪夢だったのさ。

 あ? 嵐は今どこにいるか?

 そんな事聞いてどうする、余計な好奇心は死ぬぜ。

 いいか、嵐の話はタブーなんだ、大っぴらに話せない、わかるか、大勢のヤクザ者の面子が関わってる。

 下手に刺激、喧伝してみろ、嵐がどうこうよりその筋の奴らが口を塞ぎにくるぞ。

 悪い事はいわねぇ、伝説は伝説のままにしておくに越した事はないって事さ。

 よくある街の、怪談みたいなものだ。

 暑くなる今の季節には丁度良いな。

 

 

 

 あぁ? オルトファミリーの話だ?


 ……あそこはいっとう悲惨だったな、武闘派っていやぁ聞こえはいいけどよ。

 その看板を守る為に死にもの狂いで嵐に向かっていってよ。

 腕の立つ奴は軒並みやられるわ。

 極めつけはオルトのボスだな、男だてらにファミリーの長だもんでよ、一度弱みを見せたら、舐められたらこの街じゃ生きていけねぇ。

 だから必死も必死。

 どんなに叩かれても砕かれても嵐に何度も挑んでよ、最後には瀕死でよ片目まで潰されたんだから。

 何の後遺症もなく皆が生還したって言ったがオルトの旦那は例外だなそういや。

 まぁでもこれもおかしな話でよ、今でも治癒師に相応の金と時間を積めば目は治るみたいなんだよな。

 でも旦那は頑なに治そうとしないんだ、わけがわからねぇ話だぜ。

 

 今のオルトファミリーはどうかって?

 相も変わらず武闘派も武闘派だがよ、最近じゃ色々まっとうな事業に手を出して、これが当たってるみたいで羽振りがいいらしい。

 脳みそまで筋肉で出来てるかと思えばよ、嵐の一件が良くも悪くも変えたって事かな。

 今じゃ街の顔役って言ってもいい。

 災い転じてなんとやらというか、どこの世界でも世渡り上手ってのはいるもんだな。

 


 あぁこれか、凄いだろ、田舎じゃまだ出回ってないか?

 さっき言ったオルトの工房で作ってる商品だな。

 ワシとマンネンヒツってやつだ、こんな質が良い安価な紙と便利なペン、そりゃ売れるわな。

 ほんと世渡り上手、目敏い、面白い事考える奴ってないるもんだな。

 

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