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17+:無茶と裏切り

 竜とは畏怖すべき絶対者、雲上にて君臨する天上存在。

 成竜ともなれば身を覆うその鱗は鋼鉄を凌ぎ、ミスリル鋼やドワーフ鋼を用いてさえ害する事は容易ではなく。

 その身から生え伸びる硬質な爪や牙は如何な魔法をも断つと云う。

 言葉を解す高い知能、人類種とは隔絶した膨大な魔力、単騎による大規模、高難度魔法の行使。

 爵位級の竜ともなれば万軍をもってでも対処の難しい存在。

 地上に降り立ち、人々と触れ合い、恩寵を授ける竜は崇め奉られる一方、地に立ち無法に、気の向くままに荒れ狂う暴竜は万軍の命を賭してでも討つべき災厄の代名詞。

 

 この世に名剣を冠するものは数あれど竜を斬れる剣というならば、それは聖剣、魔剣などと呼ばれるに相応する物。

 あるいは神域に属す秘宝、聖遺物、神剣となるだろうか。

 今よりも文明華やかし太古、神と人が近く、語り、触れ合えた神代の時代においてはそのような物はありふれていたらしい。

 天を貫く槍、海を裂く刃、地を砕き割る槌。

 多くの神話や伝説に出てくるそれらは後に起こる『黄昏』においてその多くは散逸し、作り出した神々もお隠れになってしまった。

 現在では栄華を誇った多くの国も都市はなく、今では正確な位置すら忘れ去られ、埋もれた遺跡として冒険者、探索者に偶に発見されるくらいであろう。

 未発見の、盗掘にも荒らされていない、探索者の手の入っていない遺跡、そこに眠る品々、宝と聞けば誰もが多大な財物を夢見るが大体はろくでもない大した事のない品々が発見されるのが常である。

 当時の人々が使っていたであろう生活品、雑貨、壊れた家具、通貨に装飾品の類。

 これはこれで好事家の間ではそれなりの値で取引されるものではあるのだが危険を冒してまで得ようとする物でもなく往々にして人から忘れ去られた地、遺跡などは魔獣や魔物が闊歩する危険地帯となっている。


 だが、いまだ見た事のない神秘の財がそこあると賭けて人々は挑む。

 ある者は金の為。

 ある者はかつての栄華の残滓を求め。

 ある者は名誉。

 ある者はそこに夢を見出して。



 しかし、この場合はそのどれもが違う。



 好きな男の気をひくためだ。



 

 「うおおおおおおお、死ぬ、今度こそ死んでしまううううううう!!」

 人を一口で噛み砕ける程に育った巨躯、灰色、ネズミ型の魔物がヨハンの後方から木々を薙ぎ倒して迫る。

 並走するヘラが背面に風刃を幾重にも展開、瞬時に発動。

 ネズミは甲高い声で鳴くと地面がめくり上がり障壁となって刃を難なく防ぐ。

 壁となった地面を物ともせず、そのまま体当たりで砕き抜き、牙を剥きだして更に迫り来る。

 ここは王都西域にあるレクティア大樹海。

 古代遺跡群を飲み込み多くの挑戦者を亡き者にする魔の領域。

 「ヨハン、私は右へ行く、貴方はまっすぐ」

 「……どうする気?」

 何か策はあるのか?と。

 足下の石や倒木に足をとられぬよう注意を払いつつ全力疾走。

 「…ネズミは貴方にご執心みたいだから?」

 「見殺しじゃないかーーーやだーーー!!」

 「チッ」

 舌打ち。

 貴族様の傲慢さ極まれり。

 (…家に帰りたい)

 ヨハンは本気で何度目かもわからなくなった思いを胸中で呟く。


 それは暑い、火の季節も終盤にかかる、そろそろ九の月にさしかかる時節。

 手を貸せと否応もなく連れ去られ、諸々の道具を満載したリュック、装備をさせられて連れてこられたのは死地たる大樹海。

 森のほんの入り口程度ならいざ知らず、地図が用を成さないほどに奥地に入り込んでしまっている。

 ここ最近はこんなヘラと子供の遊びというには危険にすぎる、冒険紛いの事を何度となく繰り返していた。

 こういう事はコアを誘うべきだろうとも思うのだがヘラはそれを何故か良しとしない。

 せめて子供だけではなく伯爵家の侍従、大人の手を借りるべきだとも言ったが、それも嫌だと言う。

 全く訳が分からない。

 

 「ヨハン、ほんの少しでいいあいつの足を止めて」

 ネズミが後ろから迫る。

 その足は速く、一歩また一歩と近づく。

 「えっ? そんなのどうやっ」

 ヘラはヨハンの肩を掴むと後方へ引き倒した。

 「えっ」

 揺らぐ視界の中、絶望。

 走り去るヘラ。

  ネズミが大口を開けて哀れな獲物へと飛びかかる。

 「わああああああああああ」

 絶対の危機にあってヨハンの叫びは詠唱動作となり拒絶の防護壁を展開。

 危うい所で魔物の牙が止まるが長くは保たない。

 「くっそおおおおおおおお」

 決死の叫びと意志。

 断固とした拒絶の意が、魔法が、巨躯の魔物を浮かせるまでに至る。


 「我が声に応じ貫け炎槍!!」


 ヘラの詠唱声、一筋の火線、白熱の炎槍は宙空の魔物を穿ち、貫き

 「爆ぜよ!!」

 爆散。

 ヨハンはそれを呆然と見つめ

 「たすかった……」

 悄然とうなだれた。

 「……さすがに危なかったわね」

 ヘラがゆったりと歩みながらヨハンに声をかける。

 

 危なかったわね

 じゃねぇよ!!


 「……あー、あの、そろそろなんでこんな事をしているのか、この愚弟にも教えて欲しいのですが」

 太陽は天頂、ヨハンはよろよろと立ち上がり実姉に対し何度目かわからない疑問の言葉を今日は初めて口にする。


 公にしていない、する事でもないがヨハンはヘラ・ルナウ・ヴァランディスの実弟にあたる。

 ただし頭に『腹違い』のがつく。

 ヴァランディス伯爵家、現当主はヘラの母、ヘラの父は母と共に学院で机を並べた仲であり、それはヨハンの母親ともだ。

 かつての三人に何があり何がどうなったのかはヨハンはよく知らない、物心ついた時にはかつては騎士であったという母は一人でいた。

 父とも会った事はあるしヘラの母、カーラ・ルナウ・ヴァランディスとも会った事はある。

 特に何かされたわけでもなく、殊の外可愛がって貰った程度の記憶しかない。

 何があり、何がおこり、今もどうなっているのかわからない。

 ただ母とカーラは不仲というわけでもなく、カーラにいたってはヨハンの母とは親友。と公言する。

 子供心には不可解ですらある。

 

 そういう奇縁もあってヨハンはヘラやその兄とは昔から顔馴染み。

 他家に輿入れした、王都にいる兄を訪ね伯爵家の領地から王都に出てきたヘラがヨハンと会い、コアの事を知り、おもしろ半分に手を出したというのがこの夏のはじまり。

 すぐに所領へ帰るはずが、何かにつけては引き延ばしを続け王都の伯爵家別邸に居着いているヘラ、如何に彼女がコアに執心しているかわかるというものだ。

 

 もしかしたら今回の姉の奇行にコアが絡んでくるのか?


 ヨハンの半ば確信めいた思考。

 「――またコア絡みですか姉さん」

 二人でいる時は姉と呼ぶのもやぶさかではない、裾の泥を払い呆れ気味に問いかける。

 二人の服は森に分け入っても問題のない肌の露出を抑えた山歩きの装い、靴、装備。

 ヘラにいたっては普段は持ち歩かない茶暗色の杖、杖の先には赤い輝石が嵌め込まれ、自身の魔法を補助強化、魔力の集束を助ける。


 「……」

 沈黙は肯定と受け取って良いのだろうか。

 「で、今回は一体なんです?」

 ヨハンは更に問う。

 この姉にはこの夏、さんざん振り回されている。

 コアといる時は気を利かせて席を外せと視線で追い立てられ、コアには居てくれと板挟み。

 何かにつけてコアの好みだとか欲しい物だとか、話を聞かれて、紋章術が付加された装飾品を選んだり、それを贈る場を設けたり、何かにつけて自分を持ち上げろと指示されたり、無理難題も数知れず、例を上げればきりがない。

 「正直ですね、命の危険がある以上はこれから先は理由を言ってくれないともう無理、あっつううう!!」

 きっぱりと拒絶した瞬間に火の矢が飛んでくる。

 「ちょっ、しゃれにならな、熱い、あつっ、あぁもう怒った……あっ、嘘です、嘘、いってみただけで」

 全力で抵抗を試みるも、のし掛かるような風と力場の圧に膝を屈するヨハン。

 抗うもその顔には脂汗が浮く、魔力量、出力、技術ともに彼我の差が違いすぎる。


 いざとなったら力か、これだから『女』って……。


 「…姉さん、よく考えて下さい、俺が理由を知る事によって利益は計り知れません、作戦の成否は情報の共有からと古来より、あつ、あつぅうううう」

 こいつは鬼か、身動きの出来ない相手に対して熱の波状攻撃。

 魔法杖の補助があるとはいえこの年にして複数の魔法を同時に行使する手腕はそら恐ろしい。

 この姉にはたぶん一生、魔法では勝てない。

 ならどうする?

 魔法、力で敵わぬ弱き者はどうすればいい?


 「そういえばこの間、コアがヘラは可愛いなと綺麗だなとしきりに褒めてたなぁ、気前よく品をくれて嬉しいとか愛用してるとか、そういえば最近、なんか欲しい靴があるとか、なんだったかなぁー」

 大嘘。

 「……詳しく話を聞こうか」

 


 ちょろい!!

 



 ***




 「はぁ…? 竜を斬れる剣…ね…」

 しつこく聞き出しておいてなんだけれど気のない返事をしてしまう己を誰が責められようか。

 獣道を行きながら事の経緯を姉より聞くも困惑。

 いけ好かないライトエルフの話、指輪の話、それに向けてコアの発言。

 ライトの事はともかく、指輪…正直、姉がそこまで入れ込んでるとは思わなかった。


 これは知性人類種の共通する習わしであり、その発祥は諸説はあるが神々の時代にまで遡る。

 元は神々が行なっていた行為を人々が真似て広まったとされているが、そこまでいくとおとぎ話なので信憑性はよくわからない。

 本来は意中の相手に指輪を贈る、交換して連れ合いとなる。という流れらしいのだが、長い歴史の果てによる変質か今では女が男に指輪を贈り、男が薬指にそれを嵌める事で成立。

 というのが一般的。

 

 なんにせよヴァランディス伯爵家の長女が迂闊にやっていいことではない。

 コアの方も場を治める為とはいえ、いい加減な話をふってくれたものだ。

 竜を斬れる剣が欲しいというのは方便にしても……もっと実現不可能なもの、穏当なものにしてほしい。

 火の女は竜を斬れる剣程度ではあきらめないのだ。

 それに巻き込まれる、振り回される身にもなって欲しい。


 「でも、あるかどうかもわからない剣を求めて樹海に入るなんて姉さんも大概馬鹿でしょ、あっつ」

 すかさず熱波がヨハンを襲う。

 こいつは鬼だ。

 「いや、考えても見て下さい、伯爵家の威光やら人脈やらお金やらで、てきとーな良い剣をでっちあげて渡す事は出来るでしょ?」

 手で印を描き風の防護を展開、熱を逃がしつつ暴君にお伺いを立てる。

 「えっ!? そんな事していいの」

 とりあえず熱は止んだ。

 「いや、いいか悪いかで言えば悪いんでしょうが…竜と言ったってピンキリでしょ? 子竜ですか? 成竜ですか? 爵位級の竜ですか? ワイバーンみたいな亜竜も一応はというか、生物学上は竜種ですが、あれを斬れる剣なら結構ありますよね?」

 「!!」

 実はこの姉、そうとうな馬鹿かお人好しではないのか。

 「ええと、つまりですね、『竜を斬れる剣』なんて言っても解釈しだいでどうとでもなるんですよ?」

 「と、という事は!!」

 ヘラが小刻みに震えヨハンを見つめる。

 「竜を前にして試し切りする訳でもないんでしょ? 相手が相手だから半端な物は見破られるでしょうが……一級の品を用意すれば、あとは相手の興味をひくような物であればなお良し。という感じだろうかと」

 今、間違いなくヨハンは悪い目をしている。

 「なるほど!!」

 「……いやはや、聞けばなんとも簡単な問題でしたね」

 笑顔。

 「今日という日ほど貴方という弟がいて良かったと心底思った事はなかった!」

 そしてヘラも笑顔。



 ごめんコア……俺も命は惜しい、こんな危険区域に一秒でもいたくないんだ。


 ヨハンはそっと友人に懺悔した。




 「――そういえば、コアが前に四番街に行った時に武具屋で『竜殺し』なんて剣を見たとか言ってたな…凄い値段でびっくりしたとか」

 「へぇ……とても興味深い、店の名前とか詳細を聞こうヨハン」



 ほんとごめんコア。

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