01:老人と異界
こちらのサイトで多くのネット小説を読み、楽しませていただき
恩返しというにはあれですが自分もまた誰かの無聊を慰められたらなと思い投稿しました
読む人の退屈を少しでも紛らわせられたら幸いです
「ここまでか」
夜の闇、平原、周囲に横たわる数多の死体。
老人の手に握られたるは短刀。
その短刀にて屠った命たち。
が、代償は大きく老人の体からもおびただしい血量が流れ出している。
「…無念」
生まれてこの方多くの者と殴り合ってきたし斬り合ってきた、楽しく面白かった。
しかし、いまだ武の道はまだその道の半ばもきていない、その頂に指すらかけていない気がする。
師曰く人の生涯を通してその頂に登り切るなど不可能というが、なるほど、それも今なら頷けよう。
寝て過ごすには長くとも武技という長大な学問、それを学び、己が体を持って成すには人の生はあまりに短すぎる。
先生、達人などと呼ばれても長い武の歴史から見れば所詮はひよこという想いがある。
もう十年あればどうか。
自身の皺だらけの手を見つめる。
腹から血が音をたてて流れ続ける。
もっと闘いたい気もするし、いっそ終わって楽になるような
不思議な気持ちが、安息がその身にわき上がる。
「月も見えんな」
空はあいにくの曇りのようで、黄泉路への旅になんとも淋しい。
来世があるなら穏やかに生きたい、いや、それでも飽きずに馬鹿のように木の棒を振ってるか。
あの世というものがあるならあの世で振っているのかもしれぬ。
口元に笑みが知らず浮かぶ。
なんという業、そこまでいくと呪いといってもよい。
老人は静かに座し目を閉じた。
内息を巡らせ整息、痛みは引き、やがて意識も遠ざかる。
***
「来世というものがあるとは…世界はひろいということか、まかふしぎというべきか、いい加減とすべきか……」
子供に似つかわしくない言を吐く餓鬼が一人。
「しかし前の記憶があるのはどうしてか…神のきまぐれ、妖の悪戯?」
黒い伸び放題の髪を後ろで、黒紐で乱雑に一本に束ね、灰色のくすんだ貫頭衣、ズボンはベルト代わりに紐で縛っている。
肌は白く瞳は黒色、そして目をひくはその耳、長く尖った長耳は人間にはありえない容姿。
子供は樹上から古木による手作りの木刀を肩に傾いで街を見下ろす。
街を見下ろせば赤や紫、緑や銀の瞳、様々な髪色の者達もいる。
耳も人間と比べ長い。
ここでは当たり前の姿形である。
昼に太陽は一つだが夜には二つの月が浮かぶ。
地球ではありえない光景。
「地球とは異なる世界、それとも狐狸の類にばかされているか、夢でも見ているか、遥か遠い未来の地球?」
顎に手をあて、子供は老人のような口調で思案。
脳裏には砂漠に埋もれた自由を象徴する女神像が浮かんでいる。
子供、少年の名はコア。
転生者といっていいのだろう、かつては年季の入った老人で剣に明け暮れた地球世界での記憶を物心ついた時から有していた。
街行く人々は色とりどりの髪や瞳を持ち長い耳をそれぞれに有するが皆一つの共通点がある、褐色の肌。
ここはダークエルフ種の住まう王国レグナ、王都レクティア。
「…不義の子」
コアは自身の白い肌を見つめため息をつく。
母の名も顔も知らず、父も同じ。
現在、郊外の森で怪しい老婆と共に暮らしている。
エルフとは人間に比べ長い寿命、視覚や聴覚など鋭い感覚、長い耳と高い魔法素養を有する人類種だ。
人間に近い容姿と相応の文明と文化を持つ。
ここパアル大陸には多くの動植物、人類が暮らす、人類種だけで言っても人間、エルフ、ドワーフ、獣人、妖精人と多様である。
少数種を含めれば枚挙に暇がない。
人類種に分類されるものの知性低く魔法が扱えない種族は亜人とされコボルト、ゴブリン、オーク、トロル、オーガなどは一段下の存在、害獣と同然に見られている。
文明レベルは概ね中世期といっていいだろう、これは国家や土地、街や村によって多少の差異はあるだろうが。
科学技術は発展していないが魔力という力を扱う技術、魔法が厳然と存在する。
生活から医療、工業、軍事に経済に利用されている。
この世の万物には魔力が宿る、身の内にある魔力を統一された精神と然るべき制御法、文言や印、道具などを用い抽出、奇跡へと至り顕現させる技。
虚空から炎を出現させたり傷ついた者を治癒、再生したり、空気中から水を集めたり浄水したりと用途は多岐にわたり人の生活の基盤となっている。
「我の意、声に応じ顕現せよ灯火」
コアは精神を集中し呪文を唱え魔法を行使するも指先には何の変化もない。
魔法は技術であり、万物には魔力が宿る。
コツを掴み、然るべき手順を踏めば誰でも扱える。
才在る者、熟達した者になれば想うだけで魔法を使用する事が出来るという。
だが、コアにはそれが最初から、土台無理だった。
一切の魔法が使用出来ない。
「おーいゼロ!!」
コアの登っている大樹の下から声がかかる。
見れば幾人もの子供達が樹を取り囲んでいる。
友達。と言いたいところだがコアのライトエルフの血、白い肌をからかっている街の連中だ。
ライトエルフ、白い肌を持つダークエルフの近親種にして仇敵。
隣国の小競り合いの絶えない相手。
下の子供らは無視してもいいが無視すると嫌らしく風の魔法を使って落とそうとするので降りる事にする。
混じり者、灰色エルフ、不義の子。
コアのような存在は前例のない事ではないし街にもそういう者はいないわけではない、壁は感じるが物を売ってくれないだとか通ってはいけない道があるだとかそういう事もない。
文明レベルはまだ中世でも魔法という万能な力、それを扱う技術が確立しているせいか相応に豊か、寛容というか余裕のある社会となっている。
だが子供は残酷、というか大人が含んでいる事を無邪気につつき責めてくるものである。
おまけにコアは混じり者という以外にも彼らをからかう事のさせる条件があった。
「待たせんなよ、ゼロのくせに」
降りた先で子供がそう声をかける。
ゼロ、コアはこの世界で生きる誰もが使える魔法の恩恵がない。
正確には生まれながらに魔力を持たない無力者として存在している。
ゼロ。
それがコアの街でのあだ名であった。
魔力がない、詳細にいえば普通の者が自然と出来る魔力をその身に留めておく事が生まれながらに出来ない体、底の抜けた瓶とでも表現すべきか、常に魔力がない故に魔法は使えない、これ自体も稀であるが前例のない事でもない、障害といっていいのだろう、生まれながらにして腕がない、足がないという事と同じだ。
無力者、ゼロとして生まれてきたとして侮られる事は普通はない、哀れみは受けるし魔法社会において魔法が使えない事は大きな不便だが必ずしも不幸ではない。
しかし、この白い肌と相まってこの特徴は良くなかった。
ライトエルフとは、敵対している相手はこんなにも劣った相手であるという認識。
社会の中で大人は取り繕えても子供にはそれがない。
残酷で容赦のない事。
普通の子供ならば泣かされ、いい玩具にされるところだが。
「はぁ、三〇年も生きて幼稚な事だなお前たちも毎度毎度」
三〇年、エルフは長命だがそれ故に肉体的な成長も遅い(第一次性徴は人間とさほど変わらないが)、人間と比して寿命は三倍程度の開きはあり三〇年といえど人間年齢にしてみれば十歳というところか。
だが、コアにしてみれば肉体成長が遅いとはいえ頭の成長まで遅いのは…おつむがいささか悪いのではないか?と人間だった頃の感覚で思ってしまう。
「またわしに…泣かされたいのか?」
あえて言葉に溜めを作りコアは相手を挑発するよう笑みを浮かべる、酷薄そうな、獰猛に見えるように。
子供ら十人は一瞬怯んだ様子を見せる。
体が自由に動く、物心つく年齢からこういう手合いにばかり絡まれてきた、その度にそれなりの対応をとってきた。
適当にかわせるならそれで良し、そうでないなら。
肩に担いだ木刀を見やる。
それなりの対処をしてきた。
相手は同い年の小さな子供とはいえ、この世界では普通の事ではあるが喧嘩で魔法を使ってきたりする、風に火、水や地に干渉する多様な技術。
慣れた今となっては彼ら程度の技ではコアにとっては大道芸の域を出ないが、はじめて見るそれらは子供相手とはいえ油断すればこちらが一方的にやられてしまう、つい生前の剣の腕を持ってとっちめてしまった。
それがいけなかった、少しすれば俺が相手とやっつけた相手の友や餓鬼大将、少し上の兄貴なんかが出てきて収集のつかない自体に陥いる。
それも数年もたてば大人しくなり、住む街などでちょっとした評判程度となる。
ライトエルフのくせに!!と喧嘩相手は憤るものの勝てない相手とわかったのか直接的なちょっかいをかけるものも少なくなってくるし表だってはないもののこちらと仲良くしたいと思う者や妙な憧れを持つ者なんかも出てきて、ここ最近は平穏に街でも過ごせていたのだが。
「わしの手間をとらせた事、日常を邪魔した事についてなにか言い残す事はあるかヨハン」
口角を引きつらせた緑髪、リーダー格の子供にコアは声をかける。
いい加減、襲撃され慣れ、顔馴染み、その度に泣かしてきたのだがまだ懲りないと見える。
「まて、ちょっと待て、今回は俺は止めたくらいだ」
「ヨハン、こんなゼロに舐められるのはもう終わりにしようぜ」
「そうだぜ、あいつがいるなら勝ちだ」
今回は随分と取り巻きが威勢がいい、相当に心強い助っ人でも呼んできたみたいだ。
「随分と自信だがヨハンなにか言い残す事は?」
「俺自身は反対だったんだ」
どこか諦め気味な顔でヨハンは呟く。
どうもヨハンとは馬が合わない、力を借りたくない相手みたいだ。
「…なんか埃っぽいところね」
そいつはのろのろと、よく言えばゆったりと歩いてきた。
「…ヨハン、お前さすがに」
「俺は嫌だったんだ!!」
女である、正確には少女といってよい、年齢はコアらと同年代か少し上くらいか。
褐色の肌、赤い目とクセのある長い赤髪。
なんといっても目を引くのは身につけた服装、下町には似つかわしくない一見してわかる上等な生地と刺繍の服、指には魔法を補助強化する為の銀や宝石を嵌め込んだ一目で高価とわかる指輪をいくつも嵌め込み、手には年代物の暗茶色の杖。
どう見てもフル装備の魔法使いです、ありがとうございました。
「ガキの喧嘩に女は卑怯だろ、おまけに貴族様か」
コアは思わずヨハンに愚痴る。
「俺だって反対したんだよ!!」
逆ギレである。
フル装備、それ自体はさしたる脅威ではない、どんな優秀な道具もそれをちゃんと扱える者でなければ意味はない。
この場合、身につけている相手が少女とはいえ女という事がまず問題だった。
まず前もって説明すれば女は『強者』であるという常識がある。
もう一度言う、女という性別は絶対に逆らってはいけない絶対強者である。
単純な腕力や体力が優れているのは男だろう、それはこの世界でも変わらない。
ただ一つ違いがあるとすればこの世界には魔力があり魔法がある、そしてこの魔法の適正、とかく魔力の容量というものは努力ではどうにも出来ない。
一〇〇の容量を持って生まれた者は生涯その容量の魔力しか持たない、減る事もないが増える事もない。
ゲーム、RPGで例えるところのMPというやつが先天的な資質で決定している。
一般的な男エルフの魔力容量を五〇〇としよう、一般的な女エルフの魔力容量は一〇〇〇を超える。
無論、これは個体差があり優秀な男は一〇〇〇に迫る値をたたき出したりもする。
が、優秀な女の容量はあっさり二〇〇〇を超えたりする。
どうしろと。
魔法、魔力によって身体の補助や強化が出来る事も考えれば単純な腕力や体力の差などないに等しい残酷な性差といえる。
この特性はエルフだけでなく生物全般にいえ、おかげで女性優位の社会がこの世界では形成され常識である。
男が猫なら女は虎なのだ。
男ってあれでしょ?女の出来損ないでしょ?
男ってあれでしょ?女の補助道具でしょ?
男ってOTL
おまけにこの装備、そしてこんな高価な装備を子供に与えられる家というのは富裕層、まず間違いなく物心ついた瞬間から魔法の英才教育を施されるような貴族に限られるだろう。
如何に容量が大きかろうがちゃんとした教育をうけていない子供ならまだ隙もあるだろう。
が、これはあまりにもあまりな布陣といえる。
「…男として最低限のあれこれを捨てて勝ちにきたなぁヨハン」
「俺としてはこんな事は不本意だ」
「というかさ、貴族をどうして、どんなコネを使えれば呼べるんだ?」
「――あぁそれはな」
意外と仲良く話す二人にいらついたのか少女はきつい声を出す。
「で、そいつがそうなの? 悪逆非道の白エルフの手先、ここいらの子達を泣かしまくってる悪童というのは」
「おい」
思わずヨハンを見るが、ヨハンはコアの視線から逸らす。
噂が変な評判になりとんでもない誤解になっている。
「待て、髪は黒い、これはライトでは出ない色…らしい、ダークの血は入ってるそうだし灰色だ」
あくまでも同胞だとアピール。
「ふ~ん」
勝ち気そうな目が細められ上から下までじろじろと観察される。
「ゼロなのに、魔法も使えないのにもの凄く強いって聞いてるけど?」
「いやいや、たまたま」
避けられるトラブルなら避けるに越した事はない。
「そうなんですよ、魔法も使えないくせに妙な技を使って」
ヨハンの取り巻きの一人が話しに割って入る。
「うるさい」
瞬間、取り巻きが風の圧力を受けてふっとぶ。
ぎゃあああああ
ついでに何人か巻き込まれた。
無詠唱による魔法の発動、速く力強い。
無詠唱魔法は普通に詠唱するより強烈なイメージを必要とし出力も弱くなりがちだ、妨害にも弱く繊細で高等な技術である。
それをここまでうまく扱える、怖い相手だ。
「私は話に割って入られるのが嫌いなの」
あと貴族様すごく傲慢。
渋い顔でヨハンは少女の隣に立っている、いやあれは危険がないよう少し後ろに控えているという感じか。
「不健全な構造よな」
立場だとか能力の差だとかそういった諸々のものはどこにでもあるのだけれど子供の時分からここまで歪だと不健全という感想しかコアには浮かんでこない。
この世界では当たり前でも地球世界に慣れた老人にすればそれは至極真っ当な印象、子供の内からせせこましくなる必要はない。
大人になれば否応でもそうならざるを得ないのだ、哀しくもそれが文明社会の一端の、事実であろう。
「おい童、ガキ同士、顎で使うな」
余計なトラブルは避けるに越した事はないと思いつつ声が出た。
老成した精神が若い身体に引っ張られてる部分もあるかもしれない、血気に流行ってしまう所がある。
「へぇ…私、弱い男から偉そうにされるのって嫌いなのよね!」
瞬間、風が少女の体から吹き出す。
風圧は渦を巻き大樹のある子供らの格好の遊び場である広場を席巻する。
「とても強いという事で相応に準備したけど、がっかりさせないでよね、退屈しのぎくらいにはなってよね」
杖を見せつけるように、毒を含んだ笑みをコアに向ける。
「ちょ、ヘラ様」
ヨハンは思わず割って入る。
「派手な事は控えて下さい」
「あらヨハン、私、割って入られるのは嫌いといったはずだけど」
一瞬、少女の視線がヨハンへ向かう。
「だったら寝てろ!」
兵は詭道なり。
コアと少女、ヘラとの距離は三メートルある。
その距離をコアは一足で詰め、左手の掌をヘラの胸に当てる、木刀は右肩に担いだままだ。
ポフッと毛布を軽く叩いたような音がした。
したかと思うとヘラが後方に飛んだ。
暗打。
浸透勁、流派により言い方は様々違えど骨法でいうなら透し。
表現する事は同じだ。
如何に丈夫な外殻、鎧、服、保護防御魔法に守られていようと肌に触れているならこの打撃の前ではそれらは内部に衝撃を通す為の伝達物質でしかない。
「手応えあり」
少女、ヘラは倒れ動かない。
「おい!!」
咎めるようなヨハンの声。
「死ぬ程は込めてはない、精々が気を失う程度よ」
コアの言葉に安堵したのかヨハンは息をつく。
「…それよりも」
コアは自分の後方を見、そして後頭部に触れる、束ねた髪は切られ地面に落ち、ヘラに触れた左掌は火傷で爛れていた。
「!!」
「虚をついたつもりだが中々どうして、あの一瞬で風、更に火の防壁でこの有様よ」
「なんというか凄すぎる」
「同意だ、まともにやりあえば酷い事になってたの」
「いや凄いのはお前もだ」
「……弛まず修練を積めば誰でも出来る」
薄く笑みを浮かべるコアをヨハンはまぶしいものでも見るかのようにじっと見つめる。
「お前もう行け、ここにいると面倒になるぞ」
取り巻き達が騒ぎ少女の周囲で騒いでる。
伯爵家がどうのだとか、面倒事にしかならない言葉が聞こえてくる。
「……あー、うまくてきとうにやってくれ」
かつての名残か髭のない顎を撫でながらコアはヨハンに笑顔を向ける。
このゼロは面倒を引き起こす、だが退屈はない。
妙な親近感があり憎みきる事が出来ない。
それはヨハンの周囲の者達もそうで、ゼロと呼ぶのは彼との距離感をいまだによく掴めないが故に起こる子供ながらの齟齬のようなものだ。
ある日、森からやってきて絡んだ者達にことごとく勝っていく老人みたいな言葉を使う奇妙な子供。
森の魔女と一緒に住み、魔女の隠し子だ、どこからかさらってきた子だ、買ってきた奴隷だとか憶測が憶測をよぶが真相はわからない。
コア自身もそれは知らない。
魔女も語らないらしい。
「ほんと…なんなんだろうなあいつ」
既にいなくなったコアの姿を幻視しながらヨハンは自分でも知らずに笑っていた。
何よりも男が女に勝つなんて痛快だった。