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17:老人と無茶な願い

 なんて美しい長耳ッッッ!!


 叫びが場に響いた瞬間、辺りが凍った。

 凍らずにいたのはただ一人。

 「ん? ありがと」

 笑顔。

 泰然としたコアくらい。

 「!! ずっと前から好きでしたああああああぁぁぁぁ」

 が、これにはコアも思わず手首を返して本気で投げ捨てる。


 気色悪ッ!!


 今までに感じたことのない未知の怖気、悪寒を感じる。

 「おぬし、初対面の者にそれは気持ち悪すぎる」

 「??」

 「いや、そこで不思議な顔をされてはわしも困るんじゃが……」

 いかんともし難い。

 「おい!! ヘラ、起きよ!」

 金の娘から注意を逸らさず、コアはヘラの隣まで行くとかがみ、その身を揺さぶる。


 へんじがない、ただの……。

 

 急いで首筋の脈をとるが息はある。

 「まったく、心臓に悪い…」

 「大丈夫だ! ちゃんと加減はしているぞ、もっともその程度で死ぬようではそれまでの者というものだがな!!」

 傲然。

 立ち上がり腕を組み胸を張り宣言する娘。

 シェスリーとは違う種類の不遜さ。

 貴族的な気位、傲慢さと評すべきか。

 身なり、装飾の類を間近で見ればその育ちの良さや豊かさも詳細にわかる、白の国の貴族、その係累か。

 陽光に照らされ、反射する髪と瞳、その白肌、その容姿は子供ながらにも映える煌びやかさを放つ。

 目をひく外見、裕福な家、ヘラをも凌ぐ魔力量。

 外見や金、家なんぞはともかく、自身のゼロという体質を鑑みて魔力はちょっと妬ましくなるコア。

 

 「その耳、触らせろぉぉぉ!!」

 しかし、理性が少ししか保てんのかコレは。

 無防備にすぎる掴みかかりに対し手首を、そのまま肘、肩と極め、背面にまわる。

 「いたたたた、なにこれ、魔法が使えない!!」

 同調、全力意志で停止命令を送り込み続る。

 このまま極め、落としてしまおうかと考えるもそれこそ碌な事にならないと、ヘラの時を思い出す。

 穏便な解決にはほど遠いだろう。

 「とりあえず、ここではちょっと…ゆっくり話が出来る場所にでも行きたいんじゃが」

 注目を集めすぎる程に集める今の状況。

 遠目に、場がコアの乱入により落ち着いたせいか野次馬の数が徐々に増している。

 「それはいわゆるデートというやつか!!」

 「えー、と」

 極めを少し厳しくする。

 「痛い、愛が痛い!!」

 「……わしは心底、頭が痛い」


 パアル世界に生まれ、近年になって変な奴とばかり関わってしまう自身の行く末を本気で案じてしまうコアだった。




 ***




 ディアナと彼女、金の娘は高らかに名乗った。

 ディアナ・ディーヴァ・ホワイトリング。

 というのが正式な名前だったが、ライトどころかダークの貴族事情、家名にも詳しくない、知識のないコアには実際どれほど偉いものなのかさっぱりであった。


 「…で、なんでこんな事になってるの」

 イライラとした心象を隠すこともせず対面でヘラがコアとディアナを見つめる。

 衆人の目から逃れるようにヘラを抱え適当な店に入ったまではいいものの……。


 ベッドに腰掛けるコア。

 「まぁ、その、へーちゃんも隣に座ったら?」

 あの日以来、ヘラの前ではコアは猫を被り続けている。

 もう、冗談でした。とは今更言い難い。

 そもそも冗談では済まされない事態になっている、主にヘラのコアへの端々に見られる執着がだ。

 「それは?」

 冷たい声。

 ヘラの指先が示すは腰掛けたコアの左隣に座りコアの長耳を存分に触っているディアナ。

 「いや、なんか人の耳を触るのが好きらしくて」

 「不愉快」

 コアの言葉にもヘラはばっさり。

 ヘラとはじめて出会った頃を思い出す。

 無表情、ヘラのディアナを見る視線には汚物をみるような怜悧さ。

 「えーと、ヘーちゃん怒ってる?」

 適当な、目についた店に入ったもののそこは宿泊施設、宿屋であった。

 今更出ていくのもなにで、出た所で目当ての場所や店があるわけでもなく、気を失っているヘラを介抱するにも寝かせる場所、ベッドがあった方が都合もいい。

 宿には一泊とまでいかずとも割高になるが、しばらくの時、部屋を間借りする事も出来ると聞き、部屋を取ったのだが…。

 冷たい視線がコアとディアナを順番に射貫く。

 「いやまって、これはディアナが勝手に触ってくるわけで、触らせないとうるさいし」


 (なんだろう…浮気が見つかった女のような気分じゃ)


 「つまり、押しに負けて耳を許したというわけ……」

 「えー、怒ってる?」

 

 ふううううううううう


 音に出るような盛大なため息。

 見知らぬベッドに寝かされて、気がつき、起きればコアに金の娘が隣で触れあっていた。

 それも耳を。

 コアの方は借りてきた小動物のありさまで無抵抗の様相ですらあったが、看過できない。

 自分以外にその耳を許す事はとうてい容認できるものではない。

 

 「ふん、さっきから聞いておれば…束縛する女は嫌われるぞ赤毛」

 ディアナがコアの耳に触れながら言葉を吐く。

 「そもそも聞いていればおかしなものよな、そなたはいい仲と思っておるようだが精々がよい『お友達』ではないのか?」

 「は?」

 怒りの感情を隠さないヘラ。

 「ははっ、自覚なしか、どうしようも…」

 

 渇いた音が部屋に響く。


 頬への一撃。

 魔法も、魔力も込められていないただの平手打ち

 拳すら握らなかったのは、それをする価値すらないとの挑発か。


 「ハッ!!」

 ディアナの息を吐ききるように獰猛に嗤い、立ち上がる。

 次に今度はヘラの頬に鋭く熱い痛み、痺れ、音が響く。

 意趣返しとばかりの一発、平手打ち。

 「買うぞ?」


 「……」

 「……

 「あ、ちょっとまて」

 コアは制止しようと腰を浮かせるが二人の視線がそれを押し止める。

 

 女の『話し合い』に男がしゃしゃり出てくるな。


 えっ、あ、はい、そうですね。


 こわっ!!

 地球世界と変わらず、いや女性上位である社会構造であるせいか女の怖さが増してる気がする。

 女の理不尽さ男の理不尽さを合わせたような社会的生き物。

 コアは大人しく腰を沈める。

 間に入る機を失ってしまった。

 

 音がほぼ同時に鳴り響く。

 拳は握らない。

 お前にはその価値などない。

 それに値しない。


 打つ、叩く、張り飛ばす、叩きつける、引っ叩く、打ちのめす。


 ひたすらに互いを打ち、互いの襟首を掴み引き倒し、組み合い、更に打ち合う。

 

 もはや拳こそ握ってないものの掌打と呼ぶべきものが互いの顔面や腹に打ち込まれる。

 瞼が見る間に腫れ、頬が、顔が赤く腫れ上がる。

 互いの整った容貌もどんどん見る影もなく。

 罵声と怒号が響く。

 

 

 

 「あっ、はい、なんでもないんで、すぐに終わります」

 

 何事かと見に来た宿の主人に応対し、コアは嘆息する。

 これはいつまで続くのか、もうかれこれ十分以上は休みなく続けている。

 「…いい加減にやめよ」

 コアはいまだに掴みかかり打ち合う両者に強く声をかける。

 「まったく下らない事でみっともない!」


 「「あ?」」

 二人が静止しコアを見つめる。

 一体誰のせいで、誰が原因でこんな事になってると思っているんだ?

 とでも言いたげだ。

 

 「――このまま喧嘩が続くならワタシは二人を嫌いになります」

 両者の視線を真正面から冷たく見返し言い放つ。

 「「うっ」」

 越えてはならない線を感じ取り二人が静止する。

 「やりたければ気の済むまでどうぞ、ただワタシは帰るから」

 薄い笑みさえ浮かべコアは優しくとさえ言える音色で語りかける。

 だが、その色のない笑みと優しさがこの場面ではまたとなく、底知れない決意が秘められ怖い。

 「だ、だがな、『女』には譲れない場、意地があってだな」

 ディアナが声をかける。

 「…そんなものは犬にでも食わせて」

 親指をクィッと床に向ける、これのジェスチャーが意味する事は地球もパアル世界でも変わらない。

 そんなもの、女の意地など知った事か、だ。

 「二人はワタシを本気で怒らせたいのかな」

 「「……」」

 二人が視線を床下に逸らし押し黙る。


 こわっ!!

 ヘラは勿論、ディアナとて僅かではあるがコアの底知れなさを体感している、面白可笑しく茶化したものの触れあった時の魔法が使えないという事象はいまだに肌が粟立つ。

 「黙ってちゃわからないんだけど?」

 「え、あぁうん、でもほら、ここまで来て白黒つけないと気持ち悪いというか、ねぇ?」

 ヘラが気まずそうに言を紡ぐ。

 「…それ、ワタシに嫌われてもしなきゃいけない事?」

 コアは卑怯な言葉を出す。

 ヘラの気持ちを知った上で吐く。

 「いや、そういうわけじゃ」


 おい、お前もなんか言え。

 奇妙な連帯感。

 ヘラが隣のディアナに視線を向ける。

 無茶言うな。

 誰のせいでこんな事になってると思ってるんだ?

 そなたのせいだろ?

 あ?

 あ?

 

 「怒らせたい?」

 コアの声が冷水のようにガンをつけ合う二人を急速に醒ます。

 「いや、その、喧嘩を辞めるのはやぶさかではないというか、しかしここまでくると、なんというか辞めるにも理由が要るというか」

 ディアナが呟く。

 「ふむ」

 これにはコアも感じる所はある。

 始まりは些細であってもいざ辞めるとなると明確な理由が要るというのも自身にも経験のある事だ。

 「じゃあ、どうすればいい」

 コアが何気なく言ったその言葉にディアナが食いつく。

 「そうだな!! 妾の指輪を受け取ってくれればそれでいい」

 ディアナが右中指に嵌る金色の指輪を外しながら喋る。

 「正気!? 今日あったばかりの相手でしょ」

 ヘラが慌てた声を上げる。

 「はっ、その様子だとそなたはそこまでいってないと見えるな」

 「当たり前よ!!」

 「妾、所詮は三女であるしな!!」

 コアには話が見えない。

 「もしかしてそなたは長子か、はははっ、それでは迂闊に出来んな」

 「……で、出来る」

 「無理はするな?」

 ディアナのどこか馬鹿にしたような若干の優しさ、いたわりを含んだような不思議な声音。

 ヘラも自身の右中指に嵌る銀色の指輪を外す。

 「えーと、全く話が見えないんだけど」

 コアは疑問を素直に口にする。


 指輪を送る、それも異性に。

 パアル世界の事情、女性上位の世界で異性、男に指輪を送るという行為がどういうものか。

 パアル世界において世間知らずであるコア。

 しかし、コアとて馬鹿ではない、話の文脈とその態度からおおよその察しはつく。

 察しが付く分。

 「二人ともやけになってとんでもない事をしようとしてる?」

 思わず声が出る。

 「やけではないぞ」

 「やけじゃない!!」

 

 いや、ヘラ、お前はやけになってるだろ。


 「…ワタシは受け取らない」

 コアは先制する。

 「断ると?」

 「えぇ、勢いでこんな事するのは間違っている」

 「そう大層なもんじゃない、親愛の証くらいに思ってくれればよい」

 「…とてもそうは」

 コアはヘラの顔を見る。

 その顔はもの凄い、深刻、真剣そのもの。

 「とはいえ、一度言った手前、妾もそう簡単に引けん!!」

 「わ、私も!!」

 「んーーー」

 まずい、話が妙な方向に転がっている。

 喧嘩を止めようと思ったら指輪を受け取る受け取らないに発展するとは誰が読み切れるだろうか。

 「あくまでも親愛の証、他意はないと見ていいのね?」

 コアは確認するように問う。

 「……」

 こいつ、目を逸らしやがった。

 嘘を言う気もないが本当を素直に喋るわけではないということか。

 なかなか小賢しい真似をする。

 


 「……受け取ってもいいよ」

 「!!」

 「本当か」

 ヘラは驚愕し、ディアナは声を上げる。

 「ただし条件が一つ。ワタシが欲しい物、ある物をくれたら一緒に受け取る」

 コアは自身の左脇に帯びる古木の木刀を見つめ、静かに撫で、言い放つ。



 ワタシは竜を斬れる剣を所望します。



 笑みさえ浮かべ、おおよそ実現できない願いを口にした。

 遠い昔に聞いた月に帰った姫のように。

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