15:老人と貴族の街
竜を斬れる剣が欲しい。
とは言ったものの。
これはあまりにも、あまりではないか。
壁にかかるその巨体。
冷たく光る、銀色も冴えた刃渡りは優に二メートルは超え、柄を含めれば三メートルに届こうかという威容。
厚すぎる刃幅。
片刃で遠目から見れば縮尺の間違った包丁に見えない事もない。
冗談のような画である。
剛力、怪力自慢のドワーフならば持ち、振れるかもしれないがそうでない者は強化魔法を随時使用しなければならない。
いや、これを武器と呼んでいいのか?
使い手にとってはただの枷やおもし、修行か拷問の道具ではないのか。
レクティア王都は王城を基点とし、それを守るように四方を、上から時計回りに一から四番区画が占めている、ここは貴族や信のおける富裕層が住める区画街であり脛に傷のある者は居住を含め利用する事も憚られる場所である。
五番から十二番までは更にその周囲、外郭八方、八門に配置される。
十三番街、あれは樹海と王都との間、西側郊外に有機的な、さながら単細胞生物の如きアメーバー状に広がりをみせ鎮座している
樹海からの魔獣、魔物の襲来があれば真っ先に犠牲が出る位置であるがそれ故に防波堤のような、必要悪として許容されてきた側面もある。
ここは四番区街。
王都でも指折りの、国からの信任も厚い道具屋、刀剣、武器防具屋がひしめく通り。
その店の一つ『火竜の爪と鋼』
まず店に入って目をひくのは壁に掛けられた人の背丈ほどもある巨大な爪、火竜の爪だろう。
赤い輝石、宝石の如き輝きを持つそれは内包する竜の魔力もさる事ながら世にこれに勝る物はないと感じさせるような硬度と強靱さを主張していた。
周囲を見渡せば質と実用性を求める冒険者に戦士、騎士に重用される店というだけあり並ぶ商品は製品というよりも、その一本一本が確かな用途や思惑、試行錯誤をもって作られた作品であり実用品。
装飾もなにもない厚造りの短剣、細く鋭く鎧の隙間に捻り入り込む事を重視した細剣、長槍に短槍、戦斧、手斧、魔力の集束を高める金属、玉や貴重な古木、素材を使った身の丈を越える長い杖、取り回しの良さを重視しつつも制限の中で集束、魔法精度の向上を追求した短杖。
どれもが量産品にない逸品であり名品と呼ぶに相応しい。
が、平和な昨今、実用性に重きを置きすぎた装飾もひかえめな品々は昨今の貴族には覚えが悪く近年では苦しい経営を強いられている。
良い物が売れるわけではない、質はそこそこでも安価で皆に良く知られている品が売れる、は世の常だ。
その点でいえばこの店の品々は値の張るものばかりで気軽に買えるというものは少ない。
店内には店員とコアの二人だけであり、良い場所にある店舗としては寂しいかぎりである。
とはいえ平和なご時世に武器屋に人がひしめきあうという構図も不健康か。
「どうですかな竜殺しは」
ドワーフの店員が揉み手も厭わずコアに声をかけてくる。
この店にはオルトの資本がいくばくか入っている。
平穏な世、街住みなら装身具や見栄としてはともかく、剣呑な実用武器などそうそう必要ない上に、頻繁に買い換える類の物でもない。
そもそも大抵は杖一つで足りるだろう、ここにある剣や槍が簡易杖の代わりにもなるとはいえ精度は杖の方が良いのが常だ。
ただ世の中には年がら年中、粗雑な暴力と闘争と魔法弾が飛び交い、命の乱れる鉄火場があり、示威行為としての道具、刃物などが要りようであり、そこに人が住み生きてる限り質の良い武具というものは必要とされる。
悪徳の街、その中の金を持ってる不逞の輩を相手、お得意様にここの主は店の生き残りを図った。
まがりなりにも四番街にある店が十三番に関わるとなると問題も多く、浅慮と言われても仕方のない、危険な生き残り策であろうが今の所はしたたかに立ち回っているようだ。
「竜殺しは伊達や酔狂でないと言える迫力だが……わしにこんなものは使えんよ」
コアは呆れた、少し笑いを含んだ声を発する。
「ふむ、しかし竜を斬れるという注文ですとなぁ」
男のドワーフ店員はこれは困ったという風に頭をかく。
ドワーフ種。
知性人類種ではエルフに次ぐ魔力量、人間に倍する寿命を持つ種族であり、肉体の筋質構造そのものが他種と違うのか男女共に力自慢が特徴的だ。
金属精錬に加工、細工、鍛冶、建築仕事などに技能を発揮する種族であり氏族をとりまとめる王を戴く国家を大陸の西域に形成している。
一般的にざっくばらんな気質で一物を含んだ腹芸を好まず、仕事には勤勉であるが酒を愛し、酔い、何か問題があれば、あぁもう面倒だ! 腕力が強い方が正しいだろ? みたいな脳筋のような部分がある。
国同士としてはともかく獣人種とは個々の付き合いで非常にうまが合うようだ。
好きになる者は好きだが、嫌いになる者はとことん嫌だと感じる種族、文化であるといえる。
妖精人よりも背は大きいが、成人でも一五〇前後の体躯。
人間に比べ耳は妖精人のように尖り気味であり、目をひくのはその髪など毛量の多さ、そして眼だろう。
髪や髭の量は多く、生来の気質、文化的なものなのか長い毛をやたらと縦ロール状にしたがる。
眼は玉を嵌め込んだような瞳という表現が当てはまる。
他の人類種にはない特徴、白目のない瞳といえばわかりやすいだろう。
ドワーフに否定的、嫌いな者はその目を昆虫みたいで気持ち悪いと言うし、複眼みたいだと表する。
コアは中々に愛らしいと思う方だが。
コアの目の前にいる店員は灰色の髪と髭、瞳を持つドワーフ男で、年の頃は容貌から人間換算で三〇手前くらいだろう。
背まである長髪は縦ロール状に何本もなり(おそらくロール状でなければ床に髪がつくだろう)髭は手のひら程に長く伸び、体つきはがっちりと筋肉質に引き締まって……。
まず露わにある二の腕が見える、良い筋肉だ。
胸には、締まり盛り上がった筋肉が見える、よい筋肉だ。
そして、その服装はというと。
細い肩紐で吊り下げられた、腕や鎖骨、胸の上部、筋肉の露わな、薄い青みを帯びた布地は暑い季節には涼しさを、見る者に清楚で清涼な雰囲気を与えるような品の良いサマードレスであった。
だが屈強な男だ。
そしていい年齢だ。
長い、良いお髭だ。
いい筋肉だ。
刃物マニアのルルイエの勧めでこの店を知り、はじめて訪れたコア。
店員、彼の姿をはじめて見た時など、開けた店のドアをそっと一度閉じた。
この手のドワーフ男を見るのは初めてだった。
この衝撃はスカート姿のヴァルを見た時以来。
心構えが出来ていればまだしも不意打ちは流石に対処しきれない。
いや何も言うまい。
この世界ではおかしいのは自分であり、正常なのは向こうなのだ。
たぶん。
「…こうもっと他に扱いやすい業物はないか?」
コアは店員をあまり注視せず狂気の産物とすら感じられる大剣、竜殺しを眺めながら返した。
扱いやすい業物は? などと無茶な要求も甚だしいが、竜殺しを見た後ではこう言うのが精一杯だろう。
「要するによく斬れて、重くなく、扱いやすい物ですな……わかりました」
顎髭を撫でつつ、そう言うとドワーフは慣れた手つきで棚の商品を見、取り出し、コアの前に並べる。
竜を斬れる剣はないか? なんて言う客は稀であろうが、相応に無茶な事を言う客は多いのかもしれない。
そんな客には竜殺しを見せて、その威容、その目玉が飛び出るような金額を見せ驚かせ、ほどほどの物で手を打たせる、買わせるという算段なのだろう。
店員の慣れた所作を見て取ってコアは悟る。
外法を用いれば竜殺しであろうとも振り回す事は出来るだろうが、こんなものをぶん回して当てれば死。
別にシェスリーを殺したいわけではない。
ここが悩ましい所だった。
コアとて殺しが好きなわけでもなく、またシェスリーが殺しても良いように思える極まったゲスであるならここまで悩む事はない。
ほどほどに相手して撃退できる武器、技を所望。
全く以って都合のよい事だ。
殴り合い、斬り合い、技比べなど、まぁ相も変わらず楽しいのだが、誰が誰より強いだの、弱いだの、最強だの、なんだのといった事にはもうとうの昔に興味がない。
そういう若さはない。
どんなに粋がった所で最強であろうとも万の兵士に囲まれれば圧殺されるし、毒を盛られれば死ぬ、友に後ろから刺されればそれだけで絶体絶命、極端な話であるが通りすがりの道を聞いてきた者が懐に爆発物を仕込んでいたりしてれば終わり。
強いだなんだのと言ったところで儚い夢、あり得ない事なのだ。
最強の先『無敵』など絵に描いた餅という事である。
シェスリーのギラギラとした視線、強者と認め挑んでくる目を思い出して面白いなと感じる反面、老骨にはやや面倒くさくてしょうがない。
ああいう弟子を持った師はさぞ大変だろうし……楽しいだろう。
思わず笑みが零れる。
「おや、これがお気に召しましたかな」
コアの笑みを勘違いしたのか店員が剣を前に持ってくる。
両刃の、拵えも立派なショートソード、長剣に、ダガーナイフの類、変わり種の仕掛け剣や仕込み杖に隠し武器などまで。
彩り豊かな刃物と武器の見本市は見ていて飽きが来ない、その手の趣味を持つ者にはたまらない眼福の様相だ。
またドワーフ男の口上も良い、これはだれその職人が、素材は何を用い、その秘伝の製法は、時に秘密を打ち明けるように真剣に、ときにおかしく、何処から仕入れるのか秘話や裏話を開帳し見る者、聞く者を飽きさせる事がない。
この話や身振り手振りを交えたパフォーマンスだけでも金銀を払ってもいいと思う者がいてもおかしくない。
しかし、見て、聞いて面白いものの自分が買う、扱う物となるとコアにはどれもしっくり来ない。
手に取り、じっくりと刃を眺め、軽く振ってみて、どの品も素晴らしく、しばらくも使い込めば手に馴染んでくるだろう……が、有り体に言えば気乗りがしない。
狼やシェスリーの時は余り物ともいえる剣にて対峙したし得物を選り好みするたちでもないのだが、いざ持つとなると良い物を、失敗しない物、長く付き合える物をとついつい欲が出てしまう。
金銭ならばそれなりにあるのだから適当に見繕っても良いのだろうが、妙なところで外したくない心理というか、目の前にある素晴らしい品々を最終的に使わず部屋の隅で埃を被らせるような事にはしたくないという想いもあった。
急ぎの事でもないというのもある。
コアの指先が腰に帯びた、樹海の古木を削りだして作った木刀に軽く触れる。
やはり今はこれに落ち着くか。
今のコアの装いは白のブラウスに赤と黒のチェック柄のスカート、長く黒い靴下、白花の意匠も美しい留め具が光る暗色の革靴。
指輪の類はしていないが紋章術の施された、魔力を十分に貯蓄出来るように小粒の輝石を嵌め込んだ、銀や灰色銀の細身の腕輪を左手に身につけている。
いささかスカート丈は短すぎるのではないか? と見繕った筋肉達磨の獅子に抗議したものの。
「これくらいでいい」
などと一蹴されてしまった。
絶対の領域がなんとかかんとか、コアには全くちんぷんかんぷんだったが、要は昨今の流行りだとか、この方が見栄えがいいとかそんな些事な理由であろうと聞き流した。
伊達者のこだわりを聞くといかんせん長くなる、適当にはいはいと頷いておくに限る。
それに下穿きの一つや二つ見られた所でコアには羞恥も何もなかったというのが最終的に大きい。
姿見の鏡で確認したその姿は相応に見栄えのするものであったと思うが紐でくくりつけた腰の木刀がなんともアンバランス、珍妙な様相であった。
木刀などでなく装身具に見えるような逸品を、そうでなくても本物の剣でも帯びればそれなりに様になろうかと思うが、容貌はどうあれ、感覚としてコア的にはこれが今のところ一番しっくりくる。
とはいえ木でシェスリーに挑むのは無謀にすぎる。
外法を用いればそれでも、素手でも渡り合えるとは自負する所ではあるが。
コアはドワーフにあれこれ質問をし、やがて店の奥から出てきた店主の女性とも話し込み、何か良い掘り出し物があれば優先的にまわしてもらうという口約束を取り付ける。
口約束だけでは心許ない、さりとて書面にするような事でもあるまい、保険、先払いとばかりにいくつか投擲用のナイフ、それを収める革ベルトを言い値で購入、腰に取り付ける。
思いの外に時間を食ってしまった、時刻は昼を過ぎ、店を出る頃には太陽が真上を過ぎやや傾いていた。
火(夏)の時節は本格的にやってきており石畳で舗装された地面は熱を十分に内在し暑い。
すぐに腕輪に指を這わせ冷気の術式を稼働、あまり装飾の類をつけるのはコアは好きではないが実用品を兼ねるとなると話も変わる。
ゼロという体質、利便性を第一に考えればもっとじゃらじゃらとつけても良いのだが、指輪に首飾りや耳飾り、足輪、彫金のあるベルトなどだ。
が、現状でも少しばかり煩わしく感じるのに実用とはいえこれ以上の装身具は身につけたくないというのがコアの心境であった。
自身の腹を撫でながら、今の時間はそろそろ飯か、茶の時間かと勘定する。
茶も食も別段と決まった時間に摂らなければならないという約定もないのだが日々の習慣からか自然とその時間に摂らないと少し落ち着かぬ。
人のかき入れ時の時間帯、人混みは避けたい所であるし、いつもならば少し時間をずらす事もするのだが腹が減った事をことさらに意識するとどうにも我慢がし辛い。
十三番街や下町番街の店を食べ歩く事は多いが上番の街にはあまり入った事がない、そこら中を鼻持ちならない貴族様に成金の多い場所ではあるが、たまには散策し店を開拓するのも良かろうか。
コアの白肌と容姿は何かと悪目立ちするが、この世界に生まれ落ちて幾星霜、街住み、王都での暮らしにも馴染んできたという自信もそれなりに。
昼間から飲んだくれている酔客やごろつきの類にも今更に怖れる事もない。
まぁ何かあったら何かあった時じゃな
無軌道なのは論外であるとしても毎日をびくびくとこぢんまりと生きていては人生を楽しむ事など到底出来はしない。
面白い、楽しいから笑うのではなく、笑えば何事も相応に面白く感じれよう、その姿勢が極意。またそれが出来るのが畜類と人の違いではないのか、とは師の言葉であったか。
コアはあっちこっちの店を冷やかしながら、覗き込みながら目当ての店を探しにかかる。
うまい茶と食事がとれて、なるべく静かな所が良い。
酒を飲んでもよいが子供ゆえかこの身はどうにも酒気に弱い、見知らぬ場所の、はじめての店では呑まぬ方が良いだろう。
貴族御用達の茶屋などあるだろうが一見では入れまい、ヘラなどがいれば別かもしれないが。
右へ左へとふらふら。
世にも珍しい白肌黒髪の麗人の子が独り貴族街を練り歩く。
あぁ――しかし、人とは愚かなもので、自分だけは大丈夫などと常に思うものなのだ。
自分だけは死なない、私だけは大丈夫、己だけはそんな失敗などしない。
自分だけはトラブルに遭わない、遭ってもなんとか出来るだろう。
などと思うものなのだ。
真にもって愚かしい事だ。
自分ルールの締め切り、更新頻度の一週間をまるまる使ってしまいました
もっと早く早くとは思いつつも、なかなか思うように指が
楽しみに待って下さる人に関しましては気長にまっていただければなと、せめてもっと分量を増やせればとも思うのですが…
一日中、部屋にこもって書けば書けるかと言うとそうでもなく、外に出て労働に従事してる時の方が先々の文章や詳細な展開が浮かんでくる事もあるのでこの世は摩訶不思議です
日刊ランクにちょろっと乗ったせいかお気に入り登録や評価ポイントも増えてますね、ありがとうございます
お手柔らかにお願いしたいところです
次回、順当にいけば金髪ツインテールのライトエルフが出てくるはず