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  JOKERs 作者:L'pool
Prolog
「あ〜、もう! 何よ、このお上品ではっきりしない文章は!」

 先刻届けられた文書を睨み付けながら思わず苛立ちの声を上げる。その文面には流麗な文字が躍っているが、その文章は些か修飾過多であり、端的に言って読みづらい。

 伝えたい部分は最後の数行の部分でしかないのに、その何十倍もの前置きなんてものは必要ないし、はっきり言って無駄に等しい時間を読み手である私に強いているだけだ。それでいて遠まわしに面倒なことを催促している辺り、それに輪を掛けて私を不機嫌にさせる。大体、相手に伝えるべきことがあるのなら、はっきり、しゃっきり、簡潔にその要望を伝えて然るべきだろう。

 しかも、よりによってこの文書の作成者が自分の父親であるから余計に始末が悪い。私の性格がお母様似であることは自他共に認めるところではあるけれど、二つ年上の姉のどうにもはっきりしない気質は絶対にこのバカ親父譲りだろう。

「でも女として見ると、お姉様のあの性格はポイント高いのかもしれないわね……」

 そうなのだ――

 私たち姉妹の性格の違いは、そのまんま両者に対する男からの評価の違いにも繋がっているのだ。私から見れば、ひたすらにまどろっこしく思える姉の性格は、世の男性の眼にはなかなか魅力的なものに映るらしい。曰く、気立てが良い、穏やか、母性の塊、「ここだけの話、妹君とは大違いですな、ハハハ」etc。

 …………。

 最後の台詞を吐いたのは、確か内務卿の家の長男坊だったかしら? うん、これは絶対に覚えておこう。代替わりした後での楽しみがまた一つ増えたわね……。

 私にだって、縁談の話の一つや二つは来ているんだから……。まあ、どれも箸にも棒にも掛からないような、家柄以外に女性に対する訴求力を何ら兼ね備えていない凡百の男たちからの求婚であったことは否定できない事実ではあるんだけど……。でも、だからといって、別に私が女としての魅力に欠けているという訳じゃないと思うのよ。

「……っと、こんなバカなことを考えている場合じゃなかったわね」

 魅力的な女性の条件という深遠なる命題へと傾きかけた思考を切り替えて、もう一度、文書へと目を落とす。前述の通り、修飾過多な締まらない文書ではあるが、その本題として書かれている内容は、私にとっては比較的深刻な問題であったりもするのだ。

 なにしろ、この文書はここ一週間ほど私が散々頭を悩ませている一つの大きな問題に対して、迅速なるその解消を求めてきているのだから――



 暫し黙考の後、机の右端に置かれた呼び鈴を鳴らす。呼び鈴は甲高く耳障りな音を発する。

 すぐに正面の扉が静かに開き、私付きの侍女が姿を現した。これだけ素早く反応したことを考えると、きっといつ呼ばれても良いように扉の前に控えていたに違いない。

 感心、感心。相変わらず準備がいいわね。

 ――彼女の名はエマ。

 肩口辺りで切り揃えられた綺麗な黒髪に、まるで黒曜石のような瞳を中心にしたすっきりとした顔立ち。女性としてはやや高めの身長に加え、その体には余分な肉など一切付いていないのだろうと思わせるスレンダーなスタイル。その静謐な佇まいを含めると、彼女はどことなく品の良いアンティークドールを想起させる。

 静かに私の側へと近付き、直立して私の言を待っている姿を横目に捉えながら、女性として大いなる羨望と僅かながらの嫉妬を彼女に対して抱いてしまう。

 彼女の年齢は確か私とさほど変わらないくらいだったと記憶しているが、その所作には一片の隙も存在しない。勤勉で優秀、私が考える最高の侍女そのものだ。彼女の鉄面皮を指して、些か人間味に欠けるなどという陰口を叩く者もいるという噂だが、雇用主である私は彼女の仕事ぶりに何の不満も抱いていない。

「エマ、アンネを呼ぶように伝えてくれないかしら。私の執務室の方まで来てちょうだいって。この時間なら恐らくキルヒアイゼン邸の方にいると思うから。
 あと、悪いんだけどお茶をお願いね。そっちはアンネがこっちに来てからでいいわ」

 エマに対して用件を簡潔に伝える。他人に何かを頼む際には、その用件を簡潔に過不足なくというのは、一種私のポリシーのようなものだ。他人を使う立場の人間としては、最低限意識しなくてはならないことだろう。

 まあ、そんなことすら満足に出来ない人間が身内にいる私だからこそ、逆に意識せざるを得ないという事情もあるのだけれど……。

「はい、承りました。直ぐにお伝えするように手配いたします。お茶の方の砂糖とミルクはどうなされますか?」

 エマの返事も簡潔だ。その上、過不足もない。

 それにしても、余計なストレスを感じなくて済む会話って本当にありがたいわね。バカ親父にしても、お姉さまにしても、少しはエマのことを見習ってくれないかしら……。

「そうね……、いつも通りでお願いするわ」

「畏まりました」

 エマは私に背を向け、入って来た時と同様に静かに退室しようとしている。彼女の歩く姿はとても優雅で美しく、その辺りの貴族の連中よりもよっぽど洗練されている。

 気付けば、その背中に思わず声を掛けていた。

「エマ、あなたから見て今の私はどう見えるかしら?」

 エマは私の問いかけに振り返り、こちらの意図を探っているかのような目で私を見る。

 普段は必要最低限の会話しかしない主人が唐突に抽象的な問い掛けをしたのだ。彼女としては当然の反応かもしれない。それでも安易に答えを返すことなく、出来るだけ私の問いの意図を汲み取ろうとしている辺り、彼女はやはり私好みの人間だ。

 ただ、この問い掛けはちょっと失敗したかもしれない。彼女には私の問いの意図するところついての情報や知識はないはずなので、こんなことを聞かれても客観的な回答をなす術は持っていないだろう。エマにこんなことを問うている時点で、私は現状に自信が持てていないということなのだと思う。

「……やっぱりいいわ。今のはちょっとした戯れということで流してちょうだい……」

 うん、きっとその方がいい。今の問い掛けは、きっとエマに私の現状を肯定してもらいたかっただけなんだから……。

 自分を信頼して仕えてくれている人間に対し、まるでおべっかを要求するかのような問い掛けをするだなんて、今の私は全くもってどうかしてるわね……。肉体的に疲れていることは自分でも理解していたつもりだけれど、どうやら精神的な疲れもかなりのものがあるみたい……。

 自らの軽率な発言を内省しながら、恐る恐るエマの方を見上げる。彼女は変わらず私を見つめていたが、目が合って数瞬の後、静かに背を向けて退室していった。



「ふう」

 今しがた閉じられたばかりの扉を見ながら、思わず息を吐き出す。

 でも、エマはきっと私が考えていたことを察しちゃってるわよね……。なんてったって、あの子はとにかく勘が良いし、頭の回転も速いし……。それに、私は自分の感情を隠すのが上手いタイプでもないってよく言われるし……。そんなに付き合いのない相手に対しては造作なくやれるとは思うんだけど、どうも近しい相手になると私の感情は非常に分かりやすいらしいのよね……。まあ結局のところ、私もまだまだ修行が足りないってことね。

 そんなことを反省しながら、不意に出そうになったあくびをかみ殺す。

 そういえば、ここ一週間はまともな睡眠時間を確保できていない。全て合わせても二十時間くらいといったところだろうか。多少の睡眠不足は平気なのだが、今回はさすがに辛い。それに、この先も暫くはそういった状況が続くのだろう。そんなことを考えているうちに、瞼も重たくなってきた。

 ふあ〜、何か本格的に眠たくなってきたわね……。どうせ、アンネが来るまではやることないんだし、ちょっと仮眠でもしようかしら……。

 眠気に抗うのは諦めて、机の上に腕を組み、その上にうつ伏せる。

 そういえば、ここ最近眠るときはいつもこの体勢だったような気がするわね……。たまにはゆっくりと横になって寝たいのだけど、なかなかそうも言っていられないし……。

 よし、決めた! この一件が片付いたら、それこそ一日中寝こけてやるわ。周りが何を言おうと気にするものですか。あ〜あ、早くその日が来てくれないものかしら……。

 眠り心地の良いポイントを求めて腕の上で頭を動かす。頭を右側に傾けると、私の睡眠不足に拍車を掛けてくれそうな件の文書の最後の部分が目に入ってくる。
 
『ヴァイネツェルガー大公国第二公女並びに公国特別任務機関代表代行キャサリン・ヴァイネツェルガーにおいては、特別任務機関の正常なる機能及びその崇高なる目的の達成のため、可及的速やかなる欠員一名の選定とその報告を希望するものである。
                          第17代ヴァイネツェルガー大公 テーオバルト・ヴァイネツェルガー』

 げっ! 何だってこんな時にまで視界に入ってくるのよ、この不幸の手紙は……。私は仮眠を取るって決めたの! そう決めたんだから、こんなの気にするもんですか!

 暫し逡巡した後、私、キャサリン・ヴァイネツェルガーは黙って頭を左側へと傾けた。





 ――誰かが泣いている。

 綺麗なブロンドの女の子。

 所在無さげに立ち尽くし、ただ涙を流している。

 その傍らには上半身を血に塗らした女性が地に伏している。

 ……ああ、あの女性はきっともう事切れているのだろう。

 倒れ伏す女性を支配するは明確なる死の気配。

 立ち尽くす女の子の泣き声が大きくなる。

 顔をくしゃくしゃにして、ぼろぼろと涙を流している。

 
 ――それは慟哭。

 ――喪われた愛しき者へと送られる葬送の儀。

 
 ――耳が痛い。

 彼女の泣き声が鼓膜を揺さぶる――。

 ――目が痛い。

 彼女の泣き顔が網膜を引き裂く――。

 ――胸が苦しい。

 彼女の慟哭が心を狂わす――。


 私はこんな光景を過去にもどこかで見たような気がする……。

 ――それは遠い昔?

 それとも、――さほど遠くもない過去?

 でも、確かに私はこんな光景を見たのではなかったか……?


 ――いつの間にか訪れている静寂。

 彼女はもう泣いてはいない。

 その幼いながらも端正な顔立ち。

 身体は震え、涙の跡はまだ乾いていない。


 ――不意に私へと向けられる一対の瞳。

 目が合った瞬間、私は不覚にも声を上げそうになった。

 その顔は私の良く知っている誰か――。

 一番親しくて、一番疎遠な、そんな誰か――。

 そのコバルトブルーの瞳に映されるは、深く悲しい憎悪の情――。


 ――そして、私は理解する。

 そうか……、あの時の私はこんな目をしていたんだな……。


 そんなことを思った刹那、後頭部に強い衝撃を感じ、私の意識は闇へと落ちていく……。





 ――気が付くと、そこは私の執務机の上。

 そういえば、アンネが来るまで仮眠をとろうと思ったのよね……。アイツったら、まだ来ていないのかしら……?

 どうやら意図したよりは多少深く寝入ってしまったらしい。おかげで、枕代わりにしていた両腕が痺れてしまっている。机にうつ伏せたままで、両手を身体の横にだらりと下げる。

 それにしても、よりによってこんな時にあんな夢を見るなんて……。いや……、むしろこんな時だからこそ、あんな夢を見てしまったのかもしれないわね……。

 どちらにしても、全く以って夢見が悪い。気分が沈んでいるのが自分でも分かる。



「良く眠れたかい、キャサリンお嬢様?」

 不意に背後から声が掛かる。

 この蓮っ葉な言葉遣いはアンネか……。 なんだ、まだとっくにこっちに到着していたんじゃない……。

 恐らくは、私の目が覚めるのを待っていた、というところか。いや、むしろ私の寝顔を観察して楽しんでいたのだろう。私の友人兼部下はそういう意地の悪い部分があるのだ。

「おや、まだ寝惚けてるのかい。こりゃ、珍しいモンを見れたね」

 どこか楽しそうにそんなことをのたまう。

 確かに机にうつ伏せたまま、腕をぷらぷらさせていれば、寝惚けているように見えてしまっても仕方がないわよね……。

 普段、私が寝惚けるなんて事は滅多にないし、偶然目にした貴重な光景にかこつけて私のことをからかっているつもりなのだろう。

「残念ね。これ以上ないくらいにすっきりとした目覚めよ」

 彼女の言を否定しながら、ゆっくりと身体を起こし、背後を振り返る。

 果たして、そこに在ったのは悪戯っぽい微笑みを浮かべたアンネの姿――。

 彼女は私の椅子の背もたれに左手をついて、右手を腰の後ろに回している。その立ち姿は女の私から見ても妖艶で、貴族の男共からの求婚が相次いでいるというのもうなずける。加えて言えば、憎たらしくなるほどのスタイルの良さが、彼女から香り立つ色気に拍車を掛けている。これが俗にいう健康的な色気というやつだろう。

 顔立ちも端正だし、実はコイツの女性としての魅力は相当なものなのではなかろうかとも思うが、その地の性格を知っている私に言わせれば、アンネはステレオタイプな女性らしさとは対極に位置している女だ。

 まあ、お前が言うなと言われそうではあるけれど……。流石に彼女よりは私の方が幾分かは女性らしいと信じたいし、普段の猫の被り方に関しても私の方に一日の長があるはずだ。

 まあ、どっちもどっちよね……。

「突然呼びつけた上に、居眠りで待たせちゃって悪かったわね、アンネ」

 実際はどうあれ待たせる形になってしまったことには変わりない。一応、謝罪の意を伝える。

「いんや、キャサリンお嬢様が良くお眠りになることができたってんなら、多少待つくらいは良しとするさ。……んで、何の用だい?」

 ニヤニヤしながら、用件を促すアンネ。

 でもね、アンネ……? 私はそんなことで誤魔化されたりはしないわよ……。コイツめ……。

「あら、それは本当にごめんなさいね。
 ……それはそれとして、あなたの右手を見せてもらっても宜しいかしら、……アンネリーゼ・キルヒアイゼンさん?」

「えっと、……何のことかしら? 私にはさっぱり分かりませんわ……。
 右手は今朝お料理している時に少し火傷してしまいましたの……。そんなに酷いわけではないのですけど、水膨れになっておりまして、とてもキャサリンお嬢様のお目に掛けられるような状態ではございませんの……」

 口調を猫モードに切り替えて、ホホホと笑うアンネ。

 よくもまぁ、いけしゃあしゃあと……。この嘘吐き女め!

「いやですわ、アンネリーゼさんったら。貴女がお料理なんてなさる筈がないじゃありませんの。私はそんな姿を一度も目にしたことはありませんし、そんな話も寡聞にして聞いたことがありませんわ。それに貴女が朝食前に起きるなんてことがあるなんて、私にはとても信じられませんし……。
 ……ああ、もう! いいからその手を見せなさい! まったく……、私が気が付かないとでも思っていたのかしら?」

 言うが早いか、アンネの右腕を掴んで引き寄せる。

 予想したとおり、彼女の右手には銀色のトレーが握られていた。エマがお茶を持ってくる際に使っているものだ。執務室の上手にある来客用のテーブルを見ると、既にお茶とお菓子が用意されていた。

 それにしても、コイツはこんなもので私の頭を叩いたのね……。

「……で、何か申し開きはあるかしら?」

「動機は特になかった。今も反省していない」

 バレたか〜、とけらけら笑うアンネ。

 本当に全く反省していないわね……。

 だが、彼女のいつもの笑顔にあっさりと毒気を抜かれてしまう。元々本気で怒っていた訳でもなんでもなく、この一連の掛け合いは私と彼女の間のいつもの挨拶みたいなものだ。

 ただ、後頭部はまだ少しだけ痛い……。この痛みから察するに、このバカ女は結構強く叩いたに違いない。

 まあ、寝ている時に見ていた夢の内容から考えると、起こしてもらって助かったと言えるのかもしれないけれど……。

 あんな辛い夢をあれ以上見ていたくなかったのは確かだし、ひょっとすると魘されていたのかもしれない。きっと、アンネはそんな姿を見て、多少過激に起こしてくれたのだろう。この友人兼部下は悪趣味だが、存外に気遣いのできる人間なのだ。実際、起き抜けの沈みがちな気分は綺麗に払拭されていた。

 心の中でアンネに礼を言って、すっぱりと気分を切り替える。

 彼女にわざわざ来てもらったのは、それなりに急を要する用件があったからなのだ。先刻までの10代の女の子はもうここには存在しない。ここからは国家特別任務機関の代表代行としてのキャサリン・ヴァイネツェルガーだ。

「では、そろそろ本題に入りましょうか。そっちのソファーでいいわよね」

 机から件の文書を取り上げて、二人して来客用のソファーへと移動し、ソファーテーブルを挟んで座る。

「とりあえずこれを読んでちょうだい」

 アンネの前に文書を広げる。

 寝ている間にエマが持ってきてくれたらしい紅茶に角砂糖を三個ほど加えながら、手渡された文書に目を通しているアンネを眺める。

 口に含んだ紅茶は若干冷めてしまってはいたものの、流石はエマ。その上品な味わいは僅かながらに残っていた寝起きの倦怠感を払拭するのに十分だ。

 そういえば、エマの眼前で彼女に淹れてきてもらった紅茶を飲む際には、彼女いつも何か言いたげな顔するのよね……。いや、多分砂糖の入れすぎでせっかくの紅茶が台無しだ、なんて思われているのだろうことくらいは察してはいる。察してはいるけれど……、だって仕方がないじゃない! 砂糖を入れない紅茶なんてただ苦いだけで、美味しいとは思えないんだから……!

 そんなことを考えているうちに、アンネが父からの文書をテーブルの上に投げ出す。どうやら中身を読み終わったようだ。

 暫くは互いに無言のまま、視線の交換が続く。

「……なるほどね。キャシーにとっちゃ、これは確かに頭が痛いだろうね……」

 アイリーンが口を開き、私はそれに対して頷く。

 そう、これは本当に頭の痛い問題なのだ……。更に言えば、この文書を読んでから、その痛みが増してきたことも付け加えておく。

「でも、確かに最近SSDの奴らの仕業と思われる事件が増えているのは確かだし、大公様の立場からするとこの催促は至極当然だろうけどね。
 ……それについては、キャシーだって同意見だろ?」

 既に冷めてしまっているであろう紅茶に口を付けたアンネの言に頷きながら、私は頭の中で現状を整理しようと一連の経緯を振り返っていた――。



 ことの発端は、――我がヴァイネツェルガー大公国における不可解な事件の頻発。

 そして、それらの事件の多くに魔術の痕跡が残されていたという報告は、私の父である大公を始めとする国家上層部に大きな衝撃を与えた。現在、いたずらに国民の不安を煽ることのないようにとの配慮から、事件の情報は国家情報部によって厳しく統制されてはいるが、このまま同様の事件が続くようなことがあれば、これ以上隠し通すことは到底無理な話だろう。一方で、現場に残された魔術痕などから、国家上層部は早い段階でこれらの事件を黒衣十三衆と呼ばれる魔術師集団の仕業であると断定している。

 ――黒衣十三衆(Schwarzen Sie dreizehn)。通称SSD。

 ヴァイネツェルガー大公国三百年以上の歴史の中で、常に彼らは国家の敵として姿を現す。SSDは十三人の優秀な魔術師からなり、彼らは全員が不死性を有していると記録されている。また、全員が黒い外套を羽織っているとも記録されており、それが彼らの名称の由来ともなっている。しかしながら、個々人の容姿や十三人それぞれの扱う魔術についての詳細は不明。それどころか、十三人が同一の目的を持った集団として行動しているのか否かすらよく分かっていないのだ。

 とにかく彼らについての情報は少ない。それは、実際に彼らと戦って生き残った者の記録が殆んど存在しないことが原因だ。そもそも、SSDの出現として公式的に定義されている記録は二百年以上前に一度、百二十年前に一度の計二回のみ――。そして先日、公国会議によって第三回の出現が公式に認定される方針が固まったというのである。

 ただし、そんなものが実在するのか否かという部分からして、学者たちの論争が続いているのも現状だ。SSDについての学術的論争を更に細かく見ていくと、不死性についての論争や、彼らの目的についての論争、隣国の秘密組織による陰謀説、民間伝承のトレース論など枚挙に暇がない。

 結局、公式認定においても、そこで述べられていることは、SSDは一国の軍事力に匹敵する程の強大な戦闘力を有し、それが何の因果か私たちの国へと向け続けられているということのみ――。ここまで来ると、もう伝説の域である。

 しかしながら、そのことこそがこの国にとっては紛れもない脅威なのだ――。

 一般の治安部隊では絶対に歯が立たない超一流の魔術師集団であるSSD。初めてSSDが出現したと公式に記録されている二百年以上の昔に、彼らに対抗するべく結成されたのが、ヴァイネツェルガー大公国国家特別任務機関だ。この機関はSSD出現が公式認定された段階で活動を開始する戦闘機関で、その目的はSSDの殲滅というシンプルなものだ。もっとも、シンプルであると同時に困難な目的でもあるのだが……。そもそも、そんな歴史の闇に葬られた組織をもう一度引っ張り出してこなければならない時点で、現在の状況がいかに悪いか分かろうというものだろう。

 ――ヴァイネツェルガー大公国国家特別任務機関。通称JOKERs。

 国家的脅威であるSSDの殲滅を目的として設立されたその機関は16人の精鋭中の精鋭からなる。彼らの任命権は機関の代表者が有し、機関の代表者の任命権は大公国のトップである大公が有する。今回、第三回のSSD出現公式認定に先立って、父である大公によって私キャサリン・ヴァイネツェルガーが代表代行に任命されたという訳だ。ちなみに通称の由来は、16人の位階がプレイングカードの札から採られているところから来ているらしい。

 その位階の形態は次のようになっている。

 まず、JOKERsは互いに並列関係の四つのチームに分けられている。しかしながら、それぞれのチームが単独で敵に当たることはほとんどないと言っても良い。これら四つのチームは、個人の能力では格上であると想定されるSSDとの戦闘時において相互補完的な役割を持つように意図して作られたものであり、あくまでも16人全員で敵に当たることが前提となっている。

 四つのチームの詳細は以下のようなものだ。

 ――プレイングカードにおいては剣を表すとされるスペード。

 彼らは、その高い戦闘能力と汎用性を生かし、戦闘時には中心的存在としての活躍が期待される。このチームには身体能力に優れ、魔術も含めた戦闘技能全般にけている者が選ばれる。

 ――プレイングカードにおいては聖杯を表すとされるハート。

 彼らは、主に戦闘時における補助的役割をその任とする。このチームには治癒や強化といった戦闘補助の魔術に長けた者が選ばれる。反面、近接戦闘に弱い人間が多いのがこのチームの弱点でもある。

 ――プレイングカードにおいては棍棒を表すとされるクラブ。

 彼らの役割は近接戦闘である。また、他のチームの壁となり、他のチームの攻撃を補助することもある。このチームの場合には、とにかく身体の頑強さと近接戦闘の技能が重視される。逆に言えば、このチームに関しては魔術が扱えるか否かは問題視されない。実際に現メンバーの中にも魔術を扱える人間は一人しかいない。

 ――プレイングカードにおいては貨幣を表すとされるダイヤ。

 このチームは攻撃魔術による攻撃をその任としている。このチームにはとにかく高威力の攻撃魔術を扱える人間が選ばれる。ハートのメンバーと同様、近接戦闘には向かない人間が多い。ちなみに、私キャサリン・ヴァイネツェルガーとアンネリーゼ・キルヒアイゼンはダイヤのメンバーであるが、ハートとダイヤのメンバーは全員が貴族の家の人間である。これは、この国において魔術的素養を持つ人間が大公家を含める限られた大貴族の家にしか生まれてこないことが原因である。

 これら四つのチームにそれぞれの役割に合う能力に秀でた4名ずつが配置され、更にチームの中で実力によってエース、キング、クイーン、ジャックという縦の関係が構築されている。このことから、エースはそれぞれのチームの責任者、キングは副責任者という関係が基本となっている。一方でクイーンとジャックには明確な上下関係はなく、クイーンは女性、ジャックは男性から選ばれるというのが一応の伝統になっているようだ。私とアンネは、この位階で言えばそれぞれエース・ダイヤ、キング・ダイヤとなる。

 さらに初めて結成された二百年以上前の場合には、JOKERsの設立を当時の大公に提言した女性がジョーカーという位階で機関の代表、つまりJOKERs全体の責任者として存在したという記録があるが、今回はその位階は置かれてはいない。それこそが今回、私が代表ではなく代表代行といして任命された理由である。前回、百二十年前の場合にも、代表たるジョーカーは任命されず、当時のエース・スペードが代表代行として任命されたという記録があることから、むしろ初回がイレギュラーだったと言ってもいいかもしれない。今回の場合、父である大公にJOKERsの代表代行に任命されたエース・ダイヤの私を中心とする4人のエースの合議によって重要決定事項は決められることとなっている。

 JOKERsは以上のような形態の組織ではあるが、忘れてはならないのはそれが戦闘機関である上に、その攻撃対象がBTに限定されているということだ。つまり近い将来に行われるのは、13人の超一流魔術師と16人のヴァレンブルグ屈指の精鋭との戦闘行為、言い換えれば小型の戦争と言っても過言ではないだろう――。



 ――そこで、私が頭を痛めている残り一名の選出についての問題に返る。

 父の要請は大公という立場の人間としては自然なものであることは理解している。JOKERsのメンバーが選定され、私がそれを父に報告しない限り、父はSSD出現の公式認定が出せないという状況なのだ。

 公式認定を出すということは国家としてSSDの脅威が顕現していることを認めるということである。その時に対抗機関たるJOKERsが人員選出段階によって機能せず、では国民に対しても格好が付かないということだ。また、公式認定を出す前にSSDによる被害が拡大し、その噂が国民に流布してしまうというのは考えうる中で最悪のシナリオであろう。

 ただし、そのくらいは私にも理解できるものの、それはあくまでもこの国のトップである大公という立ち位置から来る主張なのだ。JOKERsの代表代行、すなわち実質的な責任者である私の立場から言えば、これから私たちが直面するのは一命を賭した戦争である。戦場で一人でも力の劣る人間がいれば、そこが即ち戦闘における敵の起点にもなりかねない。つまり、自分や部下の命を失うことにもなりかねないのだ。

 私はJOKERsの代表代行としてそのような危険な橋は渡れない――。それだけはこの数日間悩んで決めた私にとっての結論だった。



「お〜い、キャ〜シ〜」

 気が付けば、アンネが目の前で手をヒラヒラさせている。どうやら私は考え事に没頭してしまっていたようだ。

「急にボ〜っとしちゃって、どうしたのさ? 何か考え事? ほらほら、お姉さんに話してごらん……」

 こっちは胃の痛くなるような思いをしているというのに、コイツと来たら……。きっと百面相している私を見て楽しんでいたのだろう……。……っていうか、誰が「お姉さん」よ!?

「ん、ちょっと考え事をね……。
 さっきの続きだけど、私だって、適任者さえいれば一刻も早くSSDの奴らの狼藉を何とかしたいって思うわ。でも、だからと言って、そこらの馬の骨をメンバーに加える訳にもいかないのよ。
 確かに現状ではジャック・スペードの適任者はいないし、近いうちに見つかるという当てがある訳でもない。でも、ハートやダイヤならともかく、欠けているのは戦闘の中心となるべきスペードの人間よ。当然、戦闘においての危険だって大きくなる。そう考えると、たとえ体裁だけ取り繕ったところで実際に力がなければどうしようもないし……、それどころか下手を打てば、その蟻の一穴から戦闘時のプラン全体が瓦解してしまう可能性だってあるわ……。
 そういった諸々の事情を考えると、どうしても慎重にならざるを得ないのよ……」

 アンネのにやけ面は無視して、そう言い放つ。

 こればっかりは誰が何と言おうと譲れないし、譲るつもりもない。普段は即断即決を美徳とする私だが、JOKERsの人選については石橋を叩きすぎて壊す一歩手前までの慎重さが己に課しているのだ。もちろん良い人材さえいれば、喜んで即断即決するに決まっているのだが……。

 アンネも暫し黙考。やがて、大きく頷き、にやりと笑った。

 あ、イヤな予感がする……。大体にして、こいつがこういう反応をする時にはあまり碌なことを言わない……。

「そうさね。キャシーが言ってることも良く分かるし、現状ではその結論も致し方なしってトコなのは私も同意。でも、そうして悩んでいる間にもSSDの奴らによる被害が拡大しないとも限らないのも事実。
 ……ということで、一つ提案させてもらうよ。
 どうだい、私たちでジャック・スペードの適任者を見つけてくるってのは?
 待っていても何も進展しやしないんだ。どうせなら、私たちのお眼鏡に敵うような強くて格好のいい適任者を見つけてくる方が生産的だとは思わないかい?」

 アンネが眼を輝かせながら言う。こうなったらこいつは聞かないのだ。

 少し考えてみる。これだけ手を尽くして探させている人材がそう簡単に見つかるなんて思えない。むしろ思いっきり無駄足になる確率の方が遥かに高いであろう。

 けれど実際、確かに私も待ちの一手には飽きてきたところだったし、自分から動いてみるのも悪くない。どちらかと言えば、そちらの方が性に合っているような気もするし……。

「……そうね。まあ、格好のいい云々は置いておくとしても、やってみる価値はあるかもしれないわね……。私だって椅子に生えた千年苔にはなりたくないし、思わぬ拾い物に期待でもしましょうか」

 私の言を聞いたアンネが顔を輝かせながら立ち上がる。

「よっし、そんじゃ、とりあえず城下にでも出てみますか! キャシーと飲みに行くのも久しぶりだなあ……」

 …………。

 前言撤回……。目的が入れ替わっているわよ、アンネ……。どうせ、そんなことだろうとは思っていたのだけれど……。

 でも、久しぶりにお酒を飲むのも悪くない。私もお酒は嫌いではないし、忙しくなる前にはアンネ達と週に一度は酒場に通っていたのだ。最近は忙しくて、もう随分とご無沙汰ではあるけれど……。

 気分転換にもなるだろうし、一晩くらいはいいわよね? 何か俄然乗り気になっている私がいるわ……。

 そうと決まれば話は早い。

「……行くわよ、アンネ! 今日はとことんまで付き合ってもらうんだから!」

 アンネは我が意を得たりとばかりに頷く。

 彼女の提案には、きっと執務室に篭りっきりの私を外に連れ出す口実という意味もあったのだろう。付き合いが長い分、ごく自然に気を回してくれるのだ。

「分かってるって。愚痴でも艶話でも何でも聞かせてもらうよ」

「艶っぽい話なんて私には一切ないわよ……。それを認めること自体、年頃の女としてはそこはかとなく敗北者の気分にはなるけれどね……」

「キャシーは素直じゃないからねえ……。偶には男に甘えてみるのもいいんじゃないか?」

「冗談! それに、今の台詞はそっくりそのままあんたへもお返しするわ」

「はははっ、確かにその通り!」

 下らない、でも心休まる掛け合いを演じながら、二人して城門へ向かって廊下を歩く。

 お酒って久しぶりに飲んだりすると確か悪酔いするのよね、なんてことを考えながら窓の外の夕陽に眼を向ける。





 全てを燃やし尽くすような苛烈なる赤とは異なり、穏やかで温かく、それでいてどことなく寂寥を感じさせる橙。

 そんな橙に照らし出されながら、私は近いうちに現れるであろう運命的な誰かを予感していたのだと思う。

 
 かくして、そんな日の夜に私は彼と出会うことになる――。

 まるで夕刻に見た橙色を想起させるような、そんな少年と――。

 
 そして、それこそが――私にとっての分岐点。

 ――彼にとっての分水嶺。

 
 その邂逅が運命のタービンを焼き切れんほどに回していこうとは、この時点では知る由もなかったのだ――。
ということで、プロローグです。
修正したら、何かやたらと長くなってしまいました。
おまけに、後半は説明的な部分が多すぎて、読むのに疲れたという方もおられるかも。
書いていても、「これも説明しておかないと」な部分が多くて。
ちょっぴり疲れました。

ということで今回はメインヒロインであるキャサリン嬢の苦悩が中心でした。
主人公は一切登場せず……。
彼には次回から長いこと頑張ってもらうので、今回は休暇の前払いということで……。
次回からは視点も変わって、いよいよ物語が本格的にスタートします。

ここまで読んでくださった皆様に感謝を。
ご意見、ご感想、ご批判等何でも良いのでお待ちしております。
小説書くのが初めてなもので、皆様の反応を知りたいというのもありますし。
それでは、また次回に。

10/31
どんだけほったらかしにしてたんだ、俺……。
プロットの見直しをしようと思ったのはいいものの、やってるうちに「あれ、これって話が破綻してね?」と思い始め、やる気をなくしていたのが本当のところです。
読んでくださっていた方がおられたとしたら、本当に申し訳ありません。

まあ、でも小説執筆って俺にとってはあくまで趣味の範疇なんで、あんまり気負わずに気が向いた時に書くっていう感じなんです。
作者としては最低かもしれませんが、「自分が楽しむ」ために書いてる部分もありますし。

ということで、半年にわたる放置期間を経てモチベーションも回復したので、またゆっくりと続きを書いていきたいと思います。


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