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婚約破棄を言い渡されましたが私は貴方の婚約者ではありません

作者:I・B
「ローズマリー! おまえとは婚約破棄させて貰う! 人気の無いこの場で告げたことを、最後の情けだと思え!」



 学園の中庭で、一人寂しくベンチに座り俯いて本を読んでいた私に、学園でも一番の美男子と噂の侯爵三男のアルフレッド様が宣言した。

 が。

「え、ええっと?」

 顔を上げて困惑する私と、私の顔を見てぴしりと固まるアルフレッド様。
 それはそうだろう。今宣言されたローズマリー様と私は背格好や髪型はそっくりだが、顔は似ても似つかない。向こうは吊り目美人で、こちらはなんというか、平均的なパーツを集めてちょっと良くしました! みたいな、誰が視ても中の上、という顔立ちだ。

「す、すまない、君は? ローズマリーではない?」
「見ればわかるとは思いますが、ローズマリー様の一学年下に在籍しております、マリアと申しますが……」

 よほど混乱しているのだろう、アルフレッド様は何故か私に確認を取ってきた。
 いやいやいや、本当に、見ればわかるだろう。

 というかこの人は、ろくに確認もせずに突っ走ってきたのだろうか。そしてろくに確認もせずに宣言。侯爵家の三男ともあろう方が。
 えっ、それ、もしかしたらまずいのでは?

「も、申し訳なかった。他を当たろう……」
「い、いえ、お待ちください! もうこうなってしまえば私も関係者です! 話くらい、聞きますよ?」

 いや、本当は関わりたくないのだが、ここまで突っ張ってしまう方なのであれば話は別だ。金髪碧眼の優しげな美男子だと思っていたのに、まさかの猪突猛進型。我が伯爵家は彼の侯爵家の寄子なのだ。うっかり醜聞でも流されよう物なら、止められる状況にいてなにもしなかったというのは両親に申し訳が立たない。
 そんな私の“人生賭けてます”という声色が伝わったのか、アルフレッド様は形の良い眉をへなへなと歪め、私の隣に腰掛けた。

「それで、何故婚約破棄など?」
「……いじめが、あったのだ」
「まぁ。アルフレッド様が?」
「いやいやいや、ローズマリーが! ああ、いや、そうではないか。順を追って話さなかった私が悪かった。すまない」
「いえ。ですがご自身でも順を追ってお話しになれば、整理も出来ると思いますよ?」
「ああ、そうだな。整理か。確かに、今の私にはそれが一番大事だ」

 そう言って、アルフレッド様はぽつぽつと話し始めた。














 で、割愛すると。


 家の決めた婚約者ではあるが、学園に通う身分の内から婚約者に構いたいとも思えず、生徒会に入り日々仕事と学業に追われながらもそれなりに充実した日々を送っていたそうだ。
 ……ここまで話すのに、十五分。私は真剣に聞きながらも、そっと本を読むことを諦めた。


 そんなある日、アルフレッド様は道に迷う特待生の少女に声をかける。これが後の虐め被害者であるエリーナさんだ。平民で特待生なので、私も名前だけなら知っている。アルフレッド様は、このエリーナさんに道を教えながら、彼女の物怖じしなく、快活な姿に興味を持ったそうだ。
 ……エリーナさんに対する情景描写――可憐だ、だの、迷い込んだ子猫、だの――がくどく、ここまで話すのに三十分。私は途中、午後の受講を諦めた。


 道行く先々でエリーナさんに出会うようになると、どんどん彼女に惹かれていったそうだ。そのうち、偶然の逢瀬だけでは物足りなくなり、約束を取り付けて逢瀬を繰り返すようになる。それはこれまでの人生が色あせた物であったと思うのに、十分な日々であったそうだ。
 ……ここまでで、さらに三十分。ツッコミどころ盛りだくさんだが、仕方ない。ちなみに、現段階で私のアルフレッド様に対する美男子像は砕け散っている。粉々だ。


 彼女を慕う男子は多く、彼女との逢瀬をとりつけようと必死になっていたそうだ。だが、そんな日々を覆すことが起きる。それが、エリーナさんに対する虐めだったそうだ。なんでもない、なにもないと告げるエリーナさんにアルフレッド様はなにも言えず、悶々とした日々が続いた。
 ……四十五分追加。彼女を慕う男子たち、が誰であるかなんか知りたくなかった。ここまでは序、だとすると、あと破、急、と続くのだろうか。気合いを入れ直さないと。


 だがある日、エリーナさんがびしょ濡れの教科書を胸に抱いて、一人泣く姿を目撃してしまう。アルフレッド様はそれまでのへたれであった自分に活を入れると、虐めの主犯を特定するための情報を集め始めた。すると、エリーナさんを慕う男子の一人が、エリーナさんがローズマリー様に嫌みを言われている場面を目撃したのだという。
 ……三十分。なぜ内訳十五分も、いかにアルフレッド様がへたれであったかなど聞かされなければならないのだろう。現段階で、彼がへたれであることなど必要以上に伝わっているというのに。


 アルフレッド様はエリーナさんを問い詰めた。まぁ、宥め賺して縋り尽くした、が正しいと思うのだが。まぁ、その結果虐めの犯人がローズマリー様だとエリーナさんが白状。虫を投げつけられたり紅茶をかけられたり、小さなことが重なってストレスになっていたようだ。アルフレッド様はそれを聞いて激高。逸る足でローズマリー様の姿を見つけ、発見。今に至る。
 ……おいおい今に至るって、突っ走りすぎじゃないか。と思いつつ三十分。この時点で三時間。纏めれば五分で終わる話が三時間。さようなら私の三時間。このひと、詩人とか向いているのではないのだろうか。最近の流行だとくどいほうが好まれると言うし。



「思えば、焦りすぎていたようだ」
「ええ、そうですね。ええっとそれで、一つずつよろしいでしょうか?」
「ああ。これまでエリーナですら途中で結論を告げてしまい、最後まで聞いてくれた者などいなかった私の話を、君は丁寧に聞いてくれた。なにかあるのであれば、なんでも言って欲しい」

 普段からこんなに話が長いのか。大丈夫なのかこの人。

「それでは、遠慮無く……。偶然の逢瀬はまだしも、婚約者のいる身分で約束を取り付けた逢瀬はなにも言い訳できないのではありませんか?」
「あっ」

 本当に、この人は大丈夫なのだろうか。
 三男で良かった。長男次男はまともな方だと信じたい。

「それは、ローズマリー様ときちんとお話しなさってください」
「……だが」
「だが?」
「ローズマリーが虐めをしたことには」
「そうですね。私も結論を急ぎました。申し訳ありません」
「いや、それは」
「では、次です」
「……はい」

 なんにしても私のターンだ。
 最後までツッコミを入れきってから、言い訳していただこう。

「彼女を慕う男子は多い、と仰いましたね」
「ああ。副会長のタリスも、会計のセオも、書記のクランツも、果ては風紀委員の……」
「それは今は良いです」
「……あ、ああ」
「では、エリーナさんが慕うのはどなたのですか?」
「それは、彼女は友情を」
「おっと、失礼いたしました。婚約破棄を申しつけるくらいなのですから、当然、アルフレッド様のことを慕っておられたのですよね?」
「……いや、その、君はいじわるだ」
「なにか?」
「……エリーナは、誰をも友人としか見ていなかった」
「では、婚約破棄された後はどうするおつもりだったのでしょうか?」
「その、エリーナに告白をして」
「成功する確率は?」
「……」
「良いでしょう。責任は急ぎません。次に行きます」

 だんだんと私のアルフレッド様に対する態度が悪くなっているのは自覚するが、気にはしない。

「虐めの内容ですが、虫、とありましたね?」
「あ、ああ、ローズマリーに投げつけられたらしい」
「本人に?」
「ああ。エリーナがそう言っていた」
「ですが、ローズマリー様は、虫、苦手ですよ?」
「えっ、あの顔で?」

 失礼ですよ。いや、本当に。
 ローズマリー様はプライドが高いため公言されないが、虫は大の苦手だったはず。私は以前ここで、目の前を小さな毛虫が横切った程度で「ぴゃああっ」と可愛らしい悲鳴を上げ、取り巻きの方に涙目でしがみついていたのを見たことがある。
 実のところローズマリー様は、その一件以来中庭には近づかなくなった。

「そ、そうだったのか……」
「ええ。それで、一番大事なお話をしますが、よろしいでしょうか?」

 覚悟は。

「あ、ああ」
「はい。では、エリーナ様がローズマリー様に虐められた、という証拠は?」
「えっ、あっ、いやっ、証言が」
「例えば、私がエリーナ様を虐めていたとします。私はローズマリー様と顔以外は似ているので間違えられやすいでしょう。この場合、ローズマリー様は完全な濡れ衣です」
「あっ、いやでも、嫌みを……」
「婚約者と逢瀬を繰り返す女に、嫌みの一つも言うなと?」
「……」

 ついになにも言わなくなってしまった。
 が、私の三時間を棒に振らせたのだ。徹底的にやらせてもらう。

「証拠もなく、婚約破棄。ローズマリー様は侯爵家と爵位は同じ。一方的な破棄が通じますか?」
「……」
「つ・う・じ・ま・す・か・?」
「……通じません」

 同格の相手に一方的な婚約破棄。
 原因は自分の浮気。
 これは下手を打てば絶縁もあり得るのではなかろうか。

「そうか、ははっ……悪いのは、私だったのだな」

 あらかた説明を終えると、アルフレッド様は吹っ切れたような笑顔でそう言いました。

「おや? 素直ですね?」
「あまり、いじめないでくれ……。ああいや、だが、ようやくすべきことがわかった」
「そうですか」
「ああ。まずは、盲目的にならずに、ローズマリーときちんと話をしてくるよ。私はこれまで、彼女の人となりに興味を持たなさすぎた。今回、何故こうなったかと考えるのであれば、一番の原因はそこなのだろう。二番は、まぁ、私の浅慮だが」
「そこまでご理解いただけたのでしたら、私から進言させていただくことはありません」
「ははっ、そうか。いや、そうだな」

 アルフレッド様はベンチから立ち上がると、私の目の前に立つ。
 そして深く、頭を下げた。

「ありがとう、マリア嬢。君のおかげで目が覚めた」
「いえ。お役に立てたのでしたら幸いです。私も途中失礼な物言いがあり、申し訳ありませんでした」
「いや、それについては謝罪は必要ない。むしろ助かったくらいだよ」

 アルフレッド様は頭を上げて微笑むと、さて、と踵を返した。このままローズマリー様とお話しなされるのであろう。
 けれどその背中が妙にすすけて見えたので、私は最後に、もう一言だけ告げることにした。

「謝罪は必要ないと仰ってくださるのでしたら、もう一つだけ、よろしいですか?」
「? あ、ああ」

 振り向くアルフレッド様に、最後のツッコミどころについて言及する。
 それは、彼の三時間の物語の、プロローグ。

「これまでが色あせた日々であったと申されましたが、私はそうは思いません。アルフレッド様が壇上に立たれ、我々新入生に心ばかりの催しを、と見せてくれた魔法の花火。あのとき、我々の入学を歓迎してくださったアルフレッド様の笑顔は、なにより輝いて見えました。失礼な物言いが許されるのでしたら、最後に、もう一言だけ」

 ベンチから立ち上がって、励ますように笑顔を向ける。

「あのときのアルフレッド様は、すごく素敵でした。だから、色あせた日々なんて、言わないでください」
「……ああ、そうだな。ありがとう――マリア」

 そう最後にとびきりの笑顔を向けて、アルフレッド様は今度こそ歩き出す。
 その背中が見えなくなるまで、私はその場に立ち続けた。





 に、しても。
 何故最後は呼び捨てだったのでしょうか、アルフレッド様?

















――†――



 それから。
 とくに私の日常に変化はなく、十日あまりが経過した。
 噂も拾っていないから詳しいことは知らないが、侯爵家三男の絶縁など聞こえてこない以上、無事に終わったのだろう。
 私も、友人たちと昼食をあったあとの読書タイムを満喫できる。

 そう、思っていたのに。

「あの?」
「どうした? マリア」
「なぜ、ここに?」

 いざ本を広げてさぁ読もうとしたとき、何故か、アルフレッド様が現れた。

「隣、良いだろうか?」
「はぁ、どうぞ?」

 嫌だけど。
 それでも断るわけにもいかず、座ってもらった。

「あれから、ローズマリーときちんと話が出来たよ。泣かれてしまったがね」
「そうでしょうね」
「結局、ローズマリーは一つ上の兄の婚約者になったよ。信用できない!と言われてしまったからね」

 婚約破棄を申し出るはずが、婚約破棄されてしまったということだろう。

「では、これでエリーナさんに告白できるのでは?」
「いや、それもよく考えてみれば、下手をすれば結婚後も友達感覚で男性と出かけられるかも知れないと思うと……」
「貞淑さが足らない、と?」
「ああ。情けない話ではあるがね」

 結局、犯人はわからずじまい。なにもかもが空振りに終わってしまったようだ。
 だというのにアルフレッド様の横顔は、憑き物が落ちたかのように晴れやかだ。

「私は今、婚約者はいない。けれど三男とは言え侯爵家の人間だ。選択肢も限られる。そこで父上には、我が家の寄子のご令嬢を頼ませていただいた」

 あれ?
 おかしい。
 雲行きがおかしい。

「だから、マリア。どうか“俺”と」
「舌を噛んで死にます」
「そこまで?!」

 当たり前だ。
 なにを好きこのんで浮気癖のある話の長いへたれと婚約せねばならないのだ。
 どうか、アルフレッド様のファンの皆様に譲って欲しい。

 なのに。

「なら、こうしよう。俺の卒業までに君がもし俺を好いてくれるようになったのであれば、婚約して欲しい」
「はへ?!」

 あのへたれはどこに行ったのだろう。
 素早く私に跪いて、優しく両手を握るアルフレッド様。そのご尊顔はこれまで見たどんな表情よりも麗しく、力強い。

「そ、そんなこと」
「好きにならない自信があるのであれば、構わないだろう?」
「い、いえ、しかし」
「俺の卒業まで、あと一年半。猶予をくれないか」
「え、ええっと、ぁのう」

 誰だこのひと。
 いや、本当にだれ?!

「マリア」

 甘い声。

「俺は、誰よりも君に惹かれてしまった」

 力強い瞳。

「俺に、希望を持つだけの猶予が欲しい」

 優しい、手。

「わ、わかり、ました」
「そうか! ありがとう、マリア」

 とろけるような、笑み。

 あのへたれ侯爵三男様はどこにいってしまったのか。
 あれこのひと、本当にだれ?
 えっ? 同一人物? あれ?



 気がついたら私は、一人、中庭で呆然としていた。
 アルフレッド様とどんなやりとりをしたのか、正直、覚えていない。

 ただ、一言だけ言わせて欲しい。


「どうしてこんなことになったの?」


 声がむなしく響く。
 当然、返る答えは、どこにもなかった。























 それから遠くない未来。
 妙にかっこうよくなってしまったアルフレッド様に押し負けて陥落してしまう頃。
 私は結婚式の式場で、思わずこう、振り返った。

 あのとき中庭で約束を取り付けられた、あの瞬間。
 私はこうなることを、心のどこかで予感していたのではないだろうか、と――。
 2015/07/01
 急ぎ、表現の修正だけ行いました。
 誤字修正はまた後ほど。

 2015/07/14
 遅くなりました。
 誤字修正いたしました。

 次男→三男
 廃嫡→絶縁

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