挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
想い、描くのは。 作者:剛田
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

31/38

第30話 付き合って

「話。聞いてくれて、ありがとう」

 そう微笑む緑青の目の周りは少し赤い。すぐに冷やしたほうがいいだろうと思い、俺は財布を持って立ち上がった。

「く、黒石くん?」

 困惑している緑青に、待ってろとだけ残し俺は走って自販機のところまで行き、ペットボトルの水を買った。戻って緑青に手渡し、これで冷やすように言った。緑青はペットボトルにタオルを巻いて目に当てた。そうして、お水いくらだった? と聞いてきたのでいらないと返すと、それはいけないと怒り出した。

「払うから言いなさい」
「俺が勝手に買ってきたんだから、ありがたく受け取ればいいだろ」
「理由もなく、奢ってもらうわけにはいかないわ」

 普通女子って奢られたらわーいって喜ぶもんなんじゃないのか……? まぁ奢ったことないからわからないけど。

「じゃあ、それぬるくなったら返せよ。それならあげたことにならないだろ」
「い、嫌よ」

 あーっしまった失言した。絶対変態だと思われた。

 頭を抱えた俺に向かって緑青は小さな声で、今度私が何か奢るわよ。それでチャラにして。と言った。どうやら先ほどの発言はセーフだったらしい。

「じゃあ、それで」
「ええ」

 さっきまでの重たい空気が一掃されて、普通に話せていることが嬉しかった。この調子で、まだ疑問に残っていたことを質問することにした。

「話を戻すんだが、俺に漫画を描かせた理由はわかったけど、なんで日常ものって指定したんだ?」
「……日常の話を描いて欲しかったのは、バトルアクションものより、普段の貴方の心の動きが反映されて描かれるかなと思ったからよ。恋愛は、映画の影響ね」
「映画、なかなか良かったもんな」
「そうね。あれから一ヶ月もたっていないのに、随分と昔のことみたいに感じるわ」

 緑青は懐かしそうに目を閉じてそう言った。胸が少しずきずきする。俺とのこの時間も、すぐに昔のことになってしまうのだろうか。

「それで……おしまいっていうのは……」
「勿論言葉通り、付き合うのは終わりにしましょうという意味よ。元々、そのつもりだったの。貴方をずっと縛り付ける気はないわ」
「で、でも……」
「付き合う必要なんて、本当は全くなかったのに、私の考えが浅くて迷惑をかけたわね。……必死だったの。一緒にいる時間を確保したくて」

 鮮明に蘇る。教室に鈴のなるような声が響いて、一瞬にしてクラス全員の視線が集中したあの日。平凡な俺の日常が崩壊した日。俺にとって、ドキドキの連続の眩しい日々のはじまり。

「緑青の気持ちは、わかった……。それで、相談なんだが」
「なにかしら」
「緑青、今度は俺からお願いするよ。俺の漫画作りに、付き合ってほしい」

 あ、そういえば緑青はお願いじゃなくて強要だったな。

「……手伝えること、ないわよ」

 緑青はペットボトルを目から外し、俯いたま答えた。

「それでもいい。完成まで、見届けてほしい」
「……脅さないの?」
「残念なことに、俺には手札が何にもないからな」
「ふっ……いいわ。……見届けてあげる」
「なんか、偉そうだな」
「言うようになったじゃない」

 これからもよろしく、と言うと緑青はしょうがないわね、と笑った。

 俺と緑青の恋人、と呼べるかもよくわからない関係はなくなった。
 代わりに、新しい関係をこれから築いていけたらいい。

「……でも、本当に凄いわ。この漫画」

 緑青はペットボトルを机に置き、代わりに俺のノートを手に取った。

「褒めたってなにも出ないぞ」

 顔がにやけそうになるのを必死に抑えながら、俺がそう言うと緑青は急に寂しそうな顔をした。

「私には、描けないもの。あのね。私、人を好きになったことないの。……いいえ、違うわね。ならないようにしてきた。……きっと、怖いからなのよ」

 自分のせいで、失うのが。と緑青は付け足した。

 ……親父さんのことか。緑青のせいじゃない、と言いたい。でも、それを言う資格なんて俺にはない。なにも知らない。彼の苦悩を知らないくせに慰めの言葉をもらって果たして彼女は喜ぶだろうか。いや、そんなわけない。

「いろいろ、上から物を言ってごめんなさいね。私には、黒石くんのことを気持ち悪いなんて言う資格ないのに」
「……俺、じゃなくて、前の俺の笑顔だろ」

 その言い方だと、まるで今の俺自身が気持ち悪いみたいじゃないか。

「そうね、訂正するわ。ごめんなさい。……私も、随分と受け狙いな生き方をしてきたから。いなくなった父を、そんな父を選んだ母を、そしてその二人から生まれた私自身を悪く言われるのがどうしても嫌で、見返してやりたくて、その為だけに頑張った。私が良い成績をおさめれば、賞を取れば、祖父母も親戚も機嫌が良くなったから」

 緑青がなんでもできるのは、才能だけのおかげじゃない。努力があったからなんだ。
 きっと、あいつも、俺以上に絵を描くのが好きだったんじゃないだろうか。俺は知らなかったし、知ろうともしなかった。

「特別、と貴方は言ってくれたけど、自分ではちっともそう思えない。私はただ高飛車に振舞うことで虚勢を張る変な子なのよ」

 緑青はそう呟いて立ち上がった。空はまだ明るいのに、なんだが妙に胸を締め付けられた。まるで夕闇に飲みこまれるような感覚。不安で、心細くて、親の帰りを待っている子供のような……。

「帰りましょうか」

 その声にハッとして、我に帰った俺は、ノートを鞄にしまった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ