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想い、描くのは。 作者:剛田
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第29話 本当の貴方

「私の母の家は、代々続く名家でね。父は婿として迎えられたの。父の印象は、真面目だけが取り柄の人。いつもへらへらと楽しくもないのに作り笑いを浮かべて、腰を低くして、祖父や祖母に言われたことに従ってた。母の家でうまくやっていこうと必死だった。そういうの、子どもでもわかるものなのよ。だから父のこと、苦手だった。表面を取り繕って、何を考えているのかよくわからない、そんな父の笑顔が、不気味に思えてしまったの。ひどい娘よね。そんな父が、或る日突然いなくなってしまったの。耐えられなかったんだと思う。職場でも家でも、無理をして演技をしていたんだもの。息が詰まったのね。行方不明として届けを出したけれど、とうとう見つからなかった。私、父を恨んだ。私を置いて、逃げてしまったんだもの。いくら苦手でも、それでもお父さんだから。……本当は、作り笑いじゃなくて、本当の笑顔を、向けて欲しかった」

 緑青の目に涙が溜まった。

「父がいなくなって、母は気を病んでしまって……今はだいぶ元気になったけど、祖父母も親戚もかんかんに怒って……私、頑張ったの。勉強も運動も、お習い事も、全部頑張った。悪く言われるのが耐えられなかったから、私は父とは違うと示そうとしたの。そんな時にね、見つけてしまったの。父の書斎の机の鍵がかかる引き出しに、ノートが何冊も入っているのを。父の部屋はそのままになっていてね、誰も掃除をしないから私が掃除をすることになって、本当に、運が良かったの。もしかしたら、捨てられていたかもしれないもの。そのノートにはね、漫画が描いてあったのよ」

 緑青は涙を俺が返したタオルハンカチで拭い、微笑んだ。

「鉛筆かシャープペンで、描かれていたのはギャグ漫画だった。平凡な小学生の主人公が宇宙人やロボット、歴史上の人物と異世界を冒険する話でね、私、吃驚したの。あの真面目しか取り柄のないような、趣味もなくつまらなさそうに生きていたとばかり思っていた父が、個性的でツッコミ満載の、上手いとは言えないけどクスリと笑える面白い漫画を描くだなんて。想像もつかなかった。他のノートにはバトルアクションもの、ハラハラドキドキの推理もの、感動の恋愛ものもあってね。私、全部読んだの。そして、思った」

 緑青は真っ直ぐに俺をみた。真剣な眼差し。息を呑むほど、美しい二つの双眸。

「本当の父はここにいたんだって。本当の父はユーモアがあって、吃驚するぐらい面白くて、感情が豊かで、きっと、優しい人だったってわかったの。だって、どの漫画も、すごく優しい話だったから。私、誤解してたのよ、ずっと。すごく後悔した。なんで、不気味だなんて思っちゃったんだろうって。もしかしたら、そんな私の気持ちが父を追い込んだんじゃないかって……」

 緑青はまた、泣きそうな顔になって目を伏せてしまった。

「後悔を抱えたまま、高校生になった。そして、出会ったの。黒石晃くん、貴方に」

 どくん、と心臓が大きく波打つのを感じた。

「覚えてないと思うけど、私、入学してしばらく経って黒石くんを職員室で見かけたの。その時、一目見てわかった。黒石くんが、作り笑いをしてるって。父とよく似ていたからよ。頼まれて、でも嫌と言えなくてへらへらと笑って媚を売って、うまくやろうとしてた黒石くんの笑顔、気持ち悪かった。そのあと、委員会の集まりがあって、私のクラスの委員長が風邪で休んだから私が代わりに出席したら、また、会ったの。貴方に」

 思い出した。委員会の集まりで、やけに周りがうるさい時があった。あれは、緑青が出席していたからだったのか。

「あいもかわらず、貴方は貼り付けたような笑顔で、周りを気にしていた。だから、目が離せなかった。私は黒石くんに父を重ねていたの。きっと彼にも本当の彼がどこかに隠れているんじゃないかって、気になった。暴いて、その顔を、態度をやめさせたかった。もっと自分らしく生きて欲しいって、全部私の後悔から生まれたエゴ。父にできなかったことを、黒石くんにしようとしたの。最低なの、私。……そんな時、たまたま黒石くんが廊下のロッカーの上に、ノートを置いたまま忘れて帰るところを見てしまって、悪いとは思ったのだけれど、ノートを手にとって、開いてしまったの。驚いたわ。これも、父と同じなんだもの。急いで自分の鞄にしまって帰ったわ。いけないことだって、わかっていたけれど、帰ってから夢中で読んだの。あの何にも興味がないみたいな、諦めたような顔をして笑う貴方が、こんなにも熱いバトル漫画を描くだなんて、面白くて笑ってしまったわ。そして、思った。父と同じで、本当の黒石くんはこの漫画の中にいるんだって。漫画を描くことが、黒石くんの本当を引き出すために必要なことなんだって、わかってしまった。だから、私貴方を脅したの。もっとたくさん描いて欲しかったから。そしてそれをもっと外に出して欲しかったから。付き合えば、一緒にいる口実になると思ったの。手っ取り早い方法が、それしか思いつかなかった。貴方は渋々了承してくれて、私楽しかったのよ。秘密を知られてからの貴方は、すごくいろんな表情をしたし、いろんな反応を示してくれたから。強制的に始めた関係だったけど、そのうちに放課後が待ち遠しくなった。でも、だからこそ、このまま騙していてはいけないと思ったの。楽しいのに、どこか息苦しくて、限界だった。本当のことを話さなきゃって、何度も思ったけど、言えなかった。……ごめんなさい。私の身勝手な、罪滅ぼしのために、貴方を利用して、ごめんなさい……」

 それが、俺に告白をして、漫画を描かせた真実だったのか。俺は、びっくりするほど、傷ついていなかった。だって、俺も楽しかったように、緑青も俺といて楽しいと思っていてくれたことがはっきりとわかったから。
 動機なんて、なんでもいいんだ。俺は緑青と出会って、漫画を描いたことに、後悔なんてない。黄瀬とも友達になれた。いろんなことに気づくことができた。全部全部、緑青のおかげだ。だから、

「謝ることなんて、何もないよ」
「……く、黒石くん」
「寧ろ、お礼を言いたいよ。ありがとう。俺を、見つけてくれて」

 俺の作り笑いに気がついて、それを例え俺以外の人間への罪滅ぼしだとしても、変えようとしてくれた。助けようとしてくれた。だから今、俺は辛い思い出を克服して、前を向くことができている。

「で、でも、わ、私……」
「偶然でも、何でもいい。俺、緑青に感謝してる。それで、いいじゃないか」
「……う、うん」

 そう呟くと緑青はまたポロポロと泣き出してしまった。完璧に見えた彼女の、生きてきた小さなカケラを今日、知ることができた。認められるように努力してきた本当の緑青はもしかしたら、とても泣き虫な女の子なのかもしれない。

 だんだんと落ち着きを取り戻した緑青を見て、俺はふと、思い出した。

 私、待つのは得意なの、という緑青の言葉。あれは約束をした日の翌日だった。待つって、そういうことか。

「今でも、待っているんだろう。親父さんのこと」
「ええ……。どこかで、生きてるかもしれないから。いつか、ふらっと戻ってくかもしれない。戻ってこなくても、お父さんの描いた漫画が、どこかで公開されて、いつか読める日が来るかもしれないって……」
「そうだな」

 そんな日が来て欲しいと、俺は心の底から願った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。緑青さんの話した理由について、納得のいかない方もいると思います。申し訳ありません。この場でお詫び申し上げます。
まだまだ物語は続きます。お付き合いいただける方は、今後もよろしくお願いいたします。

訂正
まだまだは言い過ぎでした。すみません。10万字〜15万字で完結できることを目標にしています。
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