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想い、描くのは。 〜本当の君が好き〜 作者:剛田
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第23話 動揺と安寧

 息を切らしながら職員室の扉を開けると目の前に白井がいて心臓が飛び出そうになった。

「黒石くんっ?! 遅いから呼びに行こうと思ってたんだけどちょうど良かった」
「あ、これ……返します」

 握りしめていた鍵を白井に手渡した。任務完了。はやいとこ靴箱に行かなくては。生徒指導の先生に見つかっては厄介だ。さっさと帰ろうと扉を閉めようとした時、

「洋介先生」
「あっはい。じゃあ黒石くん気をつけてね」

 数学の教師、萩森望(はぎもりのぞみ)が白井をそう呼んだ。そして白井はそれにこたえた。

 そうだ。白井の名前は洋介。ようすけ。ようちゃん。

 パズルのピースがぴったりとはまるように腑に落ちた。緑青が寝言でよんだのは白井だったんだ。
 ざわざわと疼くような感覚が胸を支配していく。それを無視するように、俺は走った。


・・・・・・・・・


 夏期講習五日目。今日行けば二日休みだ。俺は朝のうちに黄瀬に今日の放課後が空いていることを伝えた。黄瀬は嬉しそうに、パン屋さんに案内するねと笑った。俺も嬉しかったが、心の中のもやもやは晴れなかった。

 準備は滞りなく進んだ。はじめのうちはもめていた衣装作りも、松来と黄瀬が一肌脱いだらしく、今はおとなしくそれぞれの作業を黙々と、たまにおしゃべりしつつ進めている。俺も井戸を完成させ、他の大道具係の助っ人をした。

 渡辺の合図で解散になり、俺は黄瀬より少し後に学校を出た。二人連れだって出ていくところを誰かに見られて誤解されては困るからだ。黄瀬は学校の近くの公園のベンチに座って俺を待っていた。俺を見つけると駆け足で寄ってきて、さぁ行こう! とはりきりだした。

「時間は大丈夫なのか?」
「うん。全然余裕!」

 黄瀬はバイト先のパン屋さんが幼い頃から好きだったらしく、おすすめのパンの話をたくさんしてくれた。電車に乗り、黄瀬の話を聞きながら歩いているうちに、目的地へついた。
 こじんまりとしているが、手入れが行き届いているのがわかる可愛らしい洋風の家。看板は木でできていて、温かみのある風貌だ。
 黄瀬が迷いなく正面の扉に向かって行ったので俺は慌てて声をかけた。

「俺と一緒に入ってもいいのか? 従業員は別の入り口があるんじゃ……」
「いいのいいの! 友達つれてくるって言ってあるから」

 友達、という響きに胸がじんわりあたたかくなる。

 なんだ、そうか。黄瀬はもうすでに俺のことを友達認定してくれていたんだな。

 黄瀬に続いて店内に入った。途端にふんわりと焼きたてパンのいい香りが鼻孔をくすぐった。冷房は程よく効いていて、店内は所狭しとたくさんの種類のパンが置いてある。一番目立つところに、黄瀬のおすすめクロワッサンが置いてあった。これは絶対買うと決めていたものだ。

「菜乃花ちゃん! おかえり。その子がお友達?」

 店の奥から顔を出したのは、俺の母親と同じくらいの年齢の気立ての良なそうな女の人だ。

紅葉(もみじ)さん! ただいまです。そう黒石くんっていうの」
「あ、どうも。はじめまして黒石晃です」

 黄瀬の紹介に続いて慌てて自己紹介をする。下げた頭を上げると、紅葉さんと目があった。にっこりと微笑んでくれた。

「じゃあ、私着替えてくるから黒石くんはそこに座ってね」

 黄瀬はイートインスペースのテーブルを指差すと、店の奥へ入って行った。俺は言われた通りに椅子に座って、鞄を置いた。

「黒石くんはパンだったら何が好き?」
「え、と。メロンパン……ですかね」

 紅葉さんに話しかけられ、人見知りながら、愛想よくしようと精一杯心がけてこたえた。

「おっ運がいいねぇ。ちょうどメロンパンがもうすぐ焼けるところなんだ。是非焼きたてを食べてみてよ!」

 はいと返事をしつつ、店内の空気を吸い込む。甘くて、すごく癒される香り。それだけで胸がいっぱいになる。

「おまたせー! 紅葉さん、もうすぐ焼けるから来てって」
「はーい。じゃあ黒石くん、あとでね」

 黄瀬と入れ替わるようにして紅葉さんは奥へ消えた。

「ねぇどう? 素敵なお店でしょ」
「ああ」

 黄瀬は教室よりもテンションが高い気がした。ここのお店が好きなことがよく伝わってくる。

「いつから働いているんだ?」
「四月! 高校生になってからだよ」
「すごいな、成績だっていつも上位なのに」
「うーん、私にとってはここで過ごすことがかなり息抜きになってるからなぁ」

 息抜き。確かに黄瀬はリラックスしているように感じる。いつもの、気張った感じがしない。

「私ね、ここのお店も紅葉さんも、昭仁(あきひと)さんも好きなんだぁ。あ、昭仁さんは紅葉さんのご主人で今パンを焼いている人なんだけどね」

 そう黄瀬は語りながら、頰を緩めた。少し照れながら、えへへ言っちゃったと顔を隠す黄瀬は可愛い。

「だからバイトしてるのか」
「うん! でももう一つ理由があってね、ぶっちゃけますとお金が欲しいからなんだ」

 お金が欲しい、バイトをする上で至極真っ当な理由ではある。でも黄瀬は何が欲しいんだろう。

「なぁ、黄瀬は」
「はーい、おまたせぇ。メロンパン! あったかいよ」

 俺の小さな声は紅葉さんの声にいとも簡単にかき消された。目の前に置かれたメロンパンはほかほかとして甘いいい匂いがしてとても美味しそうだ。

「いただきまーす」

 黄瀬が豪快にかぶりついた。あれ? バイト中じゃないのか、と疑問に思いつつ俺もがぶっと大口を開けてかじる。

 美味しい。外はカリッサクッと甘くて、中はふわふわ。底は香ばしい。いままで食べたメロンパンの中で、一番美味しい。夢中で二口、三口と食べ進む俺を見て、紅葉さんは嬉しそうに笑った。
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