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想い、描くのは。 〜本当の君が好き〜 作者:剛田
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第20話 本音

「黒石くん!」
「……っ」

 文化祭の準備中、黄瀬に呼びかけられた俺はびくりと肩を震わせてしまった。
 昨日黄瀬に緑青といるところを見られ、付き合っている旨を伝えた。それに対し黄瀬は、黙っていてくれるどころか己の秘密を教えて同じ立場に俺を引き上げてくれた。未だに、信じられないのだ。黄瀬が俺に対してそこまで信頼を寄せている理由がわからない。

「お、おう。黄瀬どうした?」

 動揺したせいか、声が裏返りそうになった。

「先生から呼び出し。だから来て」

 教師の召集なら断ることはできない。俺は立ち上がって、黄瀬の後について歩きだした。

「先生はなんて?」
「ごめんね。それ、嘘なの」
「えっ」

 嘘だなんて、まったくわからかった。すごく自然だったから。嘘をつくとき人間は目を合わせようとしない、と何時ぞやテレビで見た気がする。でも実際そんなのでは、嘘かどうか見分けようがないな。

「二人だけでお話ししたかったから。休憩も兼ねてさ。ちょっとくらい、いいでしょ?」
「……そうだな」

 サボりというわけだ。でも、たまにはいいだろう。俺も黄瀬も人一倍働いているし、誰も責めたりしないはずだ。
 俺と黄瀬は中庭のベンチに腰をかけた。外は暑いが、日陰はわりと快適でたまに吹く乾いた風が気持ちいい。

「それにしても、意外だったな」

 黄瀬が背伸びをしながら呟いた。
 そりゃあ緑青と俺じゃ月とスッポン、釣り合わないもんな。

「黒石くんって漫画描くんだね」

 えっ? そっち?

「あ……そのことは……」

 緑青と付き合っているのを口止めすることで頭がいっぱいで、漫画のことを秘密して欲しいと言いそびれていたことに今更気付く。
 体温がさーっと下がり、口が渇く。狼狽えている俺を見て黄瀬は柔らかく微笑んだ。

「……わかってるよ。漫画のこと誰にも言ってないし、これからも誰にも言わない」

 幼い子を宥めるかのような優しい声音にひどく安心を覚える。

「……そうしてくれると、助かる」
「でもさぁ、なんで隠すの? すごいじゃん。漫画描けるなんて」
「いや、俺のはただの落書きだから」

 本格的に真剣に描いている人間しか、それを誇ってはいけない気がした。そういえば、前に買った原稿用紙もペンも封を開けていない。机の中にしまい込んだままだ。

「え〜っ私黒石くんの描いたやつ読みたいなぁ」
「それは……ちょっと」
「……るのに」
「え?」
「ううん! なんでもないよ」

 黄瀬は俺から視線を移し、空を見上げた。俺もつられて空を見る。青空に大きな入道雲が浮かんでいて、いかにも夏! って感じの空だった。

「それにしても、黒石くんってなんというか……」
「なんだ?」
「ほっとけないっていうか、抜けてるとこあるよね」

 どこが? 俺が訝しげな目を向けると黄瀬はにっこりと微笑んだ。

「だってさぁ、誤魔化すことっていくらでもできたはずじゃない? それなのに正直に緑青さんとのこと、私に話してくれるなんて」

 それは、俺も考えた。友達と偽ることも、同好会のメンバーだと嘯くとこもできた。でもそうすることは躊躇われた。嘘をついてもそんなのすぐに綻びが生じるだろうし、それに何より、

「……多分、黄瀬だったから」

 バレた相手が黄瀬でなかったら、俺は間違いやなく嘘をついていた。今なら、はっきりと確信できる。

「え……?」
「黄瀬は言いふらしたりしない。黙っててくれると思ったんだ」

 そう、確かにあの時、正直に伝えることが最善だと思った。根拠があるわけじゃない。でも、昨日黄瀬が俺は話したりしないと言ったのと同様に、俺も黄瀬に対してそう思っていた。
 黄瀬は俺を陥れたりしない、と信じた。

 俺と黄瀬は似ているから? だから、信用したのだろうか。

「あ、あはは……やだなぁ」

 黄瀬の頰が赤い。暑さのせいだろうか。俺と目が合うと、気まずそうに視線を泳がせ、最後には空を見上げて目を閉じた。

「私そんないい子じゃないよ。そういう生き方が染み付いちゃってるだけ。何にもないの、私には」

 俺は、はじめて黄瀬の本音を聞いた。

「からっぽなの。やりたいことも夢もないし、すごく飽きっぽいの。必要に迫られて勉強も人付き合いもしてるけど、たまにすごく寂しくなるんだ」

 黄瀬の大きな目が開かれ、俺をとらえる。

「これが本当の私。幻滅した?」

 不安そうに、そう呟くと黄瀬は俯いた。長い睫毛が小さく震えたのを、俺は見逃さなかった。

「いや、本当の黄瀬の方が、俺はいいと思う」

 本心だった。やっぱりそうだったんだ、と思った。黄瀬はなんでもソツがないけど、弱さを隠すのが上手いだけだ。その弱さを見せてくれたことが、嬉しかった。

「ふっ、あはは。黒石くんって、やっぱり優しいね」

 優しくなんかない。たった今確信した。俺は黄瀬が好きなんだ。人として好きで、仲良くなりたいんだと思う。きっと黄瀬となら友達になれるんじゃないかって、期待してしまうんだ。
 似ているから分かり合えるかもしれないって、ずっと前からそんな日を待ち望んでいたんだ。

「今度、私のバイト先に来てよ。サービスはしてあげられないけど、すごく美味しいんだよ」
「どこなんだ? バイト先って」
「あれ? 言ってなかったっけ。パン屋さんだよ」
「へぇ」
「クロワッサンがね、サックサクでもうすっごい美味しいの! 一日百個売れることもある一番人気のパンなんだよ」
「場所教えてくれたら行くよ」
「うん。じゃあ今度案内するね」

 強めの風が吹き、立ち上がった黄瀬の柔らかそうな髪を揺らした。それを見つめながら俺はふと思う。

 友達になってほしいなんて言ったら、黄瀬はどんな顔をするだろう。流石に、小学生みたいで恥ずかしいな。
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