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想い、描くのは。 作者:剛田
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第12話 知りたい、知ってほしい

 その日は一日中、落ち着かなかった。はやく放課後になってほしいような、ほしくないような、そんな気持ちで授業を受けた。多分側から見れば上の空の状態だったと思う。
 放課後になったので、国語資料準備室に向かう。もしかしたら昨日の今日で緑青は来ていないかもしれない。もしそうなら特別進学クラスを覗きに行こう。
 そんなことを考えながらゆっくり歩いていたつもりだったが、気が急いていたのかすぐに目的地にたどり着いてしまった。

 大きく深呼吸をしてから扉を、ゆっくりと開ける。鍵がかかっていない。
 そのままスライドさせていくと、中にいた緑青と目があった。緑青はびくりと肩を震わせ、うつむきながら小さく呟いた。

「……もう、来ないかと思った」

 弱々しいその声は普段の彼女らしくない。きっと不安にさせてしまっていたのだろう。

「……約束したから」

 そうこたえると、ほっとしたように表情が穏やかになった。でも、少し気まずい。逃げるように帰ってしまったことを謝るべきだと頭の中ではわかっているものの、言葉が出ない。

「あっ黒石くんじゃないか」

 沈黙を破るように、白井の声が背後からして振り返ると、俺のすぐ後ろに白井がプリントの山を持って立っていた。

「し、白井先生!」
「来てたんだねー、あ、通してもらってもいいかな?」

 俺は入り口を塞いでいたことに気づき、横に移動する。白井はありがとうと言いながら、職員用の机に歩いて行き、プリントの山をどさっと置いた。白井が近づいて来ていることに、全く気づかなかった。神出鬼没なところが緑青と似ているなとほくそ笑む。

「心配してたんだよ。昨日すれ違った時顔色悪かったから、もしかしたら具合でも悪いのかなって思って」
「す、すみません」

 心配をかけてしまっていたのか、申し訳ないことをしてしまった。俺が謝ると、白井は手を軽く振りながら、謝らなくていいよと穏やかに笑った。

「もう、大丈夫です」
「そりゃ良かった。夏風邪が流行っているらしいから、二人とも気をつけてね」
「ところで白井先生、何のご用ですか」

 緑青が俺と白井の会話に割り込んで来た。冷たい声のトーン。いつも通り、なぜか緑青は白井に対してかなり辛辣な態度をとる。

「え、プリントを置きに来たんだけど……」

 急にしょんぼりとしてしまった白井を見て、流石に可哀想になる。でも白井のおかげで、気まずい空気が緩和された。心の中でお礼を言っておく。

「じゃあもう用はないですよね。お帰りになったらいかがです?」
「あ、藍ちゃ…」
「白井先生! 喉、乾きません?」

 いたたまれなくなり、白井に声をかけてしまった。

「え、うん。乾いてるけど……」
「俺もなんです。一緒に飲み物買いに行きましょう」

 白井が頷くのを見て、強引に連れ出す。俺は緑青と話がしたい。でも昨日の事情を知らない白井がいては話しにくい。
 だから白井には悪いが俺も緑青と同意見だった。とはいえ、緑青に追い出されるような形で白井に帰ってもらうのは、あまり気分の良いものではなかったのだ。それに少し、白井と二人で話して見たいと思った。

 自販機の前まで行き、俺は炭酸が飲みたい気分だったのでサイダーを、白井はブラックコーヒーを買った。その場でペットボトルの蓋を開け、ぐいっと傾けてごくごくと勢いよく飲む。喉に冷たい刺激が嬉しい。

「ありがとね、黒石くん」

 ポツリと呟くようなお礼の言葉に、そういえば名前を覚えてくれたんだなと気づく。別に、とそっけない返事をしておいた。

「藍ちゃんはさ、冷たい印象を持たれることが多いけど、本当はすごく素直で優しい子なんだよ」
「…………」

 それは、なんとなくわかる気がする。まだ知り合って数日しか経っていない。それでも、緑青が冷たい人間だとはとても思えなかった。割と表情豊かでよく笑うし、俺が来ないかと思ったと弱々しく眉を下げて呟いたあの表情だって、心配してくれていたのがよく伝わるものだった。

「……藍ちゃんと、仲良くしてやってね」

 そう柔らかく微笑む白井の髪が、風でさわさわとなびく。やっぱり髪型を変えたほうが良い、と思うのと同時に羨ましいという感情が、込み上がってきた。

 緑青のことを昔から知っていて、理解している白井が、羨ましい。

 そんな己の感情を自覚して、顔がかーっとあつくなる。親戚なんだから、親しいのは当たり前だと自分自身に言い聞かせる。それでも、俺ももっと緑青のことを知りたいという欲がふつふつと湧き上がってくるのを感じる。そして、俺のことも知ってほしいと。

 こんな気持ちになるのははじめてな気がする。いままであまり人と関わってこなかったからだろうか。とても、新鮮だった。

 多分、緑青は何かを抱えている。白井の顔と表情からなんとなくそう思った。それが何なのかはわからないが、知りたいと強く思う。知ったところで、俺が何かをしてやれるとは到底思えない。それでも、どうしようもなく、知りたいと思ってしまう。

「僕は職員室に戻るよ」

 白井が飲み終えたコーヒーの缶をゴミ箱にいれた。俺のサイダーはまだ半分残っていた。遠ざかる白井の背中を見ながら、残りのサイダーを飲む。

 喉に通り過ぎていく、小さなパチパチとした刺激が心地よい。俺も緑青の待つ国語資料準備室に戻ろう。そして、少し俺の話を聞いてもらおう。

 サイダーの入ったペットボトルを片手に、俺は歩き出した。
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