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想い、描くのは。 作者:剛田
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第11話 葛藤

「……わからなくて、いい。わかりっこない」

 口から出たのは、絞り出すような声だった。

「く、黒石く」
「悪い。もう帰る」

 顔を背けたまま、緑青の言葉に被せるように、吐き捨てるように言った。

 扉を閉め、走る。途中白井とすれ違ったが、無視した。何か声をかけられた気がするが、立ち止まって聞く気にはなれなかった。


・・・・・・・・・


 いつからだろう。普通に対して強くこだわる様になったのは。

 俺は絵を描くのが好きだった。幼稚園生の時に絵が上手いと褒められて以来、絵を描くのは俺の日課になった。褒められるのは嬉しかった。もっと、もっと褒められたいと思った。そしてそんな俺の欲望を満たすかのように、周囲の大人は凄いと感嘆の声をあげ、同世代の子供は絵を描いてくれと頼んできた。自信を手に入れた瞬間だった。

 そんな自信は呆気なく打ち砕かれる。俺よりもずっと絵の上手い人間に出会ってしまったのだ。小学四年生の時に転校して来たそいつは天才だった。賞に応募した絵はそいつが入選、俺は落選。悔しくて枕を濡らした。自分でもわかるほどに、圧倒的に差があったからこそ、泣いた。そいつに敵わないとわかると、俺の夢もきっと叶わないと思う様になった。漫画家になりたいという、俺の夢。

 漫画との出会いはちょうど絵を描くのが好きになった頃だった。従兄弟の読まなくなった漫画を大量に貰ったのだ。字は読めなくとも絵に強く惹きつけられ、ページをめくる手が止まらなかった。俺はすぐに、漫画の虜になった。自分もこんな風に描けるようになりたいと強く思った。
 だから、挫折を味わった俺にはその願いはひどく遠いものに感じられた。遠くて遠くて、手の届かないものに思えた。

 将来の夢を作文に書くという授業で、俺は苦しんだ。本当はなりたいものがある、でも多分無理だと思った。世の中には俺よりもずっと才能のある人間がうようよしていて、絶対に敵わないと思い込んでしまっていた。だから、学校の先生になりたいと嘘を書いた。そのうちに、勉強に精を出すようになった。勉強をして、普通に就職して、それなりに平凡な人生を歩もうと思った。叶わない夢を追いかけるのは馬鹿だと思い込むことにした。

 きっと、怖かったのだ。好きなものを嫌いになることが。否定されることを恐れたから、自分だけの秘密にして守ることにした。学校で絵を描くことはなくなり、図工の時間も前ほど熱心に取り組まなくなった。本当に、絵を描くことが、漫画が、好きだった。

 その後勉強を楽しいと感じるようになり、成績がぐんぐん上がった。中学生になると、テストの成績優秀者が張り出されるのだが、そこに名前を見つけることができるようになった。
 また自信がうまれたが、今度はうまくやろうと決めた。注目されてはいけないと思った。絵が上手いと褒められ、注目されたせいで舞い上がり、天狗の鼻を折られたのだ。
 あくまで平凡に、地味に、生きようと決めたのだ。成績が良すぎても出る杭は打たれるものだから、あくまで10位以下20位以内をキープした。クラスにカーストがあると分かれば、だいたい真ん中あたりにいられるように心がけた。テスト前に、ノートを貸して欲しいと言われて笑顔で貸してやれば、だいたいカーストトップの人間に嫌われることはなかった。寧ろ好かれていたと思う。随分とウケ狙いな生き方を覚えてしまった。でも、とても楽だった。

 楽な生き方を覚えてしまえばもう、前のような生き方はできないと思った。進学校に合格し、周りが優秀なため成績は中の上がせいぜいだが、このままいけば、おそらく県の国立大学か、そこそこ有名な私立大学に合格できるだろう。そうして、そこそこ給与の良い会社に就職し、結婚もするだろう。それでいいと思った。

 もう、あんな苦しみは御免だった。高いところから突き落とされる感覚。あんな目にあうくらいなら、平坦な道を歩き続けたいと思った。だから決めたのだ、平穏を守ろうと。穏やかに日々を過ごせるように、好きなものを守れるように。


・・・・・・・・・


 翌日、目覚めは最悪だった。昔の夢を見た気がする。枕を濡らした日の夢。思い出したくもない、挫折の思い出だ。

 頰を叩き、気合を入れて家から出る。歩きながら、緑青のことを考える。

 俺は傷つくのが、怖かった。緑青と付き合っていると知られれば間違いなく、俺は多くの人間に嫉妬される。悪口を言われ、せっかく手に入れた今のクラスでの信用を失うかもしれない。現に渡辺は緑青のことが好きだと、高砂が言っていた。
 緑青の彼氏は誰だと学校中の人間が俺に注目し、幻滅する未来が見えた。緑青と付き合う人間はきっと素晴らしい人間だと期待され、俺は何もできないから失望される。
 そんな目にあうのはもう二度と御免だった。

 そして、八つ当たりだった。緑青のあの美しさは天性のものだから、絵の上手いあいつに重ねてしまったのだ。それに緑青は周りの期待に応えることができる、それだけの器量を持ち合わせている。正直、羨ましくて仕方がなかった。

 俺にはなんの才能もないから、せめて穏やかに感情を波立たせずに暮らすことを許して欲しかった。でも、それを心のどこかで嫌だとも、思っていたのだろう。
 だから緑青のデートの誘いに行くと返事をした時わくわくしたのだ。いや、緑青から声をかけられた時から俺はずっと、心の隅でわくわくしていたと思う。

 自分の感情ですら、本当はよくわからない。自分が本当はどうしたいのか、わからない。それが歯がゆくて仕方がない。でも、とりあえず緑青と話をしたいと思う。それは本心だ。
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