罪、抱いて眠る(1)
彼女の一日は、一風変わっている。
メルキオール・レンブラム。 国籍不明、正体不明。 謎の転校生。 しかしこれといって素行が悪いわけでもなく、実生活はきわめて目立たない。
外見が酷く整っているせいで何をしていても様になるものの、ただそれだけであり、何か特別な部分があるわけではない。
成績優秀容姿端麗運動神経抜群と来ているので、まあ確かに図抜けているのは違いないのだ。
だが、いい意味でも悪い意味は彼女はそれ以上でも以下でもなく、きわめて普通。 他人とはそれほどかかわろうとせず、必要最低限のかかわりだけを持つ。
休み時間は忽然と姿を消し、校舎内をふらふらしている。 誰かと共に肩を並べる事は無く、まるで自ら望んで孤独を愛しているような人だ。
放課後になると、何もせず真っ直ぐ家に帰る。 そんな彼女は特別すぎる存在ゆえに普通過ぎて逆に変わっていた。
「……なんて事を調べている時点で、私も随分酔狂です」
電柱の影から彼女の帰り道をつけている自分自身の姿をあまり客観的に考えたくない。
紛れも無くストーカーそのものであり、いいわけも何も出来ないだろう。 本人に見つかったりしたら、それこそもう通報ものだ。
「もしもし?」
だが仕方ない。 彼女のことが気になって仕方がないのだ。 感情は恋とは程遠いものなのだから、ストーカーというわけでもないはずだ。 うん。
「今話しかけないでください。 あれ? レンブラムさんがいなくなってる……?」
「ボクはここにいるけど」
振り返る。 そこには爽やかな笑顔を浮かべる探し人の姿があった。
空いた口がふさがらない。 ついさっきまで正面に立っていたはずなのに、何故急に背後に。
「最近君、ボクの後をつけてるよね? どうしてなのか、理由を尋ねてもいいかな?」
「えぁ!? お、お見通しだったんですか……」
返答代わりに彼女はにこりと微笑む。 くそう、めちゃくちゃカッコイイ。 なんだか腹が立つ。
「り、理由は特にないですけど……。 ただ、ちょっと……気になったっていうか……」
気になったというより、私は彼女の存在を認めたくなかった。
そこにいるべきなのは、そこに立っているべきなのは、彼女ではない――――そんな、わけのわからない思いが胸の中にあった。
足りないカケラを求める自分の心が叫んでいるのだ。 私が望んでいるのは彼女じゃない、って。
自分でも意味がわからない。 本能的な……そう、魂自身が私に語りかけているような、そんな感覚。
「……ただ、貴女の事を、もう少し知りたいと思って」
ああ、だめだ。 自分で言っていて相当わけがわからない。 これじゃストーカーだっていわれてもしょうがないし、事実そうだ。
警察のご厄介になる日が来るとは思ってもみなかった。 ああ、お母さんお父さんごめんなさい。
「ぷ……っはは! あははは!」
しかし、何故か彼女は笑い出した。 私が目を丸くしていると、とても魅力的な笑顔を浮かべたまま、私の頭を撫でる。
「別に、怒ってはいないんだよ。 そうだね……ボクも、君に興味があったところだ。 アイリス・アークライト」
「私に……興味?」
「そう、興味。 判りやすく言えば、好意、かな? 君の事が、好きってことだよ」
「はっ?」
何をいっているんだろうこの人。
「とりあえずはどうしようか……。 君は早く、自分の世界に帰った方がいいね」
「え? え?」
自分の世界? 何を言っているんだろうこの人。
私も相当変だけど、この人その上を行く変人だ。 ちょっと怖くなってきた。
だというのに何故だろう? この人の言っている事は信じられる……私にとって間違った事は、言っていないんだって思うのは――。
「話が少し長くなるね。 とりあえず、上がっていきなよ。 君も何度か、あがったことのある家だしね」
そういうと彼女は自分の家に向かって歩き出した。 わけがわからない。 こんな変な人の家にほいほい着いていっていいのだろうか。
それになんだか、自分でもわけがわからないけどあの人の笑顔を見ていると胸がドキドキするのだ。 これはちょっといけない傾向にあるのではないか。
「うう……」
しかし、気持ちは正直だ。 彼女の言う事を聞いていれば、とりあえず最悪の事態は免れられると、そう判断したらしい。
おずおずと、俯きながら着いていく。 彼女はそんな私の気配に、振り返らないまま笑っている気がした。
⇒罪、抱いて眠る(1)
「それで、わたしが呼ばれた理由は何だ?」
ジェネシス第一司令部。 司令官の席に座るオリカとその傍らに待機するメアリー。 その二人に相対するようにしてエアリオとエンリルが立っている。
芸能人である二人の護衛として付き従っているベルグは、入り口のあたりで待機していた。 二人のプライベートにまで干渉するつもりはないからだ。
ひとまず椅子に座ったエアリオは足と腕を同時に組み、それからオリカをジト目で見つめる。
「うん。 あのね、ジェネシスは今とても大変な状況にあるのね」
「……それは知ってるぞ? ここに来るまでも大変だった。 あちこち工事中になっているし、迂回しまくりだった。 まるで迷宮だ、ここは」
「でまあ、いろいろあって、しかも市街地にまで甚大な被害が出ちゃったから。 被災地を回ってほしいの。 これ正式なお仕事ね」
「被災者慰安? まぁ、構わない」
「うん。 それとね、ちょっと問題があって――」
そうして二人が仕事の話を進めている間、ベルグは暇をもてあましていた。 司令部に来たところで、アーティフェクタ運用関係者ではないベルグはする事もないし他の人間が何をやっているのかもさっぱりだった。
単純に腕っ節が強く、訓練を重ねれば直ぐに実用できるほどの腕前だった彼は幸か不幸かエアリオとエンリルの護衛に任命された。
自分なりに出来る事はないかと考え抜いた結果だったが、おかげで今は我侭な護衛対象に振り回される毎日を繰り返している。
漆黒のスーツに身を包み、サングラスをかけたその姿はすでにもう板についていて、どこかのSPのようでもある。 いや、実際SPだと言えるだろう。
入り口で立っているそんなベルグの前に、懐かしい顔が姿を現した。 カロードと肩を並べて司令部に入ってきたカイトと視線がぶつかり、互いに小さく挨拶する。
「ベルグじゃん! なんだ、仕事か? ご苦労さん」
「てめーは相変わらず能天気そうだな」
サングラスを外し旧友との再会に笑いあう。 それから三人同時に視線を司令官たちが立つ高所に向けた。
ジェネシスの司令官席は施設の最高所にある。 施設全てを一望できる高見台のような場所だ。 無論、ここからでは彼女たちの会話内容を把握する事は出来なかった。
「エアリオが来てるって事は……コンサートでもするのか?」
「さぁな。 正式な仕事の依頼なら俺を通すだろうし……で、そっちはどうした?」
「こっちも仕事だ。 つーかベルグ見たか? レーヴァテインが出てきたの」
「お前、俺の所属を言ってみろよ……」
「ベルグの所属か? えーと」
腕を組んで考え込むカイト。 ベルグはすっかり呆れて口をぽかんと開いていたが、カロードがなんとか助け舟を出した。
「ジェネシス第一諜報室所属、ベルグ・リヒターだ。 諜報室所属ならアレだけの事件知らないはずもないだろう」
「あ〜そっか。 お前諜報員で、同時にSPなんだっけな」
「……相変わらずカロードさんに迷惑かけてるみたいだな」
「ああ、かけられている」
「なんだお前ら……無駄にチームワークいいじゃねえか……」
ベルグもカロードもそれを笑い飛ばす。 カイトとしては面白くない状態だったが、ひとまず飲み込むことにした。
「お前の方こそ知っているのか? あのイカロスの内部に乗っていたのは、イリアだったそうだ」
「イリアがっ!? なんで!? どうしてだよ!?」
驚きと共に大声を上げたカイトに仕事中のオペレーターたちの視線が集中する。 あわてて頭を下げまくるカイトを二人が小突き、同時に隅に移動する。
「で、どういうことだよ……? イリアはもう死んでるだろーが」
「さぁな。 わけのわからない事態だが、少なくとも何やらやばそうだってことだけは確かだ。 もう速攻関係各所から責任追及やら事態究明の声が飛んできている。 カグラは今頃てんてこまいだろうぜ」
「……同い年なのにあいつ大変だなあ」
「社長業ってのはそんなもんじゃねえか?」
「俺にはぜってー無理だ」
そんな事を二人で雑談していると、エアリオたちがリフトで降りてくるのが見えた。 三人は振り返り、彼女たちを出迎える。
「ようエアリオ。 暇げだな」
「ふざけろ。 おまえなんかと喋ってる暇はない。 行くぞ、ベルグ」
「……だとさ。 じゃあな」
エアリオはカイトの前を素通りし、それにベルグが続いていく。 最後に無言でエンリルが申し訳なさそうに頭を下げ、通り過ぎていった。
三人を見送り振り替えるとそこにはオリカの笑顔があった。 小さくため息をつき、苦笑する。
「なあ、あいつらの態度の悪さはなんとかなんねーの?」
「カイトくんに懐いてるんだよきっと」
「ふっ……」
オリカのセリフをカロードが笑う。 カイトが睨みつけると明後日の方向を眺め、静かに目を閉じた。
「それよりオリカ! イカロスに乗っていたのがイリアだったって本当か!?」
「うん。 でも私たちが見たときにはとっくに死んでたみたい。 あ、戦闘で死亡したんじゃなくて、もう随分前に死んだ状態だったみたいだね」
「どういうことだ? つまり、パイロットが死亡した状態でイカロスは稼動していたという事か?」
「そうだね。 しかも適合者が乗っかってなかったから、私たちが知ってるアーティフェクタの動かし方とは異なるみたいだね」
三人は同時にあることを思い出していた。
適合者を必要とせず、搭乗者の意識が無くともアーティフェクタを動かす方法。 確かに心当たりはある。
「……まさか、あれか? 前にホルスを強制的に動かそうとしたシステム……」
「酷似しているとは言えるだろうね。 今ルドルフ君が調査してるところだけど」
「出現元はどこだ?」
「出現直前のデータを洗ってみたら、直前、ユグドラシルの神話反応が凄く高まってた事がわかったの。 直後の爆発の発生源が地下である事を考えても、多分ユグドラシルが原因と見て間違いないだろうね」
「つまりあのイカロスは、世界樹を通ってやってきた別世界の存在、ということか……」
空気が重くなった。 三人とも今の状況がどれだけ凶悪であるかを認識したからである。
突然のユグドラシルの目覚めとレーヴァテインの出現。 どれか一つをとっても重大事件であることが間違いないこの状況で、しかも同時多発。 最悪という二文字で表現するには少々惜しいほどである。
「まぁ、唯一のよかった事といえば、レーヴァテインを再び手に入れることが出来たって事かな?」
「って、あのレーヴァは動くのか!?」
「コックピット付け替えればね。 あのまま動かすのは流石にあまりにおっかないけど……。 最悪、新しい適合者と干渉者を探す必要があるかもね」
それは確かに大きな収穫だった。 しかし、メインパイロットであるリイド・レンブラムがいない状況であり、さらにエアリオは記憶喪失と来ている。
状況は完全にプラスに傾いたとはいえない。 しかしそれでもレーヴァの力は今後必ず役に立つだろう。
「司令。 一つ訊いて置きたいことがあるんだが」
「なにかな?」
「僕たちを助けたあの黒いアーティフェクタは? ジェネシスであんなものを保有しているというのは聞いた事がないんだが」
「んー。 あれは、兵器開発の人が作ったー、新型量産機のプロトタイプらしいよ? だからアーティフェクタじゃないんだって」
「だがしかし、あれは――」
「うん。 フォゾン兵装、作ってたね」
何もない空間から巨大な鎌を取り出した事がもっとも判りやすい例だ。
アーティフェクタは神と同等の力を持つため、光武装の構築が可能だ。 しかし、量産機はあくまでただのロボットにすぎない。 武装は人工物に限られる。
さらに特殊能力の発動もタナトスをアーティフェクタに近いものだとカテゴライズするに足る理由である。 ただのロボットにあのような事は出来ない。
「空間跳躍か。 まるでオーディンのような力だな」
「それにあいつ、まるでどこから攻撃が来るのかわかってるみたいな動きじゃなかったか? 前戦った時もそうだったけどよ」
「あ〜。 あれは別に変なことじゃないよ。 でも、逆にアーティフェクタである証拠ではあるかもね」
「ん?」
カロードとカイトはオリカの言葉の意味がよくわからなかった。 しかし、ひとまずは聞き流すことにした。
「何はともあれ、本部の復旧作業が今は大事かな。 あ、そうだ。 二人とも今暇かな?」
「ん? ああ、まぁな」
カイトのヘイムダルは大破しているし、カロードも特に出撃の予定はない。 そんな時パイロットは暇である。
しかし、オリカのにっこりとした笑顔を見ていると、なんだか悪い予感がしてくるのであった。
「じゃあ今から地下のユグドラシルまで行って来てくれるかな?」
「いきなり現場か!?」
「うん。 ヴェクターの救難信号がそこから出てるの。 もしかしたら何か知ってるかもしれない」
「現場にヴェクターか。 明らかに怪しいな」
腕を組んでため息を零すカロード。 三人ともヴェクターのやることは怪しいと考えているので、完全に意見は一致した。
何が具体的に怪しいというわけではないのだが、もう外見的に怪しい上になんとなく雰囲気が怪しいのだ。
「まあ実際にあの人がなんかしたとは思わないけど……一応救助に行って来るよ」
「うん、お願いね。 他の作業班が言ってるけど、本部中あちこちふさがってて作業員足りてないの。 格納庫で工具受け取って行ってね」
「へいへい……。 ったく、パイロットのやる仕事じゃねえよな」
「文句があるなら帰れ。 僕一人で十分だ」
「んだと!? やるよ! やるってば! 置いてくなこらあ!!」
そんな二人のやり取りを見送りながら手をふるオリカ。 それから静かに目を細め、踵を返す。
「ユグドラシルへの干渉……。 ヴェクター、何を企んでいるのやら」
「企んでいるなんて、そんな事はありませんよ」
ジェネシス社長室。 明かりをシャットアウトした薄暗い室内の中、カグラは立体映像に向かって苦笑を浮かべた。
少女一人納めるだけにはあまりにも大きすぎるデスクの上に浮かぶ映像。 そこには東方連合の帝、スオウ・ムラクモの姿があった。
世界樹による事件勃発から数時間。 東方連合が情報をかぎつけ、抗議してくるにしては早すぎる時間である。
二人の外見も様子も態度も、あまり緊張感を感じられるものではなかった。 カグラはスーツのネクタイを緩め、スオウもまた杯を片手に頬杖をついている。
しかしそこに無礼と言う言葉は存在しない。 むしろ、互いに互いを認めている王者の貫禄さえ感じさせる。
『そちらでの被害は甚大……。 一つ組織で対処しきれない力ならば、人同士分かち合って行くべきなのではないんどすえ?』
「さて、何のことですかね。 先の事件は、ただのこちらの爆発事故……。 フォゾン研究機関の単純ミスによるものだと先ほども申し上げたと思いますが?」
『莫大なフォゾン反応はその事故のせいだとおっしゃりますか……ふふ、まぁ、いいでしょう』
「そちらこそその情報をどちらで? まだ市民にもきちんと公表していない極秘事項だと記憶していますが?」
『そこはお互い様でしょう? ジェネシスの社長はん』
カグラは目を細める。 そう、そんな事はお互い様だ。
ジェネシスには今まで長い間、渡航制限が敷かれていた。 それはつまり、海外の難民を受け入れず、他国組織からの介入を阻止するということである。
それがジェネシスという組織の本質である。 他者を排することにより、安定と平穏を得る。 空港は存在するが、事実上それは本当に組織ぐるみのビジネスにのみ使用され、純粋な移動目的に使用できるものではなかった。
市民パスポートの掲示を必須とされる重要施設でもあるその場所が開放され、他国家や組織からの来客を迎える仕組みへと性質を変化させた時点で、ジェネシスに対する他国のアプローチは比べ物にならないほど容易になった。
もれるはずの無い情報が海の向こうの帝に届くと言う事。 とどのつまり、ジェネシスはもう保守的な組織ではいられなくなったということである。
スパイ。 そんなもの、国同士のやり取りでは当たり前の事だ。 事実カグラもそうしていること。 卑劣などではない。 正当な外交である。
圧倒的な力と危険性を持つものならば、多少卑怯だろうが目をつけておく必要はある。 逆の立場ならば、カグラでも同じ事をするだろう。
静かにため息をつき、最高級の革椅子に背を預ける。 スオウは静かに微笑み、それから言葉を続けた。
『これはカグラはんのご友人としての個人的な忠告と受け取ってほしいんやけど』
「聞きましょうか」
『そちらが情報を開示しないのであれば、東方連合は武力的介入に走らざるを得ない状況になるやろうね』
「……なるほど」
おっとりとした優しい目を鋭利に光らせ、スオウは杯を揺らす。
『東方連合は一枚岩というわけではあらへんのよ。 保守的なお人もおれば、社交的なお人もおりますえ。 いくら帝と言えども、人一人全てまで把握しきっているわけではあらへんからねぇ』
「心中お察し致します」
『カグラはん。 人は弱い生き物どす。 不安に逆らえず、武器を手にする。 それが本当に敵かどうかわからないまま、人は相手を撃ち殺し、後悔を繰り返す……。 無駄な争いを避ける為にも、その力……全ての人類に開け放つべきではないんやろか』
「あなたの仰るとおり、人は弱い生き物です。 私は人間は、力を手に入れてはいけないものだと考えています。 強すぎる力は必ず争いを呼ぶでしょう。 格差を呼ぶでしょう。 巨大な敵と戦う以前に、我々は自分たちの手で全てを終焉に向かわせかねない醜い生き物です。 ジェネスを敵と呼ぶのならば、人の悪意を集めるものならば、その業、喜んで背負いましょう」
全ては、我らの正義の為に。
そんな言葉を耳にし、スオウは蔑むように笑った。 まるで悪役のようなその笑顔の奥、東方の帝は呟いた。
『あまり、人間を舐めない事やな。 本当の正義など、どこにもありはせんわ』
|