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第三章 困惑
 昨日までの雨もすっかり止み、今日は雲一つない青空だ。
 俺達パーティーはアステカ大陸にあるガイア教会本部のアース・プレイヤ教会へ行くためワンドナを更に南下し、同じ大陸にある港町ヤードを目指して今は深い森を歩いている最中だ。
「それにしてもさぁ、間抜けな話だよな〜」
 俺は秋留に話し掛けた。
「ん? 何が?」
 秋留が黒い瞳で俺を見つめながら答えた。
 俺は少し照れながら言った。
「だってさ、この世界のどこに、禍禍しい呪われた剣を装備した勇者がいると思う?」
 俺達はカリューの剣の呪いを解くために、アース・プレイヤ教会を目指しているのだ。
 ワンドナを出発してから、今、俺達が歩いている森に到着するまで、半月程かかってしまった。
 カリューの持つ魔剣の効果で呼び寄せられたモンスターを倒しつつ旅を続けていたからだ。
 前を黙々と歩いていたカリューが振り向いた。
「元はと言えば、ブレイブ! お前が暗黒騎士ケルベロスからこんな剣を盗むからいけないんだろう?」
 確かに剣を拝借したのは俺だったが、カリューが俺から剣を奪い取らなければ呪われる事もなかったはずだ。
 反論しようとした俺を隣の秋留が眼で制した。今はカリューに口答えしない方が良さそうだ。
 それから特に話す事もなく黙々と歩いていると、いつの間にか森の中は薄暗くなって来ていた。
 さっきまで空には太陽が出ており暖かな空気が流れていたのが、今は涼しげな空気へと変わっている。
 その時、前方を先行して探索していたジェットが銀星に乗って戻ってきた。
「まだまだ森は抜けられそうにありませんな。少々危険ですが、今日はこの辺で野宿しといた方が良さそうですぞ」
 俺達は早速、野営の準備を始めた。
 この森に入る事が決まった時に馬車は売り払っていた。今は銀星とアルフレッドにテントや雑貨等を紐でくくり付けている状態だ。
 不思議な事に森を歩いていた時に獣に襲われたりしなかったため、今日のメニューは木に生っている果物を食べる事になった。
 モンスターの一匹や二匹位襲って来てくれれば、その場で捌いて今夜のおかずになったのだが……。育ち盛りの俺としては肉を食べたかったが我慢するしかなさそうだ。
 今日のメニューは森に必ずと言っていい程生息している野イチゴと、高い木に生っているリンゴに似た果物、ワッカだ。
 ワッカは見た目こそリンゴのようだが、その果汁はトロリと甘く疲れを癒してくれる。
 俺は適当なサイズの小石を探し、木の上の方に生っているワッカ目掛けて投げた。
 普段ネカー&ネマーで慣らしているだけあって、小石は百発百中でワッカに命中した。
 俺は落ちてくるワッカをキャッチし、調理担当の秋留へ渡した。
 飛び道具が得意ではないカリューはチマチマと茂みを漁り、野イチゴを採っていた。
 馬で念のためキャンプの周りを探索しつつ、獲物も探していたジェットが戻ってきた。
「この周辺には、獣の気配すらありません。森深くにいるとは思えませんな」
 秋留が果物の皮をナイフで剥きながら言った。
「おかしいのは、この周辺だけじゃないよ。この森に入ってから一度も襲われてない。いつもならカリューの放つ魔剣ケルベラーの殺気に誘われて、モンスターが集まってくるのに……」
 結局その日は一人ずつ見張りを立てて交代で寝る事にした。始めに秋留が見張りに立ち、ジェットが見張りに立ち、三人目で俺が見張りに立つ事になった。
「ふぁ〜〜〜〜〜、早く交代の時間が来ないかなぁ……。ってか何で死人のジェットは眠るんだろうなぁ。死んでんだから睡眠なんて必要ないんじゃないかなぁ……」
 俺は一人、文句を言いながら辺りを見回した。いくら昼間に獣に襲われなかったからと言っても気を抜くわけにはいかないし、俺は肉を喰いたい。
 その時、右前方の茂みでガサガサと音が聞こえた。
 俺はホルスターから素早くネカーとネマーを取り出し構えた。既に硬貨はセットされている。
 荒い息を立てながら茂みから出てきたのは……、大型の狼ワイルド・ウルフだ!
 俺は生唾を飲み込んだ。こいつの後ろ足は筋肉が発達しており、焼いて食べると大変な美味なのだ。
 ワイルドウルフのステーキは美食家である俺の大好物のうちの一つなのだが、貴重品のため数える程しか食べた事はない。
 市場では大体片足一本十万カリムで売られている超高級品だ。
 俺が今、正に、口からよだれが垂れるのを我慢しつつトリガーを引こうとした瞬間、後方でもガサガサと音が聞こえた。
 俺はとっさに、左手に持ったネカーをワイルド・ウルフに構えながら、右手に持ったネマーを後方に向けた。
 二本の張りのある後ろ足……なんと、後方から現れたのもワイルド・ウルフだった。貴重品であるワイルド・ウルフの足に一晩で二度もお目にかかれるとは、俺はなんて幸せ者なんだ。
 俺はとっさに考えた。二匹で後足が四本分という事は、十万カリム×四=四十万カリム、という事だ。俺が一人で二本分を食べたとしても、残りの二本を市場で売れば、二十万カリムになる。
 いやいや、貴重なワイルド・ウルフの肉を苦労もしていない下民共に食わしてやる必要はない。俺がこの場で四本分食い尽くしてくれようか……。
 俺が錯乱していると、目の前の茂みから唸り声と共に、蛙と熊を足して二で割ったような外見のモンスター、ポイズンベアが現れた。
 身長はカリューよりも高く、大きく開かれた口からは涎を垂らしている。こいつは狙った獲物に対して毒液を吐く事で有名だ。
 ポイズンベアの口から垂れた涎が、地面に落ちる度にシューシューと煙が上がっているのが見える。
 奴の眼には、ワイルド・ウルフの後ろ足のように、俺の身体が旨そうに見えているのだろう。
 俺は、素早い動きでワイルド・ウルフ二匹に構えた銃をポイズンベアに向け、ネカー&ネマーのトリガーを同時に引き、ポイズンベアの眉間と心臓に硬貨を打ち込んだ。
 戦闘では、特殊能力を持ったモンスターを真っ先に倒すのが常識だ。
 硬貨が命中し、ポイズンベアが断末魔の叫び声を上げる前に、俺は既にワイルド・ウルフ二匹にそれぞれ一発ずつネカーとネマーの硬貨を眉間に打ち込んでいた。
 その戦闘が合図となったのだろうか。俺達のキャンプの周りの茂みから一斉に獣の唸り声が聞こえ始めた。
「おい! みんな起きてくれ! モンスターに囲まれちまった!」
 俺は次々に茂みの中から飛び出してくるモンスターを倒しながら、仲間が装備を整え終わるのを待った。
「な、なんだこりゃ? なんでこんなに沢山のモンスターに囲まれてるんだよ? ブレイブ! てめぇ、見張りをサボって居眠りしてたんじゃないだろうなぁ?」
 テントから装備を整え終えたカリューが出てきてののしった。カリューは早速、襲い来るモンスターを魔剣ケルベラーで切り倒している。
 昨日寝る前に一通りタオルで磨いたカリューの装備一式が、あっという間にモンスターの血で汚れていった。
 カリューの隣ではジェットがレイピアで華麗にモンスターを捌いている。さすが英雄とされるだけあって、その動きには無駄がない。
 それにしても、ここまでモンスターに囲まれていたのに気付かなかったのはおかしい。
 盗賊である俺は、常人よりも五感が発達しており、モンスターの息遣いなら二十五メートル離れていても察知出来る自信がある。
 ちなみに敵との距離やモンスターの大きさなどの目方が正確なのも、盗賊としての特徴のひとつだ。もちろん俺は、その辺にも自信がある。
「これは……、悪意のマリス・ミスト!」
 テントから準備を終えた秋留が出てきた。寝起きの悪い秋留の眼は、市場でいつまでも売れない魚のような濁った眼をしていたが、頭は働いているようだ。
 秋留の隣には銀星とアルフレッドが寄り添っており、時折カリューとジェットの嵐のような攻撃を擦り抜けたモンスターを、強靭な後ろ足で蹴り飛ばしている。
「悪意の霧ですと? 霧に包まれている者の五感を下げる魔術師の技でしたな?」
 さすが年長者のジェットというところか。悪意の霧なんていう技は俺は初耳だ。
 その霧のせいで、俺は近づくモンスターの気配を察知する事が出来なかったのだろう。
 俺がなまけていたのではない事が、これで判明した。
「とりあえず悪意の霧の有効範囲内にいたら駄目! 一点突破でこの場を逃げるよ!」
 秋留の指示に従って俺達は荷物をまとめ、モンスターの群れから逃げ出した。
 しかし、いつまで走っても悪意の霧の有効範囲から出る事は出来ずに、ただひたすら森を抜けるまで走りつづける事になったのだった……。


 これが、俺達パーティーが森の中を全力疾走した理由だった。
 残念な事に途中でアルフレッドを失う結果にもなってしまった。冒険経験も少なく死馬でもないアルフレッドにはきつかったのだろう。
「あ、やっと起きたんだね」
 秋留が銀星の背中で眼を覚ました俺を見ながら言った。
 俺の隣では銀星の背中でカリューが涎を垂らしながら寝ている。
 森の中で遭遇したポイズンベアのぞっとするような涎を思い出して身震いがでる。
 男と添い寝する趣味のない俺は銀星から飛び降り、秋留の隣まで歩いて近づいた。
 横目でチラッと銀星の顔色を窺ったが、やはり野郎二人を乗せていたせいか、かなりの膨れっ面で歩いている。
「秋留〜! よくも騙したなぁ〜! もう死ぬかと思ったぞ」
「あはは、死ななかったんだから良いでしょう?」
 秋留の悪戯っぽい眼を見ると、何も言い返せなくなってしまう。
「お? ブレイブ殿、丁度いい時に気がつかれましたな。後少しで村に着きますぞ」
 ジェットが近づいてきて言った。
 ジェットと言えば、森の中の戦闘で太腿に剣が刺さっていたりと傷だらけであったが、今はその傷もすっかりなくなっていた。
 腹の部分の鎧は相変わらず硬貨大に砕けていたが、鎧の砕けた穴から見えるジェットの肉体自体は元通りになっている。
 死人であるジェットと死馬である銀星は、傷を負っても暫くすると、傷口からミミズのようなモノがウネウネ出てきて、あっという間に元通りとなってしまうのだ。
 その傷が治っていく様は大変気持ち悪いのだが、今回は眠ってたため見なくて済んだ。
 眠りから覚めたばかりで、まだ意識もはっきりしない状態だったが、歩きながら前方を見ると、ジェットの言った通り、小さい村が見えた。
 ワイルド・ウルフの旨そうな後ろ足を食い逃した俺は、腹がペコペコだったし、銀星の背中で休んだくらいでは体力が全快するはずもなく、まだまだ疲れが溜まっていた。
 俺は最後の気力を振り絞り、遥か前方に見え始めた村を目指して歩き始めた。

 十分程歩くと、村の全体が見えてきた。村と言うくらいだから、あまり大きくはないようだ。
 村全体は頑丈そうな木の柵で囲まれ、村の入り口には鉄で出来た簡単な門があり、その左右には馬に乗った騎士が見張りをしていた。
 柵の周りを定期的に巡回している別の騎士や冒険者の姿も見える。
 どこの村や街でも住人を守るためにこうして警備の者がいる。警備の数が多い程、ある程度は安全な住処である事になるのだが、その分、住民税が高い場合が多い。
 常に冒険を続けて決まった住居を持たない俺たち冒険者には関係の無い話だが……。
 俺達が近づくと、門の右側で鉄の槍を構えていた騎士が話し掛けてきた。
「身分証を見せてもらえるかな?」
 少し大きめの村や町になると、警備も厳しくなってくる。
 大陸全土に渡って指名手配されている罪人や、人間に化けた魔族などを入れないための措置だが、力ずくで侵入されてしまう場合もある。
 俺達は完璧に寝ているカリューの身分証も合わせて騎士に見せた。
「貴方がブレイブさんですね……。で、そちらが秋留さん、馬の上に寝ているのがカリューさん……」
 騎士はそこまで言うと、ジェットの顔を見つめつつ言った。
「そちらの御老人がジェットさん?」
「いかにもワシがジェットじゃ」
 槍を持った騎士は門の左側で同じく門番をしている三十歳前後の騎士の所に馬を歩かせ、ジェットの身分証を見せているようだ。
 二人の騎士の顔がみるみるうちに険しくなっている。
 その時、様子を見守っていた秋留がロッドを二人の騎士の目の前にかざしながら、近づいていった。そのロッドには堕天使のお守りが情けなくぶら下がっている。
「何も問題はないはずです……」
 秋留は優しい声で二人の騎士に向かって言った。
「ここを通してもらえますか?」
 思わず通してしまいたくなるような優しい声だった。秋留が俺の横を通り過ぎた時に、甘い香りが漂った。
 ドル村のダイツから話を聞く時に使った方法をまたしても行っているようだ。一体どんな術なのか俺は知らない。
 目の前では、二人の騎士が黙って鉄の門を開けている最中だった。
 門を抜けて暫く歩くと、『ジェーン・アンダーソン村へようこそ』と書かれたアーチが頭上に見えてきた。
 村の中央には小川が流れ、道端には花々が咲き乱れていて、この村ののどかさを前面に押し出していた。
 家は全てレンガで造られていて、冒険者目的の宿屋や武器・雑貨屋も多く目立つ。
 門を少し離れた所で秋留が言った。
「ジェットの身分証は役に立たないね。誕生日が二九四三年だもん」
 今が三0五九年だから、ざっと計算すると、ジェットの年齢は……百十六歳という事になってしまう。
 そんな高齢の老人が村の外からやってきたら、誰でも疑問を持ってしまうだろう。
「そのうち、なんとかしないと駄目だなぁ」
 それを聞いて、ジェットは面目無さそうに秋留の後をついて歩いて行った。
 村の雰囲気に癒され長閑な町並みを眺めながら歩いていると、村の広場へ出た。
 雲ひとつ無い青空の下、噴水の周りでは町の子供達が元気よく遊んでいる。
 噴水の石で出来た囲いには、子供達の親と思われる三十歳前後の女性数人が腰を掛けて談笑していた。広場の反対側では、散歩をしている老人の姿も見える。
「なんか、これでもかってくらいののどかさだな。さっきまでモンスターに追いかけられていたのが夢みたいだ」
 俺は、町の暖かさにほっとしながら言った。
 その時、噴水の周りを走り回っていた子供が突然、俺達を見て立ち止まった。
「おっす! 坊主。今日は天気が良くて気持ち良いなぁ」
 俺は子供の目線まで腰を落とし話掛けた。
 しかし、その子供の大きな瞳は、銀星の上で未だにヘバっているカリューを見つめていた。
「?」
 俺は子供の視線につられてカリューを観察した。
 やたらとドス黒い。
「カリュー殿の剣が……邪悪な気を発していますですじゃ」
 ジェットが思わず腰に下げたレイピアに手をかけた。
「な、何! 何で急に!」
 いつも冷静な秋留が頭に手を当てて右往左往している。
「うきゃあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!」
 眠気も一発で覚めるような子供達の金切り声だった。まるでマンドラゴラを地面から引き抜いてしまったかのようだ。
 子供の目線まで顔を落としていた俺は、その声を間近で聞いてしまい、暫く頭がクラクラした。
 その子供の泣き叫ぶ声をきっかけに、広場にいた子供達の全員がカリューの持つ剣を見ながら、泣き叫び、散歩をしていた御老人は心臓を抑えその場に倒れこんだ。
 子供達の母親もカリューの持つ剣の余りの禍禍しさに気付いたのか、子供達を連れ、広場から立ち去っていく。
 広場でパン屑を摘んでいた鳩達も危険を察知して一斉に飛び去る。少し離れた場所の家に繋がれている馬も凄い勢いで暴れ始めている。
『……』
 俺達は仲良く固まってしまった。銀星の上でそ知らぬ顔で寝ているカリューが羨ましい。
「!」
 いち早く秋留が現実逃避から戻ってきたように頭を降り始めた。そして広場の向こう側を凝視している。秋留の視線を追うと、自分では身動きの出来なくなった老人が、胸を押さえながら天に向かって右手を伸ばしているのが確認出来た。
 先立たれてしまった御婆さんの姿でも見えているのだろうか。
「助けに行った方が良さそうだね。ブレイブ、手伝って?」
 俺が失礼な想像をしていると、秋留が言った。
 秋留は老人の所まで走り寄って回復魔法をかけ始めた。
「もう大丈夫そうだね。ブレイブ、老人をオンブしてくれる?」
 俺の背中は秋留のためだけに用意してあると言いたかったが、秋留を怒らせる訳にはいかないので、渋々老人を背負った。
 老人は意識が朦朧としている中で、はっきりと自宅の場所を説明している。
 ただ、俺の背中に背負われている老人の声が、俺の丁度耳元で聞こえてくるため、その吐息が耳に当たり全身に鳥肌が立った。やはり男なんて背負うもんじゃない。
 老人を自宅のベッドに寝かせると、俺と秋留は噴水のある広場に戻ってきた。
 今まで沢山の人で賑わっていた平和な風景が一転して、殺風景な噴水へと変わっている。繋がれていた馬まで自力で綱を切ってどこかへ走り去ってしまったようだ。
「てめぇ! カリュー! いつまで寝てやがるんだ!」
 俺は未だに熟睡しているカリューの頭を殴った。


 俺達は治安維持協会のJ・A村支部へ連れて行かれた。
 治安維持協会は本来、治安維持を目的として罪人などが連れて行かれる施設なのだが、カリューの呪われた剣のせいで、俺達は今、治安維持協会のJ・A村支部の椅子に座っている。
「困るんですよ、そういう物騒な物を町の中に持ち込まれては」
 俺達がパイプ椅子に座らされているのに対して、治安維持協会J・A村支部長のフランスキーは、本革の豪華な椅子にその巨体を乗っけていた。
 馬である銀星がパイプ椅子に座る訳もなく、建物の外でロープに繋いで留守番をしてもらっているが、俺達のリーダーのカリューもなぜか椅子に座らずに、部屋の片隅に立たされている。
 J・A村支部長のフランスキーは五十二歳という事で、死ぬ前のジェットと良い勝負なのだが、カリューの剣を目の前にした時に、広場の老人同様にその場に蹲ってしまったのだ。
 そのため、カリューは膨れっ面で部屋の隅に立っていた。
「まぁ、呪われていて剣を外す事が出来ないからと言って、村の外で野宿しろ、とは言いません。今、この村にいる司祭のジーニスを呼んでいますので、少々お待ちになって下さい」
 俺はジーニスという女性が現れるのを待っている間に、部屋の中を観察した。
 初めて来た町や村などは、隅から隅までくまなく調べないと落ち着かないのが、俺の性格だからだ。
 まず、目についたのは、フランスキーの後ろの壁に飾ってある趣味の悪い大きな写真だ。
 いかにも装飾用といった感じの鎧を身にまとい、右手には槍を構えているフランスキーの間抜けな姿が写っていた。
 部屋の中には写真以外にも、フランスキーに関するような物で溢れていた。まるで『フランスキー記念博物館』といった感じだ。
 フランスキーが言い終わると同時に、部屋のドアがノックされ、白いローブに身を包んだ女性が現れた。
 髪は秋留と同じストレートで、地面に届きそうな程長く、綺麗な金色をしている。
 年は俺達よりも下のように見えたが、司祭という職業柄か、少し落ち着いて見える。
「どうも、フランスキーさん。それと皆様方、遠い所、よくジェーン・アンダーソン村へ来て下さいました。私、司祭のジーニス・アンダーソンと言います」
「アンダーソン? この村の名前と一緒ですな。何か関係があるのですか?」
 無口な方のジェットが柄にもなく積極的に聞いた。
「はい。この村を作ったのは、私の曽祖母になるんです……。まぁ、アナタですね? 確かに全身から死臭が漂っているようです。早速、私の魔法で呪いが解けるかどうかやってみましょう」
 ジーニスと名乗ったその娘は、死人であるジェットに対して、魔法を唱え始めた。
「小鳥の囀り、川のせせらぎ、大地の恵み……。この自然に溢れるガイアの力よ、この者の呪いを解きたまえ……」
 ジーニスは詠唱と共に手を上に掲げ、力を溜めているようだった。
「浄化の光? ちょ、ちょっと、司祭さん? 何してるんですか!」
 勝手に暴走している司祭のジーニスに暫し呆れていた秋留だったが、魔法を唱え始めた瞬間、パイプ椅子から立ち上がり、ジェットとジーニスの間に割って入った。
「まぁ、あなたは同じパーティーの方ですね? この方の呪いを解きたくないのですか?」
 ジーニスは信じられない、といった顔をして秋留を見つめた。
「ジェットは死人なんです! 死臭がして当たり前なの!」
 秋留の後ろでは、ジェットが半分浄化され、身体から青白い煙を放出している。
 ジェットが死人であると聞いたジーニスは顔を真っ赤にして、秋留とジェットに対して謝っていた。
 ジェットは、「大丈夫です」と言っていたが、眼は涙目だった。やばかったんだろうな。
 それを離れて見ていたフランスキーは言った。
「ジーニスさん、もう少し落ち着いて下さい。曽祖母のジェーン・アンダーソンさんは、どんな時も冷静な司祭であったと聞いていますよ」
「は、はい、すみませんでした!」
「全く、アンダーソン家は代々司祭の家系で、あなたの母親は、かの有名な勇者ボウストのパーティにも参加していた事もあるというのに……」
 フランスキーはジーニスの慌てぶりを見ながら悲しそうに言った。
 勇者ボウストとは、義手の勇者とも呼ばれ、一度は再起不能と噂されたが、最近になって再び活躍が噂されるようになった冒険者だ。
 俺達のパーティーのリーダーとは違い、ボウストは金色の眼を持った本物の勇者らしい。
「ご、ごめんなさい……」
 ジーニスは言った。
 最早、司祭として登場したジーニスに威厳はなかった。
「ジーニスさん。それでは早速、部屋の隅にいる剣士さんの呪いを解いてみてもらえますかな?」
 フランスキーは気を取り直して、ジーニスに言った。
「ええっ? 隅に人がいるんですか?」
 ジーニスは部屋を見回し、隅にカリューがいるのを発見した。どうやら、今まで気付かなかったようだ。フランスキーは再び自分の世界に入り込み、ブツブツと文句を言い始めている。
 今まで慌てふためいていたジーニスだったが、カリューの持つ魔剣ケルベラーを見た途端、一瞬で顔が険しくなった。
「魔剣……ケルベラー……ですね。その剣、どのように手にしたのですか?」
「お嬢さん、この剣の事、知ってるんですか?」
 カリューは言いながら、ジーニスに歩みよったが、それと同時にフランスキーが苦しみだした。
 仕方なく、フランスキーを除いた全員が、部屋の隅に移動して話し合う事になった。
 狭いスペースに集まると、死人のジェットの香りが漂ってくるが我慢する事にする。
「曾祖母を殺したのが、暗黒騎士ケルベロスだったんです」
 それを聞いて、俺達は言葉を失った。俺はよりにもよって、何て剣を選んでしまったのだろう。
 俺達は魔剣ケルベラーを手に入れた経緯を話した。
 俺に向けるジーニスの視線が痛い気がする。
「とりあえず、私のレベルで、呪いが解けるかどうかやってみましょう」
 ジーニスは先ほどと同様に手を掲げて、呪文を唱え始めた。
「小鳥の囀り、川のせせらぎ、大地の恵み……。この自然に溢れるガイアの力よ、この者の呪いを解きたまえ……。浄化の光!」
 ジーニスの言葉と共に、カリューの身体を柔らかい光が包みだした。
 魔剣ケルベラーから異様な殺気が薄くなり始めたと思った時、カリューが険しい顔を始めた。
「ぐおおおおお。お、俺から離れろ……。俺の右手ごと、剣が勝手に動きそうだ……」
 カリューは左手で右手首を必死に押さえている。まるで右手が別の生き物にでもなってしまったかのようだ。
 その時、魔剣ケルベラーに呪われた時と同様に、カリューの身体を闇が包んだ。
「危ない!」
 ジェットは叫びながら、カリューの目の前で呆然と立っていたジーニスを押し倒した。
 一瞬でもジェットの判断が遅かったら、ジーニスの首は飛んでいたかもしれない。
 ジーニスが居た空間に、カリューの持つ剣が振られたのだ。
 的を外れた剣は、そのまま部屋の木で出来た床を砕いた。
 俺はカリューの姿を見て愕然とした。カリューの身体からは異様な殺気が放たれ、肌は薄黒くなっている。
「カ、カリュー……」
 俺は、名前を呼ぶので精一杯だった。
 カリューは呼びかけに気付いたのか、俺の方を振り向いた。
 俺を見つめるカリューの眼は燃えたぎる炎の様に赤かった。
 青い短髪の髪の毛は、その殺気を象徴するように真っ黒に染まり、口元には牙のようなものが生えているのが見える。
「これは、呪いなんていう生易しいものじゃないよね」
 秋留が俺の隣でロッドを構えつつ言った。
 カリューの後方では、ジェットがジーニスを守るようにレイピアを構えている。
 J・A村支部長のフランスキーは机の下にでも隠れているようだ。
 俺は目の前のカリューに注意を払いつつ、辺りを窺った。
 支部長席の机の端から、フランスキーの汚くてデカイ尻が出ている。頭かくして尻隠さずとは、正にこの事だ。
 俺がフランスキーの今の状態をもっとよく表現出来る比喩を考えていると、突然カリューが床を蹴り、俺と秋留の方へ攻撃してきた。
 戦闘中でも何でも、すぐに思考が反れてしまう事が俺の欠点だが、身体はカリューの攻撃に対して条件反射的に避ける動作へと移っていく。
 俺と秋留は成す術もなく、左右に飛んでカリューの攻撃を避けた。
 カリューはそのまま剣を振り、レンガの壁を叩いた。高い音と共に火花が散る。
「ぐるるるる……」
 カリューは俺達に背中を見せながら不気味な声を発している。
 その隙を見逃さなかったジェットはカリュー目掛けて突進し、カリューの身体を壁に押しつけた。
 カリューの身につけている聖なる鎧が壁に叩きつけられ、鈍い音が響く。
「ワシが押さえつけている間になんとかしてくれい!」
 ジェットが必死になって叫んでいる。いくらレベル五十二のジェットでも五十八歳という年に勝てる訳もなく、今にもカリューの力に振り払われそうだ。
「な、なんとか、って言っても……」
 俺は助けを求めるような眼で秋留を見た。
「分かってると思うけど、原因はあの剣だよ。だから、あの剣に対して攻撃してみよう」
 秋留は冷静に答えた。
 なぜここまで冷静になれるのだろうと思いつつ、俺はネカー&ネマーを構える。
 秋留も隣で魔法を唱え始めた。
「炎の精霊イフリートよ。炎の弾丸で敵を撃ち抜け……」
 秋留が攻撃のタイミングを視線で送ってきた。
「おう! 任せろ!」
「ファイヤーバレット!」
 秋留が魔法を唱えた瞬間、ロッドの先から炎の弾が発射された。
 俺はカリューの持つ魔剣ケルベラーに照準を合わせ、魔法が発射されたのと同時にネカーとネマーのトリガーを引いた。
 秋留が放ったファイヤー・バレットの炎の弾丸と、俺がネカーとネマーから発射した硬貨が回転しながらカリューの剣を目掛けて飛んでいく。
 しかし、カリューは俺達が攻撃を行った時には、ジェットの押さえ込みを振り払っていた。
「うがぁぁぁぁぁ」
 カリューは不気味な叫び声を上げ、壁に向いていた身体を回転させると、そのまま魔剣ケルベラーを振るった。
 カリューに押さえ込みを振り払われて体勢を崩していたジェットは、魔剣ケルベラーの攻撃を避ける事が出来ずに、脇腹を切り裂かれた。
 ジェットの身体からは血が吹き飛ぶ事はなかったが、代わりに白い蛆虫のような物が飛び散った。
「ぐああああ」
 ジェットもカリューに負けない叫び声を発した。いくら死人の身体といっても、ダメージを受けた時の痛みは伝わるのだ。
 それを考えると、森の中でジェットの腹に俺の銃から発射された硬貨が命中した時は、かなり痛かったに違いない。
 ジェットを振りほどいたカリューは、襲いくる炎の弾と硬貨の弾を寸前でかわし、俺と秋留に再度狙いを定めた。
 カリューを外れた炎の弾丸は近くの書棚に命中し表面を軽く焦がし、俺の放った硬貨の弾丸はレンガの壁を打ち砕いた。
 燃えるような赤色になってしまったカリューの無気味な眼が、俺と秋留を見つめている。
「浄化の光!」
 カリューが再び床を蹴って攻撃を繰り出そうとした時、カリューの後方にいたジーニスが解呪の魔法を唱えた。
 その眩い光を浴びて、カリューの動きが一瞬止まった。
 俺はその一瞬を逃さずに、カリューが元に戻る事を祈りながら、ネカーとネマーのトリガーを引いた。
 俺の放ったネカーとネマーの硬貨が魔剣ケルベラーの刀身に当たり、鈍い音を放つ。
 普通、武器への攻撃を行った場合は、相手の手から武器だけを飛ばす事が出来る。しかしカリューは呪いの影響で、どんな衝撃が発生しても手から武器が離れる事はないようだ。
 カリューの身体は、威力のある俺の愛銃の攻撃で魔剣ケルベラーごと吹っ飛び、J・A支部長室の木製のドアをブチ破り、廊下のレンガの壁に思いっきり打ちつけられた。
 廊下には壊れたドアの破片が散らばり、惨劇の後を物語っている。
 誰も口を開けようとはしなかった。
 カリューは思っていたよりも派手に吹き飛んだが、大丈夫だろうか。
 今まで脇腹を斬られうずくまっていたジェットは、傷口を抑えつつ立ち上がった。その傷は今、正に治っている最中であり、白いミミズのような物が傷口を治しているのを俺はまともに見てしまった。
 廊下に倒れているカリューの右手には相変わらず禍禍しい剣が握られていたが、その身体からは異様な殺気を放ってはいなかった。肌の色も元に戻り髪の毛もいつものような青い色をしている。
「とりあえずは落ち着いたみたいね」
 秋留はカリューに近づき様子を見ながら言った。
 隣では司祭のジーニスも心配そうにカリューを見守っていた。
「すみません、私の未熟さでこのような事になってしまって」
 ジーニスは尚も謝まろうとしたが、秋留がそれを制した。
「気にしないで? 腕は関係ないと思うよ。ただの呪いじゃあ無さそうだし」
 騒ぎが落ち着いたのを確認し、机の下に隠れていたJ・A支部長のフランスキーが出てきた。
 よっぽど恐怖に怯えていたのだろうか。顔には汗をたっぷりとかき、白いYシャツの脇の部分は色が変わっている。
「なんという事だ。こんな危険な奴を放っておく事など出来ないぞ! 今すぐ治安維持本部へ連絡を取って、対応を行ってもらう事とする!」
 フランスキーが広い額に血管を浮かび上がらせながら怒鳴った。奴の唾がここまで飛んできそうだ。
 フランスキーの言葉に対して、俺達は何も言い返せなかった。
 反論の余地はない。『ひ弱で傲慢な』一般の市民を危険に晒した事には変わりはないのだから。俺達冒険者は常に一般住人の安全を考えながら行動する事が決まりとなっている。
 それを破った者は罪人として、罰を受ける事になっているのだ。
 真っ赤になっているフランスキーを後にして、俺とジェットは二人掛かりで気を失っているカリューを担ぎ、外へ出ようとした。
「ま、待ちなさい、君達! またその剣を持って外に出たら、どういう事になると思ってるんだ!」
 俺はイチイチしつこい支部長を睨んだ。しかし、童顔な俺ではイマイチ迫力がなかったようで、フランスキーは何事も無かったかのように尚も喋り続けている。
「ジーニスさん、何とかならんのかね?」
 フランスキーは、救いを求めるようにジーニスに尋ねた。
「ああ、すいません! すっかり忘れていました。事情を聞いた時に、万が一呪いを解く事が出来なかった時のために、聖なる羽衣を持ってきていたのでした。この布を剣を巻いておけば、剣の殺気は消せると思います」
 そう言うとジーニスは、魔剣ケルベラーに布を巻きつけた。今まで剣から出ていた殺気が多少、弱まったようだ。
「良かった。少し邪気が弱まりました。この程度なら外に出ても大丈夫だと思います。それでは、私はこの方達を宿屋に連れて行きますので、失礼します」
 ジーニスは相手に話す暇も与えず、ただ一方的に喋り続け、唖然とするフランスキーの返事を待たずに、そのままドアの破れた支部長室を後にした。どうやら彼女もフランスキーの態度には腹を立てたようだった。
 もしドアが健在だったら、おもいっきり閉めていただろう。

 俺達は、治安維持協会J・A村支部を出て、外で待機していた銀星の背中にカリューを乗せた。銀星は「また野郎かよ」という眼でカリューを見ている。
 カリューを銀星に乗せると、ジーニスに連れられ、ジェーン・アンダーソン村の入口近くにあるという宿屋のリフレッシュ・ハウスを目指して歩き始めた。
 宿屋に向かう途中に何人かの村人とすれ違ったが、突然泣き出したり、うずくまったりする事はなかった。どうやらジーニスが巻いた聖なる羽衣の効果のようだ。
 すれ違う人々は銀星の背中で倒れているカリューの姿を心配そうに眺めていた。
 暫くすると落ち着いたたたずまいの宿屋が見えてきた。
 他の民家や武器屋などと同様に赤い色のレンガで作られている。
「皆さん、着きました。ここがこの村一番の宿屋、リフレッシュ・ハウスです」
「助かりました、ジーニスさん。私達はこの町でフランスキーさんの言う「本部の対応」とやらを待ちます。カリューの剣について相談するために、アステカ大陸を目指すのはその後になりそうですね」
 秋留が嫌味を込めて言った。
「すみません。フランスキーさんも悪気があった訳ではなくて、この村の事を第一に考えた結果、ああいう態度に出てしまったのだと思います……」
「ジーニスさんが謝る事ではないですよ。悪いのは全部、あの中年デブのせいですから」
 相変わらず、秋留は言葉がキツイ。それを聞いたジーニスは笑いながら言った。
「ふふ、そうですね。あの中年ハゲ親父のせいですね。それでは、私はこれで失礼します。何かありましたら、この町のガイア教会にいますので呼んで下さい。それでは」
 ジーニスは中年ハゲ親父発言を残して、そそくさと宿屋を離れていった。
 早速俺達は宿屋の外に銀星を繋げて、チェックインを済ませた。
 秋留はいつも通り、俺達男三人とは別の部屋にチェックインを済ませている。何かあった時のために隣の部屋を借りているが、俺は一緒の部屋でも一向に構わない。むしろ同じ部屋がいい!
 俺達が借りた部屋は、宿屋の二階にあった。
 部屋に備えつけの家具はモノクロでまとめられていて気持ちを落ち着かせてくれる。
 ふと、部屋にあった姿見を覗くと、モンスターの返り血やほころびの目立つボロボロの装備をしているのに気付いた。
 昨日から今日にかけて、一日中森の中を駆け抜けモンスターと戦闘をしていた俺達の装備は、モンスターの返り血で汚れきっていたのだ。
 綺麗好きな俺の提案で『松屋クリーニング』を呼ぶ事にした。
 松屋クリーニングは、冒険者専用の、装備品を新品同様にしてくれると評判の店だ。
 クリーニングに出している間は、俺達の装備は予備で用意していた皮の鎧や布の服になってしまうが、町の中ならモンスターに襲われる事もそうそうないだろう。
 いつもならカリューの持つ魔剣の影響があるので町の中でも油断出来ないが、今はジーニスが巻いてくれた聖なる羽衣があるので更に安心だ。
 暫くすると、俺達の部屋に松屋クリーニングの受取係がやってきた。
 俺達は汚れてしまった自分の防具と、未だに気を失っているカリューの装備を外して受取係に渡した。念のため剣やロッドなどの武器は装備しておく事にする。勿論、俺の愛銃ネカー&ネマーも装備したままになっている。
 ついでに汚れてしまった銀星の身体も洗ってもらえるように、宿屋の主人に頼んだ。ただし健康チェックはしなくてもいい、という条件をつけておいた。
 俺達は身支度を整え、最近気を失う事が多くなってきたカリューをベッドに横たえると、遅めの昼御飯を食べるため定食屋を探しに宿屋を離れた。

 俺は森の中で見たワイルドウルフの後ろ足が忘れられず、ワイルドウルフの肉を扱っている店を探したが、無駄な努力に終わった。
 俺達が見つけたのは、町の広場から少し奥に入った場所にある、牛肉のステーキを食べさせてくれる牛肉天国という店だ。
 この際、肉が食べられればどこの店でも良い。すでに俺の腹は獣の雄叫びのような音を発していた。
 店内は薄暗く、まだ午後五時を回ったばかりの時間だったため、客は少なかった。俺達三人は町の噴水が見える窓際の席に座った。
 席について暫くすると、若いヒョロっとした男性のウェイターが注文を取りに俺達の席にやってきた。
 ジェットはステーキ五百グラム・ライス付き、俺はこの店イチオシらしいステーキ丼を頼んだが、秋留は牛肉天国でチキン煮込み定食を頼んだ。
 一通り注文を聞き終えたウェイターは俺達の出で立ちを確認してから、話し掛けてきた。
「お客さん達、冒険者ですね?」
「ああ、そうだ。サーカス団にでも見えるか?」
 俺は凄みを効かせて意地悪っぽく言ってみたが、またしても童顔では迫力がなかったようで、ウェイターは俺の冗談は無視して話を続けた。ここの勘定を払う時は、ネカー&ネマーで硬貨をぶっ放して払ってやろうと心に誓った。
「お客さん方、結構屈強なパーティーに見えるんですが、もしかして惑わしの森を抜けてきたんですか?」
 ウェイターは気になる事を言い、その言葉に秋留が反応した。
「惑わしの森?」
「そうです、惑わしの森です。この町の北にある森で、野生の凶暴なモンスターを手なずけて操っている、魔術師の魔族がいるらしいですよ」
 それだ。俺達が必死で駆け抜けた森は惑わしの森という名前らしい。
 マップを確認した時は、森を迂回するように街道が通っていたのだが、『遠回りは弱虫のする事だ』という熱血漢のカリューの意味不明な意見で、森を突破する事になったのだった。
 それにしても、あのモンスターの大群は魔族が操っていたのか。どうりで秩序もないモンスターが隊列を組んで襲ってくる訳だ。
 暫くすると注文した料理が運ばれてきた。牛肉の美味そうな匂いが漂い、俺は思わず唾を飲み込んだ。
 肉を一切れ、口に運ぶ。ステーキソースが見事に肉にからみ、旨みを引き出している。
 俺は昨日からまともに食事を取っていなかった事もあり、ステーキ丼をただ無心に食べ続けた。空腹だったのは、他の二人も一緒らしく、特に会話もなくただひたすら料理を口に運んでいる。
 俺の右の席に座っているジェットが、器用にナイフとフォークで肉を切り分けていた。そのナイフ捌きは、モンスターをレイピアで細切れにしているかのようだ。
 ジェットのマナーの良さは育ちの良さを表しているが、寝たり食べたりする死人のジェットは俺の中で最大の不思議となっている。
 全員で食後の酒を飲みながら、テーブルの上にマップを広げて今後の予定について話し合った。前までは酒に強かった俺も、最近ではめっきり弱くなってしまったため、運ばれてきたビールを少し飲むと、黙ってマップを見る事にした。
「とりあえず、今いるジェーン・アンダーソン村が……マップのココだから……」
 秋留はマップを広げ、ジェーン・アンダーソン村を指差していたが、本当にあっているのかどうか疑問だ。俺も秋留もどちらかというと方向音痴な方だからだ。
「チェンバー大陸の港町ヤードまでは、順調に進めたとしても二週間はかかりそうですな」
 ジェットがマップを見つつ答えた。どうやらマップを指差している場所はあっていたようだ。
「後は、治安維持協会本部の対応を待つしかなさそうね。どれくらいで結果が出るのかな」
 秋留は頬杖をついて外を眺めている。夕焼けに秋留の顔が染まりとても幻想的だ。
 さすが幻想士、というところだろうか。
 俺が暫く秋留の顔を見ていると、向こうも気付いたのか、少し照れた顔をして言ってきた。
「ブレイブ、何見てんのよ?」
「見てるだけだよ、悪い?」
 俺は赤くなりそうな顔を必死で抑え、さりげなく、且つ、それなりの好意をアピールしてみせた。
 隣ではジェットが俺と秋留のやりとりを聞いて、ニヤニヤしている。まるで「若いもんはいいなぁ」と心の中で思っているようだ。
「ふぅ〜ん」
 秋留はそう言い、再び窓の外の景色を眺め始めたが、その秋留の顔が一気に青ざめていった。
 俺も気になり窓の外を眺めようとした瞬間、店の扉を勢いよく開け、子供が泣き叫びながら転がり込んできた。
「ぱぱ〜〜〜〜〜〜、助けてよ〜〜〜〜、怖いよぉ〜〜〜〜!」
 店を入ってきた子供が、この店の店主と思われる三十歳位の男性の腰にしがみついて叫んでいる。
「おい! シェーン! 男が簡単に泣くなと前にも言っただろう?」
 どうやら、店に入ってきた男の子はここの店主の子供らしい。しかし一体、何があったのだろう。
 まるで何かに怯えているようだ。まさか、モンスターが町に侵入して来たのだろうか。
 店の中にいた他の客も心配そうに子供を見ている。
 今まで薄暗くて気付かなかったが、店の丁度反対側には、あのJ・A支部長のフランスキーもいた。
 治安維持協会の支部長を務めるフランスキーは子供の過剰な反応に、今にも席を立ち上がり子供の元へ近づきそうだ。
 フランスキーは同じ店で夕食を食べていたようだが、店内の暗さもあり、向こうはこっちに気付いていない。
「おい、秋留。店の反対側にあのフランスキーがいたぞ。ちょっと悪戯してやろうか?」
 俺は左手にネマーを構えながら言った。
 しかし、秋留はフランスキーが店にいる事を知って、更に青ざめたようだ。
「ブ、ブレイブ、ジェット。店の窓から広場の方を見て……」
 俺とジェットは同時に窓から噴水のある広場を見て絶句した。
 夕日の明かりが町を照らして赤いレンガの家が綺麗に輝いていたが、広場の一角だけは異様な空気と共に闇が落ちている。カリューだ……。
 カリューは魔剣ケルベラーを背中にかけた鞘に入れている。
 カリューは鎧を着けている時は腰の鞘に剣を収めているが、今のように普段着の時は背中に鞘をぶら下げて剣を収めているのだ。
 異様な殺気が少し離れたこの店でも感じるという事は、ジーニスの巻いた聖なる羽衣は取ってしまったらしい。
 泣き叫ぶ子供。傍にいるフランスキー。確実にこちらに近づいてくる呪われた剣を持つカリュー。
 どう考えても良い状況とは言えない。秋留が青ざめていたのも納得出来た。これ以上の問題を起せば、今後の冒険者活動に支障をきたすかもしれない。
 今やカリューはこちらの三人の姿を確認して、のん気に手まで振り始めている。
「三人同時に席を立って店を出たら、フランスキーに気付かれるかもしれない。俺が一人で店を抜けてあいつを止めてくる」
 俺はそう言うと、フランスキーに気付かれないように牛肉天国を出て、一目散にカリューの元へ走って行った。こんな事ならカリューをベッドに縛りつけておけば良かった。
「おい、ブレイブ。一体何がどうなったんだ?教えてく……」
 俺はカリューが最後まで話し終わる前に奴の口を抑え、宿屋のある方へ引きずっていった。
「カリュー! なんで聖なる羽衣を取ったんだ!」
 俺は、秋留と一緒に夕日を見ているのを邪魔された事もあって、カリューを怒鳴りつけた。
「もがもが……」
 口を俺に抑えられているカリューは喋る事が出来なかったが、俺の必死の形相に気付いたのか、暴れる事もなく、ただ素直に宿屋まで引きずられていた。

 その日の夜、カリューに対して詳しく状況を説明をするため、俺達男部屋に秋留を呼んだ。
 男だけでむさ苦しかった部屋が一気に明るくなった。
 カリューはジーニスに解呪の魔法を唱えられてからの記憶がないらしい。気付いたら剣に布がまかれていて、邪魔だったので外してしまった、と説明した。
 カリューは自分に起きた出来事について、必死に整理しようとしていたが、顔には困惑の色が浮かんでいる。
「とりあえず、ここで私達だけで悩んでいても何も解決しないと思うよ。明日、ジーニスさんに会って少し話を聞いてみようよ? 魔剣ケルベラーについて知ってたみたいだし」
 秋留はカリューを安心させるべく、優しい口調で言った。
 その後、俺達は長旅の疲れもあり早めに寝る事にしたのだが、俺はしばらくして目が覚めてしまった。ベッドに入れば一分もしないうちに熟睡出来るのが俺の特技だが、今日はなぜか目が冴えている。
 隣のベッドには死臭を放つジェットが寝ていたが、反対側のベッドにカリューの姿はなかった。
 俺は気分転換を含めて、外の空気を浴びるために宿屋を出た。
 夜空には沢山の星が散らばっている。この景色を秋留と二人っきりで見てみたいものだ。
 宿屋の軒先に吊るされている、少し早い風鈴の涼しげな音色に耳を澄ませると、宿屋の裏側から剣の素振りの音が聞こえてきた。
 裏手に回ると、カリューが全身に汗を流して魔剣ケルベラーを振るっていた。
 その顔からは鬼気迫るものが感じられる。
 俺は暫く傍にあった岩に腰を下ろして、夜空を眺めていた。
「……ブレイブか。いつからそこにいたんだ?」
 カリューが流れる汗をタオルで拭きながら、俺の隣までやってきた。男の匂いが鼻を突く。
「眠れなくて夜風に当たりに来たのさ。カリューこそどうしたんだ? こんな夜中に必殺技の特訓か?」
「ふっ、必殺技なんてあるわけないだろ。敵を必ず殺す事が出来る技なんて、この世にあるわけがない」
 カリューが思いっきり剣を振ると、腕についていた汗が飛び散り、月明かりの下で気持ち悪く輝いた。
「なぁ、ブレイブ。俺の身体は一体、どうなっているんだ?」
 やはりカリューはその事が気になって眠れなかったのだろう。カリューに呪いをかけてしまったのは、元はと言えば俺がサイバーの剣を一本持ち出してしまった事が原因だ。
 その事をカリューに謝りたかったが、俺はその一歩をいつまで経っても踏み出せないでいた。
 そんな俺の心中を察したのか、カリューが今まで隠していた事を話し始めた。
「ブレイブ。俺がこの魔剣に呪われたのは、お前のせいではないんだ。ただ先に断っておくが、お前の責任がゼロ、という事ではないからな」
 俺は何も言わず、夜空を見上げながらカリューの次の言葉を待った。
「お前がサイバーの鍛冶屋の前でこの剣を太陽にかざして眺めている時、俺の頭の中に声が聞こえてきたんだ」
「声?」
「そう、声だ。とても低く威圧感のある声だった」
「その声は何て言ってきたんだ?」
 俺はカリューに質問したが、回答はすぐには返ってこなかった。カリューは何かを恐れているようだ。
「俺を掴め」
 カリューが突然言った。
「え?」
 俺はカリューの言った事が理解出来ずに、思わず聞き返した。
「この剣から聞こえてきたんだ。俺を掴め、と……」
 俺は何も言えなかった。剣から声が聞こえてくる事などあるのだろうか?
 素振りのため聖なる羽衣が巻かれていない魔剣ケルベラーからは、異様な殺気が噴出している。
 まるで剣が呼吸しているように定期的に殺気が放たれている。この剣は生きているとでも言うのだろうか……。
 話し終えたカリューは無言でその場を去っていった。
 俺は暫く岩に座り夜空を眺めながらカリューの言った事について考えていたが、強烈な眠気に襲われ始めたため宿屋に戻る事にした。
 部屋にカリューの姿はなかったが、俺はベッドに横になると数分もしない内に眠りについた。

 翌日、空には薄っすらと雲がかかっていた。再び眠りについてしまいそうな涼しい風が、町並みを吹き抜けている。
 カリューは朝方部屋に戻ってきたが、一睡も出来なかったようで、眼は真っ赤になっていた。
「勇者の眼は金色のはずだけど、お前の眼は魔族と同じ赤だったのか?」
 と、言いたい気持ちを必死で押さえた。


 司祭ジーニスがいるというガイア教会は、町の南側にあった。赤い大きな屋根には鐘が釣り下がっており平和の象徴である鳩が羽を休めている。
 ジーニスは教会の前の通りをホウキで掃除していた。どうやらこの教会に勤めているのはジーニス一人だけのようだ。
 俺達の姿に気付いたジーニスは軽くお辞儀をして、教会の中に招き入れてくれた。
 室内には教会お決まりの赤くて長い座席が左右に並び、正面には銀で作られたガイア神像が祭られている。ガイア神はこの大地を創造した神とされており、ガイア教ではその神を信仰していた。
「どうですか? その後、魔剣のせいで町民を脅かしてなどはいませんか?」
 早速痛い質問であり、カリューは下をうつむき黙ってしまった。
「問題ないですよ、ジーニスさん。聖なる羽衣は予想以上の効果のようです」
 まるで本当の事を言っているように秋留はすんなりと返事をした。秋留は平気で嘘をつくが、人を傷つけるような嘘はついた事がない。
「それは良かったです。それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」
 今まで沈黙を保っていたカリューが突然話始めた。
「魔剣ケルベラーについてジーニスさんが知っている事があるなら教えてくれ。何でもいいんだ。一体、この剣は何なんだ? 俺の身体はどうなってしまったんだ?」
「カリュー殿、落ち着いてくだされ」
 興奮しているカリューに向かってジェットが言った。
 カリューの必死な剣幕にジーニスは一瞬たじろいだが、教会の奥にある晩餐用の部屋に俺達を案内してくれた。
「皆さん、座ってください。魔剣ケルベラーについて私が知っている事をお話しましょう」
 俺達はそれぞれ椅子に腰を下ろし、ジーニスの言葉を待った。
「昨日、J・A村支部長室でお話した通り、その剣は私の曾祖母の命を奪った剣です。曾祖母が亡くなったのは、今から十五年程前になります。私がまだ三歳の時でした。その時の事は覚えていませんが、母からよく曾祖母の事について聞かされていました」
 俺達はそのまま、ジーニスが出してくれた紅茶を飲みながら話を聞いた。
「ある日、ジェーン・アンダーソン村に一人の傷ついた剣士が倒れ込んできました。当時この村の長であった曾祖母のジェーンは、その剣士を村に泊め、傷が癒えるまで看病を行いました」
「剣士の名前はなんと言ったのですか?」
 秋留は訊ねた。
武亮むりょうと名乗っていたそうです。その武亮という剣士が村を訪れて一週間が経った日の事でした。傷もほとんど癒え、武亮が町の広場を散歩している時に突然それは起きたと言います」
 ジーニスは一呼吸置いて、話し続けた。
「武亮が広場にいた住人を惨殺し始めたのです。曾祖母のジェーンは知らせを受けるとすぐに広場へ行き、武亮の前に立ちはだかりました。そして問いただしたのです。なぜ、このような酷い事を、と……」
 全員、静かにジーニスの話を聞いていた。この町にそれ程酷い過去があるとは知らなかった。
 フランスキーのあの態度は、カリューが暴走した事により、十五年前に受けた心の傷が蘇ったためかもしれない。
 俺は気になって訊ねることにした。
「ジーニスさん。J・A支部長のフランスキーは町が襲われたとき、既にこの町で支部長をしていたのですか?」
「武亮が暴れた時に真っ先に止めようとしたのが、前支部長であるミラノさんでした。ミラノさんは若い頃は剣士として活躍しており、お歳の割には中々の腕前だったと母は言っていました。しかし、そのミラノさんも武亮によって殺されました……。後任としてJ・A支部に配属になったのが今のフランスキーさんです」
 つまりフランスキーのあの性格は地だったということか。紛らわしいキャラクターだ。
「すみません、話を続けて下さい」
 俺は大して関係ない質問で話の腰を折ってしまった事を反省しつつ、ジーニスに話の続きを促した。
「はい……、えっと、そうそう」
 ジーニスはどこまで話したか忘れてしまったようだ。悪い事をしてしまった。
「曾祖母のジェーンは武亮に問いただしました。武亮は、右手に持っていた禍々しい剣をかざして、こう答えたそうです。『こいつが、魔剣ケルベラーが血を欲しがっている』と」
 俺は昨日の夜、カリューが言っていた内容を思い出した。
(この剣から聞こえてきたんだ。俺を掴め、と……)
「じゃあ、武亮が暗黒剣士ケルベロスの正体だったのか?」
 カリューは真剣に聞いていた。いつもは熱血論一筋で猪突猛進型のカリューだったが今は違っていた。
「武亮が暗黒剣士ケルベロスの正体だったかどうかは分りません。ただ、ケルベロスは魔族の剣士と聞いていたのですが、どうやら武亮はただの人間だったようです」
「武亮はその後どうなったのですか?」
 うつむいたまま黙ってしまったカリューに代わって、秋留が続きを聞いた。
「武亮はジェーンに襲い掛かりました。司祭であるジェーンに接近戦は向かなかったため、ジェーンは武亮と距離を置きました。そして、神聖魔法を唱えたんです」
「何と言う魔法ですか?」
 魔法マニアの秋留は興味津々だ。
「上級神聖魔法のセイント・インディグネーション(聖なる怒り)です。高司祭にしか使えないという神聖魔法ですね」
「心の清い人間には全くダメージはないが、邪悪な心を持ったモンスターや魔族には絶大の威力を発揮するという魔法でしたな?」
 今まで黙って聞いていたジェットが突然、口を開き説明した。ジェットは時々、その年の功のためかマイナーな魔法を知っている事がある。
「まぁ、随分詳しいですね。あまりの高等な神聖魔法のため、知っている人はごくわずかだと聞いていますが」
「ワシは職業が聖騎士だから神聖魔法について、ある程度の知識は身につけているんじゃ」
 ジェットは生前に聖騎士だったので今も聖騎士という事になっているが、その身体は死人、つまりゾンビだ。
 今も聖騎士特有の神聖魔法を使う事は出来るのだが、聖なる魔法を唱えようとすると身体に激痛が走るようになってしまった。そのため、ジェットは余程の事がない限りは、神聖魔法は唱えようとはしない。
「確か、ジェットさんと言いましたよね。聖騎士……ジェット……」
 ジーニスは暫く考え込んでいた。必死で何かを思い出しているようだ。
「あ、あああああ! 貴方は!」
 ジーニスはジェットを指差し叫びだしたかと思うと、部屋の奥に走り出して行ってしまった。
 戻ってきた時には、一冊の本を右手に持っていた。その本を開き、あるページとジェットの顔を交互に見比べているようだ。
 暫くするとジーニスは唐突に気絶した。ジーニスが床に倒れる寸前に、傍にいたジェットが抱きかかえた。
 倒れたジーニスの右手には冒険者百科事典のジェットのページが開かれている。
 そのページには、ジェットの顔写真と共に文章が書かれていた。
『コースト暦二九九九年の第三次封魔大戦で、魔族連合軍の軍団長マクベスを討ち取ったチェンバー大陸の英雄・聖騎士ジェットは三00一年、故郷の町エアリードで愛馬である銀星と共にその生涯を終えた』
 俺達は倒れたジーニスを奥の部屋のベッドまで運んだ。
 暫くしてジーニスは目を覚ましたが、ジェットの顔を見るなり再び気絶しそうになった。
 いい加減、話を進めて欲しかった。
 さっきから話の続きを聞きたくて俺の隣でウロウロと歩き回っているカリューが目障りだ。
「チェンバー大陸の英雄ジェット様が、なぜ死人としてパーティーに加わっているのですか?」
 ジェットは目を瞑り、何かを思い出しているように話し始めた。
「我が故郷のエアリード。そこに巣食っていたモンスターに縛られていたワシと相棒の銀星の魂を解き放ってくれたのが、この御三方じゃった」
 ジェットは落ち着いて言った。
 それだけの理由では納得出来ないらしくジーニスは口を開きかけたが、それを制し、ジェットが再び話始めた。
「助けて貰った恩を返すまでは、ワシはこの御三方に忠義を尽くすと決めたのじゃ」
 死人を助ける、とは理解不能な原理だったが、ジーニスはジェットの意思を理解して、秋留の方へ向いた。
「それでは、秋留さんがジェット様を死人として復活させたのですか?」
「その時、私たちパーティーは三人と少なかったし、強力な仲間が欲しかったから」
 パーティーを組む場合は四、五人が普通なのだが、俺達パーティーは組んだ時から三人だった。ただ、全員レベルが高いせいか、三人でも苦労する事はほとんどなかったが。
 秋留は話し続けた。
「ジェットから申し出があったのは、丁度仲間を探している際中だったの。チェンバー大陸の英雄が仲間になってくれれば、これ以上心強い仲間はいない。私は迷う事なくネクロマンサーの力を使ってジェットを死人として復活させたわ」
 秋留はそう言っているが、計算高い秋留の事だ。きっと、ジェットを仲間に入れると心に決めた上で、ジェットの魂をモンスターから解き放ったのだろう。
 伝説の英雄を死人として復活させ、パーティーに入れようと考える人はあまりいないのではないだろうか。そう考えると、秋留はただ者ではないと思ってしまう。
「秋留さんは、ネクロマンサーなんですか?」
「ふふ。今の職業は幻想士だけど、前はネクロマンサーだったの。だから、ネクロマンサーの力も使えるのよ」
 秋留の話を聞いて、ジーニスは驚いたようだ。
「そうなんですか? 大概、魔法系の職業は人それぞれの特性が決まっていて、他の職業にはなりにくいと聞いていたんですが……」
 その話は初耳だ。秋留は飽きっぽい性格だから、コロコロと職業を替えているのかと思っていたが、それは簡単な事ではないらしい。やはり秋留はただ者ではない。
「今は幻想士だけど、ネクロマンサーの他にも魔法使いとか召喚士とかになった事があるよ。全部、初期の段階で転職しちゃったけどね」
 秋留は自分の飽きっぽい性格を暴露しているとは気付いていないようで、自慢気にジーニスに話している。
「へ〜、すごいんですね……」
 ジーニスは、秋留の性格に気付いたようだが、それを悟られないように話を続けた。
「パーティーにジェット様のような信頼出来る仲間がいるというのは、大変心強い事だと思います」
 会話が一段落したのを確認して、カリューが今まで溜まっていた物を吐き出すかのように、ジーニスに対して質問した。
「ジーニスさん、話の続きを頼む。神聖魔法を喰らった武亮と名乗る剣士はどうなったんだ?」
 突然カリューから質問され、今まで自分が話の続きをしていなかった事にジーニスは気付いたようだ。
 ようやく、視界の端で映るソワソワカリューを見なくて済みそうだ。
「あ、ごめんなさい! すっかり忘れていました! えっと……」
 ジーニスは先程と同様にどこまで話したか忘れてしまったようだ。
 今度はさっきより沈黙が長い。司祭というのは全員、こんな天然なパワーを持っているのだろうか?
 秋留が言っていた自分が就いたことのある職業の中に、司祭がなかったのは、その性格の違いからではないだろうか。
 痺れを切らしたカリューがもう一度、一字一句違わずに質問した。
「神聖魔法を喰らった武亮と名乗る剣士はどうなったんだ?」
 ジーニスはやっと思い出したようだ。紅茶を一口含んだ後、話し始めた。
「ジェーンの唱えたセイント・インディグネーションは、暴走している武亮の身体を光の柱で包みました。その光の柱は空に浮かぶ雲まで届いていたと言います。光が消えると、武亮が立ち尽くしていました。不思議な事にその右手には、魔剣ケルベラーは握られていなかったそうです」
「武亮は元に戻ったのか?」
 カリューは聞いた。
「武亮はそのまま気を失い、その日は宿屋に寝かしていたのですが、翌日になると姿を消してしまったそうです。ある村人が惑わしの森の方へ武亮が消えていくのを見たそうですが、さだかではありません……」
 ジーニスの説明を聞く限り、セイント・インディグネーションという魔法を唱えればカリューの呪いも解けそうだが、その後、カリューがどうなってしまうのかは分からない。
 神聖魔法により消えてしまった剣が、どうして鍛冶屋サイバーの小屋にあったのかも疑問だ。
「ジーニスさん、色々教えてもらってありがとうございました。ちなみにジーニスさんはセイント・インディグネーションを唱える事は出来ますか?」
 秋留の意図は読めた。ジーニスがセイント・インディグネーションを唱える事が出来るなら、カリューに唱えてもらおうという事だろう。
「ごめんなさい。子供の頃から練習はしているのですが、まだレベルが低くて成功した事はないんです……」
 カリューは隣で落胆していた。しかし、セイント・インディグネーションをカリューに唱えれば呪いを解く事が出来るかもしれない。そういういう情報を得る事が出来ただけでもジーニスの話を聞いた甲斐はあった。


 それから宿屋で十分休養を取りながら何をする訳でもなく、J・A村に滞在して三日が過ぎようとしていた。
 三日目も終わりに近づいた時、俺達の寝泊りしている宿屋に治安維持協会員が訪ねて来て、今すぐJ・A支部長のフランスキーに会いに来て欲しいと告げた。
 支部長室の木の扉は新しいものに取り替えられていたが、俺が銃で開けた壁の穴やカリューが砕いた床板はそのままとなっている。
「治安維持協会本部から指令があった。まさか、あんたらがレッド・ツイスターだったとはな……」
 フランスキーが疑わしい眼で俺達を睨みつけてきた。
「今までの功績に免じて、今回の事は不問にすると指令にはあった。しかし次に同じような事があった場合は……分かっているな?」
「本当にご迷惑をお掛けしました」
 部屋の隅のカリューに変わって秋留が答えた。
 俺達は数ある冒険者パーティーの中では有名な方だった。ただ単にレベルが高いだけではなく、それなりの戦果も上げているからだ。
 レッド・ツイスターとは、ジェットが俺達のパーティに加わる前につけられたパーティーの異名だ。
 今から二年程前に、ゴールドウィッシュ大陸のアラーム国に攻め込んできたモンスターの大群を、カリュー、秋留、俺の三人で追い返した時の戦闘があまりにも凄まじかったため、そう呼ばれるようになった。
 まるで紅い旋風のようだと、アラーム国の国王が言った事が始まりだ。
 俺達を罰せられなかった事が相当悔しかったのか、鬼のような形相で俺達を睨みつけているフランスキーを後にして、俺達は治安維持協会J・A支部の玄関を出て町の噴水の傍にある軽食処の喫茶・アルマジロにやってきた。
 この村の飲食店は全て、村の中心にある噴水の周辺に密集しているようだ。
 喫茶・アルマジロの店内には一日を読書して過ごす若者と、孫を連れてチョコレートパフェを食べに来た老人がいるだけだ。
 俺達は店の奥の方の個室に案内してもらい、今後の作戦を練ることにした。
「ジーニスの話を聞いただろ? 当初の予定通り、アステカ大陸のガイア教会本部を目指そう。そこに行けば、ナントカっていう神聖魔法を唱える事が出来る司祭がいるはずだ」
 カリューは交渉の余地は無い、といった感じで言い放った。
「待って、カリュー。ジーニスさんの話には不明な点があるよ。なぜ武亮は町から消えてしまったの? 呪いが解けたなら、逃げる必要なんてなかったはずだよ?」
「人を殺してしまったという罪の意識に耐えられなくなって、逃げだしたに決まっている!」
「それだけじゃないよ。セイント・インディグネーションを唱えられて、なぜ剣はなくなったの? そして、どうして鍛冶屋のサイバーが持っていたの? 結局、その剣がどんな効果があるのかなんて何も分ってないんだよ?」
 話し合いで秋留に勝てるはずもなく、カリューは暫く黙ってしまったが、再び口を開いた。
「じゃあ、どうすればいいんだよ?」
 最早、落ち着きを無くしたカリューをなだめながら、秋留が言った。
「一番、確実な方法は、武亮を探し出して話を聞くことね」
 俺は嫌な予感がして、秋留に聞いた。
「まさか、惑わしの森に武亮を探しに行く……とか言わないよな?」
「惑わしの森に入ったのなら、例の魔族が武亮の行方を知っているはず。だから、直接魔族に話を聞きに行きましょう。この前の借りもあるしね……」
 秋留はいつまでも根に持つタイプだが、俺は金にならない事と無駄な事はしない性格だ。
 魔族の魔術師に話を聞くだけでは一銭の金にもならないし、万が一、その魔族が武亮の居所を知らないと言った場合は、遠路はるばる森の中までモンスターを倒しつつ進んだ事が無駄になってしまう。
「なぁ、秋留? 魔族が武亮の事なんて知らない、と言ったらどうするんだよ?」
 俺は秋留を納得させようと、慎重に言葉を選んでから質問した。
「何事もなく森を通過したという事になると思うから、今までのルートを戻って途中の町で情報収集をするしかないかな」
 俺は黙っていた。それが俺の答えだ。
「無駄になるかもしれんが、他に方法はないと思いますぞ? 神聖魔法のセイント・インディグネーションを唱えた後、カリュー殿がどうなってしまうのか分らない以上、安全策を取るしかないですな」
 見かねてジェットが口を挟んだが、俺はモンスターだらけの惑わしの森に再び入る気にはなれなかった。
「二千万カリム」
 秋留が言った突然の高額な台詞に、俺は思いっきり反応してしまった。
「二千万カリムがどうかしたのか?」
 俺は平静を装って秋留に聞いた。
「惑わしの森の魔族を倒した時の報奨金だよ」
 秋留はいつもこうだ。話し合いの時には必ず切り札を用意してくる。
 きっと、治安維持協会本部からの指示を待っている間に、魔族討伐組合に問い合わせたに違いない。
 一日中寝ていたと思っていたが、いつの間にそんな情報を手に入れていたんだろう。
「ブレイブ! てめぇ、また命よりも金を選びやがったなぁ? しかも俺の命と金を比べやがってぇ!」
 カリューがいつもの様に隣で怒鳴っているが、俺は無視した。
「話し合いは決定じゃな。一人頭五百万カリム。久しぶりに良い仕事が出来そうですぞ」
 ジェットが話し合いを締めくくった。
 テーブルの向こうでは、秋留が満面の笑みを浮かべて勝利の余韻に浸っているようだった。
 俺は顔に不満の色を浮かべるようにしていたが、頭の中は久しぶりの高額な仕事に心をときめかせていた。


 俺達は翌日、旅立ちの準備のため、別行動を取っていた。
 俺達パーティーが冒険に出発する時は、それぞれメンバーの分担が決まっている。
 カリューは、薬草や予備の剣などの戦闘に関係するアイテムの購入。
 秋留とジェットは、食料品の買出し。
 そして、俺は最寄の魔族討伐組合に行き、冒険のための手続きを取る事になっている。
 ジェーン・アンダーソン村にも魔族討伐組合はあった。小さな町や村には無い場合もあり、その時は隣の町まで登録しに行かないといけない。
 魔族討伐組合J・A村出張所は、他の建物と同じ赤いレンガで出来ていたが、周りに冒険者らしき男や不思議な格好をした魔法使いらしき女性がいるため、どこか別の町に来てしまったような気がしてしまう。
「あ、あの、レッド・ツイスターの盗賊ブレイブさんですよね?」
 突然、十代と思われる若い女性が走ってきて聞いてきた。
 町や村にある魔族討伐組合の入り口付近には、こうした冒険者マニアが待ち構えている事が多々ある。
「そうだよ。君は?」
「あ、あの、リリーと言います。握手して下さい!」
 俺は笑顔で握手に応じ、女性が持っていた『冒険者クラブ八月号』の俺のページにサインをした。
 この冒険者クラブという雑誌のページには、親切にも、冒険者がサインする場所が設けてある。
 その出版会社の心遣いが、全てのサインを手に入れたいというマニア心を余計にくすぐっているに違いない。
 サインは面倒臭いが、こういう雑誌の取材が時々入ったりして、俺は小銭を稼く事が出来た。
 若い女性が走り去った後も、俺と女性のやりとりを聞いていた他の冒険者が俺の方をチラチラと盗み見ていた。
 注目されるのは悪い気分ではないが、俺は誰よりも秋留に注目されたい。
 俺は周りの冒険者の眼をシカトして魔族討伐組合の扉を開けた。
 中は冒険の登録をしようとしている冒険者達で賑わっていた。この場所では、見知らぬ者同士で初めてのパーティーを組もうとする人もいる。
 ただ、俺達パーティーはそんな簡単に説明出来るような出会いではなかったが……。
 俺はカウンターの向こう側に座っている、眼鏡をかけた三十歳後半の男に声をかけた。
「冒険の登録をしたいんだけど」
 カウンターの向こうの男は何か書き物をしていたが、その手を休め顔を上げた。
 胸につけている名札には、ホップと書いてある。
「あ! 貴方はブレイブさんですね? どうです? 最近も竜巻っぷりを発揮するような冒険をしてますか?」
 ホップは一目でレッド・ツイスターのブレイブだと分かったようだ。即座に俺に合った話題を出してきた。
 最近だと突風並の速さで森を駆け抜けた事があったが、それは言わないでおく事にした。
 それよりもこの組合員のでかい声によって、建物にいた他の冒険者にも俺がブレイブだとバレてしまったようだ。
 魔族討伐組合員のホップは話を続けた。
「冒険の登録ですか? この辺だと、この村から南にある黄昏の洞窟に居座っているモンスターの掃討、などの依頼がありますが。黄昏の洞窟は美味い茸が採れるので、村人は困っているんですよ。ただ、モンスターの質と量が高くて他の冒険者では荷が少し重いみたいです」
 量が多いのは好きではないが、金が第一の俺は重要な事を聞いた。
「報奨金は?」
「三百万カリムです。」
 惑わしの森の魔族討伐に比べると大分下がるが、小遣い稼ぎにはなりそうだ。
 俺は黄昏の洞窟に関する情報を一通り聞いて、本題に入る事にした。
「今日来たのは、惑わしの森の冒険に出発するからなんだ」
「惑わしの森ですか? この村の北にある森ですよね?」
 組合員も驚いているようだが、この建物にいる他の冒険者にまで聞こえたらしく、辺りでザワザワと話声が聞こえ始めた。
「さすがだ……」や「調子に乗るなよ……」などの様々な声が聞こえてくる。
「ああ、そうだ」
 俺は組合員に対して怒りの気持ちを込めて言ったつもりだったが、全く伝わらなかったようだ。
「さすが、レッド・ツイスターと呼ばれるだけはありますね。あのモンスターの巣窟に殴り込む訳ですね」
 出来ればモンスターを相手にせずに、魔族のみを倒したいものだが。
「惑わしの森に関する情報を教えてくれ」
 ホップは資料の束をめくりながら、細かく説明してくれた。
 まず、既に知っていた事だが、惑わしの森にはモンスターがウヨウヨ徘徊しており、そのモンスターの全ては魔術師に操られているという。
 魔術師の名前はデール。噂通り魔族だ。
 惑わしの森の中にある屋敷に住んでいて、その屋敷自体はレベルの高いモンスターに守らせている。
 俺はデールの顔写真を受け取った。
 髪は緑色で腰位までの長さ、眼は白目の部分が赤で黒めの部分は人間と同じ黒だ。
 年は俺と同じ位に見えるが、俺よりも何倍もの時を生きているに違いない。
「それでは、インスペクターを渡します。ミッションの成功を祈ります」
 ホップは魔族討伐組合お決まりの台詞を言うと、更にお決まりのインスペクターを渡してきた。
 ちなみに俺が受け取ったデールの顔写真は、以前デールに挑んだ冒険者が持っていたインスペクターを通して、映像を写真に収めたものだろう。インスペクターにはそういう機能もある。
 その冒険者がどうなってしまったかは、あまり考えないようにしているが、俺は後任のための映像を残してやるつもりはない。
 俺は自分の担当の仕事を終え、リフレッシュ・ハウスに戻ってきた。他のメンバーはまだ買い物をしているようだ。
 暫くすると、秋留と、荷物を抱えた召使いの爺やのようなジェットが部屋に入ってきた。
「あれ? カリューはまだ帰ってきてないんだね」
「あいつはいつも要領が悪いからな」
 俺がカリューの悪口を言っていると、目の前を風が吹き抜け、俺の真横にある部屋の柱に短剣が突き刺さった。
「誰が要領が悪いって?」
 部屋の入り口にはカリューが立っていた。
「お前の新しい短剣だ。黒の短剣探すの大変だったんだぞ!」
 カリューは買ってきた荷物を床に置き、ベッドに腰を下ろしながら言った。
 俺は柱に刺さった短剣を抜いて鞘に収め、腰の後ろのベルトに装備した。
 黒い剣、という事でカリューとお揃いな感じがして余り嬉しくないが、短剣の代金はカリュー持ちだったため、深く考えないようにした。
 パーティーのメンバーはとことん金に執着心がないらしく、他のメンバーの分の買出し分も自分で払っている。
 俺が魔族討伐組合の登録の役を選んでいるのは、金を使わなくていいからだったが、ジェットと食料の買出しに行っている秋留も、ジェットに金を払わせているようだ。
「さて、準備も整ったし、今日は飯食って早めに寝て、明日朝早くに出発するぞ」
 カリューに促され、俺達は宿屋の食堂で夕食を取った後、風呂に入ってから早めにベッドに潜り込んだ……。