友だちクジ
角川つばさ文庫『世にも奇妙な商品カタログ(1)』収録作品です。
角川つばさ文庫公式サイト → https://tsubasabunko.jp/product/catalog/321809000128.html
近所にある小さな駄菓子屋は、「友だちクジ」を売っている。
当たりが出たら「友だち」を一人もらえるクジ。
トモコは、そのクジの当たりを、なんとしてでも引き当てたかった。
トモコは、友だちがほしかった。今いる二人の友だちとは別の、新しい友だちが。だって、今いる二人の友だちは、その二人だけが ”親友”で、トモコはその二人にくっ付いているだけの、”ただの友だち”だったから。
トモコたち三人組は、本当は三人組ではなくて、二人組、たす、一人ぼっち。
まったく、面白くない話だ。
三人、というこの人数が、トモコは大、大、大嫌いだった。だって、友だち同士で楽しくおしゃべりするために、二人、という人数はぜったいに必要だけれど、三人目からは、べつにいないならいないで問題ない。
げんにあの二人は、トモコがいなくたって、二人きりで仲よくおしゃべりしたり遊んだりしてしまう。いや、それどころか、トモコがいっしょにいるときでさえ、いつの間にか二人の間でだけ話が盛り上がって、トモコは一人、そのおしゃべりの中に入ることができず、二人のそばでただぽつねんと黙りこくっているしかない、なんてこともよくあるのだ。そんなふうになるたびに、トモコは二人から、「あんたなんて、べつに、いてもいなくてもいいんだからね」と言われているような思いがした。
トモコだけが、親友じゃなくて、ただの友だち。
トモコだけが、はみ出しものの、余りもの。
そのことを思い知るたびに、トモコは目に涙をためて、ぎゅっとこぶしを握って、くちびるをとがらせる。
くやしい。
それもこれも、自分があとから二人と知り合った、転校生だからだ。
三人のうちで、自分だけが「親友」になれない理由を、トモコはそう考えていた。
あの二人は、トモコがこの町に引っこしてくる前から、仲のいい友だち同士だった。二人はもとからの友だちで、トモコはそこにあとから入ってきた、新しい友だち。あとからの友だちは、もとからの友だちにはかなわない。そういうことだろう。そうに違いない。
もしも、自分のほうが先に、二人のうちのどっちかと出会っていたら。出会った順番さえ違っていたら、そしたらきっと、自分のほうが、二人のうちのどっちかと親友になっていたはずなのだ。
でも、出会った順番なんて、今さらどうしようもない。
だから、トモコはなんとしても、友だちクジの当たりを引きたかった。
自分が出会う前から「親友」になっている二人の友だちなんて、もういらない。
それよりも、クジを当てて、自分だけの友だちを手に入れるのだ。その子にとっては、自分が生まれて初めてできる友だちだから、自分とその子は、きっと本当に仲のよい「親友」になれるだろう。
それを考えると、トモコの心はわくわくと弾んだ。
+
友だちクジを引くために、今日もまた、トモコは近所の駄菓子屋にやってきた。
店の中にごちゃごちゃと並んだいろいろな駄菓子と、それを選んでいる子どもたちを横目に、トモコはまっすぐ、レジの横のクジ引きコーナーへと向かう。短い割りばしの付いたみずあめも、小袋に入ったスナックラーメンも、赤茶色のコーラグミも、水色のソーダグミも、なめていると色が変わる飴玉も、カラフルな細長い棒ゼリーも、平べったい木のスプーンが付いたヨーグルトも、透明なケースにたくさん詰め込まれたキャンディーや、甘辛いイカの足も、小銭の形をしたチョコレートも、オレンジ味やブドウ味の粉末ジュースも、ぜんぶ素通りしていく。トモコの目当ては、友だちクジただ一つだけだ。
レジの横には、いくつかのクジの箱が並んでいる。
トモコは、レジの向こうに座る店主のおばあさんに、
「友だちクジ、一回」
と、声をかけた。
「はい、はい。友だちクジは、一回百円ね」
おばあさんはそう言って、トモコの手から百円玉を受け取る。
トモコのおこづかいは一日に百円と決まっているので、友だちクジは一日一回しか引けないし、それを引いたら、その日はもうほかのお菓子も買えなくなってしまう。それでも、トモコは毎日のようにそのクジを引いていた。
だけど、友だちクジの当たりはなかなか出ない。今までに、もう何十回も引いているのに、トモコのクジはいつもハズレばっかりだ。
今日もまた、トモコはどきどきしながら、クジの箱に開いた丸い穴に手を突っ込んだ。
駄菓子屋のクジには、三角に折られた紙のクジや、ひも付きアメのクジや、いろんなクジがある。トモコの目当ての友だちクジは、ガムのクジだった。穴の開いた箱の中には、丈夫な銀紙に包まれた円ばん型のガムが、たくさん入っているのだ。
箱の中のガムの色は何色もあるけれど、この店の友だちクジの場合、当たりのガムは白色だけ。ほかの色は、赤でも、青でも、緑でも、紫でも、ぜんぶハズレだ。二等賞とか三等賞とか、そういうのはないのである。
トモコは、箱の中をガサゴソとあさって、ガムの包みをあっちへこっちへしばらくかき分けたあと、ようやく一つのガムをつかんで取り出した。
四角い銀紙の真ん中が、ガムの形にぷっくり膨らんでいる。この銀紙を破れば、中に入っているガムの色がわかる。
トモコはごくんとつばを飲んで、ギザギザになっている銀紙の端に切れ目を入れ、包みを破いた。
中から出てきたガムの色は、赤色だった。
「あら、ざんねん。赤いガムはハズレだね」
トモコの引いたガムをのぞき込んで、店主のおばあさんは言った。
トモコはがっくりと肩を落とし、大きなため息をついて、赤い円ばん型のそのガムを、ポイと口の中に放り込んだ。
+
ハズレのガムを噛みながら、トモコは家への帰り道をたどる。
友だちクジのガムは、フーセンガムだ。トモコは、口の中でやわらかくなったガムを、舌にかぶせるようにして薄く延ばし、息を吹き込んだ。ぷくーっと膨らむ、薄い桃色のフーセンガム。それをパチンとはじけさせて、空気に冷やされたガムを、またもぐもぐと口の中に入れる。
ああ。このガムが、当たりの白いガムだったらいいのに。
今噛んでいるのは、いったい何十個目のハズレガムだろうか。あの駄菓子屋の友だちクジは、本当になかなか当たらない。
いっそのこと、もっと当たりが出やすい店でクジを引こうか、とも考える。友だちクジを売っているのは、何もあの駄菓子屋だけではないのだから。
でも、あの駄菓子屋の友だちクジは、当たりが出にくいぶん、すごく賞品が良いらしいのだ。
当たりの出やすいクジは、そのぶん、賞品がろくなものじゃなかったりする。友だちクジも、下手に当たりの出やすい店でクジを引くと、ぶさいくでみっともない友だちが当たったり、いらいらするほど頭の悪い友だちが当たったり、いじわるで乱暴な友だちが当たったりすることもあるという。たとえ当たりを引くのが簡単でも、そんなクジはぜったいに引きたくない。
どうしたものかと悩みながら、トモコは、もう味のしなくなったガムをぎゅっと噛んだ。
と、そのとき。
トモコの耳に、ころりん、からりん、という音が聞こえた。
顔を上げて振り向くと、横道の坂の上から、何かが転がり落ちてくるのが目に入った。
それは、大きな金色の鈴だった。スイカほどもある大きさの鈴が、ころころりん、からからりん、と、歌うような不思議な音色を奏でながら、転がってくる。
やがて、坂を下りきったその鈴は、しばらく平らな道を転がって、道路の横にある川の手前で、水たまりのあとの窪みにはまり込んで、ようやく止まった。
トモコは、思わず鈴に駆け寄って、それをじいっと見下ろした。鈴は、先ほど奏でた音色の余韻を、まだかすかに震わせていた。
吸い寄せられるように手を伸ばし、トモコは鈴を拾い上げた。両手で抱えなければ持てないほどの大きな鈴は、ピカピカと黄金色に光り輝き、目の前に持ち上げるとまぶしいほどだ。
いったい、この鈴は、どこから転がってきたんだろう。
トモコが首をかしげたとき、坂の上から、「おーい」と男の声がした。
「やあ、やあ。鈴を拾ってくれたのかい。ありがとうよ、おじょうちゃん」
そう言いながら坂を下りてきたのは、見覚えのある顔のおじさんだった。
少し考えて、トモコは思い出した。
そうだ。この人は、鈴屋さんだ。学校帰りの道で、ときどき露店を広げて、色とりどりのきれいな鈴や、いろんな音の鳴る鈴を売っている、行商のおじさんだ。この人の売っている鈴を見るたびに、トモコはどれか一つでもほしいと思うのだけれど、クジのせいでお金がなくて、いつも見るだけで買えずにいるのだった。
「この大きな鈴は、鈴屋さんの落し物なの?」
トモコが尋ねると、鈴屋さんは、顔の汗を拭きながらうなずいた。
「ああ、そうだよ。それは、お祭で使う大事な鈴なんだ。この先の神社まで運ぼうとしていたところを、うっかり落としちまってね。さあ、こっちに返しておくれ」
にこにこと笑顔を浮かべ、鈴屋さんは、トモコに向かって手を差し出す。
しかしトモコは、鈴を両腕で隠すように抱え込み、鈴屋さんに背を向けた。
それを見た鈴屋さんは、驚いた声で言った。
「おい、おい。どうしたんだい。鈴を返してくれないつもりかい? 困るよ、おじょうちゃん。そのこがねの鈴がないと、祭が始められなくなっちまう。そいつは、ほかのものには代えられない、とっても大事な鈴なんだ」
ひどく困った様子の鈴屋さんを、ちらりと横目で見やり、トモコはほくそ笑む。
しめしめだ。これは、よい拾い物をした。
「鈴を返してあげてもいいけど……。その代わり、この大事な鈴を、鈴屋さんの持ってるほかの鈴のどれかと、交換してくれない?」
そう言って、トモコは、くるりと鈴屋さんのほうに向きなおった。
鈴屋さんは、トモコの言葉に、戸惑った顔で問い返した。
「タダじゃあ、鈴を返してくれないってのかい?」
「そうよ。だって、わたしが拾わなきゃ、この大事な鈴が、そこの川に落っこちちゃうところだったのよ? お礼くらい、してくれたっていいじゃない」
本当は、トモコが拾う前に、鈴は川の手前で勝手に止まった。でも、そんなこと、鈴屋さんは知らないのだ。
鈴屋さんは、腕を組んで、うーんとうなった。
そして、少し悩んでから、「仕方ないなあ」とため息まじりにつぶやき、背中にしょった木箱を地面に下ろした。
木箱の中から、鈴屋さんは、二つの鈴の根付を取り出した。
サクランボくらいの大きさの二つの鈴は、どちらも同じ形をした、色違いのものだった。片方は、きらきらと光る銀色の鈴。もう片方は、にぶく光を照り返す、かすかに青みがかった黒い鈴だ。
「これは、幸運を呼ぶおまじないの鈴だ。こっちがしろがねの鈴で、こっちがくろがねの鈴。この鈴を鳴らすと、その音が幸運を呼び寄せる。ひとたびオレのもとから離れれば、そのあと鈴を鳴らせるのは、たった一度きりだがね」
言いながら、鈴屋さんは、二つの鈴を順番に鳴らしてみせた。
しろがねの鈴は、ちりん、ちりん、と涼やかな音を鳴らして揺れた。
くろがねの鈴は、ころん、ころん、と丸みのある音を鳴らして揺れた。
「おじょうちゃんには、たしかに大事なものを拾ってもらったからね。特別に、この幸運の鈴のどっちか一つを、お礼にあげよう。さあ、どっちの鈴にするか、選んでおくれ」
そう促されて、トモコは、二つの鈴をじっと見つめる。
それから、鈴屋さんの顔を見上げて、こう尋ねた。
「しろがねの鈴と、くろがねの鈴は、どう違うの? どっちも、幸運を呼ぶ鈴なのよね。ただ、色と音色が違うだけ?」
「いいや、そんなことはない。しろがねの鈴とくろがねの鈴とでは、それぞれ呼び寄せる幸運の大きさが違う。しろがねの鈴は、大きな幸運を呼び寄せる。くろがねの鈴は、それよりもささやかな、小さな幸運を呼び寄せる。おじょうちゃんは、どっちの鈴がほしいかね?」
それを聞けば、何も迷うことはなかった。
ささやかな小さな幸運よりも、どうせなら、大きな幸運のほうがいいに決まっている。
「しろがねの鈴がいいわ。そっちをちょうだい!」
大きな声でそう告げると、鈴屋さんは、「そうかい」とうなずいた。
鈴屋さんは、木箱から短冊状の紙の束を取り出し、そこから取った一枚の紙切れを三つ折りにして、しろがねの鈴の底の隙間に押し込んだ。鈴屋さん以外は一度しか鳴らせない鈴だというから、使うときがくるまで、勝手に音が鳴らないようにするためだろう。
そうして、鈴屋さんは、トモコにしろがねの鈴を渡した。
それと引き換えに、トモコは、鈴屋さんにこがねの鈴を返した。
「ありがとうよ」
こがねの鈴を受け取り、鈴屋さんは、木箱を背負って立ち上がる。
「なあ、おじょうちゃん。鈴を拾ってくれたことには感謝する。けどな、何事も、あんまり欲ばってると、ろくなことにはならねえぞ」
立ち去りぎわに、鈴屋さんは、ぽつりとそんなことを言い残した。
けれど、幸運を呼ぶ鈴を手に入れて、すっかり浮かれ気分になっていたトモコは、鈴屋さんの言葉などまったく気にも留めなかった。
+
次の日。トモコは、うきうきとした足取りで、いつもの駄菓子屋へとやってきた。
店に入って、いつものように、まっすぐレジの横のクジ引きコーナーに向かう。
でも、今日のトモコは、いつものトモコではない。だって、鈴屋さんにもらった、幸運を呼ぶしろがねの鈴を持っているのだから。
しろがねの鈴の音色は、大きな幸運を呼ぶ。
この鈴を鳴らして友だちクジを引けば、なかなか当たりの出ないこの店のクジでも、きっと当たりを引けるだろう。もしかしたら、今まで誰も引いたことがないような、大当たりの友だちが手に入るかもしれない。
期待を胸に、トモコは、店主のおばあさんに百円玉を渡した。
そして、しろがねの鈴から紙切れを引きぬき、ちりん、ちりん、と鈴を鳴らしてから、友だちクジの箱に手を突っ込んだ。
しろがねの鈴があるからと、今日は迷わず、いちばん最初に手に触れたガムをつかんで、それを引く。
どきどきしながら、ガムを包んでいる銀紙を、ゆっくりと破る。
はたして、中から出てきたのは、赤でも青でも緑でも紫でもない、はじめてこの目で見る、真っ白いガムだった。
「おや、おめでとう。白いガムは当たりだよ。運のいいおじょうちゃんだね」
店主のおばあさんが、そう言ってにっこり笑った。
トモコの顔にも、知らず知らずのうちに、にやけた笑みが浮かんでいた。
やった。ついにやった。夢にまで見た当たりの白いガムだ。しろがねの鈴は、間違いなく幸運を呼んでくれたのだ。
トモコは、引き当てた白いガムを、すぐさまその場で口に入れた。
もぐもぐもぐ。はやる気持ちを抑えながら、しばらくじっくりガムを噛む。そうして、じゅうぶん柔らかくなったガムを、ぷうーっと思いきり膨らませる。
すると、ガムのフーセンは、どんどんどんどん膨らんで、あっという間にトモコの背丈よりも大きくなった。
そのフーセンがパチンとはじけると、割れたフーセンの中から、一人の女の子が現れた。
水色のワンピースを着た、トモコと同じくらいの歳の女の子。
その子は、髪が長くて、肌が白くて、とてもかわいらしい顔立ちをしていた。トモコのほうを向いて、にこりとほほえんだその顔は、明るくて、優しくて、頭だってよさそうに見えた。
こんなすてきな子が、今から、わたしの友だち!
わたしだけの、親友!
トモコはもう、どうしようもないくらいにうれしくなった。
女の子に笑い返して、トモコは、少し照れながら口を開く。
「あの、わたし、トモコっていうの。あなたの、お名前は?」
ところが、女の子は、それには答えなかった。
女の子は、片手で口元を隠しながら、ちょっと待ってね、というようなしぐさをしてみせた。
かと思うと、その子は口をもぐもぐと動かして、その口の中から、ぷくーっと白いフーセンガムを膨らませた。
大きく大きく、女の子の背丈をも越えて膨らんだフーセンガムが、パチンとはじける。
割れたフーセンの中からは、また一人、トモコと同じ年頃の女の子が現れた。
その子は、オレンジ色のシャツを着た、髪の短い女の子だった。水色のワンピースの子とはぜんぜん雰囲気が違うけれど、こっちの子も、やっぱりとてもかわいらしい顔立ちの、明るくて優しそうで、頭のよさそうな女の子だ。
ぽかん、とあっけに取られているトモコに、店主のおばあさんが、にこにこと笑ってこう言った。
「おや。おじょうちゃんは、ものすごく運がいいんだねえ。おじょうちゃんの引いたガムは、大当たりのガムだよ。大当たりが出たから、特別にもう一人、友だちをプレゼントだ」
それを聞いたトモコは、手に持っていたしろがねの鈴を、ぽとりと床に落とした。
そんなトモコの前で、フーセンガムから出てきた二人の「友だち」は、お互いに顔を見合わせてほほえみ合った。
それから、いっしょにトモコのほうを振り向くと、
「これから、どうぞよろしくね。三人で仲良くしようね、トモコちゃん」
と、声をそろえて言った。
三人で――。
ああ、と、トモコは力なくうなだれる。
その人数に、トモコもう、今からいやな予感しかしなかった。
-完-