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少年少女はすぐに死ぬ 作者:七森吐息

第一章 少年少女は死にたがり

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8 死後の世界で指きりげんまん


「で、今回の皆森弓名は斬殺、いや惨殺されてここに来たんだね」
 きみは良い子だねえ、と僕の膝の上に座りながらコハクが言う。
僕が約束を守ったおかげで今日のコハクはとても上機嫌だった。
「それにしても失敗したよ。あんなに隙だらけだったのに、あの人全然殺そうとしないなんて」
「きみがあんな顔しているからだよ。あの場面で普通は笑えないね」
「仕方ないさ。黒い人はとても必死だし、一応、僕だって期待してしまうからね」
 ――もしかしたら死ねるんじゃないかって、ね。
それが僕の誰にも知られてはいけない秘密。
 人は死んだらいきなり天国や地獄へ行けるわけではない。
まずはここ。今、僕がいるこの世界へやって来る。
ここに来る人間はなぜかみんな目が空ろで感情がない。コハクの話ではどうやら心が死んでしまっているらしい。心が死んだ彼らに残っているのはたった一つの本能だけ。
――世界から消える。その為に扉を開けることだ。
 扉の向こうに何があるのかを僕はまだ知らない。
さっきのおじさんみたいに光の世界が開くこともあれば、後ろにいたお姉さんのように深淵のような真っ暗な世界が開くこともある。
ここは死の境界。人間は扉の向こう側へ行くことで本当の死を迎えることができる。
そして僕は死にたくて仕方がない。
 だけど僕は死ねない。死にきれない。
どうしてか僕だけ扉を開けることができないのだ。
 だから僕はいっぱい死んだ。試すように色んな死に方をして、ここへやって来ては扉を叩いた。何回も何回も。でも全然ダメ。僕の扉は開く気配を少しも見せてはくれない。
「皆森弓名は本当に変わっているよね。扉は開かないし、心も生きてる。それにぼくのことも視えるなんて――すごいことだよ。ふふ、きみって本当に人間なのかなあ?」
 無邪気に。人間じゃない彼女はそんなことを言った。
「どうなんだろうね……」
 コハクをそっと抱きしめてみた。
小さい体躯。彼女の鼓動が聴こえる。優しい暖かな音。
「きみは可愛いやつだな」
コハクは軽口を叩いて僕の頭を撫でる。この小さな手に、このあどけない表情に、僕は何度救われただろう? 死んでは絶望。励まされては、また渋々生きる僕のつまらない人生。その程度で済んでいるのは間違いなく彼女のおかげだった。
コハクがいたから――僕の心は人間で在り続けることを拒まずにいられるんだ。
死にたいくせに、出席日数を気にして、秘密を守ろうと動くことができる。
――もし、コハクまでいなくなってしまったら僕は…………、
「ぼくは絶対にいなくなったりしないよ」
僕はどきりとして顔を上げると、コハクは「皆森弓名が死ぬまでずーっといっしょ」と微笑んだ。僕は顔を伏せ、コハクの身体をぎゅっと抱きしめた。
嬉しくて、照れ臭くて、泣きそうになって。でもコハクに気付かれたくなくて、
「……そ、それにしてもコハクは全然成長しないね。胸なんかつるぺただし」
 はぐらかすように意地悪を言ってしまう僕だった。この天の邪鬼。
そして僕の言葉を受けてコハクの鼓動は大変乱れた。それはもうバクバクしていた。
「み、皆森弓名はおかしなことを言うね。ぼくは確かに成長しないけど、でもおっぱいはちゃんとあるんだぜ」
「……ああ、本当だね。これって年齢の割には大きいよね」
「そうだろう。ぼくのささやかな自慢だよ……ってきみ、何をしているのかな?」
 コハクの表情が固まる。カチカチ。めずらしく薄笑いだ。
「嘘はいけないからね。確かめているところだよ」
「嘘つきはきみだろ! つーかさわるなーーーー!」
 僕の顎を小さな拳が打ち抜いた。目から火花が飛び交う。予想外の下からの攻撃に僕は舌を噛む。僕の手がゆるむとコハクは脱兎の速さで離れていった。
そ、そこまで離れなくてもいいじゃないか。
「痛いんだけど……」
 コハクは顔を真っ赤に紅潮させて小刻みに震えていた。
「皆森弓名は最低だよ。いきなり女の子のおっぱいをさわるなんて! いやそんなもんじゃない! あれは揉んでた。揉みしだいていたよね? 皆森弓名のバカっ! 変態!」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。『さわった』であってる。だいたい、揉みしだく程もないくせに何言ってんだか」
「あ、あるもん! あるんだもんっ! つーか開き直ったね、皆森弓名。きみがそんな奴だとは思わなかったよ」
「そんなに軽蔑することなのかな? これぐらい普通だと思うんだけど。ていうか僕と君は彼氏彼女の関係なんだろ? だったら別にいいじゃないか」
 コハクは涙目になって狼狽している。ちょっと罪悪感……。
「うう、そうだけどぉ……ぼくにも心の準備が……って何を言っているんだよッ!? ぼくに欲情しないでよ、皆森弓名! これはきみの世界では犯罪だよ! 警察のお世話にはなりたくないだろう!」
「いやいや。僕にそんな法は適用されません」……多分、ね。
 ていうか何この展開? もっと軽い笑い話で済むはずだったのに……。
そんな目で見ないでくれよ。心が何か擦り切れそうになるから。
「あのね、コハクさん……」
「何だよ、ぼくを襲う気かい? わかったよ。どうせこの世界に警察はいないんだ。きみの好きなようにすればいいじゃないか!」
 ……重症だった。ここが断崖。ここで言わなきゃ勘違いが本物になってしまう。
「コハク、落ちついて聞いてね」
「何だよ……」
「僕は君の可愛さにはときめいているけれど、欲情はしない。ていうか無理だよ。僕はこの通りだし、ましてや、そうゆう趣味もないからね」
 コハクの動きがぴたっと止まる。薄笑いの顔でコハクが僕を見た。
「……? ぼくはきみの恋人だよ。ムラムラしたりしないの?」
「しないよ。するわけないじゃん。僕、君の言うところの変態じゃあないしね。だから安心してよ、コハク。僕は絶対に君を襲わない」
「絶対、に………?」
コハクの顔が一気に蒼白し、足元がふらつきだした。大変。貧血かな。
僕はコハクの元に近づいて彼女の身体を支えてあげる。
すると再度、コハクの顔が紅潮し悲鳴を上げるように叫んだ。
「皆森弓名のバカぁーーーー!」
 なぜかコハクは本気で怒りだし僕の身体は赤色に染まった。君、難しいよ。

 あれからコハクは僕をボロ雑巾にしておいて尚もご立腹だった。
「ううっ……悔しいよ。絶対っ、絶対に大きくなってやる。皆森弓名! 今度来るときはお土産をよろしくだよ。そう、牛乳だ。イソフラボンパワーがぼくには必要なんだ」
「…………」
露骨に嫌そうな顔をすると、コハクは口角を吊り上げ、僕の鼻先に指を押し付けた。
「あはは。そんな殊勝な顔されるとこっちも嬉しくなっちゃうなぁ。気分が良いからちゅーでもしてあげようか? あ、皆森弓名はぼくに興奮しないんだっけ。じゃあされても迷惑だよねー」
 すっごく怒ってる。顔にニコニコを貼りつかせて、嫌みでちくちく僕を攻撃してくる。
「きみはいつも気が利かないからね。いいかい? ぼくは一本じゃ足りないよ。最低でも五本は用意してくれないとぼくは嬉しくなったりはしないからね。分かったかな?」
「分からないし、ていうか嫌だよ。君この状況でよくそんなことが言えるね」
 さっきまでの悪口雑言の数々、僕は忘れないぞ。
「ふーん。皆森弓名は嫌なんだ?」
 コハクは悪童めいた笑いを浮かべると、口から呪詛のような言の葉を流し始めた。
ううっ、本当にひどい奴だ……。僕は早々と手を上げ降参する。
それは過去の恥。
昔のことを語るコハクはすごく楽しそうだけど、僕はそれどころじゃない。もう赤面。今すぐ扉の向こうに消えたくなってしまう。何やってんだ、昔の僕め。
「…………にしてもお土産、ね」僕はこめかみをトントンと叩く。
この世界に物を持ち込む方法はたった一つ。死んだときに手で握り締めておくこと。
これは簡単なようで中々に難しい。即死でなければ人間は心臓が動かなくなる前に意識が消え、結果手の力が抜けてしまい持って来られないことが多々あるのだ。
ましてや……、
「牛乳……僕に乳製品、片手に死ねと言うのか?」
「いいじゃないか。ヨーグルトにまみれて死んでよね」
 コハクはとても冷たかった。そんな死に方あんまりだ。
「それにしても屈辱だよ。いいかい? ぼくがイソフラボンパワーで大きくなったらきみは悶死確定だよ。きっと年中発情中のダメ人間になるだろうね。あー、今想像しただろ? エッチな目で見ないでくれよ。今さら後悔しても遅いんだよー。ふん、だ!」
「しないし。ていうか君、成長できないだろ」
 僕の言葉を冷然と無視し、コハクはそれからも乳製品への愛と僕への怒りを歌うように語り続けた。ていうかイソフラボンが入っているのは豆乳なんだけどね。
何でも知っているくせに妙に抜けている。まったくバカな子だよ。ははっ。可愛い。
 ――それから頭を寄せ合って、僕たちは色々なことを話し笑い合った。
 他愛のない話。物語のような作り話。ちょっと真面目な話。コハクの表情は四季のようにクルクルと入れ替わり、僕はそんなコハクを見ているだけで楽しかった。
楽しいは久し振りの感覚。
 ――けど、楽しい時間はあっという間に終わってしまう。もっと一緒にいたいのにね。
 僕は軽く咳払いをして言いだす覚悟を決める。
「コハク……ごめん。そろそろ帰るよ。僕の身体も心配だしね」
「えっ……もう………帰っちゃうの?」
それだけ口から絞り出すと、コハクは不機嫌そうに口を結びそっぽを向く。
 僕は慌てた。でも、かける言葉は何も出てこない。僕も同じ気持ちだったから。
 コハクの機嫌を治すのにはわけがある。
僕はコハクの力を借りないと元の世界に帰れないからだ。二十四時間経てば自動的に帰れるらしいけど、今日はそんなにのんびりできる時間はない。
僕の死体が発見されてしまうから。死ぬのは予定外だったからね。
「ごめん。ごめんね、コハク……」
 今にも泣きそうな顔のコハクに僕は頭を下げ続けた。
 コハクは小さな声で「仕方ないね……」と呟くと、僕の顔の前に指を立てた。
「わかってるよね、皆森弓名。約束破ったら絶交だからね」
「わかってるよ。一週間後、また逢いましょう、今度はお土産持参でね」
 コハクは一瞬だけ寂しそうな表情を見せると腕を組み、うんうんと頷いた。
僕が帰れば、コハクはまた一人だ。誰もいない孤独な世界に一人っきり……。
ああもう。
僕はコハクの手を掴み、小指を絡ませ合う。コハクの顔が少し赤くなる。
「どうせ僕はすぐに死ぬんだ。寂しい思いはさせないよ」
「きみの言葉なんか当てになるもんか……でも、待ってる」
 彼女が笑う。いつものように幸せそうに、にっこりと。
 コハクが僕の顔の前に小さな手をかざす。その途端、僕は強い眠気に襲われる。瞼が重い。コハクの姿が視界から消える。いつものように声が聞こえる。――暖かな声が。
「おやすみなさい。皆森弓名」
 そして僕は眠りにつく。目が覚めたら僕の世界に到着だ。ああ、起きたくない……。
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