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少年少女はすぐに死ぬ 作者:七森吐息

第一章 少年少女は死にたがり

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6 殺人鬼さん


「飲み過ぎた……」
結局七杯ものお茶を飲むことで解放された僕はそれから急いだ。
銀華さんに貸してもらった傘を杖代わりにして、のたのた歩いて、ようやく到着。
時間は七時十五分。完全に遅刻だった。別にいいや、と開き直る。足も痛いし。
「ていうか、どこにいるんだろう……」
星ノ海公園はとても広い。その広さは野球とサッカーとバスケが同時にできてしまうぐらいだ。さらに遊具も充実している。
なのに昼間でも人がほとんどいないって結構すごいことだと思う。
その理由をいくつか紹介すると、まず単純に遠い。学校が終わってから遊びに来たらすぐに日が暮れてしまう。次に遊具同士の距離が離れすぎている。滑り台とブランコの距離を五十メートル以上離す意味なんてあるのかな。と意味不明の目白押しなのだ。
鳩もいないこの公園はいったい誰の為に存在しているのだろう?
それから僕は足を引きずって歩きまわった。
待ち合わせ場所をこの公園にしたせいでまったく相手が見つからない。シーソーの前だとか決めてくれないと困る……帰りたいなあ。
公園に入ってから十分。誰にも遊ばれない遊具を四つ通り過ぎて、五つ目。
子供の城、ジャングルジムの前にそいつはいた。
黒尽くめの服装で身を包み、顔はフードを深く被っていてよく見えない。黒いブーツに革の手袋。身長は僕と同じくらいで、線は細い。この人が僕を呼び出した人物なのだろうか。それにしてはあまりにも味気ない服装だ。
まるで人を襲うための格好じゃないか――デートらしいのに。
「こんばんわ。あなたが僕のデートのお相手ですか?」
返事はない。気味の悪い呼吸音だけが僕の耳に届く。
「質問を変えます。あなたは僕の秘密を知っていますか?」
 返事はない。荒い息遣いだけが僕の鼓膜を刺激する。
「最後の質問です。あなたは人を殺したことがありますか?」
 返事はないが変化はあった。相手はわなわなと唇を震わせ、口から悪意が垂れ流す。けらけらと不気味な笑い声が辺り一面にこだまし、夜の無言を突き破った。
「……うん。めんどくさ」僕は溜め息まじりに呟く。
どうやら人違いみたいだ。昨日の電話の人間の声じゃない。
ていうかこの人は誰? いやいや何言ってんの、僕? そんなこと出会った瞬間から分かっていたじゃないか。どこの世界にナイフ片手にジャングルジムと戯れている人間がいるっていうのさ? 危ないよ。もしそんなやつがいたら僕は絶対一緒に遊びたくない。ていうか僕をオモチャにして遊ばれてしまいそうだ。きゃーっ!
と、焦ってもいないのに焦った風に思考をまとめてみた。
ふふふ。この行為に特に意味はありません。
でも……まさか本当に会っちゃうなんてね……殺人鬼さん。
さて、僕が殺人鬼の凶刃から逃げきれる確率ってどれくらいかなぁ。普段なら六割、七割。でも今は足を挫いてしまっているから、どう高く見積もっても二分くらい……?
結論。無理そう。うむうむ、どうしたものかなぁ……。
そんなことを考えていたら、ふいに笑い声が止まった。
黒い人に目をやると唇を噛みしめ不快感をあらわにしていた。
僕はカクンと首を傾げると、舌打ちの音がした。
黒い人はナイフを僕に向け、急速に距離を詰めてきた。殺る気になったらしい。僕も僕で武器になりそうなものを……っと、傘か。これは銀華さんに返さなきゃいけないから使えない。ポイと放り投げる。武ー器、武ー器。
カバンを漁れば鉛筆ぐらいなら出てくるだろうけど果たして待ってくれるかな。
「すいません。タイムで」
 僕の提案をさらりと無視して黒い人はナイフを突き出してくる。黒い人の動きはそんなに速くはないけど手慣れていた。さすが三人も殺しているだけはある。
ああ、僕で四人目なのか。
 目の前にナイフが迫ってくる。狙いは顔だろうか? ぐちゃぐちゃの顔の自分を想像してみる。ちょっと落ち込んだ。
「……もう少し綺麗に死にたかったなぁ」
僕は上半身を後ろに反らしてナイフをかわし、そのまま仰向けに倒れ込んだ。空を切ったナイフの銀色が僕の目に差し込んで涙が……。嘘。ただ足がすごく痛かった。
 黒い人の動きが止まる。かわされたことよりも、僕の行動に戸惑っているみたいだ。
「どうしたんですか? 僕を殺すんでしょう?」
 その言葉で本来の目的を思い出したように黒い人は僕の上に跨った。黒い影に覆われて、星が姿をひそめてしまうと、銀色がきらめいた。
黒い人がナイフを振り上げる。
ああ、僕の人生はここで終わりか。あー馬鹿らしかった。
他人事のように腹を決め、大人しくぼんやりとしていると黒い人が何か喋った。
それからそのままの体勢で吟味するように僕を見下してから、何故かナイフの柄の部分で僕の頬を殴りつけた。口の中に赤い味が広がる。
 なるほど、いたぶる気か。僕としてはもっと楽に殺して欲しいんだけどね。
 ――それからも殴打の雨は降り続けた。……僕のわがまま聞く気なし。
痛みは既に感じていなかった。そんな感覚はもうとっくに通り過ぎていたから。
黒い人はしきりに何かを呟きながら僕の命をじわじわ削る。
他にすることもないので僕は耳に意識を集中させると。
「―――――――笑うな」って聞こえた。
おやおや、僕って今笑っているのか。まったく、殺されかけているのに笑うなんてそりゃ相手も怒るよ。そこは空気を読んで欲しいよねー、僕の顔。あっはっは。
自分の顔のつまらなさに嘆息してみたら口から赤が飛び出した。……仕方ないなあ。
僕は終わらせる為に力を振りしぼり、声を吐き出した。
そこに僻みと不満も込めて。
「げほっ、いい加減痛いんですけどー。いつまでこんな不毛なことを続ける気なんですか、あなたは? 僕は何をされてもあなたに恐怖を感じたりはしないし、泣いて命乞いなんかもしませんよ。この程度、僕にとっては日常だ。そう、日常……あーうんざりだ。うんざりした。あなたは僕を刺し殺すつもりなんですよね? じゃあこれで三十七回目ですよ。刺殺からの出赤死は。ありきたり。つまんない。死ねばいいのに。……っぅ、痛いなあ、ていうか何で殴るんだよ? 早く刺せよ。僕を殺したいんでしょう? なら刺せ。貫いて抉って穿って裂いて、僕を早く殺してよ。手を止めるな。震えるな。恐怖なんか感じないで。僕はまったく気にしていないからさ。ったく……こんなやり尽くした手法じゃ期待するのも愚かしいよ。馬鹿馬鹿しい。無意味。僕の死もあなたの行動も全部全部、意味なんかない。だから早く僕を殺して忘れてしまいなよ。そうして明日からまた誰かを襲って欲を満た……あー、何かもう喋るのも面倒だよ。もういい。刺さないんならそのナイフ僕に貸してよ。自分で死ぬから。ほら、貸してったら。大丈夫だって。あなたを刺したりはしないから、がっ……は」
 言い終わると同時に黒い人はけたたましい奇声をあげて僕の胸にナイフを振り下ろした。その一撃は肉を破り神経を切り裂いて真っ直ぐに僕の心筋に突き刺さる。身体から勢いよく赤が噴き出す。そう、それでいいんだ…………痛っ。痛っぅ。
確実な致命傷を与えたのに黒い人は何度も何度も僕を突き刺した。
おかげで目がかすむ。
 遠くで何かが破裂するような音が聞こえた。誰かの声が聞こえる。
音の方向に目をやろうとすると鈍い光が視界を遮った。それは真っ直ぐに僕の眼球に突き刺さり、朧気な僕の世界は完全に夜の帳に包まれる。ひどいことをするなあ。
ああ……耳も遠くなってきた。ていうか削がれた。うーん。あともう少し。
……命ってあっけないね。ナイフ一本でこの通りお手軽に死んでしまえるのだから。

じゃあ……そろそろこの世界にお別れをしよう。
「さ、よ……なら。おや……がぁ……はっ」
喉を貫かれた。ひどいことするよ。末期の言葉くらい言わせて欲しいものだよね。
 感覚が薄れて、薄れて、薄れて……融けていく。
走馬灯を観る間もなく、僕の意識は死に包まれた。あったかくはない。
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