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少年少女はすぐに死ぬ 作者:七森吐息

第一章 少年少女は死にたがり

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4 先輩は可愛い


 九月七日。水曜日。ただいまの時刻、六時ジャスト。
僕は無人の廊下を早歩きで横断しながら、迷っていた。
走って足掻くか、歩いて諦めるかを。
約束の時間は七時。そして星ノ海公園は遠い。学校から歩いても一時間以上かかる。
親のいない僕に車という選択肢はない。ついでに自転車も持っていない。だから歩くしかなく、だから迷っている。歩けば遅刻。走っても遅刻するかもしれない。正直に言うと頑張りたくない。だから走りたくはないのだけれど、遅れるなと念を押されていたりもする……うー、どうしようかと迷うばかりだ。
いまだに決めきれない僕は階段を一番飛ばしで降りていく。
どっちつかずに足を動かす。
誰ともすれ違わない。無言の校舎。どこか寂しい、暗い校内。
 昇降口の下駄箱で靴を履き替え、とりあえず駆け足ぐらいはしようと床を蹴ると、
「待ってくださいっ! みーさん!」
 僕の背中に声が掛かった。その呼び方から僕は見当をつけて振り返る。
 ああ、やっぱり。目の前には顔を真っ赤にした女の子が立っていた。
僕を「みーさん」と呼ぶのはこの人だけだ。
泉銀華さん。茶髪のツインテールに黒衣のセーラー服姿。真っ赤なスカーフ。小柄で小動物を彷彿させる彼女は後輩のように見えて実は先輩で。
そしてこの学校の生徒会長だったりもする。
「奇遇ですね、銀華さん。今日も生徒会のお仕事だったんですか?」
 銀華さんはもじもじと口ごもりながら、俯きがちに「そうです」と答える。
この先輩、普段は小動物の風貌に凛とした気品を湛えているのに、一対一になると何故かその凛々しさが霧散してしまうらしい。ギャップ萌えってやつなのかな。おかげで僕は会う度に頭を撫でたい衝動に駆られてしまう。
僕は辺りを見回す……あれ? 何で他の役員が一緒にいないのかな。ていうか、こんな殺伐とした時期に生徒会の仕事で帰りが遅くなるなんて……。
 僕の疑問に銀華さんは目をまごつかせて、慌て気味に答える。
「えっとですねっ、私、生徒会室でみんなを待っていたらころりと寝ちゃいまして。さっき先生に起こしてもらったんです。それにしてもみんな起こしてくれないなんてひどいですっ。薄情者ですっ」
 なるほど。僕は理解し、とりあえず「ひどいですねー」と同調しておいた。
おそらくその薄情者たちは今日学校に来ていなかったんだろうね。羨ましい。出席日数のストックがある奴はいいよなあ。僕も休みたいよ。
先輩も先輩で早く気付けって感じだけどね。
「それで僕に何か用ですか?」
 急いでいるから、用が無い方がありがたいんだけど……顔を見る限り、何か用があって僕に声を掛けたのは明白だ。銀華さんの潤んだ瞳が僕に協力を訴えかけている。
「あの、帰れないんです……」
「どうして?」
「実は……私の靴がないんです……」
 銀華さんは俯くと、消え入りそうな声でそう言った。
「……ないんですか?」
「はい……みーさん。私……誰かに嫌われるようなことしちゃったんでしょうか……」
 今にも泣き出してしまいそうな顔で、銀華さんが僕をじっと見つめる。
 僕もじっと銀華さんを見つめる。銀華さんの足元を。
「銀華さん……。靴、僕には履いてるように見えますけど」
 僕の言葉に銀華さんは「えっ」と声を漏らすと、足元に視線を向ける。
銀華さんの顔がみるみる赤くなっていく。
「わ、わ、わざと、ですよっ」
「嘘だ。先輩、天然ですもんね」
「ひ、ひぃん!」耳の付け根まで赤くなってしまった。
それから銀華さんは涙を浮かべながら、拳を作ってぽかぽかと僕を叩いた。
僕が悪いわけじゃないのになぁ……まあ痛くないからいいか。
――しばらく経った。
叩き疲れた先輩が今度は不満げに頬を膨らましていた。偉そうに腕まで組んでいる。
何となく指で突いてみると、柔らかな頬からぷぅっと息が抜ける。
「……………………………な。な、な、何するですかっー!?」
 あ、舌足らずになった。ちょっと可愛い。
「か、可愛い……? 可愛いだなんて……うっ、ううう」
 ありゃ? どうやら声に出ていたらしい。僕にとってはよくあることだ。
銀華さんは火が出そうな顔で、ずるずると僕から逃げるように後ずさみ――何かにつまづいた。バランスを崩した銀華さんは「きゃ」と小さな悲鳴を上げると、思いっきりその場でひっくり返った。
 その転び様に、僕はただただ唖然。
 銀華さんは持っていたカバンを何故か頭に被り、靴は両方とも脱げて散り散りに。
スカートに到っては全開の全開。豪快に、見ろと言わんばかりに捲り上がっていた。
カバンの下からすすり泣くような声が聞こえてくる。
「み、みぃ……みぃさぁん……」
「ヒツジさん……?」
「い、いやああああああああああああああっっ!!」
 つんざくような悲鳴を上げて、カバンを被ったまま、銀華さんはまた僕を叩いた。
 悪くない。絶対に僕は悪くないのに……。
 ――しばらく経った。
「えぐっ、ひぐっ……」
「…………ごめんなさい」
「うー、ううう……えぐ、ひぐっ」
「僕、誰にも言いませんから。ヒツジさん、すごくいいと思いますよ。可愛いです」
「みーさんの馬鹿ぁぁっ!」
 銀華さんの両手が僕を思いっきり突き飛ばす。今度は僕が転んで激痛。――やば。
「足……挫いたかも?」
「うああああああ~~ん! ごっ、ごめんなさい~~っっ!!」
 銀華さんが僕の隣でまた泣きだしてしまった。大泣きだ。
 あやして、あやして。僕は溜め息を吐いた。
 何で今日に限ってこんなのばっかり……。
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