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少年少女はすぐに死ぬ 作者:七森吐息

プロローグ

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1 149回目の自殺

          
【――近い未来に人類が滅んでしまうって言ったら、あなたは信じますか?】
 ついさっき出会った、盲目の、占い師を名乗る女の言葉。
【――世界を救いたいと、思ってはくれませんか?】
 そんな戯言を、睡眠薬と一緒に口に放り込んで、僕は末期の水を飲む。
 ……思わないよ。だって僕は今から死んでしまうのだから。
 ――この世界から逃げ出すんだ。
 茜色に染まる水面を見下し、僕は溜め息と共に立ちくらむ。平衡感覚が狂いだし、立っているのがもうしんどい。生きているのももうしんどい。だから、
 そろそろこの世界にお別れを。
 僕は欄干に手を掛け、橋の上から身を投げ出して、真っ逆さまに落ちていく。
「さよなら。お元気で。おやすみなさい」
 冷たい硬質な水に全身を叩きつけられ、僕の意識も真っ暗い所へ落ちていく。
 眠ってしまおう……いつまでも……。



 ……当たり前のように目を開いて、僕は起き上がる。
 いつものように。目を擦り。
 真っ暗な世界で、真っ暗な道なき道を歩き回って、僕は大きな扉を見つけ出す。
 息を飲み、そっと扉に触れて……僕は落胆する。
 いくら睨みつけても扉は何も反応しない。
「また生きてた……」
 呟いて。僕は扉を叩いた。ガンガンガンガン、何度も叩く。
「開かない……開かないじゃないか……」
 叩いても叩いても、僕の手が痛いだけ。何度も何度も繰り返して、僕はもう…………、
「――嫌になってきたんだろう? そのくらいにしておきなよ」
 背後から声。僕はそれに答えずに扉から離れると、膝を抱えて座り込んだ。
「やあ。ひさしぶりだね。今日はどうやってここに来たんだい?」
 そいつは満面の笑みを浮かべながら、僕の隣に腰を下ろした。真っ白な髪を揺らしながら、ニコニコと僕の返事を待っている。
「あー。無視はよくないと思うな。きみはぼくを泣かしたいのかい?」
「……水死。見てたでしょ? 冬の川はすっごく冷たいんだ」
「今は真冬だからね。んー、でもそれは大変だ。上手くしないときみ、また死んじゃいそうだよね」
「あっ……頑張りたく、ないのに」
 顔を膝の中へ深く深く埋める。後先考えずにまたやってしまった。
 この前も同じようなことをしたばっかりなのに、学習能力がないのか僕は……苦しいのは嫌だ。無意味で苦しいのはもっと嫌だ。
 僕が現実から逃避している間にも、一人、また一人と扉の向こうへ消えていく。
 まるで僕に見せつけるように、この世界から脱出していく。
「あまり見ない方がいいよ。今のきみにとって彼らは目の毒になるだろうからね」
 君がそう言ってくれたけどもう遅かった。僕の思考は悪い方へと動き出す。
 あの世界からエスケープ……取り残される僕は……スケープゴート? 
 三年前の赤い記憶が脳裏を過り、増殖しては僕の視界を真っ赤に染め上げて。
 ガツガツ、とそんな音が僕の頭の中でこだまする。
 ――これはきっと理性が赤に喰い殺される音に違いない。
 駈け出して――僕は一番近くにいた男を殴り付けた。倒れる男の上に馬乗りになって何度も拳を振るった。空ろな目。僕の拳を意にも解さない男の反応にまた腹が立った。
「やめなよ……」
 後ろから僕を窘める声。わかってる。こんなのはただの八つ当たりだ。
「やめて……やめなってば!」
 でもね、止められないんだ。
 器の小さい小さな拳。目の周りがじわりと熱くなる。
 拳を振り上げる度に占い師の戯言が僕の耳の奥で再生される。
【――別にあなたにしか人類を救えないなんて言うつもりはありませんよ】
 うるさい。
【――むしろ、やろうと思えば誰にでも出来ることだと思いますし】
 うるさいんだよ……もう黙って……。
【――ただ、あなたが世界で一番、人類を救うチャンスを持っているんです】
 …………。
【――せっかく持っているんですから。それなら、あなたが世界を救うのが一番自然だと思いません? むしろ義務ですよ、義ー務】
「うるさいうるさいうるさい!! 僕の耳元でキンキンと! 知らない! 興味ないよ! うざったい! 僕は死ぬんだよ! 死にたいんだよ! 世界とバイバイしたいのに何で僕が世界救わなきゃいけないんだ!? そんなの誰かが勝手に救えばいい! 救えないなら滅びればいいじゃないか! 知らないんだよ……関係ないんだよ……人類なんて、皆、皆、死ねばいいんだ……!!」
 君が泣きながら僕にしがみつく。僕もいつの間にか泣いていた。
「ごめんね……ごめんね……」
 どうして君が謝るんだよ? どうして君が泣くんだよ? 
 悪いのは…………いったい誰なのかな? 
「わかんない……」
 わかんない、けど。きっと誰かが悪いんだ。だから辛い。生きているのが辛くなって。

 ――もう嫌だ。うんざり。

 ――僕は願う。世界も人類も僕自身なにもかも、皆死んでしまえばいいのに。
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