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ギンガ・ソレムニス――戦苦・追憶の断章

作者:相良理方
拙い小説ですが、読んで頂ければ嬉しく存じます。
これは一九六三年頃の物語である


目 次

  序
  一 記憶の世代間共有
  二 銀杏とプラタナスのある風景
  三 望郷・ソレムニスの辛苦
  四 日本人と日本について
  五 ジゼル――植民地の落とし子
  六 逡巡――愛
  七 南十字星の下――彷徨
  八 検証――父と子
  [モノローグ]
    「樹のための二十四の前奏曲」
  九 生け贄にされる自然
  十 愛惜――再会
  結語 「健作からの手紙・抄」
  付記 余りにも遅れた私信







目が覚めたのは古びた学寮の一室
窓越しの黄葉した銀杏がまぶしい
ギンガの同僚 ソレムニスはまだ眠っている

二人は日本の大学に来た留学生 故郷は南アジアの国
二年後には故国に帰る
ギンガの姉ジゼルから時おり便りが来る

飢えていないか 水に慣れたか
勉強は進んでいるか
昨日は 父と母の墓参りをしたよ

そう ギンガはとっても貧しい
けれど 二十年前と比べると今は裕福とさえ言える
二十年前の戦争 日本軍の捕虜となった戦争

年月が経巡りて敵国日本への留学 何故なのか
だが 今は日本は友好国だ この間に 日本は
どう変ったのか ギンガはその変化に興味をもっていた

黄葉した銀杏 その上に高く広がる青い空
異国で味あう気持ちのいい朝 ギンガは誓った
異国の人々から敵視されないことを

恥ずかしいことはすまい
かつての敵国の人々を怒らすまい
しかし 何故こんな感情にとらわれるのか

何か引け目を感じているのだろうか
自分は 大国日本へ来た小国からの貧しい留学生だ
そのことが理由なのだろうか

理由のひとつかもしれない
だが ギンガの誓いは自分の(サガ)に由来するのだ
自分はそういう人間なのだ ギンガは固くそう心得ていた

目の前一面を覆う銀杏の黄葉を 自失したかのように見入った
そんな心象にありながらも 祖国のために勉強しなければ
勉強しなければと思った それがギンガの責務と言ってよかった

責務であることをギンガはきっぱりと認識していた
けれど その認識には焦りもあった 何かお仕着せのように思えた
しかし その思いは 銀杏の黄葉に溶け込んでいった

ギンガは自分の宿命(サダメ)をわきまえていた
かつての敵国に心の居場所がないことを それが哀しくもあり
それが淋しくもあり だが それが将来に向けての勇気の源でもあった



一 記憶の世代間共有


ギンガは不思議な体験の持ち主である
彼の母の体験をそのまま記憶している
透視鏡で透視するかのごとく 二十年前の出来事を幾つも
よみがえらせることができる

あるとき 捕虜の間で ちょっとした しかし放っておけば
互いに傷つき合うかもしれない口論が起こった
収容所が 一時騒然となりかかった
母はその間に入って 両者の眼を慈しむかのように見て 言った

「辛抱して 今は食べるだけで精一杯なのよ 判ってください
このままでは 私達みんなが 日本兵から罰を受けるわ」
母の柔和な口ぶりで 口論は治まり 何とか秩序が保たれた
母の眼と物腰をギンガは 鮮明に覚えている

収容所で奴隷のように働かされ
一つの蛇口から出される水に 数百人の捕虜が並んだ
逆らった父は銃剣で刺し殺された
母は二人の子供とともに収容されていた

父の死を知ったとき 母の心は動揺を隠し切れなかった
それでも 母は自分の気持ちを抑えた 否 抑えざるを得なかった
収容所の秩序を乱さないために それが母のサガだった
人の集まる所 いざこざが付き物であるが 人々は母を敬愛した

母の記憶がそのままギンガの記憶となっていた
その母も飢えとはやり病で不帰の人となった
ギンガには母の最後の顔が見える
「誇りを捨ててはならない」と最後に母は言った

収容所での食べ物は
戦争の終わりが近づくにつれて
数えるほどの麦粒が入ったお粥
毎日が空腹 蜥蜴や鼠や昆虫などは全く居なくなった

それでも 誇りを捨ててはならない と母は言ったのだった
ギンガには母の言うことが判らなかった
ただひたすら食べ物を探した
彼もまた死ぬに極まった

終戦
南の美しい国は廃墟同然となった
ギンガは生き延びた
彼の姉ジゼルは 友人ソレムニスと結婚した

ジゼルとソレムニスは
あんな戦争は絶対にあってはならないという
強固な決意を語り合って結ばれた ギンガは心から祝福した
そして ギンガとソレムニスは共に留学した

二人は交互にジゼルに便りを出している
現在の日本と日本人について ギンガの心情は複雑である
二十年前の日本人と現在の日本人と
何処がどう違うのか

母は領事館の仕事で一度日本に来たことがあった
その時の日本は いわゆる民主的な雰囲気が漂い
異邦人には判らなかったが 大正という時代であったそうな
人々の顔はやわらかで 母を快く迎えてくれた

南の国にはない木々や花々
四季があり 肌寒いという感触の晩秋
琴の音色に何か懐かしさを覚えるほどであった
母は日本という国をいつかまた訪れるとも思った

そんな母の体験をギンガは自分の体験のように記憶していた
日本という国は美しく快い国
そんな親しい感情を彼は母と共有していた
戦争が祖国の市民や村民を巻き添えにするまでは

そう 戦争が市民や村民を巻き添えにするまでは
あれから二十年 祖国は紆余曲折を経て
ようやく復興の兆しがおとずれた しかし
選ばれた留学生として 二人は何か負い目を感じていた



二 銀杏とプラタナスのある風景


学寮の銀杏並木 街路樹のプラタナス
ギンガの故郷では見られない初冬の風景
彼は美しいと思った
異国の風景を美しいと思った

ソレムニスも起き 共に朝食をつくり 食べた
今では食事に慣れてはいるものの
ギンガは時おり食べられなかった
あの 二十年前のお粥が脳裡をちらついた

母や父に今の食事をさせたいと思った
収容所のみんなに
今の食事をさせたいと思った
パンと温かいミルクと それだけでも食べさせたいと思った

二人は授業を受けに
学寮の銀杏並木を通って 大学へと急いだ
路面電車に乗るまでもなく 大学へは十分とかからない
プラタナスの残り少なくなった大葉が風に舞った

異国の大学で懸命に勉強した
ギンガは機械工学 ソレムニスは土木工学
二人の知識と技術が帰国後役に立つために
それが彼らの宿命(サダメ)と言ってよかった

宿命を背負った彼らに
日本の同世代の学生や教授たちは
何の隔てもなく 優しかった
嗚呼 二十年前の日本人 あいつらは何者だったのか

銀杏並木と街路樹のプラタナス
優しい日本人 大学の時計台
初冬の空気が凛とはりつめる
二人は異国で平和を満喫した

ただ ギンガから日本人へ話しかけることは
めったになかった
老教授に学問のことについて尋ねる以外は
ソレムニスはしばしば 屈託なく話しかけた

ギンガが話しかけるのは
銀杏の樹々やプラタナスや
時計台の上に広がる空や雲や
自室の机上にある父母やジゼルの写真であった

まだ青い葉を残したプラタナスの幹が
頑丈なガードレールを深く食い込んでいる
樹の命の迫力を見せ付けられて ギンガは驚嘆した
こんなにまでして生きるのか

その途端 記憶がよみがえった
銃剣で刺し殺された父の姿が
鮮血が噴き出て しばらく父の声がうめいた
誰も何も言えなかった

担架で運ばれていく父を そこにいた人々は黙視した
知らせを聞いた母の眼から
涙が一滴
たったそれだけだった その時以来 父は母の胸の中に居続けた

ジゼルが母の手を握り締め 未だ幼いギンガを抱きしめた
母は心の強い女性ではあったが
永い苛酷な収容所生活に 遂に耐え切れなかったのだ
その時以来 ジゼルはギンガの母親役を努めた

彼は唖然として立ちすくんだ
プラタナスに父を重ね 母の顔が脳裡をよぎった
プラタナスの命をまざまざと見て
この樹の労苦を偲んだ たった一滴の母の涙の重さを偲んだ

色鮮やかな銀杏並木 その美しさは見事と言う他はない
幹に耳をあて樹の声を聞いた
彼の故郷にこんな樹はないが
異国で心が通じる唯一の相手のような気がした

この並木を通るだけで安らぎを感じた
彼は毎日ゆっくりと銀杏並木を通り 会話をした
日本人も樹と会話をするのだろうか
彼は随分と思い切って 機械工学の学生に尋ねてみた

その学生は 何のてらいもなく 聞くよ と言った
その応答が間髪をいれなかったので
ギンガは 一瞬 意外に思った
ぼくたちを見て樹がほほえんでいるよ とその学生は続けた

その学生は山深い片田舎の出身だとのこと
この大学街に来るまでは父の山仕事の手伝いをし
都会では見られない星空を見上げつつ
樹々の群れに「おやすみ」の合図をしたという

ギンガに日本人の友達ができた
ソレムニスが羨むほど その学生 野木健作との話がはずんだ
黄葉した銀杏は夏の猛暑を耐え抜いて 昨年より多く実をつけた
君たちもきっと実をつけるよ と健作は言った

こんな会話が出来るとは思ってもいなかった
ギンガは嬉しかった
異国で何かしら心の通じ合う友人ができた
その夜のギンガは 銀杏の樹への親近感にのめりこんだ

二十年前に健作のような日本人は居たのであろうか
居たという確信はない しかし 居たと思いたかった
軍隊の勢力に抵抗した人が自決した逸話を読んだこともあった
心優しい日本人も居たのだと思いたかった

山河や銀杏の樹や欅や栃の樹を愛で
その日その日の苦楽を人間は 意識しなくとも
その日その日の生活で昇華していくものだ という思いを
健作は父から知らず知らずの間に教わっていた

ギンガが欅や栃の樹を見て知ったのは ゼミ旅行で
健作の郷里へ行き 土地の人から教わったからである
日本の山や森の美しさに感じ入るのは
それはもう日本人に引けをとらないと彼は自負した

だが 父や母の死を 収容所の人々を忘れることはなかった
日本兵の情け容赦のない所業を忘れることはなかった
いつか復讐してやると思ったりもした
だが 日本の自然に魅とれるのをどうしようもなかった

ギンガとソレムニスは翌日も同じ道を歩いて登校した
銀杏の黄葉が深まったように見えた
二人は ジゼルのことが気掛かりであった
故郷の国での生活は今も楽ではない

ジゼルにもこの黄葉した銀杏を見せたい
つくづくそう思った 彼女が見たらきっと
目を輝かせるであろう もしかしたら
この樹の下で佇み 一日中動かないかもしれない

ギンガとソレムニスとジゼルとは
時と場所を超えてつながっていた
ソレニムスはジゼルに学問の進み行きや日々の生活
それに大学街の風景 健作のことなどについて便りを出した

ジゼルからの便りは やはり二人の生活を案じるものだった
そして 銀杏の黄葉への憧れが書かれてあった 彼女は物知りで
銀杏は公孫樹とも言い その葉が黄葉すると昔から言うのは
「黄」が黄泉の国を示唆するからであるかもしれないと推察していた
            (日本の上代ではそのような意味がこめられていた)

南の国に生まれ育ったジゼルの博識には二人ともほとほと感服した
ジゼルは夜もすがら読書することも稀ではなかった
二人はジゼルの文芸好みをほとんど崇拝していた
工学専攻の故にか 彼女の感性から学ぶことを好んだ

プラタナスについては彼女は何も知らなかった ガードレールを
深く食い込んでも生きる生命力を絶賛する文面だった
その樹の佇まいが どんなに苦労しようとも
生活の糧になることを二人が悟った そのことを祝福していた

そして 文面には 再会する日を待ち焦がれる気持ちが滲み出ていた
夫と弟と離れて暮らす寂しさ
気丈なジゼルといえども その寂しさを味わわざるを得なかった
だが 彼ら二人の学問に期待することで 彼ら二人の帰国を待った

大学の構内を馬術部の学生が闊歩していた
背後に時計台が見える
威風堂々としたその姿にギンガはしばらく魅とれた
しかし 次の瞬間 彼は愕然とした

乗馬姿の学生がゲートルを巻きつけた軍人と重なった
あの捕虜収容所の内外を威丈高に巡視する日本兵と
ギンガはおののいた 身が震えるのをどうしようもなかった
収容所生活がよみがえった

座り込んでしまった彼の目前を軍人が通り過ぎた
銃剣を腰に 射すような眼光
母もみんなも黙々と就労していた
収容所生活に半ば慣れていたものの この男は別だった

この男に人々は何度ののしられたことか
何度鞭打たれたことか
定期の休息を何度阻まれたことか
人々の睡眠をこの男の存在が何度脅かしたことか

高鳴るギンガの胸
ギンガは馬の横っ腹に身をぶつけていった 瞬時のことだった
馬上の学生が落ちそうになった
馬のいななきが聞こえたように思った

夢幻からギンガが醒めた所は健作の下宿部屋だった
顔と唇にガーゼがはってある 自分はどうしたのか
学内の診療所で手当てを受け たいした傷ではなく
駆けつけた健作が引き取った ということだった

ソレムニスの顔が見えた
ギンガの無謀な行為に辺りの人々は驚くほかはなかった
ソレムニスにも健作にも判らなかった
ギンガは何も言わなかった

夜半 ギンガとソレムニスは学寮に戻った
途中 銀杏の樹がざわめき 星が揺れた
ソレムニスが話しかけても ギンガは黙りこんだ
今は亡き といっても記憶の中に生前の姿で生きている母だけに話した

ギンガという青年は 母の記憶に支えられ 半ばそれだけで生きていた
かつての敵国 異国にあって ソレムニスや健作が傍に居るものの
彼の心には かたくなな側面があった
それは どうしようもないことだった 捕虜収容所体験の故に



三 望郷・ソレムニスの辛苦


日本式の正月が過ぎた頃
ジゼルから便りが届いた
国で暴動が起きた というのだ 未だ詳しいことは判らないが

日本のメディアは未だ報道していない
便りによると 経済のいきずまりに端を発する暴動である
ギンガとソレムニスは気が気ではなかった

何よりもジゼルの身が案じられた
二人を見送ってくれた人々の顔が走馬灯のように浮かんだ
遠く離れて見ることのできない祖国 そこでの暴動

二十年前に廃墟同然になった祖国がようやく建ち直ろうと
懸命に努力していた矢先の内紛 どうしたらよいのか
大使館に電話をかけたが 要領を得ない

二人は日本に居る同国人から情報を集めた
短期間で治まりそうにないらしい
この内紛も元をただせば 日本の植民地化に源がある

三ッ日後 ジゼルから再び便りが届いた
沢山の人が街頭デモをし 食料の拠出を政府に求めた
貧富の差が激しい祖国では以前からいざこざが切実な問題であった

その問題が拡大し 国を揺るがすまでに至った というのだ
二人にとっては或る程度予想されたことではあった
無政府状態になるかもしれない

テレビで街頭デモの様子が放映された
二人はくいいるように見た
最悪の状態に陥るかもしれない

軍事政府が幅を利かし デモ隊を武力で制圧するのではないか
もしそうなれば 祖国の人々の自由は制限されるだろう
二十年前の日本軍による極度の支配とまでは行かなくとも

何とかしなければ と できもしない思いに
二人はいらだった
案の定 軍がデモ隊の制圧にのりだした

ジゼルによると 公平に配分すれば食料はあるはずである
人々の怒りの矛先は食料の出し惜しみをする軍事政権だ
政府内部の争いが食料の溜めおきを助長したのだ

ジゼルもデモに参加したとのこと
当分 この内紛は治まりそうにない 他国が軍部に肩入れし
軍部を握る政府内部の一派が強硬な構えをくずさない限り

しかし ギンガには
この内紛は祖国の歴史が背負った宿命(サダメ)のような気がした
もう何世代も前からこうなんだ

日本軍が敗退した後 またもヨーロッパの列強が狙っている
日本軍もヨーロッパの列強も変るところはない
ヨーロッパの列強はほんの少し外交的なだけだ

デモに参加したというジゼルのことが気がかりだった
祖国に居た頃 ジゼルはよく海辺で水平線を眺めていた
海鳥が夕日に照らされてグライダーのように飛んだ

そんなジゼルをギンガは母に重ねていた
母も子供たちと一緒によく海辺で過ごした 夕日の下
海は茜色にもコバルト色にも染まり 三人の影が長く延びた

あの頃のことが懐かしく はかなく ギンガの脳裡をかすめた
祖国の内紛をギンガは楽観視した
なるようになる そう思うほかはなかった

日本軍にあれほど痛めつけられたのだ
武力による悲惨さを人々は忘れないでいるに違いない
ギンガはそう信じた 亡き母もそう信じた

実際には相当数の犠牲者が出たものの 内紛は収拾し
しばらくして祖国は再統一された
連絡をとった同国人はみながみな溜め息をついた

ソレムニスにとっては不意をつかれた出来事だった
日本での留学中に祖国で犠牲者を出す内紛が起こるとは
ソレムニスは妻ジゼルのことをギンガ以上に案じた

街頭デモの中にジゼルが居ないか テレビを見入った
ジゼルに会いたいの一心で涙腺がゆるんだ
異国にいる辛さがはっきりと顔に出た

事態が収拾したというニュースを契機に
ソレムニスは一時帰国した
日本人の学生たちが費用を工面してくれた

再統一されたと言っても ギンガは
今後のことを気にせざるを得なかった
健作も新聞記事を切り取って状況を分析してくれた

この時代を多くの人は冷戦の時代と呼ぶ しかし
今回の内紛は国内問題であり 東側も西側も静観するであろう
むしろ人種や宗教の違いが問題となるだろうと健作は分析した

ギンガにも思い当たる節があった 父と母は
異国人でありながら 幸せを築いた 異なると言っても
元は同じで 異なるのは度重なる植民地化のせいであった

ソレムニスとジゼルの祖父母は同国人同士だったが
父母の代は異国人同士だった
健作からすると数奇な運命としか言いようがなかった

半月ほどしてソレムニスが戻って来て 報告した
ジゼルは無事に生活し 祖国も平穏を取り戻した
彼女は 二人の勉強の成果を熱望している とのことだった

ジゼルを残して祖国から戻ったソレムニスは寂しげだった
ほぼ十ヶ月ぶりに逢ったジゼルの期待が
彼には重荷となり 少々重圧となっていた

元々 勉強が好きなほうではあったが
日本での生活になじんできた矢先の祖国への一時帰国
その一時帰国が祖国への憧憬を加速させた

祖国から支給される学費に見合った勉強ができているのか
ジゼルの期待に応えることができているのか
自分にそんな力があるのだろうか

祖国への憧憬が学問を続けることへの自信の無さにつながった
そう考えると ジゼルからも引き離されたように思われた
誰に言うでもなく 寂寥感にさいなまれた

果たして 自分は祖国のために役立つ人間なのだろか
役立つのでなければ とりわけジゼルが何と思うだろうか
ソレムニスは悪循環の罠にはまった

祖国は貧しい その祖国からの学費での留学 どうしたものか
老教授から呼び出された 祖国の様子を知りたいとのこと
彼は現地の新聞をもって老教授のもとに出かけた

新聞は現地文字の混じった英字新聞である
そのことが未だ完全な独立国家でないことを物語っていた
教授は新聞を読み 写真を見て まだまだだなあ と言った

ソレムニスに教授は 君たちが君たちの国をつくるのだ
君たちが学ぶ科学技術がきっと役立つ
しかし と教授は続けた 技術だけでは不足している

技術は人々の生活を改良するだろう
だが それだけが君たちの使命ではない
人々の心の安らぎの糧にならなければならない

ソレムニスは リポートの作成を急ぐギンガを残して
冬の最中 健作を誘って近くの山に登った
街中での寒さに慣れたというものの 山頂の寒風は身を切った

彼は震え上がったが その寒風が彼の気持ちを変えた
山の樹々が 山全体がソレムニスを包み 勇気を与えた
この寒風体験を 寒風に耐える自分を 祖国に伝えよう
そうすれば 祖国の人々は異国の風情を感じ取るだろう
ソレムニスはメモをとった
  僕は寒風に晒されて閉じた心が開いた
  世界には祖国の人々が知らない風情がある
  祖国には伝統が造り上げた風情に根差す固有の文化がある
  しかし隣国の文化の違いに寛容でなければならない
  寛容であれば世界は一つにつながる
  とりわけ指導者たちは寛容でなければならない
  指導者たちが我を張ればその我執を取っ払うことが必要だ
  自分が将来その先頭に立とう そして隣国との仲をとりもとう
  ギンガと自分がその先頭に立とう

老教授の言ったことを ソレムニスはこのように受け取った
健作といい老教授といい
彼らに彼は素直に感謝した

ソレムニスは元のソレムニスに戻れるような気がした
このメモをジゼルに送った ジゼルは殊のほか喜んだ
夫の成長を彼女は祝し バラの押し花をはさんだ便りを送った

便りには 夫とギンガの帰国を待つ彼女の切なさが滲んでいた
彼女の気持ちに応えよう その力がソレムニスに湧いてきた
この一件の後 彼の勉強ぶりは舌を巻くほどであった



四 日本と日本人について


ギンガとソレムニスは慎ましく生活し 勉強に精を出した
学寮の隣室が時々騒がしくなる 日本人学生の間で議論が始まる
そんな時二人はただ黙っていたが 勉強に身が入らない
学生が激しく議論するのはどこの国でも同様であろう

祖国に居た頃のギンガたちも激論をたたかわしたものだ
とりわけ 祖国の未来について
収容所に監禁されていた時にも 日本兵に気づかれないように
小声で 時には地面に字を書いて 国の未来を憂えた

このままこの国全体が収容所になるのだろうか
いや きっと独立国家になる
強制労働の畑仕事中には 思い切ったことが言えた
いや 独立なんて夢物語だ この国は三百年間 植民地だった

他国の支配下で自由があっただろうか ない
他国の支配者にへつらう者にこそ自由はない
他国の支配者に背く者にも自由はない
へつらう者と背く者 この両極がまた憎しみの種をまいた

ソレムニスは ふと 今の日本人はどうだろう と思った
二十年前 祖国を支配した日本人とは比べものにならない
しかし 自分達を支配した日本人と今の日本人と同じでは・・・?
確かに健作や友人や老教授のような日本人も居る

学徒兵を送り出さざるを得なかった老教授は 当時 肺を病んで
学徒兵を前にして一言 すまない と言ったという
戦死した学徒兵を偲び
かつて植民地化した国からの留学生のことを思う

老教授の内面は心穏やかではない ソレムニスにはよく判った
だが 大半の日本人は自分達やアジアの外国人を見下している
ソレムニスはそう直感した
その直感は当たった

留学生の会でそれぞれ祖国の民芸品などのバザールを開いた時
アジア諸国の民芸品は好評を得ず 西欧諸国のガラス製品などが売れた
アジアの国々の民芸品はすすけて艶も出て 味もあると思ったのに
やはり日本人の目は西欧を向いているのだ

明治以来 日本は西欧の文明・文化を模範とし のみならず
軍事も西欧に倣った 脱亜入欧である
その結果 西欧の国家維持を模範とし アジアへ侵出した
日本人にとってアジアの国々への侵出は自己満足の誇示だった

その自己満足の誇示は敗戦の結果 助長された 健作の少し上の
先輩たちは西欧音楽をむさぼり アジアの音楽には聞く耳をもたなかった
アジアからの留学生たちは 肩身の狭い思いをせざるを得なかった
未だ内面の戦争が続いているのである

日本人の大半は自国の文化にも さほど関心をもっていない
そんな感じがした 要するに 日本の伝統からはずれていた
日本の山河がこれほど美しいのに
日本の文化・文明は西欧の模倣でしかない

大学街ではビリヤード・ゲームが繁盛していた
アメリカやイタリアの映画に学生たちは群がった
学生の劇団はいわゆるシュール・リアリズムを奉じた
ギンガの母が聞いたという琴の音を聞くことはなかった

この現実をソレムニスは何故だろうと思った
自分の国では自国の文化を庶民が誇示しないまでも
文化が日々の生活と融合していた
日本兵が侵入してくるまでは

何故 日本人は日本の伝統を表現しないのか
健作によると 日本の伝統文化を 戦時中 歪めて強調し
アジアの国々にも歪めて強制した その反動で
戦後の日本人は自国の文化に疎外感を覚えた

そうかもしれないと ソレムニスとギンガは思った
同時に 日本人の頭の切り替えの素早さに 危惧を感じた
こんなにも素早いのであれば また二十年前のような時代
アジアの国々を支配した時代が復活するのではないか

事実 日本の企業が低賃金でアジアに進出し
血を流す戦争ではないが 人々の心の安寧を欺きだまし取っている
これは言葉の暴力による戦争以外の何ものでもない
日本人の物心両面がアジアを軽視した

アジアの民の軽視 それが日本人の心に居座り続けている
ソレムニスもギンガも そう思わざるを得なかった
山河や樹々を愛でる日本人がどれほど居るであろうか
健作にこの話をもちかけた

うなずく健作 彼は恥ずかしさを隠さなかった
日本人が教えられたのは アジアの人々からではなかったのか
文字を教わり 陶芸そのほか様々な知恵と技術を教わった
その恩恵を台無しにする戦争を仕掛けたのだった

今また アジアからの留学生に教えられている
領土の拡大志向 これが躓きの元凶であった
領土の拡大志向 何という野望であろうか そのために
多数の自国民も それ以上にアジアの民も犠牲になった

今また 経済侵出という野望が渦巻いている
外に侵出するという業が日本人のサガなのであろうか
健作はそう思わざるを得なかった これではいけない
これではいけない と強く思わざるを得なかった

ジゼルから便りが届いた
母から聞いた話として日本画の美しさのことが書かれてあった
決して誇張せず 風景や人物が観る人の心に流入してくる と
ギンガたちは健作とともに 小さな美術館に行った

絵画に接する機会をそれ程もたなかった健作は絵に魅とれた
抑えたタッチ 配色の妙 構成の美
風景も人物も 街行く今の日本人ともその背景とも違った
こんなにも魅とれる絵を日本人が描ける そのことに驚いた

ソレムニスは初めての体験で 何か違和感を覚えた
ギンガは 健作と同様 魅とれた
母の体験が彼の体験でもあったから じっと魅とれるギンガが
ソレムニスには不思議であったけれども

こ一時間 その小さな美術館で時を過ごした
ギンガの中には母が居て 一緒に時を過ごした
ソレムニスも 次第に その美術館の雰囲気になじんだ
黙っていることが自然の流れであった

ソレムニスは 日本人の本当の姿を初めて見たような気がした
日本人の中にも 攻撃性をもたず
日本の伝統文化を守り続ける人が居るのだ
彼は幾分か 日本人についての心情を改めた 

ギンガは複雑な気分であった
二十年前の戦争の張本人も こんな絵を観て愛したはずだ
だのに 祖国を武力で占領した
日本の美しさを愛していたのならば 何故 武力を行使したのか

健作の分析によると 日本兵は幹部にそそのかされ
領土の拡大という野望にのってしまった 一度その野望が
現実のものとなった時 後にひけなくなったのだ
哀れとしか言いようがない

幹部の命令に逆らった者も 嫌々ながら従った者もいた
絵描きの中には局地戦での勝利を誇大表現した者も居た
しかし この小さな美術館の絵はソレムニスにも感慨を与えた
そこには 日本人の慎ましさが表現されていると思われた

日本人は 本来 自然を愛していたのだ
自然を愛する沈黙の時間がものをいう世界
そんな世界に浸る文化は過去のものとなったのであろうか
健作は故郷の山河を想い しばらく我を忘れた

ソレムニスも 日本人の慎ましやかな側面に気づいた それは
学徒兵を送り出さざるを得なかった老教授の側面でもあった
美術館でのひと時は 三人にとって
日本人についての観方に変化を迫るひと時となった

しかし 小さな美術館で感得した日本人観は
今の日本人の多くに当てはまらない と健作は改めて思った
学生たちは ものごとを おおげさにデフォルメして表現し
一般に日本人は 経済効率の追求に余念がない

何をするにしても 効率を追求すれば 人間は不寛容になる
健作には覚えがあった 日本の現在と将来について
立て板に水を流すかの如くしゃべりまくる学生が居る
しかも その学生の取り巻きが居る

その取り巻きの力を得て
その学生のアジ演説は効率よく通った
他の学生の意見は黙殺されたも同然であった
当然のことながら 学生の間に亀裂が生じた

この状態は不寛容以外の何ものでもない
亀裂を埋めることは 到底 できないことであった
それが 学生の特権でもある と一般には思われていた
だが ギンガやソレムニスには 同感するところはなかった

しかし 健作は恐れた
グループの間での対立が いづれ 激化し
学生が つまらない政治屋になっていくことを
そうなれば 日本は政治屋のだまし合いの舞台になることを

しかし そうなれば それで仕方のないことだ
そうならないことを願う学生も居ることは事実だし
信条の違いを越えて 貧しい人々の手助けをする学生も居る
多様な学生が居て それでいいのだ と健作は思うことにした

ギンガが一冊の本を読み ソレムニスにも薦めた
それは 戦死した学生の書き残した文を集めた本である
  「いわゆる上官と称するものの空虚さよ。狂態、この言葉を贈りたい。」
  「抵当にされたおれの生命」
  「あす死ぬかもしれない自分である」
  「生きて帰る。おれにはまだまだ山ほど人生がある。」

いわゆる上官と称する者が ギンガの父を銃剣で刺し殺したのだった
それにしても 自分達と同じ年頃の学徒兵の辛苦を
ギンガもソレムニスも悼まざるを得なかった
敵国の兵士なのに

日本に留学し 健作やその友人や老教授の心遣いに接し
美術館での慎ましやかな雰囲気になじみ
戦地で逝った学徒兵の無念を想い
ソレムニスは 日本人の影絵のような姿を見た

その影絵の向こう側をギンガは はっきりと見た
それは 母が領事館の仕事で日本に来たときの感じであった
しかし それにしても 今後の日本はどう歩むのだろう
低賃金でアジアに経済侵出していることは誰もが知っている

アジアの諸国の反発を招くことは必至であろう
それでも 日本の経済侵出は続くであろう
それが 地下資源の少ない日本の生き残る途なのか
そんな途を歩むのならば いずれ 日本は置き去りにされる

ギンガも健作も そう思った
健作は 日本人の哀しさを 仮面舞踏会に喩えた
うわべだけの外交 一皮むけば 二十年前と変らず
民族の我執が堰を切って踊り出すかもしれない

或るドラマのヒロインの言葉
「どんな過去でも、どんな辛い過去でも、目をそむけたら
一歩も前に踏み出せません」という言葉を健作は思い出した 
それは胎内被爆した女の 哀しみを通り越した言葉である

そうなのだ 過去の帳消しをすれば
日本も日本人も過去に後戻りするかもしれない
過去の善悪を 過去の美醜を 忘れてはならない
それこそが日本と日本人の背負った課題であろう

戦地で逝った多くの日本人 被爆した多くの日本人
今なお 後遺症を患う日本の多くの人々
経済成長と経済侵出と それだけに血眼になる日本という国
不調和で何か混然散乱としていて なおも強がる日本という国

強がる日本という国は
過去のとてつもない大きな悪行を忘れているのではないか
自ら起こした領土拡大戦争にこっぴどく敗れた悲惨な国
この国の歩むべき途を考えなければならない と健作は思った



五 ジゼル――植民地の落とし子


ジゼルの母は ギンガの母であり 南アジアの女性である
彼女の父は ヨーロッパ人の血をひいた男性であり
ギンガの父は 南アジアの国の男性である
姉と弟の父は異なる人物であり
母は日本の兵士との間で死産した体験をもつ

母は 一人の女性として 数奇な運命に晒された
領事館の仕事で日本を来遊した というような体験もしたが
気持ちの安らぐ時は ほとんど無かった
ジゼルとギンガは異父姉弟であることを知っていたが
母の子を思う気持ちで 二人の間に何の隔たりもなかった

誇りを捨ててはならない と言って 飢えとはやり病で
収容所で逝った母を 二人は二十年後の今も敬愛している
しかし その敬愛は哀しみでもあった
母亡き後 とりわけ ジゼルは弟ギンガの身の上を気遣い
ギンガの母のような気持ちで愛情をそそいだ

ジゼルにはどうしても許せないことがあった
一つの蛇口から出される水に数百人が並んだ あの収容所で
異なる方言の同国人の仲間意識が強く 方言が異なる故に
同国人がいがみ合う出来事がしばしば生じた
自国の存亡の危機の最中 そんな出来事は起こってはならない

チュリウマとキャジウムと この二語は同じ意味の言葉である
一方だけを理解できる人々と他方だけを理解できる人々と
彼らは同国人でありながら 収容所内での居場所を違えた
居場所を違えることで 収容所での生活を保持した
ジゼルは 方言の違いを乗り越えた一つの国の再生を祈った

方言の違いは 貧しさの違いでもあった
植民地化が 貧しさの程度をますます助長した
三百年間の植民地化は この違いを利用したとも言える
国内での混乱が植民地化を容易にしたとも言える
その混乱が収容所内にも持ち込まれたいたのである

これは ジゼルのどうしても許せないことであった
こんな状態のままでは 国が解放されても
国内のいざこざは残るであろう
ジゼルや母は頭を痛めた 国内の人々の不信感を無くさなければ
収容所内での反発を無くさなければ

収容所でいざこざが生じた 食料の配給のちょっとした不公平
異なる方言の人々が互いに騒ぎ立てた
ただでさえも食料の乏しい時に
日本兵はわざと配給に差をつけ それによって
人々の日本兵への怒りをあらぬ方向へ導いたのだ

ジゼルと母は確信した 収容所内の混乱に乗じて
日本兵への怒りが鎮まることを彼らは演出したのだ
何とか収拾しなければ ジゼルは監視兵の動向を見て 口伝えで
事態の本質を隣人に報せた 睡眠時の隣人と隣人の間は
十センチと離れていなかった 隣人から隣人へと伝わった

人々はジゼルの報せを疑ったが やがて 納得した
納得したのは 辛さに耐えるジゼルと母の強い意志を
人々が平素 それとなく感じ取っていたからである
収容所内でのジゼルの人々への心情は際立って信頼を得た
それは 父亡き後 母の毅然たる物腰を継いでいたからである

次第に ジゼルと母は収容所内で尊敬の念を得た
そうした時の母の死 ジゼルは思いっきり泣いた
これから収容所内の秩序が保たれるのか
泣いている余裕はなかった ジゼルは母からの教えを継いだ
それも ごく自然に継いだ それは彼女の天性と言えた

収容所生活が長引くにつれて 人々の健康が悪化した
或る人は強制労働と栄養不足のため細い息をする骨と皮になった
当然のことながら 死者の数が日ましに増えた
ジゼルも同様であった だが 彼女は耐えた
彼女の精神力は母譲りのものであったが それ以上であった

未だ幼いギンガに少しでも食べ物を工面した
彼女の食べ物が次第に少なくなった
彼女自身も死を覚悟した
身体のあちこちは 骨が露出しているかの如くになった
空腹感も次第に乏しくなった

しかし それでも ジゼルの心は健康であった
幼いギンガが姉に甘える時 彼女は心静かにあやした
だが そんなことにも限界があることを 彼女は知っていた
収容所からの脱出は考えられないことであった
ゆっくり歩くことすら 苦痛を伴った

嗚呼 戦争 嗚呼 戦争 何故の戦争 何のための戦争
何のための収容所生活か 早く終わらないか
彼女は睡眠をとった とらざるを得なかった
夢幻の中に 母と父の姿が現れた その間にギンガが居た
夕日の映える海 白桃色の服を纏った彼女自身の姿が見えた

彼女は眠った それは深い眠りであった
目覚めた時 父の友人が傍に居た 元領事館の人だった
戦争が終わった 収容所生活が終わった
彼女は 再び眠りに就いた 永い眠りに就いた
そして 彼女の闘いが終わった



六 逡巡――愛


ジゼルが来日した それは母の予定にあった来日であった
出迎えたギンガには 母が来日したも同然であった
ソレムニスの喜びは 言葉にならないほどであった

初めて逢ったジゼルに健作の心は動揺した
彼女の美しさ それは哀しみと礼節を備えた美しさであった
こんな女性が居るのか 健作は驚きと憧れの世界に誘われた

逢った時から 健作はジゼルに魅せられた
ソレムニスの妻であることを勿論知っていた
彼女が自分より年上であることも知っていた

ほんの少し 少しだけの間 魅とれる自分のもどかしさ
どうしようもなかった
以来 健作の姿が見えなくなった

ギンガ達三人は 葉を落とした銀杏並木を通り
ガードレールを深く食い込んだプラタナスを見て
老教授のもとに行った

ジゼルは老教授にお礼の挨拶をした
老教授の顔が歪んで 一瞬 時が黙した
彼の眼が潤んでいた

彼は深々と頭を下げ 言うべき言葉を探している風であった
「すまないことをしました・・・
あなたとあなたの母国の人々に何とお詫びをすればいいのか・・・」

ジゼルも言葉に詰まった
二十年前の日々が脳裡をかすめた
「弟と夫の勉強を診て頂いて・・・お世話になって・・・」

老教授が紅茶でもてなそうとした その時
「私に淹れさせてください」とジゼルが言った
紅茶は ジゼルの日常生活の一部であったから

ジゼルの淹れた紅茶を四人は ゆっくりゆっくり味わった
「こんな美味しい紅茶は初めてです」と老教授はうなずいた
二十年前の暗くおぞましい生活が 紅茶とともに溶けていった

一時間ぐらいであったろうか うちとけた雰囲気が過ぎた
ジゼルは 今の母国の様子を話した 相変わらず貧しいものの
人々の生活に段々とゆとりが生まれつつある

その現われが ギンガとソレムニスの国費による留学である
国費が充分であるとは決して言えないものの
百人ほどが留学している

ひととき大騒ぎになった内紛も収拾した
ただ 今なお軍事政権の下にある
しかし 人々の生活は安定し 休日は思い思いに楽しんでいる

ギンガは 軍事政権のことが気になったが 老教授は それも
過渡期であり やがて文民制に移行する との見解を示した
ジゼルも 同意見であった

老教授への挨拶を終え 三人は校内を散策した
ジゼルには老教授が父のように思えた
自分達にあれほどの苦役を強いた日本の同族であるのに

それにしても 健作はどうしたのだろうか
三日たち 四日たっても 健作は現れなかった
健作の内心に気づかないギンガとソレムニスは気がかりであった

ジゼルが母国に帰る日が近づいた
どこからか 健作が戻って来た
ジゼルが帰ったものと思っていた健作は 再びジゼルに逢った

彼女が帰国すると知った時には既に
彼女への憧れが愛に昇華していた
どうすることもできない愛であった 二人だけの会話もない

健作は 心の中に ジゼルの姿を焼きつけた
銀杏が黄葉する時に それはほぼ一年後であったが ジゼルは
再訪すると言った 葉を落とした銀杏並木で記念写真を撮った

ジゼルが日本を離れる迄も その後も
健作はその写真の中のジゼルをまざまざと見た
何と美しい人か 何と優しい人か 健作は忘れ得なかった

こんな女性が この世界に居るのか
哀しみと礼節を備えた美しさ
ギンガとソレムニスの存在を忘れる程に 彼女への愛に溺れた

しかし 所詮かなわぬ愛であることを自覚せざるを得なかった
彼は桜の花やプラタナスや黄葉した銀杏の葉の押し絵を贈った
ジゼルは健作の愛を 帰国する自分への好意として受けとった

彼はジゼルへの愛を一生もち続けるであろう と思った
ジゼルの再訪を心待ちにする自分がなさけなくなった
だが この愛は これで終わりだ とも思った

ジゼルは帰国した ギンガもソレムニスも寂しかったが
健作の心はなおも揺れ動き
報われぬ愛の行方に寂寥感だけが残った

愛することへの逡巡
異性へのこの心情に これほど自分がさいなまれるとは
大学も勉強も友人も眼中になかった

姿を消した四ッ日間 シュラフと有り合わせの食料をもって
雲が峰という山を歩き回った 山は彼の故郷である
冬の最中 冷気が彼を無心にすることを望んだ

しかし ジゼルの姿が 今そこにあった
幻であることを承知していたが その幻に話しかけた
「かなわないと知っていますが 心からの愛なのです」

幻であるが故に 思い切ったことが言えた
しかし 彼の心は虚ろであった
厳冬の悲風が彼の心を引き締めた 実ることのない愛

実ることのない それしか途のない行方
ジゼルという女性に逢えたことが 健作に愛を伝えたのだ
それだけで忘れ難い何か大切なものを得た

それだけで それだけで いいのだ と健作は思った
心身が凍った 凍った心身のまま 薄明の中 下山した
ふだんの健作に戻るには 半月ほどの時間を要した

ようやく 春の兆しが訪れた
開き始めた真っ白な辛夷の花の可憐さを ギンガもソレムニスも
初めて見て その気品のある美しさに魅せられた



七 南十字星の下――彷徨


健作は春休みに ギンガに連れられて 彼の祖国 南の国を訪れた
それは かねてからの健作の希望であり
ジゼルに逢えるという期待をもつ以前からの希望であった
話に聞いていた強制収用所という 日本と日本人の汚点を
自分の眼で見ておくことが 健作には使命として感じられた

新しい研究 橋梁の強度という重要な研究にとりかかった
ソレムニスは 日本に残った 祖国の内紛の収拾に安堵し
妻ジゼルの期待に応えようと一心不乱に研究にいそしんだ
橋梁の設計図を描くことを楽しんだ
その打ち込む姿は 真夜中の電灯の下 粛然としていた

健作とギンガを迎えてくれたジゼルは 何よりも再会を喜んだ
三人は まず 父と母の墓参りをした
彼女は 額ずき手を合わせ 祈った
健作は彼女の美しさを再認した 墓前でのその美しさは
極度の苦難を乗り越えた 哀愁がそこはかとなく漂っていた

母と二人の父の墓前で 三人は 額ずき手を合わせた
ジゼルとギンガが墓前を離れようとした
だが 健作は 頭を垂れたまま動かなかった
彼は 三基の墓標だけに手を合わせているのではなかった
そこの墓地 広い墓地の墓標すべてに 祈りを捧げた

健作は動かなかった 動けなかった
ギンガが声を掛けても 動けなかった
何が健作にそうさせるのか 健作にも分からなかった
眼を伏せ じっと動かなかった
夕凪で ひとしお暑い日であった

夕暮れ時の空 南十字星が輝き始めていた
健作の心は この国の逝ってしまった人々を思い
戦争を仕掛けた日本のことを思い
自分の心を何処においてよいのか 分からなかった
ジゼルが促し その夜は三人で語り明かした

ジゼルへの愛を抑える勇気が 健作には既にあった
彼は 捕虜収容所跡を訪れたい と申し出た
そこだけはどうしても見ておかねばならない と思っていた
翌日 収容所跡を訪れた
椰子科の樹が点在し 野原と化していた

その一隅の慰霊碑だけが 当時の惨劇を伝えていた
ジゼルによると およそ七十五メートル四方が収容所であった
当時は 樹もほとんど切り倒され 有刺鉄線が張られていた
木造平屋の粗末な建物がたち 数百人の捕虜が囲われていた
健作にはだいたいの想像がついていた

ここで数百人の市民や村民が生死の境を強制された
そのことを思うと 健作は嘆きを通り越し
日本人の傲慢で無慈悲な悪行に怒りを覚えた
国家の特許を得た凄惨な暴力 身勝手な領土拡大という野望
それなのに 日本には未だ言い逃れをしようとする輩が居る

今後また 戦争を仕掛けたり 戦争に手を貸すことを恐れた
健作は 収容所跡を黙々と歩いた 日本の将来への不安を感じ
逝ってしまった異国に人々を悼み
自国の兵士の容赦なき蛮勇を嘆き 黙々と歩いた
それは健作にとって 収容所生活に身を置く試行であった

ギンガとジゼルが知人や世話になった人々を訪ねている間も
健作は収容所を黙々と歩いた
慰霊碑の前で立ちすくみ 昨日の墓地での心の彷徨を反復した
収容所の跡形は無いも同然であったが 慰霊碑の他に
何か証拠が無いかどうかを知ろうとした

知ろうとすることに何の意味があるのか
健作は迷ったが 自分を衝き動かす情動に駆られた
収容所内を夕暮れまで一人歩いた
南十字星が彼の心の彷徨を促すように思えた
山歩きの好きな彼は 旅にはシュラフをいつも持参した

ふと 彼は薄明の中に くすぶり光るものを見つけた
石のかけらと思ったが 手にとって見た
それは 歳月を経て古びて歪んだ
錆びついた水筒のようなものであった それには 麻布の
裂れ端が付いていた それは明らかに元日本兵のものに違いない

調べるつもりではなかったが それに見入った
麻布の裂れ端は二十年余り雨ざらしのままである
健作は我が身を疑った そこには 微かに「里」「木」という
文字が見えた 何かとんでもない嫌な感じがした
「里」の横の「予」が消え 「木」は「大」か「本」か

彼はシュラフの中でまんじりともせず 南十字星を見ていた
南十字星の縦棒の先には日本の空がある
故郷日本を追憶したが 「里」と「木」と見える字を合わせると
「野木」に収斂するのではないか 健作の苗字は野木である
彼は不吉な予感に誘われた

もし 健作の苗字と同じだとすれば ということを考えた
そんなことがあるはずがない
健作の父は南方へは従軍していないと聞いたことがある
しかし もし「野木」であったらと思い 彼は眠れなかった
南十字星が 次第に 地平線に落ちていった

「野木」という苗字は珍しい苗字とも思えなかったが
健作はこだわった
翌日 それにつながるものを探したが なかった
ギンガとジゼルが彼の様子を案じ 食事に誘った
健作は 昨夜のことを話せなかった

やがて 日本に帰る日が近づいた
ジゼルへのかなわぬ愛をそのままにして
ギンガと健作は 南の国をあとにした
健作のポケットには あの布切れが入っていた
帰国後も 南十字星の下での心の彷徨が頭にこびりついていた



八 検証――父と子


新学期が始まったものの 健作は勉強が手につかず
故郷へ帰った 南の国で撮った写真をもって
高齢の父に 南の国での体験を話す気にはなれなかった

父は根っからの杣人(ソマビト)で 山で生計を細々と立て
町に出ることは殆どなかった 健作の将来を気にしていたが
父から 健作に問いかけることはなかった

日本海側北部で未だ寒い日の午前
山仕事に同行した健作は 思い切って 父の戦争体験を尋ねた
嗚呼 あの戦争か と呟いただけであった

それっきり健作も黙々と働いた 大学卒業後父の跡を継ぐことは
おそらくないであろう 父もそのことは承知していたし
そのことを望んでもいなかった 山の生活は余程辛いのである

昼時に簡単な食事を二人はとった
父がためらいながら 自分の過去について ゆっくりと間をおいて
話した 父にとっては口にしたくない苦い過去であった

健作に話す時期がいつか来ることを 父は前々から予感していた
父は戦争に自ら志願したのでは勿論なく 仕方なしに徴兵され
北方アジアの戦線で病に倒れ いったん帰国した

戦争末期に再び駆り出され 今度は南方アジアの戦線であった
そこまで話すのに 四十分ほどかかった
健作は 何か未知の人の話を聞いているような感じがした

樹の香りに包まれて 時の流れに無感覚であった
父は思い出を探り 言葉を選んだ それは触れたくない過去を話す
時が遂に来たという感情に捕らわれたからではない

それは 父の人柄の故であった
普段から口数の少ない父は いわば諦念の域で 暮らしていた
それに加えて 村人たちが父の存在を それとなく遠ざけていた

父は 戦線から引き上げて来た後 有機水銀中毒に冒された人々の
一人であった 工場からの排水に有機水銀が混入しているのを
永い間 工場は認めず その間に 父は寡黙になった

父には 有機水銀中毒が 戦線に加わった見返りのような気がしていた
以来 寡黙を通した しかし 健作の気持ちを察したのか
ゆっくりと噛み締めるように話した

父が南方戦線に駆り出されたのは 戦争末期 敗戦が濃厚に
なってからのことであった 軍の上層部は敗戦を確実に知っていたが
戦争の正当化にうつつをぬかした 父にはそれが分かっていた

それでも なにがしかの戦果をあげることが 御下命であった
日本軍の支配下にある南アジアの国で 父は戦線に配属されず
捕虜収容所の監視が 父の役目であった

驚きと不吉な予感が健作を襲った 何ということだ ひょっとして
自分がギンガと一緒に訪れた収容所の監視兵ではなかったのか
身体が 小刻みに震え 父の朦朧とした眼を一瞬 見まもった

父の眼に焦点がなかった
二十年前の監視兵の己の姿におののいている風であった
だが それは 有機水銀中毒患者の眼でもあった

健作は 改めて父の曲がったままの手と足の指を見て
父の心情を慮った 日本の高度経済成長の悪弊を目の当たりにした
仕掛けた戦争と 企業の度を越した仕打ち に対して怒りを覚えた

監視兵としての己への悔恨と 有機水銀中毒患者としての諦念
この二つの心情が父を寡黙にしたに違いなかった
父の数奇な生涯 健作には言葉がなかった

父の心を これまでそれほど気に留めなかった健作自身の気持ちを
彼自身 哀れに感じた
父は 決して戦線に自ら加わったのではない

山の片田舎で生涯を送る父
過去を忘却しきれない父
健作は ジゼルと父との間をとりとめもなく連想した

旅先から持ち帰った布裂れを父に見せる気にはなれなかった
なれなかったが しかし 確認の衝動を抑えることも出来なかった
南の国で飢えとはやり病で死んだ人々の葛藤が脳裡をよぎった

思い切って それこそ思い切って 布裂れを父に見せた
父は しばらくじっと見つめていたが 顔がくもり 突然 号泣した
これまで見せたことのない父の姿が そこにあった

健作の不吉な予感が的中したのだ
「里」は「野」であり 「木」は「木」であったのだ
父は ギンガたちの収容所の監視兵だったのだ

父は健作に その布裂れの出所を尋ねた 健作はありのままを話した
父の表情は悔恨と諦念でおさまらず 厳しくなった
その厳しさは 強い自責の念の現われであった

収容所跡で彷徨中 よもやと懸念した事態が現実のものだったのだ
現実に対する恐怖 こんな恐怖感を抱くのは初めてであった
こんな個人的な恐怖感 けれど個人的だとは言えない 何故なら

収容所というものが父と健作だけに関わるものではないのだから
それは 日本国の収容所だったのだ
日本国の収容所という意識が 健作に重圧としてのしかかった

日本人としての健作は 日本人としての父の心を推し量った
推し量れば推し量るほど 父の心が健作に語りかけてきた
哀しく 執拗に 語りかけてきた

分かりました 分かりました 健作は重圧にやっとのことで耐えた
父との思い出が 一挙に噴出した 山を離れる健作を送る父を
有機水銀中毒に冒され 一人残される父を

時間の経過に気づかなかった 気がつけば 驟雨
二人は 山仕事のための小さな山小屋に身を置いた
窓から見える樹々が おぼろに 二人を静寂の内に包んだ

深慮に深慮を重ねた父は ギンガとソレムニスに会うことを希望し
山深い里から列車を乗り継ぎ大学街を初めて訪ねた 新学期のせいか
街は 若者の往来がやたらと眼につき 父を驚かせた

学寮の一室で ギンガとソレムニスに 父は向かい合った
二人は自分の息子の世代の若者である
父は正座したまま しばらく二人を見つめた 黙した時が過ぎた

黙したままの父 父の斜め後ろに健作 父の前にギンガとソレムニス
両者の間は二メートルと空いていない
父は収容所に囲われていた二人をじっと見つめたが すぐに眼を閉じた

一分間が十分間にも感じられ 悔恨と悲嘆にさいなまれながらも
「あなたがたのご両親やお国の人々を死なせたのは私です 
お詫びの言葉を言っても 取り返しのつかないことです 
どうか憎んでください・・・生き残った私は憎まれて当然です。憎まれる方が
気が楽になります・・・憎まれて
過去が清算されるとは思いません・・・
しかし 憎んでください・・・今まで生き延びたことが 
本当を言うと 恥辱に晒されてきたのだと思っています 
お二人に会って 私は・・・私は 何をすればよいのでしょうか」
と父は吐露した

口数の少ない父に言える精一杯の悔恨の言葉であったろう
「憎まれて過去が清算されるとは思いません」という重い言葉に
三人は 思い思いに考えにふけった

あれ程の苦役を強いた日本兵の真意を ギンガとソレムニスは
いやでも確認しようとした 二十年以上前のことを確認することに
どれ程の意味があるのか と自問もした しかし

戦後 ギンガたちが 元日本兵の生の声を聞くのは初めてであった
その声を彼らは 一言一句聞き漏らすまいと 聞き入った
声は とぎれとぎれであったが はっきりと伝わった

父の言葉は 誠意に満ちていたと言ってよいと思われる
ギンガもソレムニスも どう受け応えしたものかと迷った
健作も この場をどう繕ったらよいのか分からなかった

健作はこれまで 父の性格を殆ど知らなかった
知ろうとする機会もなかった 異国の青年二人の面前での父の姿を見て
彼の眼は潤んだ どうすればこの場をしのげるのか

ソレムニスが健作に 「もう二十年前のことだし 僕たちは
気にしていない」と言った それでも 父は
正座し頭を垂れたままであった 黙した時が永く感じられた

正座している父は 有機水銀中毒症の足の指の痛みをこらえていた
これほどの永い間の正座が父の顔を歪めた
父の悔恨の念に 健作の心は激しく動揺した

健作が言った 「二十年前の父の行為を許すわけにはいかない 国家の
命令であったとはいえ 現場で実際に行為した者はその罪を償わなければ
ならない しかし どう償えばいいのか」

健作の眼も潤んでいた 健作の言葉に父は何故か怒りを露にした
「言うな 黙れ」 低い小さい鋭い声だった
「憎んでください」と再び父は言った

ギンガが物思いにふけっているように言った 「どうか頭を上げてください
お願いします 母が 母が泣いています いえ 怒って泣いているのではありません
ただただ・・・切ないのです」

ギンガの心の内で母が泣いていた 混迷した母の気持ち
過去の苦難を忘れよ と言われて 忘れることのできる そんな
生易しい苦難ではない しかし もういいのだ 泣けるだけでいい

ギンガは健作の父に 泣けるだけでいい という母の懇願を伝えた
その気持ちはジゼルとも共通していた 徹底的に痛めつけられた人の
そんな人の気持ちは そういうものか と健作は思案した

涙声になった父 「どれ程憎まれても 罪を償うことはできません
あなたがた二人の為に何か出来ることがあれば言ってください
健作と協力してやります」 二人の青年の眼を熟視して決意を語った

健作は父の涙眼を見て 父の悔恨の深さを はっきりと知った
父の思うようにしよう それが父の苦悩を和らげる
それしか途はないと思った

死んでも不思議ではない戦争で生き延びた後 有機水銀中毒の
魔手にもてあそばれた父 健作は父も被害者だと思った
彼は 父とこれ迄の苦悩と自分との絆を改めて感じ取った

父は素朴で実直な山男である それだけに父の苦悩が
並外れて大きなものであることを 健作は再認した
「僕たちが可能な限り全力をあげて罪を償う 父を許してほしい」

一時間以上 少しの会話と大部分の沈黙が続いた
父は相変わらず正座したままであった 涙が一滴二滴零れた
捕虜収容所での自らの振る舞いを思い起こしていた

飢えとはやり病で死んでいく捕虜たちの木棺が 日毎に増えた
終戦末期には木棺さえ無く 死臭がたちこめ 土葬になった
生き残った捕虜は生死の境を強いられ 会話は全く無かった

この二十年間 父の気持ちが安らぐことはなかった
追い打ちをかける有機水銀中毒
山仕事だけが生きがいであった 一人で営む山仕事だけが日常であった

山中で樹々と暮らす そんな生活が 父の日常であった
小春日和には 樹に凭れて うとうととした
樹々のさんざめきに 父の心は安堵した そうして二十年

学寮の狭い一室で 正座したままの老人の眼差しは遠くにあった
窓越しの青い葉をつけた銀杏が父を見ていた その
銀杏の枝越しの 春の薄曇りの空の光が 柔らかく辺りを包んだ

ギンガが あの小さな美術館に行くことを提案した
すぐには立ち上がれない父を ギンガとソレムニスが抱き起こした
ギンガが先を歩き ソレムニスと健作が父の後ろに添った

この美術館はジゼルが教えてくれた美術館であったが
それはまた ジゼルの母とギンガの思い出の場所であった
健作の父は杣人で絵画を観る機会は無かったが すぐに共感を示した

日本の山河に浸っている父にとっては 美しい風景が日常にあった
父は高等教育を受けず 山で生涯を終える人であったが その父が
戦前若い時から 詩のような文を 折に触れてしたためていた

健作は以前に父の文を読んだことがあった
美術館の絵とその文の醸すところは どこか似ていた
その文をジゼルに読んでもらうことを提案した

父は渋ったが 山へ帰った父から その文が送られてきた
父が自ら選んだ文は すべて樹木との交信を綴ったものだった
合わせると 相当長い文集である

その中から健作は 二十四の文を精選し
旧漢字やところどころを書き改めて ギンガに見せた
ギンガは気に入り 早速ジゼルに送ることを提案した

ソレムニスもその文を読み 日本人についての感慨を新たにした
元収容所の監視兵の全く別の姿を発見した
同時に 健作と父との絆の深さに感じ入った

ギンガは 健作と父とのその絆を羨ましく思った
あの戦争がなければ 傲慢な日本兵がいなかったら と
彼は 過去を振り返らざるを得ない自分に いらだちを覚えた

しかし そのいらだちは 多くの日本人こそが本来抱くべきものであり
現にそのような同族が数少ないが居る
問題は そのようないらだちを如何に昇華するかだ

二十四の詩のような文に 昇華の一つの形態があると健作は思った
元々 太古から日本人は自然と交信してきたはずである
それがどこでどう間違ったのか 人間はおろか全自然に刃向かった

極東アジアの小国はより謙虚にならなければ との思いを痛切に感じた
海外に経済侵出をし 効率を上げることに血眼になっている日本
いずれこっぴどい眼に合う 海外諸国からも 自然からも

金銭で事が運ぶ事柄は自然淘汰されるであろう しかし
自然からのしっぺ返しは 取り返しのつかない事態を呈するであろう
父の詩のような文も ジゼルの礼節も そのことを案じるものであった



【モノローグ】
  樹のための二十四の前奏曲



   一、初冬、夕闇

かつて山の神がそばに居たころ、森はやすらぎの場であった。
子供たちは木々のざわめきの中で森と交信し、森は生きもの
をすべて包んだ。月は雲の中に、真っ暗な森は、手作りの松
明の火の下、憩いの園であった。すべてから解き放たれ、
うちとけ合える異界であった。

知る由もない名の巨木の周り、そこが森の底であった。その
底の閉じた異界で子供たちは、押し寄せる漆黒の闇を気にも
留めず、木々の精たちに誘われて、戯れた。ふだんは命令口
調のお山の大将が案外の優しさをふりまいた。そこは森の底
であった。安楽椅子のようであった。

昏れ急ぐこの季節、はや灯がはいった里をそっと見遣るも、
子供たちの心身は森にあった。木々と子供たちと松明の赤い
火が、闇に浮かんだ。そこには時間がなかった。というより
も、山の神の気にいる時間があった。子供たちをわくわくさ
せる時間があった。

雲間に月が出たとき、星がひとつ森の底へ向かって落ちた。

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   二、盛夏、午後

枯れ死した木に逢うということ、それがどういうことである
かを知らなかった

落雷でせいであろう、根の近くまで裂かれたその身に
もはや語る術はなく、体内の水涸れるにまかせ、それは
やがて地に倒れ込むのであろう。

内に宿す精もなく、虫たちのささやきにただ虚ろ気漂う夏の
午後。この一株の枯れ木に辺りの濃く緑なす木々は頭を垂れ、
沈黙する。

いいしれぬ静寂のなか、この枯れ木をじっと焦がす太陽光線。
それはこの木の死を森羅万象に告知する天啓であろうか。

想えば、この木は生半ばにして召された。それでもこの木は
恨みごとひとつ言うでなく、生死の境を知らぬがごと、時を
経る。

いつの日にか降る星に別れを告げたのであろうか。

敬虔という言葉の意味を幾分か知ったような気がする。

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   三、盛冬、雪の朝

裸木に雪の舞
雪の舞う見渡す限りの裸木の群
ここが故里の山ぞと思う

裸木に雪の舞
寒林は痛切なまでの無音の世界で
眠る 生命無きがごと

時たちて

裸木に風と雪の舞
今にも落つばかりの黒雲
白墨色の木立は悲鳴をあげる

裸木に風と雪の舞
木立に悲鳴が吹きすさぶ
生命の有り体を告げているかのごと

やがて風やみて

裸木に雪の舞
無音の寒林
寄る辺求む身の終の棲処ぞ

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   四、清秋、月明かり

大樹の懐で寝転ぶと、想うことが多くある。この樹はここに
生を享けて根を張りはじめてこの方、幾星霜経たのであろう
か、風雪に耐え、伐採されずに生き残ったのはこの樹を愛で
た先人の計らいの故であったのか、大きな幹、長く手招く枝、
緑の萌える大葉は、どれほどの安息を生きものたちに恵み続
けてきたことであろうか、鳥たちのさんざめきに何と応える
のであろうか、月明かりに佇むその姿は辺りの大気に感応し
雄大で静謐そのものであろう、云々と。

 大樹の名はユリノキ。はじめて逢った。

時は流れず、枝葉のあいだに遠く遠く青く青く輝く無窮の空。
寝転んで見ていると、その崇高なまでの大きさに息をのむが、
すぐに心身が抱擁されていくのを克明に感得する。樹の精が
声をかけてくれるからであろう、音も無く。秋も終わりであ
ろうか、黄色に衣替えした手のひら大の枝葉の群のあいだか
ら零れくる淡い陽光のリズム。さびさびとした葉ずれの音。

 微かに素顔を見せる大樹。一瞬眼が会う。

この大樹が生を享けた、その遥かずっと前から、生きものた
ちは樹と語らうを常としてきた。樹の精はだれかれとなく声
をかけた、音も無く。それが闘うことを知らない樹の努めで
あるかのように。その優しさに気づいた生きものたちは、
樹に抱かれる無上の安堵に闘い挑む刺々しい魂を忘れた。

そして、至福の時が過ぎ去るのを忘れた。

そして、樹の存在に身を委ねる心静かな喜びに焦りを覚える
人々は、やがて幻世の喧騒に仮住まいする。

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   五、初夏、朝のカンタータ

メタソコイヤという樹になぜこれほどまでに安息を覚えるの
か。大樹の故であろうか。この大樹の太古からの系譜の故で
あろうか。その姿の、どこから見ても左右対称の故であろう
か。それらにもまして、大きく緩やかに波打つそのしなやか
な、このうえなく優美で緑なす葉陰の故であろうか。

淡く緑に輝き、白く銀色に映え、幾重にも連なるたゆとう枝
葉の群。隣接する街の喧騒から隔絶されて、涼しさが心身に
染み入る。

この樹が十数株植林された公園の、この大樹の下の、思いの
ほか広々とした異界。これはこの大樹の精たちが誘い醸し出
す宇宙であろうか。精たちのカンタータが響き合う、ただそれ
だけの、時間も空間もそよとも動かぬ異界。猛り狂う魂もこ
こに棲めば、何事もなかったじかのごとく、安らう。

現し世人は時にこういう異界を渇望する。

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   六、初冬、朝のシルエット

落葉のあと、未だ真白き大根を束ねて干した大きな柿の木は、
枝先に数個の実を残すばかりとなった。その大きさたるや、
その輪郭内に背後の茅葺き大屋根の田舎屋がすっぽり入って
しまうほどである。

太く曲がりくねった幹とこの木独特の縦横無尽の枝ぶりに陽
光があたり、そのシルエットが揺れる。

この木はこれまでにどれほど多くの甘き果実を生きものたちに
恵み与えてきたことであろうか、と、こんな余計な忖度は度量
の狭い人間だけのものであろう。木は計算することなく永い年
月を生きてきた。木は今ここに居るだけで善い。それが木の
貴さである。それが自分の勤めであることを木は知っている
であろう。

そう、木は人間の掛け替えのない友である。だが、人間の打
算には無頓着である。

豊饒の秋が逝ってしまったあと、半月も前には透きとおるよう
な果実をたわわに残していたこの木は、今は樹肌も干から
び、枯れ色の葉を幾つか残すだけの冬支度にはいった。その
佇まいは、やがて芽吹く日の到来を告げる、木のシグナルで
ある。

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   七、清秋、朝、田舎道

朝、田舎道を歩いていて楠の大樹の根元で野仏に出会う。田
の神であろう。人智の及ばぬことを知っていた野の人々は野
仏とともに暮らすを常とした。

頭を垂れた一面の稲穂が視界をつくる。これが我が原風景と
いうものであろうか。あるいはフランシス・ジャムが、
    宇宙
   水色の
   絹の空、
   小山の上では
   犬が吠える、
と詩った、その「宇宙」というものであろうか。

かつては幾多の大樹から成る豊かな森林であったのであろう
が、伐採開墾され、それでもこの大樹だけは難を逃れ、今で
はこの世界の精となった。

野仏を抱いたこの楠の大樹は、もしかして遥か彼方の昔から
この世界の主だったのではなかろうか。人々はこの大樹を遠
望し、あるいはこの大樹の下で憩い、五穀豊穣を祈願した。

人々はこの大樹に人の世の哀しみを託し、あるいは喜びを舞
い、あるいは畏れを祈った。この大樹は人々に会うを無上の
喜びとした。その証しとして サワサワ サワ と風を紡いだ。

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   八、初夏、真昼の受難

誰だ
欅の木々を切り取ったのは
人間の都合で切り取るとは
いかにも無粋ではないか
ビルを建てるのに邪魔だと言って
損得だけに頭が凝り固まっているではないか

ガガーガッ ゴゴーッ
ギッ ギー
炎暑の工事現場で
欅の木々が居なくなった
残った木々たちは
怒りのもって行き先を知らない

木々たちは心を何処に
おいたらいいのか
人間たちの頭の無慈悲を
知ろうにも 心が通わない
なす術を知らない木々たちは
茫然と立ちすくむ

もはや切り株だけを残すだけの
仲間のことを
何と想ったらいいのか
立ちすくむだけしかできない
それでも仲間のことを
想って生きんとする

緑滴る季節来るも
死を宣告された木々たちは
やがて根こそぎ
灰燼に帰す
難を逃れた木々たちは
ただ瞑目する

木々たちは
仲間の受難を
我がものとし
黙して仲間を偲び
輝かんとする
青葉が風に輝く

そうして仲間の受難を
ただそれだけを心に泊める
やがて秋 そして冬
彩づき そして落葉
木々たちのせめてものの
はなむけだ

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   九、春、夕昏れ

辛夷の花に出会うのはこの辺りでは稀だと思う。
未だ幼な児の手を合わせたような純白の花は、桜が咲き誇る
までの生命だと聞く。

花は白がいい、白にかぎりと思う。白き花であればこそ、そ
の内に気高さと哀しみが息づくというものだ。

成木とはいえ、未だ若きその木のそのいと可憐な花びらは、
突然の風雨にもひしと耐え、春の夢世界を彷徨しているかの
ごと、震えに震え、何を想うてか、やがて昏れ行く夜の帳を
待つ。

やがて、淡く赤い月明かりを身に受けたこの辛夷の木は、夜
目にも白き花を結びて、幽玄の視界を醸し出す。花の想いに
辺りの空気が感応しているからであろう。されど、そうと知って
か知らずしてか花は孤高を保つ。

春雷とともに人々が群がり来りて、街の濃く色鮮やかな灯が
視界を睥睨するや、木と花の姿は浮世の習いで一抹の物語
と化す。明日のことはいざ知らず、稲光に我を忘れる。

年月が経巡りて、かの白き花は震えているか、と想うことも
ありやなしや。

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   十、盛冬、昼下がり

無人駅のホームに沿って並ぶ桜の樹々は、今は何を想うて生
きているのであろうか。数枚の枯れ葉を身につけたその枝は
無造作にやたらと広く延びて、冷気を誘うだけの樹々だ、と
思って眺めていると、そうではなかった。

この樹々たちは、かつて自分たちを愛で、話しかけてくれた
人々の記憶を、ただそれだけを糧にして生きているのであった。
それもそのはず、私が近寄っても何も反応しない。では、
ちょっと登ってみるか――。

手を掛け足で支えた、その途端、その一株の樹は私を突っぱ
ねた。凍てつかんする冬の最中、私がかつの人々と異質で
あることを、この樹は私を制するという仕方で示したのだ。
そのことを私はよしとした。

そうなのか、この樹々たちは追憶に浸っているのか。それが
分かれば、なおのことこの樹々たちが愛ほしくなるという
ものだ。この樹々たちの追憶は、伊藤静雄が
  哀しみの
  熟れゆくさまは
  酸き木の実
  甘くかもされて 照るに似たらん
と詠んだ、そんな哀しみに充ちた追憶であろう。そんな気がする。

私を制した樹に私は凭れて、ひと時を忘我の域で過ごした。
濃い灰色の空の下、そこだけがちょうど日溜まりであった。
樹々たちはそっと私を許した。そこにはいかにも静かな時が
あった。時さえも哀しみの内にあった。

樹が告げてくれた。かつて寄り添うようにその樹に凭れて冬
の昼下がりを過ごしたひとりの少女が、無人駅のホームから
忽然と線路側に消え、列車が疾駆し去ったという。樹々たちは
天空を仰ぎ、烈風を巻き起こしたという。

少女が消えたその方向へその樹はその枝を張ろうとした。
切られても切られても張ろうとした。樹の哀しみは年毎に
醸成され、いつしか樹の根が石を割りその方向へと盛り上がった。
樹々たちは安堵せんとした。

そうして樹々たちは落花ふぶく散華の季節を、
照るに似たらん季節を待つ。

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   十一、晩春、雨降る午後

雨降る杉木立 雨に音なけれど
木の香を伴いて
しとしとと 雨がココロに降る

杉木立の青々と 何に喩えんこの静けさを
雨に濡れにし
我が身の心地よさ

雨降るままに
杉木立に雨宿りせん
しとしとと 雨が降る 情に

雨に煙る杉木立
雨滴に映る青の世界
青に染まった情は しとしとと

雨に安らう

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   十二、初秋、朝の約束

広島から来た人がこの辺りの樹々の太さを語った。広島の
樹々は原爆の後の樹々だから、この辺りの樹々と比べると
細いと言うのだ。そう言えば、長崎の楠の樹々も細かった。
充分に間をおいて植えられているのに。

この辺りの樹々は確かに太い。土も富み人の手も入っているから。
焦土と化し石と化した彼の地の樹々は根の張りもままならぬであろう。
生まれながらハンディキャップを負わされて
幾歳月を経るも、生き抜かんとしている。

痩せた樹々を彼の地の人々は見守った。原爆の後遺症を
もの静かに患わざるを得ない人々の、その窓辺に寄り添う樹々。
ふり注ぐ虹色の秋の陽光。それはしばしの安堵を約束した。
人々と樹々の間に安らぎの糸が通った。

しかし樹々たちは何故にかくも細いのかと自問した。だが、
細くとも人々の樹々であることを自覚していた。
その証しとして緑の風を窓辺に紡いだ。かつて屹立したまま
灼き殺された幾多の樹々と幾多の人々を想って。

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   十三、春浅き頃、朝の光の中で

ここはミューズの御仏が御在す雑木林。

春来たりて、淡褐、淡緑、淡紅、淡紫、嫩黄など和らかなる色
の限りを尽くせる新芽をつくる時は、何ぞ独り桜花に狂せむ
や、と徳富蘆花が写した、それと同様の雑木林。ミューズの
化身をを育む雑木林。

風は未だ冷たくも淡く暖かな陽の光に満ちた木々の群。光の
筋を数えるともなく、落ち尽くした一面の枯れ葉を踏み分け
ると、地は サク サク と応える。凛と透きとおった空気が
雑木林に冴え渡る。

木々と
光と
地と
風と、
この小さな宇宙が心身を包む。

木々の梢に淡緑の光。木々の間を擦り抜ける嫩黄の光。それは、
アッシージの聖フランチェスコが感得した命というものであろうか。

命が
木々と
地と
風と遊ぶ。
この小さな宇宙に命が満ちる。

新芽をつけはじめた檪や楢の木々は、青葉の頃を憧憬して命
脈々と息ずく。万有の萌え出る春の到来だ。ここに佇めば、
極東島国の愚者の感性も西欧の聖者の感性も一つ所に収斂す
る。すべては光の中で春を謳歌する。

大気のこの精澄な明るさ。

ここはミューズの化身が輝く雑木林。


                       ――秋篠の里の思い出――

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   十四、逝く夏、夜明け

 朝もやを透過する曙光
 白く青く輝き始める樹々の梢
 影絵のような樹々の群がほのかに姿を現す
 林床を這う苔や潅木が濃い青緑から淡い緑に移ろう

人々は森の恵みの貴さをもはや忘れているであろう。けれど、
ブナの森に一歩分け入れば、体内の血鎮まるを覚える。
かつて遠き昔日、祖先の人々は皆森や山に棲んでいたわけで、
その血を受け継いでいるからであろう。

  血と言えば、北ドイツの詩人ヘッベルの詩がある。
    いかに高く伸びた花でも
    ここでは死の如く蒼白い
    ただその真ん中の一輪の花だけが
    くすんだ赤色をして立っている
    この赤色は太陽のせいではない
    それは陽の光さえ受けたことがない
    この花の色は大地によるものだ
    そして人間の血を吸い込んだものなのだ

けれど、このブナの森で感じる血はやすらかで暖かな血だ。
「森の母」と呼ぶにふさわしいブナの森にくすんだ感じは
微塵もない。西欧の人々が時に感じる不気味な律動感は
ここにはない。あるのは、豊かな充足感だ。

 満ち足りた空気
 満ち足りた水分
 満ち足りた心地
 満ち足りたこの静寂

こんな時であろうか。
「幸福だとか不幸だということを、人々は何時まで言い続ける
つもりなのであろうか。もはやわれわれはかかる言葉を
忘れてもよい時なのではないか」
と、北条民雄の呟きが聞こえてくるのは―。たとえ
身は病にあるも。

このブナの森を周回するとき心身は、幸福でも不幸でもなく、
ただ偏に安らう。ブナの森で「われわれ」の存在は静かに
緩やかに熟れんとす。樹々と空気と水分と、とりわけこの静寂が
存在の糧となっているのだ。

 彼岸の影絵から生まれ出た如き樹々の神々しさ
 樹々の間を透過する和らかな曙光
 夜明けのブナの森
 静寂 寂

樹々よ、今日もまた、いざ生きなん。

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   十五、晩秋、午前
      『木のためのルバイヤート』より

毎年やって来る椋鳥
榛の実をついばみ
悦に入る
挨拶を交わすのを失念して

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哀しみ来る時は之を珍客の如く歓待せよ
と言ったのは誰だったろう
遅れて生まれてきた細き蚊に
手をさしのべる木のやさしさ

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錦木の朽ちる手前の
その錦木の赤い葉
漆や楓が居ないこの辺りでは
まだまだ一段と女王きどり

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椎の木の巨木から
遠き昔 白蛇が出たという
何の謂れか かくて
巨木は祭られて 秋は逝く

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   十六、春来たらじ、夕昏れ

暖かき日を待ち焦がれ、夢見るは白き辛夷の花。されど、
空は未だ雪雲に覆われり。やがて淡く緑に芽吹く木々たちも
未だ眠れり。この空気がとこしえに続くのか。

冷たき風が心身を吹き抜ける。迷い迷いて辛夷の木を
訪ねるも、木は見あたらず。去年の春見た花は幻か。
白き花のかの淡き香を嗅ぎたや、たとえ幻なりとも。

雪雲に覆われり空、春来たらじ、何をか言わん。されど、
暖かき春を夢見るは人の心の哀しき定めか。
幻を夢見る人の心は、これもまた幻か。

かの辛夷の木は幻なりしか。掛け替えのないかの白き花は
何処へ消えしか。花を求むるは、暗天の下、
春を待ち侘びる貧しき身にしあれば。

言葉を知らない時が夕昏れを過ぎ行く。心貧しき身は
ただ花を求める、幻が幻を求めて。未だ春来たらじ。
何をか言わん。冷たき暗き風が心身を吹き抜ける。

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   十七、盛夏、午前十一時、水の畔で

ヌマスギの巨木の、その緑の鮮やかなこと。上質の翡翠色を
もっと濃く明るくした緑だ。濃く厚みのある緑のヌマスギに
夏の強い陽光が当たり、澱んだ水面に樹影が浮かぶ。
真夏の朝がこの樹影とともに過ぎ行く。

水面に小石を投げると、樹影がゆらめき、トンボが我にかえる。
しかし直ぐに動きを止める。湿潤であればこその時が過ぎ行く。
持続する生命が飽和しているかのようだ。
飽和する生命を司るのは緑溢れるヌマスギの巨木だ。

大小幾つかの気根が半円の輪をつくっている。その中に招かれる
気分だ。招かれてヌマスギと語った。時間の過ぎる感覚は無い。
自分がここに居るのが何かしら不思議だ。
それは不思議な感覚だ。何かが自分を支えているようだ。

ヌマスギの巨木が支えてくれているのだろう。
時間が動かない。すべてが動くのを忘れている。
忘れて生命が満ちる。ただそれだけの一日。

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   十八、春淡し、夕闇、帰り道

昼間笑っていた山の端に十六夜の月が蕭々とかかると、
樹々も大地も眠りに就こうとする。遊び付かれて里に帰る時間を
ほんの少し遅らせてしまった子供たちに闇が迫る。迫る闇に
子供たちは ふと 気がつきながらも、里に帰るのを忘れている。
多分それは森の香に包まれていたからであったろう。

ホーホーと鳥が啼いた時、子供たちは森の闇をようやく
気にした。「帰る」と一人が言った時、森はもう暮れていた。
頭上に月が居た。月の光がなんとももの寂しげに揺れた。
何か遠いところに居るような、そんな気持ちに子供たちは
とらわれた。けれど、森の精に引き止められるのをどうしようもなかった。

もう一度「帰る」と誰かが言った時、子供たちは里の灯が
無性に恋しくなった。けれど、森の淡い香に誘われて、
子供たちはもうしばらく遊ぼうと思わざるを得なかった。
子供たちの声が幾らか大きくなった。それは不安を
掻き消そうとしたからであったろう。やがて、
森の闇が一層濃くなり、梢に月が白く蒼く輝いた。

子供たちは家路についた。
月明かりに薄く白く光る帰り道。
その道の蒼白い並木が、かつて見た葬列のような、
そんな景色を映していた。
子供たちは、何かに追い立てられるかの如く、
里の灯にひかれて駆け出した。

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   十九、晩秋、午後四時半の舞踏会

小さな植物園 そこが舞台
そのひと隅で照るひと株の
楓の壮麗な色彩 艶やかなヒロインだ

落葉した樹々たちは
この楓の黒子を
演じているのだろうか

僅かに枯れ葉を残した
若い栃の木が
楓の枝と交差する

交差するところに
山茶花が白装束で顔を出し
楓の前景に出ようとする

風で
山茶花の白が
見え隠れする

ヒロインは
意にかいさず
赤を極めた壮麗な深紅の装いで踊る

栃の木は若すぎ
山茶花は臆病だ
楓はどこまでもヒロインだ

けれど
徘徊する魑魅魍魎に
ヒロインは気づいているのだろうか

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   二十、晩春、朝の面影

群生する馬酔木の森は遠き原初の幻を現出するかの如く
濃密な気配を醸す。息を潜めるとかつた森の人であった
熱い血が騒ぐ。この森は世間体を無化する森だ。

名も知らぬ面影がふーっと横ぎる。メジロの群が
慌てて羽ばたく。オレンジ色の無数の陽光が木々の間を
擦りぬけ、それっきり何事も生じない。

胎児が蠢くかの如くこの森に抱かれて、遅き春の朝が
通って行く。温もりと倦怠が馬酔木の白い花と交差する。
あの面影は幻であったのか、それとも――。

この森の小徑はいづこに通じているのだろうか。シューマンの
「予言の鳥」ならば知っているかもしれない。
「予言の鳥」に先導されて、かの面影を求めて歩もう。

けれど、世間体を脱し得ない現代人は森の人になりきれず、
「予言の鳥」を見失う。しかたなく佇むと、そこは
やはり遠き原初の森。微かにかの面影が見え隠れする。

暖かき陽の光のなかで群生する馬酔木の森が遠き原初の
濃密な気配を醸す。かの面影は何だったんだろう。
馬酔木の白き花が映照する幻影だったのか、それとも――。

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   二十一、晩夏、午後、草いきれ

草いきれの中で腰を下ろした。風は凪ぎ、ただ偏に暑い。
おそらく三十五度を超えているであろう。うだるように暑い。
小さな落葉照葉樹林で万物が燃える。
体内の毒素が放出される思いだ。

ここは一五〇〇年程前の古墳の跡。古の人々の
嘆息が聞こえてくるような、そんな草いきれの中で
自分もまた何かを求め、自分の生活の何たるかを夢想する。
やがて漂着する生の終わりに向かって。

茫々と伸びほうだいの草。その上に伸びる落葉照葉樹林。
それら多年草のものは年毎に生まれ替わり、年毎に
同様の生活を営む。それらは
それら自身の生活の何たるかをよく知っているであろう。

比べて自分はどうか。徒に生命を浪費しているだけではないか。
自分の生活の何たるかを掘り起こしてみることもせず、
余儀なく計画された明日の生活を当てにしている。
何故に生きんとすか。

自分もまた多年草であったらいいものを。

しばし草いきれの中で寝転がろう。

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   二十二、春は曙、白骨林の沼

春は曙、と詠んだのは雅やかな情感の発露であったろう。
それは平和なひと時を余すところなく写す言葉だ。

だが、白骨化した唐松が頭を擡げるこの沼の、その澄んだ
水面に射す曙光は、隠れようもない不気味な死の光だ。

しかし、何故にかくも不気味な情感を抱くのか。暗澹たる
生への執着から逃れ得ないからか。そうではあるまい。

それは、自分の身と無関係に、端的に不気味だ。白骨林の
沼に射す曙光は、まさしく死の蒼い淵を露にしている。

だが、何故にかくも不気味なのか。茫然と眺めていると、
不気味なのは矢張り自分のなせるところだった。

されば、この情感を断ち切ってしまおう。曙光の筋を辿り、
白骨林の沼に身を移すと、そこは心静かな異界だ。

恐怖も喜びもない異界。青い山々に抱かれた平和な異界。
望むらくは、自分が入滅する世界がかくあれば。

春は曙。平和な異界。花もなく心静かな、やがて
白銀色に輝きはじめる白骨林の沼。静寂。寂。

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   二十三、初秋、午後の残映

巡り巡りておもむろに漂う秋色
銀杏の葉が鈍い緑色を保ち
過ぎし夏の日を残す

猛暑を脱した安らぎに
銀杏の老樹ははじらうかの如く
そよ風を紡ぐ

この樹はかつて身に及んだ災難に
仁王立ちした記憶を
身にやきつけている

そうして 今では
実の成りは少なくなったものの
威厳と風格を備えて木陰をつくる

やがて鮮やかに黄葉する日を
待ち侘びて しかし 程なく
人間の都合で切断される

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   二十四、春へ、朝の祝宴

厳然と四壁にせまる寒威もほのかに緩み、淡い春の色が
遠くの山々を染める。地声の鶯が飛び交う芽吹きの雑木林も
透き通るような淡い緑に染まる。

朝、林床を歩むと春遠からじの気配がひとしおだ。
雪雲が去って、空が明るくなると、白く縮んでいた杉苔も
勢いを得て、伸びる構えを示す。

苔むした小楢の倒木に幼木が宿り、その宿りを杉苔が
囲うようにして守っている。幼木が生命を宿す、その最初は
どんなだろう。寒威の間はどう過ごしたのだろう。

この幼木は春の光に向かって伸びんとする。小さな小さな
祝宴だ。林床に新しい生命の営み、けなげな営みだ。
強靭な営みだ。僕らもかつて同じ営みをしたはずだ。

小楢の倒木を糧として幼木は生長する。
倒木も懸命に、かつ厳粛に役目を果たす。春を呼ぶ瑠璃色の
光と風がこの雑木林の祝宴をいっそう優美なものにしている。

小さな生命を育む倒木と、光と風と。
生命を守る林床に
優美な祝宴が暖かな陽を呼ぶ。



九 生け贄にされる自然


健作の父の書いた文を読んだ南の国のジゼルは 違和感を覚えた
しかし 何度も読み また 訪日した時の老教授とのひと時を
思い出すにつれて その文になにがしかの親しみを感じた
それは かつての母の感情と同様であった

二十年前に自分たちを苦しめた元日本兵に文だと思うと 素直に
受け入れることはできなかった しかしこの文の書き手も確実に
被害者なのだと思った 国家による被害者 企業による被害者なのだ
自分たちを苦痛のどん底に陥れた元日本兵の果てなき苦悩を慮った

二十年前に蒙った苦難のことや 有機水銀中毒による苦痛のことや
その他 様々なことを思い浮かべた そうして ジゼルは何をどう
考えたらいいのか やるせない心情で胸がいっぱいになった 戦争への
怒りと同時に 国家の命令で戦線に徴兵された自然を愛する人への心情

「樹のための二十四の前奏曲」を何度も読んだ
何度も何度も読むにつれて 日本人の情感の本性を垣間見た
それは おそらく古代から延々と続いてきた日本人の情感であろう
どの国にも自然を愛する人が居る そのような人を生け贄にする戦争

ジゼルは考えにふけった
「樹のための二十四の前奏曲」が含蓄するところから
自然についての再考を促された
加工されていない無垢の自然 元々それは人類が生活していた自然だ

あの捕虜収容所は何だったんだろう とジゼルは回顧した
自然のものとは決して言えない
粗暴な人間が 蛮勇をふるい 意図して 工作したものだ
しかし 野蛮な人間も自然のものであることに異論はない

工作する人間と工作される人間 人間はこの二つに分かれるのか
ジゼルはそう思わざるを得なかった 自分は工作されていた人間だ
そして 工作する人間には絶対にならない と思った
工作される人間の非人間性を したがって非自然性を熟知していたから

南の国は今 戦禍の跡も殆どなく 自然に満ちている
美しい海と深い森林と
そこに暮らす人々は自然との共存を楽しんでいる
二十年前と比べると地と天の差がある

しかし 今に至るまで 人々の努力と挫折は如何ばかりであったろうか 
工作する人間を退散され
残った工作する人間を退散させ得ない場合には よくよく話し合った
それでも撤退しない人は 人里から姿を消した

非自然化された自然を回復するには どんなに苦労を伴うものか
人類の歴史は非自然化の歴史であったのではないだろうか
それは ジゼルの国の歴史だけではない 地球の歴史がそうなのだ
いわゆる先進国が いわゆる後進国の非自然化を促進した

そのためには先進国の自然も非自然化されざるを得なかった
後進国の自然を非自然化するには 自国に自然を生け贄にすることが
不可欠であったから 先進国は山の巨木を伐採し 大型の船を造り
七つの海を我がもの顔に往来し 後進国を武力で占領し加工した

その結果 先進国自身の自然が非自然化されるはめに陥った
樹木を伐採したが故に 山には水溜めの天然の力がなくなり 河が溢れ
洪水の危機に面した これではいけない と慌てて人工林を格式ばって
造成した しかし その人工林が本来の自然ではないことは明白である

ジゼルは英国の友人から 英国には元来あるべきところに本当の自然は
ないと聞いたことがあった それは何百年も前に樹木を大量伐採した
結果である この事態は英国に限らない いわゆる大航海時代を経て
産業革命に至り 今世紀の戦争で 地球の非自然化は極端に進んだ

戦後 冷戦の時代と言われる最中一九五四年 人類史上最初の
水爆実験が行われた 行った当人たちは
その水爆実験の成功を祝し
実験を「ブラボー」と名づけた
何が「ブラボー」なのか そう思ったジゼルは悲しみと憎悪を覚えた

人間を含む自然を痛めつけるだけではないか
「ブラボー」は 仮想敵国を威嚇し 自国の優位を示す呼称にすぎない
その実験によって 多くの人々が完治不可能な手痛い苦痛を被った
太平洋の島国は「ブラボー」どころではない

自然が核汚染に晒された これは致命的な蛮行である 島国の人々は
汚染されたまま放置された その後も 原水爆実験は挙行されている
実験は 敵視するという人間の性の業だとは思いたくないが 実験を
支持した人も汚染された人も非自然化されつつあるのではないか

このまま進んだら 人類の大部分は非自然化の巻き添えになる
これを承知の上で いわゆる先進国は核開発に邁進するであろう
人間という種は 何と愚かな動物であろうか
自然によって生かされてあるという礼節を忘れている

今 地球が人間に抵抗している 地球という自然への礼節を人間は欠き
その結果 人間の肉体のみならず 心のいわば細胞まで汚染されている
これは 人間を含む天然自然に生け贄に他ならない 日本軍による
ジゼルの同胞の多くの生け贄とは峻別しなければならないが

人間の傲慢と科学技術の横暴に歯止めがかからなければ と思った
先進国の度を越した戦力 その戦力を作り出した科学技術
その科学技術を応用した科学者と政治家 彼らの権力を生み出した
衆愚 それらが 自然を生け贄にした張本人なのであろうか

戦禍の跡の南の国で橋を架けるために 土壌調査がなされた時
不発弾が発見された 明らかに日本軍が残したものである
二十年後の今も 南の国の自然は至る所で非自然化の餌食になっている
復興の努力に水をさす事件 それ程に戦争は非道なものなのだ

自然の懐に棲む人間は 山川草木の中でこそ心静かに生きられるのに
そのことを忘却したばかりか 山川草木を殆ど無視した
科学技術の発展は 自然を軽視し 山川草木を生け贄にしてきた
しかも 何の代償も無いばかりか 報復を受けることに気づきながら

ジゼルの郷愁は 亡き父母への郷愁のみならず 自然に抱擁される
自然との一体化にあった 「樹のための前奏曲」に なにがしかの
郷愁を覚えた これは古今東西 人々の変らぬ心情であるはずだ
この心情が無くなれば 人間は加工された人間に堕落するであろう

不発弾が発見されたのは ジゼルがそんな思いにふけっている時だった
そのニュースは日本にも届いた 不発弾の処理技術に乏しい南の国は
日本の専門家に処理を依頼した 当然 日本に責任がある
専門家チームに 健作の父は同行することを頼んだが 拒否された

父は自分の責任を少しでも全うすることを願い 専門家チームとは別に
一人で南の国に渡航した ほぼ二十年ぶりに訪れる南の国は美しく
輝いていた しかし 父の心は鉛のように重かった
過去の途方もない過ちを忘れることはなかった

専門家チームが不発弾を無事に処理し この一件は落着したが
不発弾が 他にも埋まっていることは充分に考えられた
発見される度毎に専門家チームが派遣されるであろう
それは 良くも悪くも経済成長を遂げた日本の責務である

不発弾はいつ何時 爆発するかもしれない 父は自責の念にさいなまれた 
爆弾の埋設は父の役割ではなかったが その役割に加担したのは
間接的であれ 事実である 父は 美しい南の国での日本軍による
想像を絶した蛮行に憤りを覚えた だが 父も日本兵だったのだ

ジゼルが父と対面した 父は捕虜収容所の監視兵であったが ジゼルの
ことを思い出すことはできなかった ジゼルも同様であった 頭を垂れて
無言のままの父に ジゼルは父の書いた詩のような文についての感想を
述べ 父の手をとり 父の労苦をねぎらった 老人はただ涙した



十 哀惜――再会


健作の父の書いた詩のような文 こんな謙虚な 自然を愛でる日本人が
何故 戦争を仕掛けたのか その点が ジゼルにはどうしても理解でき
なかった 国家という怪物の下では 個人の情感は無視されるのか

ジゼルには そう思う他は無かった
かつての敵国日本の歩んできた今世紀の歴史を回顧しても 
そう思われた 国家による被害者は 多くの日本人でもあるのだ

しかし かつての敵国日本による自国民の被害と苦痛は
日本人の被害者とは全く別種のものだ 比較の対象にならない
ジゼルは またも あの捕虜収容所を思い出した

あんなにも苦悩の日々が続いたなかで 誇りを失ってはならないと
母は言ったのだった 母の言葉でジゼルとギンガは生き延びたのだ
健作の父の文と あの苦難の日々での母の言葉とは 重みが違う

その重みの存在からすると 健作の父の詩のような文は軽く思えた
だが ジゼルは 「樹のための二十四の前奏曲」に
かつて母が感じた快い日本と日本人の姿を感じ取った

これからの日本とジゼルの国との間に真の友好の橋が架かる
彼女は そう信じた 信じられるだけの力を「前奏曲」にみた
人間というものは 森や樹や川や海に 心の平安を覚えるのだ

「前奏曲」十二をジゼルは特に気にした そこには 原爆の
後遺症に患う人々が樹々の緑に安堵を覚える情景が描かれていた
そうなのだ 苦渋に満ちた人々は一株の樹からも生きる力を得る

そう思った時 ジゼルは 突然 胸が苦しくなった
二十年以上にわたる苦悩が 彼女の身体をも侵蝕していた
清らかな心とは別に 未だ若い身体は ぼろぼろになっていた

心臓発作 突然の襲来であった 遂に 死が彼女を捕らえたのだ
朦朧となっていく意識
ギンガのことが ソレムニスのことが 彼女の脳裡に映った

ジゼルには 内面から自分自身を支える力が備わっていたが
幾多のおぞましい試練を乗り越えてきた彼女の内面の強さにも
限界があることを彼女自身は覚っていたと言えよう

ジゼルが永眠した
彼女を知る人々の心痛は 虐げられた歴史の中の彼女に及んだ
彼女から 多くの人々が どれ程 心の平安を得たことか

人々は 彼女の安らかな眠りを祈った
各地から 一人寄り 二人寄り 多くの人々が彼女に祈りを捧げた
黙した人々の集まりは 憂いに満ちたが 沈痛な思いではなかった

沈痛な思いでなかったのは それが彼女の希望であり
その希望を人々は口伝えで知っていたからである
人々は あの収容所の慰霊碑に 彼女の名を刻んだ

彼女の死が ギンガとソレムニスと健作に伝わったのは
何故か一週間後であった 彼女の死を彼らに伝えることを人々は
躊躇した 悲報を伝えるにはあまりにも突然の出来事であったから

ギンガも驚いたが ソレムニスの驚きは言葉にならなかった
母の許へ逝った とギンガは思った
泣きくずれたソレムニスの心の拠り所は 何処にもなかった

健作にしても
ジゼルの死は 何か大切なものを一挙に失った思いであった
何故 何故なのか 大切なものの喪失は 忽然と襲ってくるのか

三人がジゼルの墓詣でをする費用を 老教授が工面してくれた
老教授も ジゼルとの出会いを思い出し
逝ってしまった彼女の悲哀と礼節を肝に銘じた

三人はジゼルの墓詣でを済ませ 直ぐにまた大学に戻った
ジゼルの希望を達成するべく 懸命に研究に没頭した
ギンガとソレムニスが帰国するのは 一年半後である

その時までには 実をつけた銀杏が黄葉し プラタナスの大葉が
青く繁り 逝ってしまったジゼルが木々たちと黄泉の国で交信する
その安らかな交信を ギンガとソレムニスは疑わなかった

疑わなかったのは ギンガにとってはごく自然なことであった
悲痛にさいなまれたソレムニスも 次第にそう思うようになった
それは 彼の心のいわば寂静の表出であった

ソレムニスの心境が この数ヶ月間の様々な出来事や
友人との出会いによって変質したのは明白である
その変質は 一人の青年の心の豊饒を示すものであると言える

ジゼルを失ったことによる彼女への思いは 諦念以上の
静謐とでも言いようのない思いであった 今後ソレムニスが
希求するところが何であるかを 既に彼は判別していた

追憶の中に住んでいるジゼルの礼節が その判別の指針であり
この指針の存在は 彼にとって厳然たる事実であった
それ程に ジゼルの存在には重みがあった

黄泉の国でジゼルは木々と交信し 安堵すると彼は強く思った
その思いは 埒もない冷酷極まる戦争に抗する荘厳な
祈りのようでもあった その祈りがジゼルの許に届くことを彼は確信した

戦争に抗する祈りであると同時に その思いは
人類とでも言うべき人々の未来の静謐への祈りでもあった
苦難の途を歩んできた彼らにして 初めて実感できる祈りであった

そのような祈りの境地に達し得たのは 事実の歴史を偏見なしに
見据えることができたからであり 南の小国の一人の
人間といえども人類の一員であることの責任を実感したからである

健作も 彼らの気持ちを幾分か分かち合えることができた
彼は ギンガやソレムニスや
それにジゼルの体験した事実の歴史に思いを馳せた

彼は彼らと彼女の苦渋と祈りを父の体験に重ねざるを得なかった
静謐への祈り そこに 人類とでも言うべき人々の郷愁がある
未来における静謐への郷愁 それこそが求められていると実感した

ギンガとソレムニスと健作は 逝ってしまったジゼルに言い知れぬ
郷愁を覚えた これは 彼ら三人の いつわざる心境であった
嗚呼 ジゼルが居てくれたら と はかない望みが一瞬湧出した

ジゼルに替わる化身は もはや望むべくもない
彼女は礼節の人であった との感慨がいまさらのように
残された人々の心にしみじみと去来した

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ソレムニスは夢を見た ジゼルと談笑している夢を
勉強は進んでいるか と彼女は生前と同じように言った
彼は痛いところをつかれた

老教授にギンガとソレムニスの勉強の世話を懇願するジゼル
彼女は老教授を父のように慕い 時折 紅茶を淹れに研究室を訪ねた
ジゼルの内面も外面も 生前と変わるところは何ひとつなかった

健作の父が書き留めた詩のような文を 彼女はそらんじていた
樹々との交信によって 日々の生活は安堵していた 二十年前の
戦争は 彼女の内面で 恩讐を越えていわば過去の影と化していた

南の国の夜空で 星が一つジゼルの魂に宿った
その星は 季節の変わり目のひととき 日本からも仰げた
その星が 夜半 ソレムニスたちに微笑むように光を紡いだ

ソレムニスの夢の中で ギンガが健作の父の子になっていた
ギンガと健作が兄弟になることを ソレムニスは望んでいた
その望みが何処に由来するのか それについては分からなかったが

健作が父に便りを出すときの差出人は 健作とギンガの連名だった
父からの返書の宛先は いつも健作とギンガの両名だった
その返書には いつもジゼルへの挨拶が記されていた

夢の中で ソレムニスは人々のあるべき姿を見た と思った
こうでなくては と
彼は確固として強く思った

南の国は年によっては干ばつに襲われ 人々の生活に困窮を強いる
そうした時 ジゼルが「樹のための二十四の前奏曲」を暗唱すると
風が雲を耕し 恵みの雨が降った 不思議なことではあった

海原と樹海に挟まれた南アジアの国 貧しくとも美しい国
やがて 国内の少数民族の仲たがいも収拾するであろう
それは 老教授が予想したところであった

ソレムニスはギンガと 夜を徹して 話し合った
「僕らの世代が 母国と日本の架け橋になろう」
「これは ジゼルの心の底からの望みなんだ」

ソレムニスは 白桃色の衣装を纏い舞うジゼルに呼びかけた
ジゼルは何も応答しなかったが その顔は永久に礼節を保ち
二人に微笑んだ 星が風圧で光度を変えて輝くように

その微笑で ソレムニスは夢から醒めた
既にギンガは起床していて 古びた学寮の一室から
春の空を 銀杏の樹々の無数の枝ごしに眺めていた

ソレムニスも起き 共に朝食をつくり 食べた
今日は 健作の父に手紙を出そう
「体を慮ってください」と

ちょうどその頃 健作の父は 山深い里の明け方
薄明の夜空に輝く星を 仰いでいた
それは やがて父の末期を迎える星でもあるのだろう



[健作からの手紙・抄]


僕の思いは なおも複雑であり 相良君による物語とその結末は
軟弱だとの批判に耐え得ないだろう
日本が二十年前に犯した大罪
その後の他国を圧する日本の急速に過ぎる経済成長
この間 何か大切なことを日本人は忘れ失ってきた
ジゼルの礼節を平素から回顧しなければ
父の詩のような文が醸す自然を憧憬し 自分が生かされて
あるという思いを抱かなければ 父の詩のような文の醸す
ところに郷愁を覚らなければ
そして 言うまでもなく 二度と領土の拡大を
目論んではならない 僕は つくづく そう思う
相良君の物語の含蓄するところは そういう思いを まだまだ
掘り下げていない 所詮 気軽な物語だと言ったら言い過ぎだけど
しかし 真摯に話し合える友人が居てくれて 僕の気分は
少し落ち着いたように実感している
あらたまって礼は言わないが これからも一緒に 日本と
日本人の姿を診ていこう それが おぞましい過去を
許すまいと願う反省というものだろう 時には 君自身の物語も
聞かせてくれたら もっとお互いに分かり合えると思う
そうそう 老教授がジゼルの墓詣でに行くそうだ
出来れば 君が同行してくれると有り難いのだが では また



[付記]余りにも遅れた私信
        (これは二十一世紀を迎える直前の書簡である)


 野木君 お手紙有り難く拝読しまた。
三十年も前に受け取ったお手紙に今頃したためる返書は余りにも遅きに失した迷い言であり、何よりも君のその尊い命が彼岸に逝ってしまったことを知りつつも文字を連ねることにどんな意味があるか、と問われれば、応えることの出来ない失態であるかもしれない。確かに君が言った通り僕――いや、「私」と言うことにしたい、というのも「ギンガ・ソレムニス――戦苦・追憶の断章」に書かれた状況から三十年を経て、いっぱしの社会人となった人間として、「私」と言う方が何となく座りがいいからなんだけれど、こう言うのも私が精神的に成長したからではなく、ただ世間並の大人と見られているからなんだけれど――その私が「ギンガ・ソレムニス」を綴ったのは、君たちの心労を他人事とは到底感じられなかった訳で、それにも拘わらずその頃の私は君たちをただ見守るしか能のない、ていたらくな一人の学生でしかなかったからなんだ。あの頃の私は、君たちからちょっと距離をおいて、君たちの佇まいを見ていた。それは、あの頃の私が小心者で、友人と言えるような仲間をもつことができず、食べていく為にひたすらアルバイトに打ち込んでいたからなんだけれど。
 野木君、君は四十九歳の命を全うした。奇しくもジゼルと同じ心臓発作が君を襲った。いい奴ほど先に逝く。何故なんだろう。ギンガとソレムニスにとっては痛恨きわまらない突発事であった訳で、駆けつけたソレムニスが弔辞を読んだ。

「健作、私たちは君のことを生涯忘れない。 一九六三年頃に君に会っていなかったら、私たちは日本と日本人への隠匿した敵意と、したがってそれとともに屈折した感慨を持ち 続けていたに違いない。君との出会いと父上の文章からどれほど勇気を授けられたことか。父上のご臨終のときにも私たちは涙せざるを得なかった。私たちの育った環境は日本のそれとは大分異なるが、君と父上の心情に触れることによって、私たちは私たちの気持ちを新たにすることができた。今後私たちが生きていく上で、健作、君と父上についての思い出が失われることは絶対にない。天国で君と父上とジゼルが慎ましく語り合っている様子が、私にははっきりと分かる。そう、生きている者も逝去した者も一体なのだ、と僕は思う。ギンガも同じように思っている。なにしろ、ギンガは君の父上の息子と言えるのだから。健作、僕は本当に大切な友人を失った。知らせを聞いたとき茫然自失の状態に落ち込んだ。しかし、君のことを思うと、母国の為の仕事をする勇気が、様々に混濁した状況にあるものの、湧いてくる。衷心より御礼を言いたい。君には生きていて欲しかった。もっともっと語り合いたかった。しかし、今となっては御冥福をお祈りする他はない。」

 ソレムニスもギンガも随分と成長し、南の国を支える中枢に居る。私はと言えば、世間並の大人になったとは思っているが、しかし、三十年前の気性をもったままだと思っている。つまり、学生の頃のしがらみを現在も宿している。野木君があの老教授の下で研究を続け、研究室に勤務したのを羨望の目で見ながら、私は中堅どころの土木会社で毎日同じような仕事をしている。あの老教授も野木君が逝く前に逝かれた。その追悼式で君が、ギンガやソレムニスや、それにジゼルのことを語った。あのときほど、悲しみで結ばれた集まりを私は知らない。それは老教授と参集した人々にジゼルの礼節が染まった会合であった。
 そうそう、三十年前に君が勧めてくれたジゼルの墓詣で、老教授と一緒に行った墓詣でのことを報告しておく義務があるだろう。その墓詣での様子は一言で語ることが出来る。沈黙と瞑目。老教授は終始黙して祈りを捧げた。私は、その頃の僕は、老教授の後に添うことしか出来なかった。その時考えさせられたことは、私の綴った「ギンガ・ソレムニス――戦苦・追憶の断章」が如何に軟弱なものであるか、ということだった。あの頃の君が鋭く指摘した通りだ。大罪を犯した日本人の一人としてあんな物語を書くべきではなかった。ジゼルの訪問を受けた老教授が挨拶の言葉に詰まり、口ごもって詫びた、それだけを記憶に止めておけばよかったのだ。今の私は、あの物語を綴ったことを悔いている。「詩がこんなにもやすやすと書けるのは恥ずかしいことだ」と終戦直前の日本統治下で抑圧され獄死した詩人・尹東柱がもらした心情、そんな心情が私を捕らえて止まない。恥ずかしいことだ。ただ、ジゼルから教わったことを私は生涯忘れない。これだけは野木君、私の正直な気持ちとして受け取って欲しい。悲哀と礼節、これは他人に押し付けるべき心情ではないが、今世紀の反省を踏まえた日本人が来世紀に向かって歩む指針を示していることは確かだと思う。


   亡き友 野木 健作 へ

 一九九九年十二月十五日


                                              相良 理方

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