「ごぶさたでーす」
「あ、おひさしぶりー」
職員室は、活気と喧騒に満ちていた。
「えー、先生方、ご苦労さまでございます」
全員がそろったのを見計らい、教頭が口をひらいた。
「長い夏休みも今日で終わりを迎え、いよいよ明日から2学期が始まります……と、いうことは、またあの『恐怖の9月1日』がやってくるわけで」
いまいましそうに表情を歪める教頭を見て、多くの教師たちが苦笑いを浮かべる。
「それにしても、昨年の9月1日はヒドかったですなあ」
ベテラン数学教師が、しみじみと言ってみせた。
「夏休み明けに出勤してみたら、500人以上いるはずの全校生徒のうち、たった34人しか来ていなかったのですから……」
教頭が、取り出したハンカチで、オデコの汗をぬぐう。
「あの失態は、全国紙によって大々的に報道されてしまい」
「そのせいで、我々のボーナスは半分になり」
「妻からは、さんざん踏みつけにされ…ふきょーーーっ!」
とつぜん、教頭が絶叫した。どうやらトラウマが発動したようだった。
「教頭! 大丈夫ですか?」
数人の教師たちが駆け寄る。
「あ、こ、これは私としたことが……申し訳ない」
エアコンは効いているものの、教頭は汗まみれだった。
「えー、おほん。と、いうことで、夏休み明けに大量発生する『生徒たちの登校拒否』を解消するため、今年の9月1日から『3学年・同時修学旅行』が実施されることになったのは、先生方もご承知のとおりです」
「さすがの彼らも、楽しい修学旅行が始まるとなっては、イヤでも登校してくるでしょうな」
100時間以上の職員会議の結果、生まれたアイディアだった。
「では、まず1年生の予定から確認していきましょう」
そう言い終えると、教頭は気が抜けたように、いったん席に腰をおろした。
「えー、では1年生の旅行日程から」
学年主任の男性教師が立ち上がる。
「1年生は、京都&奈良の3泊4日です。まずは、アレを訪れたあとコレに行って、ソレをしたあとにアレに泊まり、2日目には、かの有名なアレから飛び降りる体験をして、あとは自由行動です。3日目は、アレコレ満喫したあとに自由行動。翌日、学校到着となります」
「歴史の香りを、めいっぱい楽しめますなあ」
白髪混じりの教師が、うらやましそうに言った。
「それじゃあ、次、2年生の予定を」
教頭の言葉を受けて、学年主任の女性教師が立ち上がる。
「2年生は、スイス・ヨーロッパ7泊8日の旅です。まず学校を出発して、10時間後に現地へ到着。それから2日目はフニャララ、3日目はホニャララ、4、5日目はヘニャララ、6日目はヒニャララして、7日目にドニャララ観光を楽しんだあと、8日目に学校到着となります」
「行き帰りの飛行機が、墜落しなければいいですなあ」
白髪混じりの教師が、嫉妬まじりに言った。
「それでは、最後に3年生の日程を」
教頭に言われ、若い学年主任が立ち上がる。
「3年生は、宇宙体験20日間です。私自身、宇宙は初めてなので、少しばかり緊張しております。まず1日目は、空港を出発して、NASAがあるケネディ宇宙センターに……」
こうして簡単な打ち合わせが行われた後、教師たちによって、500人超の生徒ひとりひとりへの電話連絡が行われた。
まさに、万全の態勢だった。
そして、翌日。
「……やりましたね、教頭」
運動グラウンドには、500人以上の生徒が、みな笑顔を浮かべながら整列していた。
「ああ、これで妻に叱られなく……教育者としての責務を果たせる」
感激のあまり、教頭は涙ぐんでいた。努力は、報われたのである。
「ところで、教頭。さっきから校長先生の姿が見当たらないのですが、ご存知ありませんか?」
教頭は、言われて初めて気がついた。
昨日の職員会議にも、校長の姿はなかった。
「よし。私が連絡してみよう」
そう言って、教頭は携帯電話のアドレス帳を開く。
プルルルル……
「………んあ?」
電話に出たのは、いかにも不機嫌そうな声だった。
「あ、おはようございます」
「え? 誰?」
「教頭でございます」
「あっ!」
明らかに、校長の声は戸惑っていた。
「もうすぐ、こちらに到着するのでしょうか?」
うすうす感じながらも、教頭は尋ねた。
「えっ……う、うん。そうだなあ。あと10分くらいで、つ、つつつ着くと思うけど……あっ! 何だこれは、まわりの空間が歪みはじめたぞ!」
唐突に、受話器ごしの校長が騒ぎはじめる。
「ま、まさか! これがあの有名な『バミューダ・トライアングル現象』か! あらゆるものを異空間へと連れ去ってしまうという、魔のトライアングル地帯が、このハワ…じゃなくて日本にもあったとは! うわー、もう少しで学校に到着するところだったのにぃー。うわー、残念。うわー……プツッ」
かなりの棒読み調子で、校長側の通信は切れた。
それから、2日後。
たっぷりと日焼けをした校長が、お土産(マカデミアナッツ、アロハシャツ等)の入った紙袋を両手に提げて、出勤してきた。 |