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アニマルゲノム  作者: 西玉
海の要塞
17/28

変わりゆく日常

 朔間緑子は、またもや地図を片手にうろうろとしていた。探しているのは、篠原美香の家だった。

 篠原美香は、学校に籍を置いてはいるが、実際は休学中だった。休んで何をしているかといえば、自室に閉じこもっているのである。両親は共働きの会社員で、大きくは無いが一戸建てに住み、弟が一人いる。何の変哲も無い平和な家庭を、ただ長女が壊してしまった。仲の良かった両親も、長女のために喧嘩が絶えなく、そのことが、少女の心をさらに傷つけていた。

「美香ちゃーん。いるー?」

 だから、ようやくみつけた篠原家に嬉しさを爆発させた明るい声でお下げ髪の少女が遊びに着たとき、早めに帰っていた篠原美香の母親は、飛び上がらんばかりに喜んだのだ。

「私? うん、友達」

 まだ若い母親に尋ねられ、いかにも良い子然とした顔で、緑子はこっくりとうなずいた。友達が遊びに来たというのは、実に珍しいことらしい。顔中が割れるような笑顔を見せた母親に、緑子本人は遊びに来たとは言わなかった。

「お勉強教えてもらおうと思って……あっ」

 何気なく抱えていたのは、大作テレビゲームの攻略本だった。慌てて脇に挟んで取り繕ったが、成功しているとは言い難い。しかし、母親は満面に笑みを浮かべたままだった。

 案内されるというより歓迎される感じで二階への階段を登り、部屋の前まで通された。扉を見つめ、母親は気まずそうな顔をした。篠原美香は、両親が呼んでもなかなか部屋から出てこないというのだ。篠原と普通に接してきた緑子は不思議に思い、携帯を早撃ちした。

「もしもし、私、緑子。今、美香ちゃんの部屋の前だよ」

 扉が開いた。母親が驚きの声を上げる。緑子は当たり前のように入っていった。母親は、ケーキを持ってくるといって階段を駆け降りた。

「ちょっと変わってるお母さんだね。何を驚いていたのかな?」

「……気にしないで」

 髪を黄色く染めた少女、篠原美香は、散らかり放題の部屋でベッドに腰掛けた。

「それより、教えて欲しいんだけど」

 さっそく攻略本を取り出す。

「……私、それやってないよ」

「持ってはいるでしょ」

「……うん」

 以前携帯電話で話をしたとき、篠原がゲームファンであると聞き出していた。しかも、かなりの腕らしい。緑子はゲーム好きだったが、飽きやすいのか攻略は苦手だった。

「じゃあ大丈夫だよ。美香ちゃんなら、ちょっと考えればわかるって」

「……そうかな」

「そうそう」

 勝手にゲーム機を立ち上げる。

「ねっ?」

 結局、緑子が正しかった。


 ケーキが無かったらしく、一口大に切ったヨウカンが運ばれてきた。篠原美香の母親は、ごく普通に打ち解けた様子の緑子に、胸を撫で下ろしてしばらく眺めた後、部屋を出て行った。

 勉強をする振りをするのを忘れたと緑子が思い出したとき、玄関のインターホンが鳴った。

 姿を見せた少女に、篠原美香の母親がどんな反応をしたのか想像し、緑子はおかしくなった。玄関の声が二階の部屋までとどろいた。

「なんだよ、呼ばれたから来てやったのによぉ」

 緑子が部屋から顔を出して玄関を見下ろすと、篠原美香の母親が『呼ばれた』という部分を疑問符つきで反復したところだった。

 玄関には、燃えるような赤い髪、獣のような瞳をした、精悍な少女が立っていた。学校の制服だろうブレザーを着ているが、似合っているとは言い難い。肩の盛り上がりは、パットではなく筋肉だろう。篠原美香の母より、二周りは大きく見える。

「おうよ。まぁ、呼んだのは朔間だけどな。でも、ここまで誘導したのは篠原だぜ」

 母親は、言葉も無く立ち尽くしていたが、赤い髪の少女は一切気にしなかった。靴を脱ぎ、ずかずかと上がってきた。

「おーい! 朔間ぁ、どこだぁ」

「京子ちゃん、ここだよぉ。よかったぁ、先に進めなくて、困ってたんだ」

 二階から覗いていた緑子が、玄関を見下ろしたまま手を振った。

「またゲームか?」

「うん……ううん、お勉強」

 母親の姿を見つけ、慌てて訂正する。篠原美香の母親は、救いを求めるかのように緑子を見上げていた。

「嘘付けよ。だったらオレ呼んでもしょうがねぇだろう」

 顔を引きつらせて、緑子は口の前に指を立てたが、飯塚京子は一笑にふした。

「ばれてるって」

「だってぇ」

「篠原もいるんだろ?」

「もちろん。だってここ、美香ちゃん家だから」

「それもそうだな」

 飯塚は、跳躍するように階段を上がった。篠原美香の母親は呆然と見送っていた。緑子が声をかける。

「おばさんご免なさい。もう食べちゃった」

 空になった皿を廊下の床に置いた。要するに、お代わりをよこせということだ。返事が階段を登ってきたところに、飯塚が追い討ちをかける。

「俺は苺が乗ったやつがいいな」

 皿が空なので、もともと何が乗っていたのか知らないのだ。

「あっ、私モンブラン。美香ちゃんどうする? うん、同じのだって」

 母親は、急いで買い物に出かけた。


 けたたましい音をさせて、オートバイが走り抜ける。近所迷惑もはなはだしい。まだ、一台だけなのだからと、我慢するしかないのだろうか。そのバイクが、戻ってきた。

「近所迷惑だなぁ」

「仕方ないよ。華麗ちゃんだもん」

 緑子は疑っていなかった。飯塚が篠原を見ると、篠原は小さくうなずいた。緑子がそれを知ったのは、特別な能力ではない。

 玄関のチャイムが鳴る前に、緑子は再び部屋から顔を出して玄関を見下ろした。緑子自身、しつけにうるさい両親がいる自宅よりくつろいでいるかもしれない。

「おーい!」

 訪問者とは思えない呼びかけだった。飯塚の登場で怯えてしまった篠原美香の母親を煩わせることはないだろうと、緑子はすばやく階段を下りた。まるで自分の家のように、玄関を開けた。早めに帰ってきたらしい篠原美香の父親も出てきていたが、まったく気にしなかった。

「華麗ちゃん、遅いじゃない。待ってたのに」

「しかしなあ、美味いものがあるから来いってどういう呼び方だよ。あたしは別に、貧乏しているとこの子ってわけじゃねぇぞ」

 姿を見せたのは、茶色い髪を長く伸ばし、同色に日焼けした早房華麗である。引き摺りかねない丈の長い服は、真っ白の地に、縫い取りの文字が刺繍されている。特攻服と呼ばれるものだ。

「でも、来てるし」

「ちっ、お前にはかなわねぇよ」

 お下げ髪の頭をごりごりと擦られた。

「他の連中は?」

「みんないるよ。波野さんだけ来てない」

「呼んでやれよ」

「えっ、普段仲悪そうなのに」

 背の低い緑子が上目遣いに見上げると、早房はばつが悪そうにうそぶいた。

「別に、仲悪いわけじゃねぇ。嫌な奴だけど、一応仲間だしな」

「えへへっ」

「なんだよ。気持ち悪いな。なにが可笑しいんだよ」

「もう呼んである」

「なんだよ。じゃあ、余計なこと言わせるなよ」

 今度は、さっきより強めに頭を擦られた。玄関を上がり、二階に向かう階段の途中での会話である。早房を部屋まで案内し、緑子は振り返った。やはり予想通り、篠原美香の両親が二人で見送っていた。非常に複雑な顔をしていた。緑子は容赦しなかった。

「すいません。お願いします」

 空になった皿を差し出した。つまり、お代わりである。夫妻はなぜか、声を揃えて笑い出していた。


 二階の篠原美香の部屋では、推理ゲームから、高難度で知られるシューティングゲームに変わり、四人揃ったところで、対局マージャンに移行していた。もちろん、すべてゲーム画面上でのものである。

「なあ、波野が来たらなにやる?」

 早房が尋ねた。五人で遊べるゲームもなかなかない。緑子は当然のことのように応えた。

「いいんじゃない? 見ててもらえば」

「いいのか?」

「波野さんだったら、きっと面白がって勝手に遊んでるよ。この部屋にあるものとか、ほとんど見たこともないと思うよ」

「……まあ、そんな感じだな」

 三人は同時に笑い声を上げた。篠原だけは声を上げず、ただ緑子の側にいた。表情が崩れているのを、緑子は見逃さなかった。

「しかしなぁ」

 一人、飯塚が首を捻った。

「どうしたの?」

「俺達が五人そろうと、必ず事件がおきるからなぁ」

 ヘビ男、サソリ男は間違いなくそうだった。キリン男のときも、緑子が五人と同日中に接触を持った直後に呼び出されたのだ。

「なんだ、恐いのか?」

 早房が、意地の悪い笑みを作った。

「そんなわけあるかよ。オレはただ、被害者が出るのがだな……」

 飯塚も早房も、外見以上にまじめであることを緑子は知っていた。むしろ、一番真剣に考えていないのは緑子かもしれない。

「気にしてもしょうがないよ。ほら、リーチ」

「あっ……お前、そんな小さい役で上がるなよ」

「いいじゃん。私の勝手だもん」

「そういうことをするとだな……」

 緑子の首筋を、飯塚が舐めた。

「キャ」

背筋をびくりと伸ばし、朔間が飛び上がる。隣でコントローラーを握っていた篠原の陰に隠れた。

「助けて美香ちゃん。食べられちゃうよう」

 飯塚は、黙って舌で唇を舐めた。

「ほほう。お前、そういう趣味か」

 早房が興味深そうに述懐したが、緑子を助けようとはしない。緑子は篠原の影に隠れながら反撃を試みた。

「あ、そ、そうだ。泉さんに言っちゃうよ」

 指をぴしりと突きつける。その指に噛み付きかけ、空振りしたので飯塚の歯が盛大に鳴った。

「あいつは関係ねぇだろ」

「よかったね、命に別状無くて」

「へっ、あの程度でくたばる男には用はねぇ」

「あーっ、生きてたから用があるんだ」

「そうか、両刀かぁ」

「おい、早房、さっきから何をごちゃごちゃ言ってやがる」

 飯塚と早房は、ベッドの上に並んで座っていた。

「あたしも狙われねぇように気をつけるとするか」

「誰が、お前なんか狙うかよ」

「えっ、私のこと本当に狙ってたの?」

「……違うよ」

 珍しく、篠原が口を挟んだ。

「おう、篠原言ってやれ」

「……『美味しそうな肉』だって思っただけ」

 緑子が、小さく悲鳴をあげた。

「おい、その言い方だと、色々誤解を生むじゃねぇか」

「食いたいか、やりたいか、どっちかにしろよ」

「だから、口を挟むなよ。余計ややこしくなるだろうが」

 早房は喋るのを止めなかった。

「だが、残念だったなぁ。あたしも朔間も、先約済みだぜ」

 その言葉に、緑子の体かぴくりと振れる。飯塚が、大きく笑みを浮かべた。

「そういえば、お前の男のこと、まだ聞いてなかったよなぁ」

 にたり、といった感じで笑う。緑子は、篠原の影に隠れようと懸命だった。先日、警視庁の道場控え室で、仲間たちの前で口を滑らしていた。

「やめてよぅ。『男』なんて。『彼氏』っていってよぉ」

「大して違わねぇと思うが」

「じゃあ、その辺の違いから、ゆっくりレクチャーしてもらおうか」

 飯塚がベッドを降りる。篠原の影では、さすがに隠れきれない。抱えあげられた。ベッドに下ろされる。

「おい、早房、そっち抑えとけ」

「やだ、ちょっと、なにするの?」

 さらに朔間が驚いたのが、早房がこんなときには協力したからだ。

「喋らないと縛り付けるかなー」

 特に意味もなく、飯塚が語尾を延ばした。

「縛ってどうするの?」

「決まってるだろ……」

 応えたのは早房だ。新しいタバコを口にくわえながら。

「楽しむのさ」

「華麗ちゃーん」

「その呼び方はやめろと、言わなかったか?」

 早房が上半身に馬乗りになった。飯塚が足を抑える。両腕を膝で押えつけられる。

「は、早房さんだって、彼氏いるんでしょ?」

「ああ。いるよ」

「だったら、一緒じゃない」

 飯塚が笑いながら言った。

「早房のことはいいんだよ。だいたい想像できるからな。オレは、お前みたいのが、どんな男にひっかかってんのか知りたいんだよ」

「そういうことだな」

 早房は、慣れた手つきで朔間のひも状のネクタイを解いた。それを使い、両手を縛り上げる。

「美香ちゃーん」

 助けを求めた。篠原は、コントローラーを握ったままだった。三人が脱線していったので、ゲームが進んでいないのだ。仕方なく、といった感じで、ベッドの脇に膝をついた。

「……わたしも、知りたい」

「えっ!」

「そういうことだ。味方なんかいねぇぜ」

 早房が笑うが、篠原は、緑子の首に腕をまわした。抱き寄せる。自分の頬を、摺り寄せた。

「おい、篠原、お前……本気でそっちの気があるのか?」

 返事はない。ただ、摺り寄せていた。

「わかった。一番手はお前に譲る」

「ちょ、ちょっと! 本気なの!」

「あたしに聞くなよ。篠原に言えよ」

「み、美香ちゃん、冗談だよね」

「……朔間さんの、その部分だけ……読めない」

 飯塚と早房は顔を見合わせた。緑子は赤面して顔をそむける。篠原は、拒否したくても他人の心を読んでしまうほど力が強い。そもそもの引きこもり始めた原因である。その篠原が読めないというのだ。しかも、その部分だけ。

「朔間! お前、見栄を張っていやがったな!」

「い……いるよ……」

 必死で反論を考えた。

「……空想の中?」

 篠原の言葉は止めだった。

「……うん」

 飯塚と早房が大笑した。

 そのときだった。篠原家の前に、高級車が止まる音がした。

「あっ! 波野さんだ」

「放っておけよ。勝手に上がって来るだろうぜ」

「波野さんは、そんなことしないよ」

「それじゃあ、オレが変みたいじゃねぇか」

 いつも勝手に上がり込んでいる飯塚が、口をとがらせた。

「お前は変だよ」

「抜かせ!」

『ちょっと、折角来て差し上げたのに、出迎えもないって、どういうことですの?』

「ほらっ!」

 勝手に上がってこなかったという点においてだけ、緑子は正しかったのだ。

「かえって、たちが悪いんじゃねぇか?」

「しょうがねぇ奴だな。ほらっ、朔間が行かないと、また面倒くさいことになるだろ」

 緑子がようやくベッドから解放される。本来は篠原が出て行かねばならないのだろうが、気にした様子もなく緑子が駆けて出て行った。

「戻ってこいよ」「逃げるなよ」

 追いかけてくる二つの声に、緑子は扉を閉めながら舌を出して反撃した。


「ごめーん。波野さん、こっちだよぉ」

 部屋を出てから、緑子は階段下に向かって声をかけた。部屋の中の声が聞こえた。

『朔間の奴が、まさかなぁ』

 飯塚に、早房が笑いかけている。

『なあに、あいつに男がいようがいまいが、関係ねぇよ。朔間を可愛がるのに、理由はいらねぇだろ。波野も味方だ。一人増えただけだぜ』

 ばれてしまったのは仕方がない。緑子は開き直って波野潤子を出迎えるために階段を駆け下りた。


 朔間緑子が声をかけたとき、実際には波野潤子の姿は見えていなかった。玄関の扉が閉まっていた。篠原夫妻は、高級車の静かなエンジン音に気付かなかったようだ。緑子が足音も高く駆け下りると、待ちきれないかのように玄関が一方的に開かれた。

 出迎えのない無礼を非難する甲高い声に、篠原美香の母親も慌てたように出てきた。そこに立っていたのは、一見して良家のお嬢様とわかる美少女である。

「篠原美香さんのお母様ですか?」

 緑子にたいして笑みを向けた後、じつにそつの無い態度で波野は声をかけた。肯定の返事が返される。艶やかな黒髪を背に垂らし、透けるような肌をした少女は、黒ぶちの眼鏡もよく似合っていた。一瞬、母親さえ見とれて立ち尽くしたように見える。自分の娘と同年代だとは、体の線からして思えなかったようだ。緑子の存在が、篠原美香の母親を現実に引き戻した。緑子を見る波野の顔は、まさしく一〇代の高校生そのものだった。

「朔間さん、どうして手を縛ってらっしゃるの? 髪もそんなに乱れて」

「あっ……なんでもないよ。ちょっと、ふざけていただけ」

 篠原美香の母親の姿を見つけ、緑子は言葉を濁した。

「あんまり、程度の低い人たちと付き合うのは、感心しませんわよ。あら、篠原美香さんのことじゃありませんの。お気を悪くなさらないでくださいましね。先に来ているんでしょ、あの、粗雑な人たち」

「「聞こえてるぞー!」」

 二つの声が、重なって届いた。

「ねっ」

 波野が肩を竦めて見せ、美香の母親が破顔した。

「それより朔間さん、『みんな集まっているから、美味しいもの持って来て』って……わたくし、食べ物の無心なんてされたの始めてですわよ」

 手に持っていた大仰な籠が緑子に渡された。ナプキンが掛けられているので中身は見えないが、美味しそうな匂いが漂っている。

「だって、美香ちゃんのお母さんにご馳走になりっぱなしじゃ悪いし、こんなこと頼めるの、波野さんだけだから」

「いいですわよ。それより、ほら、こっちにいらっしゃい。髪を直して差し上げますわ」

「いいよ、後で」

「すぐに済みますわよ」

 やや強引に振り向かされると、実に手際よく緑子の髪が直されていく。緑子は気持ちよく、髪を波野にゆだねた。

「では、お邪魔致しますわね」

 波野は、篠原美香の母親に最大級の敬意を払われた。


 緑子と波野が部屋に姿を見せると、飯塚がいかにも楽しそうにぼやいた。

「いやぁ、揃っちまったなぁ」

「どういう意味ですの?」

 波野は聞き逃さない。

「いやぁ。五人そろうと決まって事件が起きるって、さっきも話していたところだったんでな」

「ふむ……ということは、黒幕は朔間さんかしら」

「えーっ、なんでそうなるの?」

 飯塚と早房に苛められたという認識があるのか、緑子は波野によりそったまま離れなかった。

「だって、いつもあなたが皆さんを集めるんじゃありません?」

 波野は、しばらく使われた形跡の無い勉強机用の椅子に腰掛けた。緑子はその足元に尻を下ろす。波野が持ってきた食料には、すでに四人の手が伸びていた。

「そうかなぁ……」

「まあ待てよ。黒幕って言い方はねぇだろ。変化した人間にとっちゃあ、退治する俺達が集まっていねえ方が、都合がいいはずだろ」

 飯塚は、両手でお菓子を抱えていた。口の中に詰めながら話す。

「それもそうですわね。で、みなさん何をしていらしたの?」

「あっ、ゲームの途中だっけ」

「違うだろ」

 コントローラーを探そうとする緑子の腕を、早房が掴んだ。

「みんなでお前を可愛がるっていう、楽しい儀式をだなあ」

「波野さぁん、こんなこと言うんだよぉ」

「あらっ、面白そうですわね」

 朔間の顔が、暗く淀んだ。

「まさか、冗談ですわよ」

「だ、だよねぇ」

「みなさんと、そこまで仲良しになるつもりはありませんもの」

「なんか、その言い方引っかかるなぁ」

 頬を膨らませる飯塚に、波野はゆったりとした笑みを送る。

「今日は見物させていただきますわ。ちゃんとシャワーを浴びて、シーツも代えて、二人っきりで……ねっ?」

「波野さぁん」

「『ねっ?』じゃねぇだろう」

 早房が、呆れたように口を挟む。とりあえず、タバコは一時消していた。

「お前も、そういう趣味か」

「……『お前も』?」

 さらに言葉を重ねようとしていた早房は、呟いた篠原を見た。しかし、言葉に詰まった。見つめ返す視線に、よからぬものを感じたからだ。

「おい、あたしの頭の中も覗いたのか?」

「……いくつか、凄く恥ずかしい記憶が、私の頭に入ってきてるけど……」

 小さな声だった。ただ、この件に関しては誰も追及しなかった。篠原美香の能力に関しては、明日は我が身と知っているからである。

「な、なんでもねぇんだ」

 早房は、さらりと流した。緑子はその間にすばやくゲームを立ち上げ、波野にコントローラーを握らせていた。波野が珍しい道具に歓声を上げ始めると、飯塚と早房は視線を交わして肩をすくめあった。


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