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黎明に跳ぶ 作者:志水了
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第五話

 元の時代はタイムマシンを使って戻ってきたからか、予定通りの夕方に戻ってくることができた。過去の時間からつながった時間に戻ってくることができるので、時差がなくて楽なのだ。タイムマシンがない時代に跳ぶと、全く違う時間に戻ってきてしまって大変な時もある。
 空理はいつも通りの席に座っていて、上がってきた報告を眺めていた。麗奈も庁舎について調べた事柄をまとめ、報告する。
「これ、今日の分です」
「あー、そこに置いておいて」
 彼は現場から上がってきたものをまとめる役割であるので、普段から忙しいのだが、今日はいつもにも増して忙しそうだった。
「……何かあったんですか?」
 端末に向かって一生懸命入力しているのだが、こちらを向く余裕もないらしい。何か事件でも起きたのだろうか。麗奈が首を傾げると、ようやく彼はこちらを向いた。苦々しげな表情を浮かべる。
「メンバーがひとりロストしたんだ」
「あー……」
「ったく。時計は見つかったんだが体が一緒じゃない。困ったもんだ」
 彼は大きくため息をつく。過去や未来へ跳んだメンバーが消えるという事件は、時折起こることだった。未来ならまだ探しようもあるのだが、タイムマシンのない過去で消えてしまうと、探すのが非常に困難である。
「じゃあ、仕事が増えますね」
「悪いな」
 空理はそう言うと、急に麗奈を見たまま、口を閉ざした。
「何ですか?」
「いや。まあ頼むよ、とだけね」
 彼はそれだけ言うと、再び端末へ顔を戻してしまう。麗奈も彼の前で突っ立っていても邪魔になるだろうと思い、早々に部屋から出ることにした。
 消えたのは誰なのだろう。机の上には色々な資料が散らばっていたのでよく分からない。少し前ならば、麗奈は自分の仕事が増えるぐらいの感覚しか思い浮かばず、それもこの仕事をしていく上での日常の光景としか思わなかっただろう。だが今、全く違う想いが浮かんでいた。
 どうして消えたのだろう。何の理由があって。戻ってこない、ということは任務を放棄してもやりたいことがあったのか、それともその逆か。
 以前の自分ならば全くそんなこと浮かばなかっただろう。むしろ仕事を放棄してしまうことに嫌悪さえ覚えていたはずだ。それほどまでに、競航が、煌が自分の中で大きい存在となっているのだろうか。
 気が付けば、麗奈は競航場のある駅に降りていた。端末を開いて、煌に連絡を取ってみる。会えなくても良いとは思っていたが、すぐに返事は返ってきた。返事の通りに、麗奈は入り口の横にまわる。
「こんばんは」
 煌はビニール袋を手に、裏口らしき戸の前に立っていた。
「何してるの?」
「ああ、観客席にゴミが残っていたから、拾っていたんです」
 ビニールの中には紙コップと少しの吸い殻が入っている。煌はそのまま麗奈に背を向けて、扉を開けた。いくつか暗い階段を上ると、一気に開けた空間に出る。煌が点けたのか、少しだけ照明が点いている。
 煌は座席に腰を下ろすと、しばらく競技場へ顔を向けていたが、おもむろに口を開いた。
「今日のニュース、見ましたか?」
「今朝のニュースだったらね」
 夕方のニュースはチェックしていないので分からない。けれどもなんとなく、煌は朝のニュースのことを言っているのだろうと思った。
「ええ。それです。事故を起こしたのは、俺の友人でした」
「そう……」
 煌はそれだけ囁くかのように言うと、黙ったきり競技場を見つめていた。麗奈は煌の隣に座る。彼の視線からは、ゴール位置を示すポールが立っていた。
 彼は何を見ているのだろう。友人の死に、未来で見た自らの死を重ねているのだろうか。
「ねえ、ずっと考えてたのだけど」
「はい」
「もし、競航がなくなったら、どうなると思うって」
 麗奈の言葉に、煌はゆっくりと麗奈を振り返った。煌の目に、表情は浮かばない。それはよく見る表情だった。
 きっと、無表情の下に何かを押し隠している、そんな目。
「そうしたら、俺は生まれていないかもしれない。俺はそのために生まれた人間だから」
「そうね……」
 麗奈は思わず俯いていた。競航は煌そのものなのだ。それを指摘するということは、即ち煌を指摘することなのではないだろうか。
 それでも、何もしなければ煌は無表情の中にいくつもの感情を押し隠して生きていくのだろう。そして、事故で航空機と共に散る。彼がそれで良ければ良いのだろうか。
 本当に、良いのだろうか。
「それでも……」
 俯いていた麗奈の耳に、細い声が届いた。そっと煌へ視線を向ける。彼は未だまっすぐと前を見据えていた。真っ直ぐな視線だったが、それでもその手は小刻みに震えているようにも見えた。
「それでも、もし競航がなくても生まれることを許されるなら……俺は新たな居場所を見つけられているのでしょうか

 今まで淡々としているか、それとも穏やかな笑みをたたえた声音しか聞いたことがない。だが今、煌の声音はわずかに震えていた。その初めて見た彼の表情に、麗奈はぎゅっと手のひらを握りしめる。
「……ずっと考えていたことがあるの。あなたとお話をしてから」 

 *

 麗奈は暗く闇に浸された廊下を早足で歩いていた。夜ともあって、研究者のいないこの棟は人気もない。
 だがそれも、あと少しの話だろう。
 麗奈はタイムマシンがある施設の扉を三重のカードキーと指紋認証で開ける。ここまでは何ともなく入ることができた。
 薄暗い部屋にあるタイムマシンは、その黒々とした壁のおかげで、余計に暗い影を落としているようにも見える。通い慣れた道を歩き、タイムマシンの中に入った。
 時計を端末にかざしてタイムマシンを起動させる。予定にない稼働に警告の画面が出るが、そのまま起動させた。時計をしている間なら、まだ大丈夫だ。
 そのまま、麗奈は跳ぶ過去の日時を設定する。できれば何かの任務と一緒に過去へ跳ぶことができれば良かったのだが、生憎と跳ぶ時代は滅多にまわってくることのない時だった。騒がせることになってしまうが、仕方が無いだろう。
 ぶうん、とタイムマシンが設定した時へ向けて鈍く重く動き始める。麗奈は端末が予定通り動いているのを見て、そっと時計を外して、端末の横に置いた。
「緊急警報。緊急警報。リストウオッチがはずれています。いますぐ戻ってください。緊急警報。緊急警報」
 タイムマシンの中央に歩く麗奈の後ろで、端末が警告のエラー音を発していた。だがもう端末には、過去に向けて動き始めたタイムマシンを止める力は無い。
 麗奈はいつもの位置で足を止めると、そっと腕を見下ろした。鈍く光るアナログの腕時計をそっと撫で、目を閉じる。
 少し前までは、私利私欲で自滅していく同僚達の意味が分からなかった。だがこうしてこの場に立っている今、タイムマシンの向こうに消えていった同僚達の考えが、少しなら分かる。
 うまくいくかは分からない。少なくとも、もう煌には逢えないだろう。
 それでも賭けのような計画に頷いてくれた煌のために、麗奈は跳ぼうと思ったのだ。

 そうして私は、初めて自分の意志で、過去へ跳ぶのだ。

(了)
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!
少年がパイロットになるまでのお話も書きたいです。

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