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黎明に跳ぶ 作者:志水了
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第四話

 麗奈は端末を起動させる。こうして真正面から見ると、競航には明らかな闇がひそんでいる。だが誰もが、その闇を覗こうとはしない不思議。
「そうだなあ。一回のレースでどれだけ金が生まれるのか、気になるもんだよ」
 何となく朝からそんな話を聞いてしまったので、すぐに仕事をする気分にはならなかった。ぼんやりと回線を開いて、窓を一個出現させる。
 競航がどうやって出来たのか、そもそもの原因を検索にかけた。麗奈が今いる場所の端末は、一般人のそれと違って、ある程度の機密情報まで調べることができるのだ。おそらく、よっぽど重要な情報は紙で保存しているだろうが、政府が機密情報として隔離しているものは見ることができるだろう。
 検索結果をふるいにかけ、隔離されているものを探し出す。
 その中で、新聞記者か雑誌記者が調べたであろう記事を見つけた。
 それは、競航で得られた資金の一部は、政府の裏金として流用されているのではないかという記事だった。信憑性のあるものではなく、どこまでが作り話でどこまでが本当なのか、読んだだけでは分からない。だがそれでも、こうして政府に隔離されている情報というところが、なんだか確実性があるような気がするのだ。気がする、だけなのだが。
「五年前ね……」
 麗奈はいつも持っているメモ帳に、その日付と記者の名前を書き記す。
「さて、そろそろ仕事を割り振るかな」
 空理がそういって、集まってきた面々を見回す。向かい側の席からは、朝食を食べているのかサンドイッチのバターの香りがする。
「今来ている案件は三つ。そのうち進行中の案件はひとつ。残りの二つを割り振ってもらう」
 彼はそう言って、てきぱきと仕事を割り振ってくる。それはいつもの光景だ。麗奈に来たのは、過去での調査案件。タイムマシン・プロジェクト自体が、過去を正す目的でできているので、過去に跳ぶことが多いのだ。
「それじゃあ、とりあえず調査からがんばってくれ」
「はあい」
 空理の間延びした言葉に、麗奈達メンバーも間延びした返事を返す。麗奈がタイムマシンを使う時間までまだ間があった。それまで調査を続けようと、端末に向かいあった。

 *

 今度の仕事は、違法性が見つかりつつある庁舎の建設当時のことを調べ、明るみに出すというものだ。できれば今の時代で、違法性がない建物にするというところまで持っていければ良いのだが、それは調査がどう出るかによる。
 ふわり、と体が宙を浮いた感覚を覚えたかと思うと、次の瞬間には小さな路地の上に立っていた。適当に歩くと大通りに出る。地図で確認すると、目的の庁舎まで歩いて十分といったところだった。
 麗奈の記憶とは全く違う、古びた形の庁舎が視界の隅に見え、目を細めた。それから、反対の方向へ体を向ける。
 これが神の采配なのか、それとも空理の気まぐれなのかは分からない。だがたまたま、麗奈が跳んできた時代は、あの記事が調査されているであろう時代だった。ちょうどタイムマシン・プロジェクトが効果を見せ始めた頃。あちこちが歪み、ほころびが生じていた社会が元に戻り始めた頃だ。
 ちょうど昼時だったので、強い日差しが麗奈の体をじりじりと焼いているような感覚を覚える。タイムマシンの装置が無いところに無理矢理ワームホールを繋げて跳んできたので、体がふらふらと悲鳴を上げていた。タイムマシンがある過去なのだから、そこを経由しても良かったのだが、時間を節約するために違う座標を指定したのだ。
 大通りは、昼食を取ろうかというサラリーマンの姿が多かった。その横をすり抜けながら、麗奈はまた地図に目を落とす。目的の庁舎ともうひとつ、あの記事を書いた編集者がいるであろうビルに目印を付けていた。
 会えるかどうかは分からない。だが行くだけ行ってみようと、麗奈はビルを目指して歩き出す。
 目的のビルは、いくつかの会社が入っているであろう大きなビルで、入り口からはまた何人もの人が吐き出されていた。その波を逆流するようにして、中に入る。出版社が入っている階は十五階。エレベーターで一気に上がった。
 エレベーターから降りた先には、応対用の内線があった。ひとつ息を呑んで、それを掛ける。
「はい、新中編集部でございます」
「すいません、城中さんとお会いしたいのですが」
 用件を告げると、電話の向こうで少し怪訝そうにする気配があった。だがややしてかしこまりましたという言葉と共に、内線が切れる。
 少しすると入り口に、一人の男性が現れた。麗奈よりひと回り年上ぐらいの男は、麗奈の目的が分からず、戸惑った表情をしている。
 麗奈は仕事で培った持ち前の笑みを浮かべた。

 *

 記者の名は城中という。名前は本名のようで、差し出してきた名刺にもその名があった。彼の案内で、ビルの一階にあったコーヒーショップに二人は腰を落ち着ける。
「驚いたな」
「何にでしょうか」
 コーヒーショップは奥まったところにあるせいか、昼間にも関わらず人気はまばらだった。
「俺が競航のことを調べていることを知っている人がいるって事にね」
「たまたま出版社に知り合いがいまして」
 麗奈は曖昧に微笑んだ。未来に影響を与えないように、麗奈がタイムマシン・プロジェクトの人間であることは話していない。なるべく影響を与えないように行動することは、麗奈達メンバーにとっての最重要事項だ。
 そうは言っても、些細な事柄で未来は変わってしまう。この任務の難しいところだ。
「それで、何を知りたいのかい?」
「競航がどうやってできたのか、その闇についてです」
「闇ね……」
 城中はゆっくりとコーヒーを啜った。言葉を考えているようにも見える。麗奈もスプーンでコーヒーをかき混ぜながら、この時代の競航についての知識を引っ張りだしてきた。
 とは言っても、そんなに今とは変わらない。競航はその華々しさなどからあちこちのメディアで取り上げられ、たちまち有名な娯楽のひとつとして存在している。ただ同時に、多発する事故や都市伝説のような噂も立ち始めている頃だった。
「競航はそもそも闇でしか出来てないんじゃないか、俺はそう思うときもある」
「闇、でしか?」
「そう。裏金を作り出すための機関であることや、人工的に作られたパイロット達。投資するオーナー達は皆、経済力のある者や、ひと癖もふた癖もある者達ばかり」
 どれだけ競航が華やかであろうとも、それが華やかであればあるだけ、その一枚裏は黒いものだ。城中の話は、そう思わせるものばかりだった。
 政府は表向きに使えないことのために裏金を競航で作り、そこにオーナー達は汚れたお金を投入する。人工的にパイロット達を作ることで、事故が起きた時上がる遺族の声を無くす。
「……競航はないほうが良いと思いますか?」
 麗奈はぽつりと問いかけた。城中はうーんと唸りながら腕を組む。
「それは難しい問題だね」
 城中の言葉に麗奈も頷いた。競航はそれ自体がシステムとして、もう何年も動いている。ただの道楽で利用するならばともかく、そこで生きる人がいる。もし競航がなければ、煌はいないかもしれないのだ。
「個人的にはあっても無くてもいいと思う。だが、競航はそこで生きる子供達の未来を考えてくれているのだろうか。それだけが気がかりだな」
「そうですね」
 煌がもし航空機から降りた時、彼にその先の未来は用意されているのだろうか。もし煌が死ぬ未来をねじ曲げようとして動いても、彼が生きる未来がなければ意味がないのだ。
「貴重なお話、ありがとうございました」
 ともすると延々と思考の繰り返しに陥りそうだったので、ひとまず話を切り上げるべく麗奈は礼を述べた。
「絶対誰かに漏らしたりしないでね」
「それは大丈夫です」
 いたずらめいた城中の表情に、麗奈は薄く笑って答える。未来から来た人間に、そんなことはできない。
「まあ、君は未来から来ているみたいだし、大丈夫だろうけど」
 そんなことを思っていた時、城中がいたずらめいた表情のままそんなことを言うので、思わずどきりとしていた。
「どうしてそう思うんですか?」
 なんとかそれから逃れようと声を上げたが、城中は笑ったまま、麗奈の手首を指さす。
「だって、その時計はタイムマシンを使う人が付けるものだろう?」
「知ってらっしゃるんですね」
「まあ、前の取材で、ちょっとな」
 そこまで知られているなら隠していても無駄だろう。麗奈はこの時代の時を刻んでいる時計を見下ろして、ひとつため息をついた。ばれてしまったのなら仕方がないが、もっと用心してくれば良かった。自分の迂闊さに奥歯をかみしめる。
「もうひとつの時計はどうしてしてるの? それ、アナログのだよね?」
 さらに城中はめざとくもうひとつの時計を指さした。アナログの時計は、カフェの光を受けて反射する。麗奈はそっと文字盤に触れた。
「これは、まあ羅針盤のようなものです」
「羅針盤?」
 麗奈の言葉に、不思議そうな表情を浮かべる城中。だが麗奈の中で、それ以上の意味を持つ言葉は浮かばなかった。
 常に違う時を行き来している麗奈にとって、それは唯一自分が生きる時間を示しているものだった。元の時代に戻ったところで、望んだ正しい時間に帰ることができるわけではない。だからこそ、この時計が、麗奈の生きる時間を刻む証明のようになっているのだ。
 触れた時計の針が、ひとつ動いた。
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