挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
黎明に跳ぶ 作者:志水了
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

3/5

第三話

「うまくいったみたいだな」
 今まで黙りこくっていた空理が、そこで初めて笑いながら口を開く。もう結果などはとっくに分かっていただろうに、麗奈が自ら確認するのを待っていたらしい。
「まあ過去から帰ってきたから疲れてるだろう。報告書を上げたら今日は帰っていいぞ」
「はい」
 言われてようやく、一時的に引っ込んでいた疲れがどっとのし掛かってきたように感じた。麗奈は頷くと、おとなしく端末に報告書のテンプレートを呼び出した。疲れることを予想して、報告書はあらかじめ記入済みだ。後は結果を書くだけである。書いているうちに時々意識が朦朧としたり表面上に浮かび上がったりを何度か繰り返して、ようやく書き終えた。
「それじゃ、失礼します」
「おいおい、大丈夫かよ……」
 できあがった報告書を空理に送りつけ、麗奈はよろよろと立ち上がった。疲れのせいで足に力が入らず、もつれる。
 これでは帰るのも無理だ。そう判断した麗奈は、仮眠室への道を歩き始めた。本当は早く施設から離れたいのだが、これだと間違いなく帰り道の途中で倒れることだろう。よろよろと階段を上って、部屋の隅にある仮眠室に入る。
 仮眠室には誰もいなかった。気を遣わなくて済むのでありがたいと、麗奈は一番端のベッドに潜り込む。布団の暖かさに包まれると、あっと言う間に眠りに引きずり込まれていった。
 眠りに落ちる一瞬前、空を飛ぶ飛行機が見えた気がした。

 *

 仮眠から目覚めると、すでに辺りは薄暗くなりつつあった。どうやら陽も落ちた時間帯のようだ。麗奈はゆっくりと起きあがると、今度こそ帰り支度を始める。
 窓の外からは、遠くに都市の明かりが見えていた。夜に変わりつつある空を航空機が横切っていく。
 そういえば仮眠を取るときにも見た気がする、とぼんやり眺めていた麗奈の脳裏に、ひらりと少年の姿が浮かび上がった。
 あれから数日経っているが、元気でやっているのだろうか。麗奈は仮眠室を後にして、外へ歩きながら携帯端末を引っ張り出す。
 携帯端末で今日の競航の様子を確かめると、彼は二位の成績を収めていた。やはり優秀なようだ。
 端末に映る煌の写真は、どれも穏やかな笑顔で、それが逆に麗奈の心に波を立てていた。タイムマシンがある施設は郊外にあり、競航の施設とは近い。少し寄っていても良いだろうか。そう考えると少しだけすっきりして、麗奈は端末をしまい込んだ。
 麗奈が暮らす時代は、まだタイムマシンが持つ危険性がいくつも残っていたので、施設は都市から少し離れた郊外に設置されている。煌達が暮らしているであろう競航場からは電車で数駅だ。
 ほとんど人がいなかった列車の車内は、競航場前になると何人もの人が乗り込んで、違う様相を呈していた。麗奈はそれを横目に、改札を通り過ぎる。
 競航場は、発着場である滑走路を中心とした、巨大な施設だ。滑走路の手前に客席が収められていて、その奥は何本もの滑走路が広がっている。競技は終わっているので、どことなく閑散とした雰囲気だが、それでも今までいたところに比べると段違いの賑やかさだ。
 ひときわ大きな音がして、航空機が滑走路に滑り込んでくる。麗奈は滑走路側に周り、柵の手前に立ってそれをぼんやりと眺めた。
 麗奈の近くには、灰色の機体が一機あって、その近くではパイロットと整備士らしき人が立ち話をしていた。パイロットの後ろ姿は煌によく似ていて、思わず麗奈はその姿を追ってしまう。
 パイロットは整備士としばらく立ち話をしていたが、話は終わりとばかりに離れていった。パイロットの体がこちらを向いたかと思うと、こちらへと歩いてきた。最初は小さくて誰なのか分からなかったが、近づいてくるとそれが煌であることがはっきりと分かる。
「やっぱり。びっくりしました」
 煌はヘルメットを外すと、穏やかに笑った。
「よく分かったね」
「ええ。パイロットは皆、視力が良いんですよ」
「そうなのね。今日もすばらしい成績だったじゃない」
 麗奈の言葉に、煌は少しだけ照れくさそうにして、俯いた。
「ありがとうございます。でもあと少しで一位だったので、それが悔しいですね」
 煌の後ろで、彼が乗っていたと思われる機体が牽引されて闇の中に消えていく。牽引される音に、煌は後ろを振り返ってしばらくその機体を目で追っていた。
「あの機体はどこに行くの?」
「格納庫です。今日はもう飛ばないので。……よかったら、見ていかれますか?」
「良いの?」
 思いがけない言葉に、麗奈は驚いていた。競航をたしなむ訳では無かったが、滅多に見られないものを見ることができるのだ。浮き足立つのも仕方無いだろう。
「ええ。格納庫は許可した人なら入ることができますので」
 煌はそう笑って、麗奈に中に入るよう、促した。
 麗奈が柵の切れ間にあった扉を開け、煌と共に暗がりに潜むようにして建つ格納庫へと向かった。格納庫はちょうど機体がしまわれ、その大きな扉が閉められているところである。
「僕の機体が入っているところはここなんです」
 煌はそう言って、大きな扉の横にある小さな扉を開いた。麗奈も揃ってくぐっていく。
 格納庫はここにある機体が全て収まっているのか、横に長く、向こう側が遙か遠くに感じた。一番手前には、あの灰色の機体が収まっていた。これから整備を受けるのか、整備士達が集まってきていて、いくつものケーブルを付けられている。
「ここはよく来るの?」
「そうですね。なんだか落ち着くので」
 煌は小さく笑った。壁際に目を向けると、そこには折りたたみの木の椅子が置かれていた。他の細々とした整備道具の中で、それだけはなぜか異質のものとして、浮いて見えたのだ。さらに椅子の上には、何冊か本が置かれている。
「いつもここに座って?」
 ここは煌が使っているのだろうか。麗奈の疑問に煌は振り返って椅子に目を向けると、小さく頷いた。そして椅子から本を手に取る。
「はい。ここだと落ち着くんです。やっぱりパイロットだからでしょうか」
 彼は本をぱらりと開いた。その本は青一色の表紙で出来ている。
「それは?」
「この本は、すごく俺に似ているので、気が付けばよく開いて読んでしまうんです」
 煌は、この本は同じパイロットが主人公の本だ、と告げた。
「たぶん」
「たぶん?」
「そうだとは書いてないからです。でも、どことなく似てるなと思ってしまう部分があるんです。主人公の持つ感情というか」
 ぱたりと本を閉じて、その背表紙を丁寧に撫でる。うっすらと笑みをはいて、それから煌は顔を上げた。
「最近、色んな本を読むのが趣味になりました」
「本を読む?」
「ええ」
 本を抱えたまま、煌は機体を振り返った。ちょうど隣の格納庫の扉が開いて、白い機体が牽引されてくる。強い風が吹き込んできて、大きく衣服が翻る。
「俺は生まれてから今までずっと、比喩でなく空を飛ぶために生きてきたので、周りの世界のことを何も知らなかったんです。だから死ぬと分かったとき、なんて勿体ないことをしたんだろうと思って」
 煌はそう話して、少しだけ照れくさそうに笑った。その表情を麗奈は、ただ黙って見ることしかできなかった。
「この前、初めて図書館にいったんです」
「図書館に?」
 図書館というと、都市の隙間に隠れるようにして建つあの建物のことだろうか。この時代、急激に書籍も電子にとって変わりつつあり、図書館を使う人が減ったのだ。麗奈も学生の頃に使ったきり、今それを使うことは無くなっている。
「今となっては歴史の遺産となってますけど、でもまだ自分が知らない世界がこんなにあるんだな、とびっくりしちゃいました」
 そうはにかむ煌は、年相応に見えた。
 灰色の機体がまた違う整備モードに入ったのか、大きな音を立てる。煌はまっすぐな眼差しで見つめていた。
 そのまっすぐな眼差しに魅せられたかのように、麗奈はその場から動く事が出来なかった。



 煌と出会ってから、普段は読まないスポーツ新聞を眺めるのが習慣のひとつになっていた。プロジェクトの性格上、部屋に新聞はいつも置いてある。棚からスポーツ新聞を取り出し、麗奈は空いている席についた。
 一面を広げると、真っ先に競航が取り上げられている。ただ今回は、輝かしいものではなく、事故の案件だったのだ。
「航空機が墜落、炎上……」
 たまたま前の日は忙しくてニュースを見る間がなかったので、一面に大きく掲げられた光景は初めて目にするものだ。きっと昨日はニュースとして大きく取り上げられていたのだろう。
 ふと、煌を連れて未来に跳んだ日のことを思い出した。あの日も、スポーツ新聞には同じような記事が掲載されていたのだ。ただ違うのは、その事故に遭う当事者なだけで。
 格納庫でまっすぐ航空機を見つめていた煌の姿を思い出す。
 麗奈は、あそこまでの熱意を持って時空を跳んだ事は無かった。仕事はあくまでも仕事。それ以上でもそれ以下でもない。確かに体に大きな負担は掛かるが、早く死のうがどうなろうが、深く気にしたことも無かったのだ。
 仕事から自ら逃れることはできない、という似たような境遇であるはずなのに、ここまで違うものなのだろうか。これで良いのだろうか。頭の片隅で、何かがそう叫ぶ。
「なんだ、熱心に何かを見てると思ったら、スポーツ新聞か」
 斜め後ろからぬっと空理が顔を出してきたので、麗奈は驚いて新聞を取り落としそうになった。彼はいつも気配が無いのだ。それとも麗奈が記事に気を取られていたからか。空理はふうんと呟きながら、口を開く。
「しかし、競航は事件も多いな。この前も起きてなかったか?」
「それほど危険な競技なのに、それでも無くならないんですね」
 普通なら、すぐに危険性がどうのこうのとメディアに取り上げられて、すぐにこのスポーツは休止へと追い込まれるのではないかと思った。だが実際、表にそういった事態が浮上することはない。
「競航に、それだけのうまみがあるということさ。メディアも一枚絡んだ、な」
「貴族の暇つぶしとはよく言ったものですね」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ