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黎明に跳ぶ 作者:志水了
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第一話

 少年は、自分が死んだという新聞の記事に無表情のまま、目を落としていた。
 競技中に航空機が墜落炎上。乗員一名、死亡。写真は画面のほとんどが灰色の煙で埋まっている。そしてごうごうと上がる橙の火。
 麗奈れいなは少年の隣に並んで座っていたが、少年、こうになんと声を掛けていいのか悩んでいた。二人がいる公園の周りは、昼食を食べようかと集まってくる会社員達の姿がちらほらと見受けられる。緑のせいで、なんだか長閑に感じられてしまうところが、余計に麗奈達との距離を生み出しているようだった。
「……やっぱり、そうなのか」
 しばらく真剣に新聞記事へと目を落としていた煌だったが、ひとことぽつりと呟いてから、新聞記事を畳んだ。そしてゆっくりと、周りの光景へと視線を移す。
 彼はタイムマシンを使ってやってきた、十年後の未来の光景をどう見ているのだろうか。その硝子玉のような瞳は、ただ周りの光景を反射するだけで、そこから感情を読みとることはできないままだ。
 少年は少しの間、ぼんやりと公園を眺めていたが、ゆっくりと麗奈に視線を向けた。そして小さく笑う。
「ありがとうございました」
「え……」
「おかげで、すっきりしました」
「ええ、それは良かったのだけど」
 煌は驚くくらい、出会った時と同じ声音で礼を告げてきた。いつ死ぬかを知った上で、果たして平静でいられるのだろうか。それが麗奈には信じられないのだ。
「それじゃ、行きましょうか」
「……他に、見ることとかは?」
 煌はひょいと立ち上がる。促されるようにして麗奈も立ち上がりながら口を開いた。麗奈の問いに、煌はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。百年後とかだったら色々変わっていることもあるんでしょうけど、十年後ですからね。時間も押してきているでしょうし」
「そうね」
 確かに時間は迫ってきていた。麗奈は腕を持ち上げて確認する。そこには時計が二つ、重ねづけしてあった。ひとつは古ぼけたアナログの時計、ひとつは細長いデジタルの時計だ。デジタルの時計は、約束の時間まであと十数分を差していた。

 二人は足早に公園を抜け、大通りを歩いていく。幾つもの車が道路の上を滑空している。
 横断歩道の向こうには、いくつものビルが建ち並んでいた。高層ビルの中、ひとつのビルへと入っていく。
 いくつも並んでいるエレベーターの横をすり抜けて、階段へ続く扉を開けた。降りる靴音が響き渡る。
 階段を降りきると、そこには看板もない素っ気ない白い扉があった。その横にカードリーダーが設置されている。麗奈は首もとを探ると、カードを取り出した。それをカードリーダーに通すと、小さく電子音が響いて、ロックがはずれる。
中を開けると、また扉がひとつあった。今度は指紋認証だ。その扉を認証で開けば、次は虹彩認証がついた扉だ。いくつもの厳重なロックを押し開いて、ようやく中に入ることができる。
「来るときも使いましたけど、こうして見ると圧倒されますね」
「ええ」
 中は分厚いコンクリートの壁で仕切りができていた。仕切りを抜けると、黒い箱のようなものが見えてくる。
 それが、麗奈が生まれる少し前に、開発されたタイムマシンの姿だ。

 理論的には可能でも、実現しなかったタイムマシンが生まれたのは、十数年前のことだった。
 タイムマシンが生まれたことによって、皆の期待はどこへ跳ぶ事ができるか、ということに集まった。だが未来、過去へ自由に旅行できるということは、様々な危険をはらむ。結局技術は政府に預けられ、政府が認めた事柄にだけ、タイムマシンを利用することができることになった。
 タイムマシンを利用する主な目的は、主に歴史の修正だ。今がよりよい時代になるように、過去を修正し、今を補正する。そのために働く人々がいる。
 麗奈もそのひとりである。疑似のワームホールを作り、次元に穴を開けて違う次元へと移動するタイムマシンは、ある程度被験者が決まってくるのだ。耐性の無いものが何度もくぐれば、命に関わるのである。
「あなたが少しばかり耐性があって良かったわ」
 麗奈はタイムマシンである黒い箱の扉を開いて、中へ足を踏み入れた。中は薄く青いライトが照らされている。壁際にいくつか計器があって、中央は床に丸く線が引かれている。あとは何もない。
「いや、でももう移動は難しいですね」
 煌は真ん中へと歩み寄る。円の中に入ったのを確認して、計器を操作した。最後に腕に付けているデジタル時計を計器に触れさせてから、円の中に入る。それと同時に警告音が響きわたり、合成音で残り時間が告げられる。
 残り時間がゼロになった瞬間、照明が落ちた。いや、ワームホームの中へ落ちたのだ。様々な方法で軽減されているとはいえ、体に一気に重圧が掛かる。
 その重圧は、数秒で消え去った。ここに入った時と同じくらいの明るさに戻る。
 周りは同じような空間だったが、少しずつ配置や計器の場所が違っていた。腕にある時計に目を落とすと、デジタル時計の時刻は夕方を指している。隣に立っていた煌は、安心したようにほうと息を吐いていた。
「それじゃ、戻りましょうか」
「はい」
 二人がタイムマシンの外に出ると、近くにあったソファから男が立ち上がってこちらに目を向けてきた。煌が出てきたのを見て、安堵したような様子を見せる。
「おお、おかえり。無事で良かったよ」
「ただいま戻りました」
「お前が見たかったものは見られたか?」
「ええ、おかげさまで」
 男と煌は並んで歩き出した。麗奈は邪魔にならないよう、少し後ろに下がって歩いていく。男は煌とひと通り会話を終えると、麗奈へ視線を向けた。
「麗奈さん、だったか。今回は無理なお願いを聞いてもらってありがとう」
「私はお連れしただけですから」
 男はふんわりと目元を和らげた。だがそこには、一抹の冷たさが残っているようにも感じられる。上等の生地を使ったスーツや隙のない身のこなし。
 目の前にいる男は、煌を雇えるほどで、さらにタイムマシンを私情で動かすことのできる地位と金を持つ男なのだろう。
 煌はぺこりと頭を下げて、それからは一度も麗奈を見ることなく、施設の外へと出て行った。

 麗奈はそれを見送った後、報告のために別室への道を進む。タイムマシンがある部屋とは正反対の白に彩られた廊下を歩いていった。
「失礼します」
「はい」
 廊下の突き当たり、白い扉をノックして、中に入る。そこには机に数台の端末と、奥にひとつ机があった。そこには目の前に抱えた端末に目を通している男の姿がある。
麗奈の上司にしてタイムマシンによる任務「タイムマシン・プロジェクト」の管理者、空理くうりだ。
「おお、終わったか」
「おかげさまで」
 空理はニヤニヤと楽しそうに笑っている。突然降ってきた特例の任務を面白がっていることは明らかで、麗奈は思わず男を睨みつけていた。
「おお怖い。そんなに睨むなよ」
「それじゃあ、そのだらしなく緩んでいる口元をしっかり引き締めてください」
「これは生まれつきだ」
 麗奈は男の言葉を軽く流しながら、端末の前に座った。スタンバイ状態から画面が開く。
「で、競航けいくうのスターは一体何を見に行ったんだ?」
 黙々と今回の任務に対する報告書を作成していた麗奈だったが、空理の言葉にその手が止まった。端末では、死亡記事の文字がちかちかと明滅している。
「自分の死亡記事を見に行ってました」
「死亡記事?」
 初めて空理の口元が引き締められ、笑みが消える。
「自分がいつ死ぬか、知りたかったと」
「まだ子供なのに、か? 随分と不思議な子供だな」
「……ええ」
「競航のために生まれてきてるんじゃあ、やっぱり知能も一般と比べて違うんだろうな」
 男はひとりごとのように、呟いた。麗奈は何も答えず、空理へ向け送信画面を開く。送信完了の文字が出ると、すぐに立ち上がった。
「もう帰るのか」
「はい。さすがに連続任務は疲れます」
「そうだろうな。まあしばらく休みだから、ゆっくり体を休めるといいさ」
 空理は珍しく、優しい言葉を掛けてきた。何を言ってるのかと鳥肌が立ってしまう。だが連日の任務で、体が悲鳴を上げていることも確かだった。それだけタイムマシンを使って過去や未来に飛ぶというのは危険なことなのだ。
「それじゃ、失礼します」
 ひらひらと手を振る男に軽く目礼をして、麗奈は部屋を出た。どこかで夕食を食べて、帰って早く寝よう。そう思いながらも、頭ではとりとめもなく今日の出来事を繰り返していた。
 競航けいくう。タイムマシンの使用によって安定した未来を取り戻した国が、新たな娯楽として取り入れた賭事だ。
 文字通り、航空機に乗った子供達が、決められた空路をたどり、順位を競う。曲芸なども行うので、事故も多い。だがそれを上回るほどの人気があるのだ。
 煌も競航では有名な選手である。迎えに来ていた男はオーナーだろう。この前の優勝の褒美に、タイムマシンに乗りたいと言い出したと聞いている。
 国の特殊機関では、競航のために子供が作られているという話もあるほどだ。それは噂話でしかないのだが、煌を見ているとあながち嘘でも無さそうに思えるのであった。まだ十三、四であるのに完璧な言葉使い。そして豊富な知識。普通の子供では、おそらくできないことだろう。
 自動ドアをくぐり抜けて外に出ると、入り口付近で携帯端末をいじりながらうろうろとさまよっている煌の姿を見かけた。

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