あたしはライトだし!~隠れヲタク腐女子の異世界ヲタ活動~
「ううう……ここどこだよぉ……」
あたしは1人半泣きで小道を歩いている。小道……小道でいいのかなぁ。もうよくわからない。
ただ、原っぱに道っぽいのがあって、そこを歩いているだけだから、上手く説明出来ない。
あたしの名前は瞳子、相楽瞳子。大学1年。ピッチピチ(死語か)の19歳だ。JDだよ、JD。
本当なら、今日友人に返してもらったうふふな漫画を読んでバイトに行くはずだったんだ。
そう……『はず』ね……。本当どうしてこうなった状態です……。
今のあたしの状況……、ラノベも大好きなあたしにはちょっと心当たりはあるんだ。でも、そんな非常識っていうか有り得ない展開が起きてるなんてぶっちゃけて信じられないし、信じたくない。
きっとあたしの立場になったら、皆疑うよ。だって本当に信じらんない。
『異世界トリップしたっぽい』なんて、ね……。
「瞳子ー、これ借りてた本ね」
「お、どーだった?」
「うふっ」
「ぐふっ」
手渡された紙袋の重さを感じながら、友人の反応ににやける。友人の瑶に貸していたのはあたしの大好きな漫画の薄い本。所謂同人誌だ。
「今まで主人公総受けしか読んでなかったのが悔やまれるわぁ」
「くふふ、強気受けもよかろう?」
「うんっ」
顔を寄せあってにやつきながらこそこそと小声で会話をする怪しい2人だけど、気にしない。いや、会話の内容はヤバイから気にするけど。
だって腐女子って大きな声で言えないじゃん?
瑶との出会いもたまたまだった。そういう店で薄い本を物色中にバッタリ出くわしたのだ。
あの時は時間が止まった気がしたね。悪い意味で。
同じ講義を受けていて顔を合わせることの多い同級生と、まさかの出会い。
でもお互いの腕に抱えられた本を見て、お互い静かに頷くとレジに直行。そして無言のまま近くのモスドへ。コーヒーを頼んで向かい合って席に。お互い気まずい空気で目も合わせられない状態だけど、このままにも出来ない。
「……テニヌ……」
ぼそりと呟いたあたしの言葉に瑶の肩が大袈裟に揺れた。そろりと窺うように顔を上げてまた目を背ける。
「……バスケ……」
「……排球……」
「……ゲーム……」
「……乙女ゲー……」
「…………びー……………」
「…………える」
何言ってんだと言われるかもしれない。だけどこれは簡単なお互いの嗜好の暴露だ。最後辺りはお互いキラキラした目をしてたと思う。同志を発見した喜びで。
実際お互い実に輝かんばかりの笑顔で手をガッシリと取り合っていたから、間違っちゃいない、うん。
だけど、そんな嗜好も大っぴらに出来ないからこうして単語だけでのやり取りになったわけなんだけども。
そこから瑶とは仲良くしている。家にお邪魔してゲームをしたり腐腐腐な話をしたり。
あたしも瑶も普通に友人はいる。ただ、ヲタク的な嗜好に関しては隠している。受け入れられる人とそうじゃない人がいるからね。大っぴらにしているのは瑶に対してだけ。瑶もあたしにだけ。
お互い見た目だけじゃあゲームだとか漫画だとかが好きには見えないようになっているからね。瑶は小さな身長と可愛らしい顔つきを活かしてフェミニンな格好が多い。あたしは可愛い格好が似合わないからパンツスタイルが多い。本当なら服装とかにお金あんまり使いたくないんだけどね。擬態は大事。
まあ、あたしは自分をヲタクだとは胸を張って言えないんだけどね。
むしろあたしなんかをヲタクだと言う奴は本当のヲタクさんに謝れと思っている。
あたしはゲームも漫画もアニメも腐ったお話も大好きだけど、自分で何かを生み出す力は持ってない。見る専門だし、ミーハーだし。ちょっとそういうのが好きなだけ。
あたしはライトヲタクだ。
そんな瑶と大学の玄関で別れ、あたしは1人自宅という名の愛の巣へと向かっていた。愛の巣っていうのは普通なら恋人や夫婦の家を指すのだろうけど、あたしは違う。安いアパートだけど、親や兄貴に邪魔されず愛しの漫画やゲームに囲まれ満喫出来る何物にも変えがたい憩いの場……まあ、ただの1人暮らしの部屋だ。楽園とも言う。
家からの仕送りだけじゃあ自由になるお金なんてないから、近くのファミレスでバイトもしてる。成人したらもう少し時給の良いところに変わりたいなー、なんて思ってるけどね。
今日はいつもより早くバイトの時間が迫っているけど、本を読む時間を取っていた。返してもらった本を読む為の時間だ。う腐腐腐。
アパートの階段を足取り軽く駆け上がり、ポケットから鍵を取り出す。ゆるきゃらと呼ばれるマスコットのストラップがチャリ、と揺れた。
鍵穴に差し込んでカチリと回せば簡単にドアは開けられる。手に鍵を持ち直してドアを開け、いざゆかん、あたしの愛の巣!
「たっだいまー…………あ?」
後ろ手にドアノブを持ったまま玄関に踏み込み、見慣れた自分の部屋に目を向けた。
んだけどねぇ?目の前にはあたしの部屋なんてなかったんですよ。
絶句というか呆然としたというか……後ろ手に持っていたはずのドアノブから手が離れ、パタンと閉まる小さな音で我に返った。慌てて後ろを振り返れば、今までそこにあったはずのドアも消え、ぐるりと周囲を見渡せど『あたしの部屋のもの』が何も無い。
「……う……嘘だぁぁぁ……!」
どれだけ1人黄昏ていたのかはわからない。だけど見知らぬ場所に1人で立ち竦んでいるわけにもいかない。人を探さないといけない。どうにかして帰らないと愛の巣のあれやそれやが詳らかにされてしまう……!
……と、ここで冒頭に至る。
半泣きで太陽に焼かれながら歩いたせいで色んな所から汗が滲む。手首につけていたシュシュで栗色の髪を項辺りで1つに縛る。胸を過ぎる程の長さの髪を纏めたおかげで、風が吹けば汗が冷やされちょっと涼しい。
浮かぶ涙を袖で拭い周囲を見回す。
すると歩いてきた小道の先に壁のようなものが見え、落ち込んでいた心がぱぁあと晴れやかになる。
「ひ、人がいるかも……!」
まだ見ぬこの世界の人間に心踊らせて、肩からずれ落ちたバッグをかけ直し重くなった足を懸命に動かす。
早く誰かに会いたい。そして元の世界へ帰らなくちゃ!
「うkjdyhわhrnえ」
何言ってるかさっぱりわかんねぇぇぇぇぇぇ!!
思わず頭を抱えて蹲ってしまった。
いや、確かに言葉通じるか不安だったよ?だって見た感じからして外国人なんだもん!だけど英語ならちょっとぐらい、と思ったのに!どう聞いても英語じゃない……。そしてあたしの言葉も通じない。
ご都合主義はどこー!?
門番さんっぽい人が懸命に何か言ってるけど、聞いたことのある単語が出てきません。
どうしようぅぅぅ。
あたしの言葉も一切通じてないらしく、これ絶対会話噛み合ってないんだろうな。
「これどうしたらいいんでしょうか……」
「wrjwねnklbys」
門番さんっぽい人と2人で頭を抱えていると、門番さんっぽい人に声をかける強面のお兄さんが現れた。
身長は高いし、体付きもガッシリしてるっぽいし、顔つきはきりりとしていて男らしい。イケメンだ。
会話出来なくておろおろしてた門番さんっぽい人が背筋をピンと伸ばしてハキハキ何かを言ってたから、多分この人の上司的な位置にいる人なんだろう。
…………じゅる。
はっ、いかんいかん、よだれが。
ガタイのいいお兄さんが儚げな男性相手にいやーんうふーんあはーん(※擬音語でお送りしております)でズキューンバキューンドゥギュゥゥゥン(※効果音でお送りしております)とか美味しいぃぃぃ!いや、逆でもいいかもしんない。このお兄さん騎士っぽい格好だから、仕えている人にふぅわぁぁぁぁお(※効果音でお送りしております)されててもいいかも!
──妄想0.2秒──
「gpんqかmtcksy」
「えっ!?」
「gpん、qかmt、cksy」
脳内でそんなことを考えていたら(顔は無表情である、ニヤけたらそっこう捕まる自信がある)お兄さんが何かをあたしに向かって言ってるんだけど、やっぱり一切わかんない。ただ、物凄く眉を寄せて厳しい顔つきで、身振り手振りで何かを伝えようとしてくれている。あたしを指差し、自分を指差し、そして多分ここからでも見える大きな建物を指差している。
……指差されたであろう大きな建物はお城っぽいのは気の所為だと思うけど。
「あたしが、お兄さんと、どっか行けばいいの?」
お兄さんと門番さんっぽい人に向かって同じように指差し確認をすれば2人に頷かれ、お兄さんに手招きをされる。
これ……付いてったら牢屋とか言わないだろうな……。言葉が通じないって不便すぎる……。でも、ここにいたってどうしようもないし……。
ぐるぐると考えていると門番さんっぽい人が、あたしの頭を軽く叩きにっこりと微笑んで頷いてくれた。きっとあたしを安心させようとしてくれたんだと思う。
バッグの肩紐をぎゅっと握り締め深呼吸をする。
「ええい、ままよ!」
門番さんっぽい人にぺこりとお辞儀をして、お兄さんの方へと近付けば、さっきまで寄せられていた眉がちょっとだけへにょりと八の字になったのがわかった。
あ、このお兄さん見た目怖い感じだけどいい人かもしんない。
あたしを気にしながらどこかへ向かうお兄さんとは、会話もなくただただ歩くだけでした。
まあ、そうだよね。だって会話出来ないし。
日本とは全然違う街並みに外国人しかいないときたら……キョロキョロしちゃうよね。
おかげで気が付いたら距離が出来ていたり、不思議そうにお店を見るあたしに声をかけてくれるおじさんやおばさんに答えられずおろおろするあたしを連れ戻しにお兄さんが慌てたり、豪快に笑うおばさんにからかわれてるのか、お兄さんがしどろもどろになってたりむすっとしてたりとこんな不思議な状況なのにちょっと面白がってしまいましたすみません。
呆れたのか怒っているのかわからないけれど、ぎゅううっと眉を寄せて眉間に皺を寄せているお兄さんにごめんなさいと心の中で謝りつつ、お兄さんに付いていく。
そうして辿りついたのはお城でした。
口をぱかーっと開けたままお城を見上げてしまった。なんせでかい。目の前には門があるんだけど、それもでかい。一般人であるあたしには一生縁がない場所のはずだ。
いや、こういう西洋風なお城は日本から出なかったら一生縁がないね。うん。
そんなことを考えて1人頷いていたら、お兄さんが上からあたしを見下ろしていた。その表情は何してんだお前。と雄弁に物語っている。
すいません。
お兄さんに目を向けるとちょい、と手招きされたので大人しく後ろに付いていく。
初お城!
こういうところには渋いおじさまな王様がいたり、金髪碧眼のイケメン王子がいたり、美女な王女様がいたりするんだよね、知ってる!
そして騎士達が汗を流して肌と肌をぶつけ合ってたりするんだよね、知ってる!
あああ、今すれ違ったメイドさん美女だった!
あ、腐ったお話も大好きだけど、NLと言われる男女のお話も大好きです。
主従とか美味しい。どっちが右でも左でもいいけど美味しい。
妄想って楽しいですよね