モテない男がバレンタインデーに愛を受け取る方法
チョコレート。
それは所詮甘くて茶色い油の塊だ。
コンビニに行けば子供の小遣いほどの額で購入でき、高級なものでも数千円程度で購入できるチョコレート。
しかし2月14日、その価値は数倍に膨れ上がる。
男たちはヤミ金も真っ青の利息がついたチョコレートを何時もらえるのかとウキウキし、もらえれば大興奮で小躍り、もらえなければ悲しみを圧し殺しながら今日は平日だと自らに言い聞かせるのだ。
日本の男たちはこんなに甘党だっただろうか?
否、男たちはなにもチョコレートが食べたくてソワソワしているわけではない。
男たちが欲しているのはチョコレートに乗った愛なのである。
愛の乗っていないチョコを食べたところで満足感など得られるはずもない。
「……もっと早くに気付くべきだった」
大量のチョコレートが入ったスーパーの袋を引っさげ、公園のベンチに一人。
例年通り女の子からチョコレートをもらえなかった俺は、半ばヤケクソになってカゴいっぱいのチョコレートを自ら購入したのである。しかしいくら口にチョコレートを詰め込んだところでまったく満たされない。そりゃそうだ、このチョコに愛なんて欠片も入っていないのだから。
ふと辺りを見回すと公園はカップルだらけ。男女間で小奇麗な紙袋に入ったチョコの受け渡しが行われている。スーパーの袋にチョコを入れているのは俺だけだ。
ああ、寂しい。
こんなことなら家でじっとしていれば良かった。
「ねぇ、頑張って作ったんだよ。食べて食べて」
女の声はよく通る。
数メートル先にいるベンチから彼女の声だけが聞こえてきた。甘えるような高い声だ。
愛が溢れて仕方ないってところか。腹立たしい限りだ。
「……いや、待てよ?」
こんなに俺が欲している愛が溢れてしまっているのか?
ということは、この愛のおこぼれを頂いちゃっても良いってこと?
俺は慌てて袋からチョコレートを一つ取り出して包みを乱暴に開ける。艶々とした茶色い肌が露わになる。
そして俺は目をつむり、その時を待った。
「はい、あーん」
「あーん」
女の声に合わせ、自らチョコレートを口に運ぶ。パキッという音と共に口の中へ甘さが広がった。
「ねぇねぇ、美味しい?」
「うん。美味しいよ」
「良かった!」
ああ、きちんと会話になっている。まるで女子に貰ったチョコレートを女子と共に食べているようだ。
なんだ、愛情の乗ったチョコレートを食べるなんて簡単じゃないか。この方法なら金も労力もかからない。
こりゃあ良いや、どうしてみんなこんなに良い方法を実践しないんだろうな……
「お兄ちゃん、どうして泣いてるの?」
ふと目を開けると小さな女の子が俺を不思議そうに見上げていた。
「俺が泣いてる、だと?」
馬鹿な。
俺は今全身で愛とチョコレートを感じているのだぞ。なにを泣くことがあろう。
そう、俺は今幸せなのだ。労力をかけず愛を受け取る方法を知ったのだから。これは今世紀最大の発明であるといっても過言ではない。この発明はさっそく世間に公表するべきだ。チョコレートが貰えず、悔しさのあまり血が滲むほど唇を噛み締めている同士たちに希望を与える光となることだろう。次のノーベル平和賞は俺が授賞すべきだし、この話と俺の写真を教科書に載せ、子々孫々まで伝えていっていただきたい。
そんな俺が、落涙など――
「……ッ……うぐううううッ……」
俺は耐え切れずベンチから崩れ落ちた。
そうだ、こんな他人に向けられた愛で満足できるはずがない。それどころか俺の孤独はより強く浮かび上がり、甘いはずのミルクチョコレートが酷く苦い。
自らをも騙そうと虚勢を張ってはみたものの、手に入れたのは虚しさばかりだ。
「こんなものッ!」
俺は持っていたスーパーの袋を地面にたたきつける。
ガサガサと言う音と共に袋から飛び出たチョコレートが散らばった。どれもこれも愛のこもっていない無機質なチョコレートばかりだ。こんなものに価値などない。
「クソッ、どうして俺がこんな目に! どうしてチョコレートなんてものがこの世にあるんだ」
チョコレートなんてものがなければ俺はこんな気持ちにならずに済んだのだ。
製菓会社が憎い、カカオ豆が憎い。
家に帰ったらチョコに髪の毛が入っていたと嘘のクレームを入れてやる。
女が憎い男が憎い。
家に帰ったら某大型掲示板に男を叩く書き込みをして男女間の対立を煽ってやる。
ああ、憎い。すべてが憎い――
「お兄ちゃんこれいらないの?」
地面に這いつくばる俺を女の子が見下ろしている。
俺は地面に向かって吐き捨てるように言った。
「いらねぇよそんなもんッ!」
「じゃあ、貰ってもいい?」
女の子は指をくわえ、遠慮気味にそう言う。
いまさらチョコレートがどうなろうと知ったことではない。ここで腐るよりはマシだろう。
そう思い、俺は小さく頷いた。
「ああ、好きにしろ」
「ほんと!? わーい」
両手で抱えきれないほどのチョコレートを前に、女の子は目を輝かせる。
さっそくチョコレートを一つ手に取り、丁寧に包装紙を破いてそれにかぶりついた。
「とってもおいしい! ありがとうお兄ちゃん!」
「……!!」
女の子は満面の笑みを俺に向ける。
なんだろうこの胸のときめきは。
ああ、そうか。雛鳥のようにただ口を開けて愛が欲しい愛が欲しいと文句を垂れ流すだけではダメだったんだ。
飯を食うには金が必要だ。金を得るには働かねばならない。それと同じように愛を得るには行動を起こさなければいけなかったのだ。なにをするにも、自分から動かなければ何も起こらないのだから。
それなのに俺は、愛を得るためではなくフラストレーションを発散するために動こうとしていた。それでは根本的解決にならない。
この女の子だって、チョコレートをあげなければ俺に微笑んでなどくれなかっただろう。
愛が欲しいなら行動を起こさねば。
行動を起こさねば。行動を起こさねば。
「……お、お嬢ちゃん。名前、なんていうの?」
女の子はチョコレートを頬張りながら元気いっぱいに答える。
「カナちゃんだよ!」
「そうか。カナちゃん……チョコレートをもっといっぱいあげるから、僕と付き合ってくれない?」
30分後、通報を受けた警察によって俺は署に連行されるのであった。