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家族 1

 それ以来、俺は王家のみんなに家族同様に扱われている。それが慣れなくてくすぐったい。

 俺の両親は父親のDVが原因で小学生の時離婚している。以来数年間、俺は母方の祖父母の許で過ごした。そして、中学2年の時、母親が再婚し、新しい父親に乞われるまま一緒に住み始めたのだが、俺はどうにもなじめなかった。もちろん新しい父親は実父のように殴ったりはしなかったし、普通に良い父親であったが、もう遊んでもらうという歳でもなくなっていた俺には食事時に顔を合わせるだけの同居人に過ぎなかったのだ。

 特に、翌年妹、柚希ゆずきが生まれてからは、柚希に手がかかることもあって、全てが彼女中心に回っていて、新しい家には俺の居場所がなかった。


 そこで、俺が入り浸っていたのは碁会所。最初は祖父に連れられて行ったのだが、そこにいるじいさんたちにうまいうまいと誉められる内にすっかりその虜になってしまっていた。なので、俺は新しい家に引っ越した時、何よりも先に碁会所をさがしたし、プロにもあこがれたが、その養成所である棋院も入れる年齢を既にオーバーしており、外来(一般)でタイトルを取るのも困難。両親の離婚の顛末で弁護士にも魅力を感じていたこともあり、囲碁の強い今の大学の法学部に入ったというわけだ。


 一方、本当ならテンテンちゃんは双子だったという。なので、玉爾さんはよく、『私の子供帰ってきたみたいね』といい、何かというと、妙なラテン系の節回しで『似てない双子』と歌いながら仕事をしている。

 開さんはあまり語らない(玉爾さんに愛を囁くのだけは別みたいだ)けど、まかないの量があきらかに客より多い。大体、神神の定食自体、おしゃれな都内のカフェの1.5倍はある。それの割り増しバージョンなのだから、小食な奴だったらもう拷問レベルの多さなのだ。ただ、出前中心の仕事は体力勝負なので、何とか彼らを失望させない程度には食べることができている。


 そんなある日、俺が行くと玉爾さんが何やら張り紙をしていた。見るとその張り紙には涼しげな冷やし中華の写真とともに『冷麺始めました』とある。

(最近昼間はかなり暑いもんなぁ)

と思いながらよく見ると、涼しげな冷麺の左側にはテンテンちゃんの字で『韓国風〇〇〇円』、右側には『中華風〇〇〇円』と書き加えられている。

玉爾さんに、

「韓国風なんてあるんですか?」

と聞くと、

「あ、私、韓国人ハングクインだからね。ネンミョン欲しいね」

レイミェン甘すぎるね。と玉爾さんが答えた。こうして音で聞くと違いが判るが、日本語に直せばどちらもが冷麺で、「レイメン」と言われてしまうと、どちらを注文しているのか分からない。とにかく、ネンミョンというのは、俺が普段食べているあの甘酸っぱい味ではないらしい。食ってみたいなと思っていると、

「じゃぁ、今日の晩飯、ネンミョンするか?」

と開さんが聞いてくれたので、頷く。


 そして夜に出されたのは、透き通ったスープに濃いめの色の麺が浮かんでいて、ゆで卵と玉爾さん特製のキムチがどっさりと乗った、冷麺(冷やし中華)というより、冷やしラーメンに近いものだった。旨そうだ。

 だが俺は麺が黒すぎるのどうも気になり箸を取りながら、

「この麺、えらく黒いですけど、何が入ってるんです?」

と聞く。すると、

「蕎麦アルね。コレが入ってるからのどごしがつるっと良いアルね」

という開さんから答えが返ってきて、愕然として箸を置いた。

「すいません、せっかく作ってもらったんですけど、これは食べられません」

食べたいけど、絶対に無理。すると、

何故ウェヤ? タイサク辛いもの好き違うね」

胃悪いのか? と玉爾さんがが心配そうに俺の顔をのぞき込む。そう、大体俺は辛いもの好きで、玉爾さんのキムチならご飯なしだってどこまでも食べられる自信があるほど。でも、これは辛くなくたって食べられない。俺は、

「俺、蕎麦アレルギーなんです」

と事情を説明した。

「アレルギーか。かゆくなるね? それ大変ね」

それを聞いて、半分首を傾げながら笑ってそう言う玉爾さん。アレルギーは韓国語でもちょっとアクセントは違うけどアレルギーというらしい。だが、俺が、

「いえ、それで済めばまだ良いんですが。知らずに食ってたら息が止まる所でした」

と、アナフィラキシーショックの説明をすると王夫妻の顔が強ばった。アレルギーで死ぬことがあるのを知らなかったようだ。

「息止まるか? 息止まったら人間死ぬアルよ」

慌ててそう言った開さんに、

「すぐに手当すれば、死んだりしないですよ。でも急いで病院に行かないとヤバいですし、救急車を呼んだりとか、すごく迷惑かけてしまうことになってたと思います」

心配しないでくださいと俺は返したが、それでも、玉爾さんの顔の強ばりはとれず、

「なら私食べるよ。

ホントかわいそだね。こんなにおいしいもの、食べられないなんて」

と言いながら俺からネンミョンの金属製の鉢を受け取ると、俺に背を向けてネンミョンを食べ始めた。

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