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第9話:天国と地獄、どっちがお好き?
 家に帰って反省会。
 俺、最低。桃姉さんの胸に惑わされて作戦を失敗するとは――。
 まさかの伏兵に俺は敗れたのだ。これからはお色気に対して免疫をつけないと、また同じ事の繰り返しだろう。
 しかし俺にそんな事ができるのか? 全然、自信はない……。

「おにぃのせいで、失敗。……すけべにぃ」
「うっ」
 リビングのソファに座る俺に、痛い言葉が突き刺さる。
 L字型に置かれたソファに俺は座っているが、六人掛けの大きなタイプでとても広い。なのに何故、俺の隣に窮屈そうに座っているのか教えてくれ、珊瑚。決して俺達以外、六人以上が座っている訳ではない。
 リビングにいるのは俺と珊瑚の二人だけ。琥珀は自分の部屋で漫画を読んで大爆笑いる声がここまで聞こえている。そして瑠璃は、ただいまキッチンで奮闘中。
 ――きゃぁ、お鍋がボンってっ! うにゃ、野菜が変形したぁ。
 そんな声がキッチンから聞こえてる。すでに始まっている、瑠璃の摩訶不思議クッキング。
 どうしたら鍋がボンってなるのか、野菜が変形するのか教えて欲しい。
 ――えっと、これとこれを入れて……きゃっ、青色になったよ? なんで?
 何を入れたんだっ、瑠璃。何を入れたら青色になるのか教えてくれ。そんなものは聞いた事がないぞ。
「なんて、デンジャラなものを。おにぃ……」
「そんな哀れみたっぷりの目で俺を見るなよぉ」
 テーブルの上に置かれた珈琲を一口。だいぶ温くなってきているが、まだ飲める。
 これは珊瑚が入れてくれたので大丈夫。
 瑠璃が入れたのなら珈琲がそばつゆに、コーラが醤油に変化する魔法のマジックハンドを持っているのだ。
「まさか、桃姉さんがいるとは思わなかった」
「おにぃ、スケベ面だった。ほら……」
「うおっ! いつの間に写真なんてっ」
 珊瑚が持っていたのは、俺が桃姉さんの胸元を凝視している恥ずかしい写真。いつの間に撮ったんだよ!
 これは、シャレになりません! こんなものが世に出回ったら、俺の評判はがた落ち。功治と同レベルになってしまう。
「こんなスケベな顔……ボクも見た事ないの」
「何を言ってるんだ、お前は?」
「おにぃは、ボクには興奮しない? ちらり」
「ぶっ!」
 口に含んだ珈琲は思いっきり、珊瑚の顔に着弾していた。何て事を聞いて来るんだ、こいつは!
 何を血迷ったか、胸元を開いて胸の谷間を強調している珊瑚は薄っすらと顔が赤い。
 なんて嬉しい……いや、破廉恥な事をしているんだ。
「どう……?」
「うっ」
 上目遣いのほんのり赤い頬と潤んだ瞳に見つめられたら、普通の男ならここで狼になってレッツゴーパラダイス一直線。
 なんだろうけど、仮にも俺と珊瑚は兄妹だ。そんな事……そんな事するはず――ないぞ? て、なんで俺は疑問系なんだよ!
「それにしても……おにぃ、酷い」
「あ、す、すまんっ」
 今更ながら、珊瑚の顔は珈琲で黒かった。俺ブラックしか飲まないからね。と、そんな事考えてる場合でない。
 髪の毛までずぶ濡れの珊瑚は、俺を恨めしそうに見ているのだが、ちょっと嬉しそうなのは気のせいだろうか?
「タオル、タオル……」
「それなら、ここにある――はい」
「お、サンキュ……ん?」
 珊瑚は俺にタオルを渡してくれた。なんかおかしくないか? 持っているなら自分で拭けよ。
 何故、自分で拭かない? いや、俺が悪いのだから別に拭くのは仕方ないだろう。しかし、何故に目を瞑ってこちらを向いている?
「早く……おにぃ」
「うっ」
 エロい。妙にエロいぞ、この状況。珈琲だと分かっているのに、なんでこんなにエロティックなのだ!
 俺の心拍数がマックス超えてるぞ。まさか、妹相手に興奮してるのか? 俺ってそんなに見境のない生き物なのか。否、そんな事あってたまるか。俺は普通だ。普通なんだよ――。
「はうっ……」
「へ、へんな声出すな」
 震える手にタオルを持ち、ゆっくりと珊瑚の顔に触れる。柔らかい肌の感触が、タオル越しに伝わってくる。
「だって、おにぃ……手つきがえっち」
「なっ、だった自分で拭けよっ」
 上目使いの上気した頬で俺を見つめる珊瑚。そんな顔されたら俺はケダモノになっちゃうぞ……。
「何、いちゃいちゃしてるの! 兄貴」
「うごっ」
 突然聞こえた声と同時に、俺の側頭部に衝撃が走り抜け身体が水平にテイクオフしていた。
 中々、変わった景色だな。
 全てのものが横向きに見える。あれ、違うか――俺が横向いているから横に見えるんだ。
「何をするんだ、琥珀っ」
「兄貴がお姉ちゃんを襲っているから成敗した」
「してねぇよっ!」
 まさか、リビングの床にキスするとは思わなかったぞ。しかも首が変な方向に曲がって、未だに景色が横向きだ。
「何て事をしてくれんだよ、お前は」
「だって、兄貴がお姉ちゃんを押し倒して、服脱がせようとしてるから」
「してないだろうが! 見ろ、珊瑚を――って、脱いでんじゃねぇよっ、珊瑚」
 琥珀の勘違いもすごいが、珊瑚も何をしようとしている? なぜ、自ら服を脱ぐ。
 見ろ……琥珀様が俺を睨んでらっしゃるではないか。
 とても言葉では表現出来ないくらいの形相で睨んでますよ。口から覗く歯が異様に尖って見えるのはなぜ?
「やっぱり脱いでるじゃんっ」
「こいつが勝手に脱いでんだよ! 俺は何もしてないぞっ」
「おにぃ……口の中が苦い。ベトベトするものが、服の中にも……」
 確かに珈琲はベトベトするし、ブラックは苦いだろう。しかし、今ここでその発言は大いにまずいぞ……珊瑚。
「な! ……なぁにしたんだ、兄貴!」
「ま、待て! まだ何もして……じゃなくてっ」
「する気だったのかっ」
 勘違い大魔神さんが、こちらを見て我を忘れて大暴れを始めてしまった。最早、手遅れのようだ。
 俺も余計な一言をつい言ってしまって、馬鹿だな。そう思っていたら、不意に琥珀は俯いて、
「……なんで、いつもお姉ちゃんと瑠璃ばかりなの」
「は……?」
 小さく聞こえてきた声に今までの勢いはなく、どこか寂しげな表情をして目を剃らしていた。
「隙ありっ!」
「うわっ、卑怯だぞっ!」
 愁傷な表情をしていると思ったら、途端に口角をあげて俺に拳を振り上げてくる。
 なんて奴だ――兄を騙すとは!
 そんなあくどい事をどこで覚えたんだ。誰か、俺を助けてくれ! でないと、あの世行きになってしまう。

「お兄ちゃん、ちょっとぉ」
 天の助け――俺を呼ぶこの声はまさしく天の助け。地獄の中の仏とは、まさにこの事。
「おうっ、今すぐ行くぞ! 瑠璃」

 そして、俺は文字通り地獄を味わった――。



「おぅ……うっぷっ」
「お、おにいちゃん……しっかりして」
 泣きそうな顔の瑠璃が俺の目の前にいる。なんで、こいつはこんな顔をしているんだ?
 そして、俺はなんでこんな所で寝てるんだろう。
「だ、だいじょうぶ……?」
「お、おう。大丈夫だ」
 どうやら俺は、ソファの上に寝転がされているようだ。しかし頭の下にある柔らかい感触はなんだ?
 ソファってこんなに柔らかかったかな。一番の疑問は瑠璃の顔が異様に近い事だが――。
「えっと、これは……」
「ひゃ! んっ……やん、お、おにいちゃん」
 頭の下にあるものを触れてみると、程よい弾力と温もりを持っていた。これってもしかして……。
「そんなと、こ……さわっちゃ、だ……め」
「うわっ、すまんっ!」
 真っ赤になった瑠璃の顔が恥ずかしそうに俺を見て、荒い息を吐いていた。
 俺、どこ触ったんだ! 誰か教えて。そうしないと、俺今日寝れそうにないから。
「だ、だだだ、だい、じょうぶ……だから」
 俺を見ている瑠璃が、首をゆっくりと振っていた。俺は瑠璃に膝枕をされていたようだ。その柔らかい感触が未だに頭に残っている。
 甘い瑠璃の香りらしきものが鼻の奥に残り、いらぬ妄想を次々と掻き立てる。
「そ、それじゃ、お兄ちゃん。お茶入れるから、そこに座っててっ」
 咄嗟に立ち上がり、矢継ぎ早にそう言ってキッチンへと駆けて行く瑠璃の後ろ姿を見て、
「る、るるる、るりっ……そ、その格好はっ」
「え……あ、きゃっ! いや、見ちゃダメっ!」
 慌てて押さえているが、しっかりはっきりと見てしまった。何故に裸エプロン三歩手前の格好をしているんだ。しかも、上はきちんと着ているのに下はなんで下着一枚だけなんだ? 新手のプレイか! 我が家はいつからいかがわしいお店になったのだ。
「え、えええ、えっと……さっき、お兄ちゃんが倒れた時に、一緒にお鍋が落ちて」
「なっ、お前火傷しなかったのかっ!」
 近づこうと一歩前に出た足を引き止める。今の格好の瑠璃に近づくと絶対にパニくってしまうだろう。
 そうなると、もっと酷い事になる。裸エプロンなんて比較にならない全裸ダンスを見る事になって、今度は俺が大変な事になってしまう事は必至――。
「や、ややや、火傷はしなかったから……大丈夫、だから」
 俺の考えている事が分かるのか、俯いたまま喋る瑠璃は手早くお茶の用意をしているが、どうにも手元がおぼつかない。
 対面式のキッチンなので動きは手にとるように分かるが、顔はトマトも真っ青の完熟ぶり。
「きゃっ」
「る、るり――ひゃお!」
 そう思っていた矢先に、瑠璃の短い悲鳴と同時に冷たいものが俺の顔に直撃した。
「な、なんだぁ!」
「……お、おにいちゃぁん」
 キッチンから聞こえる瑠璃の泣きそうに助けを求める声に駆け出し、キッチン中で見たのは一瞬、夢かと思ってしまう光景だった。
「あうぅ……水道がボンってなって、バンって……うぅ、びしょ濡れだよぉ」
 キッチンのシンクには、ほぼ必ずと言っていいほど水道が付いているものだ。
 それは水源地より水を運んできて家庭に潤いをもたらすもの。しかし、今の我が家の水道はご機嫌斜めらしい。
 何故か吹き上げてキッチン全体を潤している。しかも、何故か瑠璃ばかりが集中放水されてるのかは分からないが……。
 座り込んで涙を浮かべている瑠璃は、見事に全身びしょ濡れ。

「おにいちゃぁん……冷たいよぉ」

 俺を見上げている瞳も涙に濡れて、髪の毛から滴る水滴。エプロンも濡れて、足なんて下着だけなので妙に色っぽい線を浮かび上がらせて、しかも危険なラインまでずり上がっている。上半身もエプロンや服が濡れて身体のラインを露わにして、限りなく裸に近い状態だった。
 ある意味、裸より数倍こっちの方がエッチだぞ。って、そんな事を考えてる場合じゃなかった。
「だ、大丈夫か? 瑠璃。ここは俺に任せて、お風呂行って来いっ」
「え、あ……お、おにいちゃん」
 瑠璃が何かを言っているが、それに耳を貸さずに俺は水道と格闘を開始した。
 どうにかしてこの水道を止めなくては、キッチンが使いものにならなくなってしまう。
 それに、このままにしていては親に怒られれるのは俺だからな……長男の辛いところだよ。
「瑠璃――わっぷ! 早く吹いて来いって!」
「で、でも……」
「俺は大丈夫だから!」
 水道が暴れ狂うように周囲を更に濡らしていく中、動こうとしない瑠璃に少しだけ強い口調で言うと、ビクっとして立ち上がっていた。
 いつまでもそこにいても濡れるだけで、第一風邪を引いたらどうするつもりなんだ。
「じゃ、行って――ひにゃっ!」
「る、ぶっ!」
 変な声をあげて倒れている瑠璃。
 立ち上がろうとして足を出したが、水に足をとられて前のめりに転んでいた。しかも、こちらにおしりが向いているので、とても大変な事になって――俺も大変な事になりそうだ!
「うぅ〜ん、え……あ、きゃぁ! す、すけすけなのにぃ」
 起き上がって慌てている瑠璃は、ちらりと俺の顔を見て顔中を真っ赤にして泣きながら走って行った。
 リビングを出て盛大に転ぶ音がして、ぐずっている声が聞こえるが俺が泣きたいぞ?
「い、妹に……ぐぉ」
 瑠璃よ……余計な事を口走って行くな。俺も大変な事になってしまったではないか!
 激しく自分の見境無さに自己嫌悪に陥ってしまったよ。今日は、なんて誘惑の多い日なんだ。
 俺って、こんなにスケベなキャラだったかな……。

 落ち込みながら格闘している水道は、瑠璃がいなくなった途端にピタリと止まっていた。
 試しに水を出しても問題なく、しかも壊れていた形跡がない。もしかして、これは新たな瑠璃の技なのか?

「なんだったんだよ」

 謎が深まった夜の出来事だった……。
毎回、多くの方に読んでいただきありがとうございます。
まったく、予想外の読者数に驚きの毎日です。

お笑いと言っておきながら、気付けばエロネタのオンパレード(汗)
とりあえず、次の話でやっと一日目が終わり。
その次からは、もう少しまともになるように頑張りますが、真面目になるとは限りません(笑)
たぶん、エロネタは出てくるでしょう…。


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