第36話:文化祭って終わりじゃないの?
昼飯に何を食べたのかと聞かれたら迷わず「たこ焼き」という自信がないのは何故でしょうか。
教えてください、神様……俺は道を踏み外そうとしているのでしょうか? いや、決して”そんな”趣味はないです。まともに女の子が大好きです。彼女が欲しいです。でも、ちょっとメイド姿の貴美が可愛かったな……。
「おにぃ……鼻の下が捨てる前のトランクスみたいになってる」
「うおっ――な、なんだっ! って、珊瑚か」
いきなり背後から声を掛けられて転びそうになったが何とか踏ん張って下を向くと、両手を突き出して重そうに俺を支えている珊瑚がいた。
「お、おにぃ……重い」
「おっと、すまん」
体勢を整えて珊瑚の方へ向いたが、力を入れたからだろうか薄っすらと赤く染まった顔をしていた。
「ところで、珊瑚……捨てる前のトランクスってなんだ?」
「伸び切ってること」
ああ、ゴムが伸び切ったと鼻の下が伸びてるってのがかかっているわけか……こりゃ、お兄さん一本とられた。
「はい、注文。これがラストオーダー……妹市具セット大森。決して『大盛り』の誤植ではないよ、みなさん」
今日一日で色々と慣れたが、やっぱりツッコミどころが多いメニューだよな。
それから、どこを見て話をしているのかな、珊瑚さん。俺はこっちだぞ? そっちはあっちの世界だと思うのだけど……。
妹市具セット大森……よく分からないネーミングだが、ただのカレーライス大盛りの事だ。一番まともなメニューだが、名前のせいであまり売れていない。考えた人の頭を覗いてみたが今はこの状況を確認するのが先決だろうな――。
「なんで、誰もいなくなってんだよ……瑠璃と琥珀、それに桃姉さんや鈴美先輩、その他諸々はどこに行ったんだ?」
俺が昼飯を食べて帰ってくると、あれだけいたお客さんの姿がほとんどなく、加えて珊瑚以外のメンバーが誰一人としていなくなっている事に気づいた。いつも勝手気ままに動いている人達なので別にどうでもいいのだが、一斉にいなくなってしまうと俺の第六感が警告してくるのだ。
――危険だ、逃げろ。
そんな声が頭の中でドップラー効果ばっちりに響いていたりする。現にさっきまでの宇宙世界のマスコットをパクった格好をしていたのにいつもの制服に戻っている。
「おにぃ……そんなに見つめられると、想像妊娠しちゃう」
「こら、変な事言うな」
真顔でボケられても対応にとても困るのだが。
「その前に、おにぃ……ちゃんと、作ってよ」
「ん? あ……すまん」
そう言えばラストオーダーがあったな。周りの状況に気をとられていたので、すっかり忘れていた。
……。
……。
数十分後。
「ほい、完成」
レシピ通りに作った『妹市具セット大森』を珊瑚に手渡して俺の仕事は終わりを告げた。
……しかし、アレって本当にカレーライスか?
何を作ったのかは深く考えないようにしよう。例え遠くで悲鳴が聞こえても、聞こえなかった事にしておこう。
よく分からないがとりあえずは自分にお疲れさんって事で――。
暫くして接客が終わったのか、俺の元へやってきた珊瑚はいつもの無表情とは微妙に違う優しい笑みを浮かべて――
「お疲れ様、おにぃ」
ねぎらいの言葉をくれた。
何気ない一言だが何故だか心に響く声に柄にもなく心臓が早鐘のように打ち、照れ隠しに珊瑚の頭を少し乱暴に撫でた。
……珊瑚相手に何を動揺しているんだ、俺は。
しかし、それを嬉しそうに目を細めて撫でられている珊瑚は、徐に俺の身体に両手を廻して――
「それでは、一緒に行きましょう」
意味不明な事を言い出していた。
「行くってどこに?」
不意に悪代官もびっくりもあくどい顔をして俺の腕を掴んで――ガチャリッ。
……ん? ガチャリ?
「うおっ、珊瑚――何してんだよっ」
「おにぃ、確保。これより連行します」
俺の腕に手錠をはめて何食わぬ顔で敬礼をした珊瑚は徐に何かを取り出して俺に見せていた。
それは銀色に鈍く光る鍵だったが、一体何に使うものだろうか? って、現状を考えれば答えは一つしかない。しかし、珊瑚はその鍵をしっかりと握りしめると――
「……愛は自由」
プロ野球選手も裸足で逃げ出す投球フォームで振りかぶり、窓の外に投げ捨てていた。
「え、おっ――ちょ、ちょっと待てっ」
キラキラと輝きながら消えていく物体を見つめながら、俺は一体何が起こっているのか冷静に考えようとした。
が、無理だ。
この状況で冷静に考えろって言うのが無理なんだよ。手には手錠がされて、目の前に悪代官ばりの表情を浮かべた妹が一人。新手のアブノーマルプレイを実行中みたいな構図だが、決してそんな趣味はない。
「お、お前……なんて事をっ」
「愛は障害が多いほど燃えるもの。ボクはおにぃに萌えるけど」
声には出さないが「ニシシッ」と口が笑っているような気がする珊瑚の顔は仄かに赤いが、くねくねと悶える姿に俺は萌えるどころか恐怖を感じる。何を考えているのか分からないが俺は今、かなりやばい状況なのは理解している。
「ど、どこに行くんだよっ」
「秘密の花園。これから本日のメインイベントが開催されるのですよ……楽しみだね」
「いやあっ、何だか知らないけど怪しい雰囲気がビンビン感じる場所だぞっ! 行きたくねえよっ」
「おにぃには拒否権はミジンコほどもないんだよ。単細胞以下……くすっ」
さらりと俺の人間性を否定してないか? 俺はアメーバより扱いが酷いのですかっ!
「さあ、愛を確認しに行きましょう、おにぃ」
「あだだだっ、手錠を引っ張るなっ」
とてもご満悦な表情を浮かべ、俺の腕(手錠)を引っ張っていく珊瑚。そのうしろを涙目でついていく俺。
そんな姿を廊下を歩く生徒達は生暖かい視線で見送ってくれていた。
帰っていいでしょうか?
頭の中を廻る言葉はこれだけで、目の前の光景にこめかみがピリピリと痛い。腕も後ろ手に掛けられた手錠の上から、今度は椅子に身体をグルグル巻きに縄で縛られているし、これでは完璧に拷問か死刑執行前ではないか。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「…………瑠璃、これは幻覚かな? 変なものがいっぱい見えるよ」
「違うと思うよ……うん。違うよ、きっと」
もう少し、強く否定してくれないか……ウエイトレス姿の瑠璃さん。
「兄貴、現実逃避は身体によくないよ? ほら、ちゃんと周りを見て」
「いや、きっと俺は夢を見ているに違いない」
「それなら、一発で起きれる魔法があるけど……やってあげようか?」
「いえ、謹んで遠慮します」
何故に腕まくりをして振り回してますか、未だに体操服の琥珀さん。
「おにぃ、そこの席で大人しくしてるよろし」
「黙れ、エセ中国人」
「エセ中国人違う。これ、夜のお店がイメージ」
「余計に性質が悪いだろ、それはっ」
それで、いつの間にチャイナドレスに着替えたんだよ、珊瑚さん。
……って、言うか、こいつ等何やってんだよっ!
俺が連れて来られた(強制連行?)場所は体育館で、何故かそこには全校生徒の半数以上が集結していた。
『それでは、生贄――こほんっ、本日のゲスト水上亮さんが、やっと会場に現われましたっ』
甲高い声がマイクを通して響き、体育館が大きく揺れていた。
この状況は一体、なんだ? いや、思い当たるのは一つしかないのだが、その首謀者の姿が見えないのはどうしてだろう。
それよりも、この馬鹿は何を考えているのだ。
「何やってんだ? 功治」
『功治、ではない! 今の俺はナイスでイカス司会者だっ』
「マイク通して耳元で大声出すなっ」
耳元で喚き散らかす馬鹿一人。何をやっているのかは知らないが、上機嫌にマイクを振り回している功治は蝶ネクタイを手直しして俺を指差していた。
『ヘイ、ユー! ファッキ――ふべしっ』
「放送禁止用語を堂々と口走るな」
『ア、アイム……ソーリー』
なんで片言の英語を使っているのか疑問の残る功治に、自由な足を振り上げて急所に一撃を加えて黙らせる。
『そ、それでは……いたたっ、気を取り直して――』
立ち直るの早いな、こいつ。
『人目を気にして木陰でランデブー。好きなあの子とのキスは、ちょっと苦めな胃薬の味。やってきました、男女入り混じっての大乱戦……バトルロワイヤル五対一っ!』
功治が声高に拳を突き上げて叫ぶと体育館内にいる全ての生徒が――
「おおおっ!」
同じように拳を突き上げて叫んでいた。
なんだ、これは……。頭が痛いとか言う前に色々とパクリ過ぎで、どこからツッコんでいいのやら分からないが、とりあえずツッコミを入れよう。
「功治、恥ずかしくないか?」
「……言うな、亮。これは原稿というものがあって、それを読んでいるだけだ。決して俺のアドリブでもなんでもないから、そんな痛い子を見るような白い目は止めてください。ほんとお願いします、心からお願いします」
「それで、一つ聞きたいのだが……バトルロワイヤルってなんだ? 五対一ってなんだ?」
酷く落ち込んで片膝を付いて俺を見上げる功治の顔には「俺も頑張ってんだよ」と哀愁が滲み出ていた。あまりに惨めでかわいそうな顔に同情の余地がありそうだが、まったくする気もないのでパス。それよりも、バトルロワイヤルって何ですか? もう文化祭も終わりじゃないんですか?
「ふふふっ……」
「麩が三つ」
「古いわよ、珊瑚ちゃん。じゃなくて――亮ちゃん、恋はバトル。愛はロイヤルスィートよっ」
颯爽とステージに現れて一昔前の戦隊ものヒーローの決めポーズをしている桃姉さんは、赤い軍服を着て恥ずかしがる素振りも見せずに俺の方へ歩いてくる。そのかなり大胆に開いた胸元はどう見ても反則です。
……桃姉さんも十分古いと思うよ。
しかも、この冷え切った体育館の空気をものともしない桃姉さんが素敵過ぎる。
「桃姉さん、前に見せてもらった企画書と内容が微妙に違う気がするけど?」
「一緒だよ、亮ちゃん。ちゃんと最後には白歯の王子様はするからね」
「あれはしないって言ったでしょ!」
マジであの白タイツ衣装を着ろって言うのかよ。
目の前では真面目な顔をした桃姉さんが俺を見下ろして笑みを浮かべていた。この人、本気だ……本気で俺に着せる気なんだ。
「あららっ、亮君楽しそうね」
桃姉さんのうしろでにっこり微笑みながら俺に手を振っているのは鈴音先輩だった。この人まで何を考えているのか、バニーちゃんの格好をしているが一番際どいと思う。
「鈴音ちゃん、亮ちゃんは渡さないからね」
「まあ、大人の貫禄ですわね。でも、私も負けるつもりはないですから」
「言うわね……鈴音ちゃん」
何故、一触即発の状態になってますか? 何故、背後に龍と虎が見えますか?
「愛は不滅です」
「お、お兄ちゃん……大丈夫かな」
「兄貴は、わ、渡さないっ」
そこに三姉妹まで加わり、更に事態が拗れていた。
誰かこいつ等を止めてくれ。そうしないと俺がきっと一番の被害者になるのは目に見えているからっ!
『役者も揃ったようですし――それでは今から本日のメーンイベント、始まりますっ』
こちらの状況などまったく無視した功治の一言で、俺の公開処刑のようなイベントが開始された。
久しぶりの更新です。
随分と放置して本当に申し訳ありません。この話が終わったら、ちょっと肩の荷が下ります。
多分、完結した作品はこれが二作目でしょうから(苦笑)
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