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第3話:教室での一時とおかしな学校
 教室というのは、賑やかで騒々しいもの。怒声と悲鳴、奇声と歓声が木霊する場所。
 そして、教科書や椅子が飛び交ってたりする場所でもある。

「今日も元気だな……あいつ等」
「そうですね。学生の本文は、遊んで遊んで、遊び尽くす事」
 教室に入って、珊瑚の第一声がこれである。微妙に間違っているが、あえて否定はしない。
 俺も激しくそう思うぞ。
「しかし……よっと――これは、ほっ、すごいな」
「そう……ほっ。ふっ……中々、おにぃもやるね」
「お前もな……おっと」
 俺と珊瑚の間を教科書達が飛んでいくので、これを綺麗に避ける。顔を見合わせて、お互いを称えている。
 しかし教科書って意外と固く、当たると痛い。特に角なんて当たったら、あの世が見えてしまうかも知れない。

 今行われているのが、我がクラス朝の名物『教科書合戦』空前の大ブームになっているものだ。と言うのは嘘で、要するに教科書を投げ合うはた迷惑なものだ。まったく、相変わらずの奴等だ。頼むから、自分の机でやってくれよ。今日の被害者は、誰の机だ?
「あれは、おにぃの机ですね」
「なにっ」
 ごく普通にそう言っている珊瑚の手には、いつの間にか教科書が握られていた。
「ほい……どんぞ」
 ポンッと渡してくるので反射的に受け取って見ると、そこには俺が長年掛けて丹精篭めて落書きした教科書があった。
 俺の最高傑作っ!
「これは、俺の教科書、現国君一号っ」
「そうですね。そして今も四散していく、おにぃの教科書……って、一号ってなに?」
「そんな事は今は聞くな、ぬおっ――日本史上等兵がっ」
 そうこうしている内に、俺の机からは全ての教科書達が飛び出していた。誰だ、俺の机を教卓の前にやったのは。
 俺の席は、窓際の一番後ろで特等席だぞ。それを、あんな安眠も出来ない地獄のような場所に、追いやるとは!
 だが今は、そんな事はいい。
 見るも無残に、教室中に散らばっている教科書達が俺を見て、敵を討ってくれと言っているのだ。
 よし、任せておけ。お前達の敵は俺がとるっ!
「逃げないでよ、お兄ちゃんっ! 大人しく捕まりなさいっ」
「うるせぇ、逃げなきゃ俺が死ぬだろうがっ!」
 未だに騒ぎながら、俺の机の中の物を投げあう二人。今、残っているのはノート達だ。
 あいつ等は身体が薄くて弱いんだ。そんな奴等を投げるなんて、許せない。かわいそう過ぎるだろうが!
「一辺死んで来いって言ってんだから、いいのよっ! お兄ちゃんっ」
「俺が嫌なんだよっ。まだいっぱいした事があるんだっ! あんな事やあんな事や、こんな事をあんな事してっ」
「気色悪いわよっ」
 周りはすでに机ごと非難しており、ギャラリーモードにチェンジしている。
 売り子してるのは、どこのどいつだ?
 ダフ屋までいるのかよ、今日は。しかし、そんな事は今はどうでもいい。今は俺の机を回収しなくてはならない。
 なぜなら、授業中に寝れないだろ? あの至福の時を俺の手に取り戻せっ!
「だぁ! お前等いい加減にしろよっ」
 俺の声に教室中の視線が、一斉にこちらに向く。よくも教科書達を、亡き者にしてくれたな。
 この無念、晴らさずにおくべきかっ!
「おにぃ……論点がずれてます」
「うっさい、今は言うな。と言うか、心を読むなっ」
 隣から冷ややかなツッコミが入ってくるが、今は言うんじゃない。これから教科書達の弔い合戦だ!
「あっ――珊瑚ちゃん、亮先輩おはようございますっ」
「さんごっち、おはよぉ。そしてそこにいるのはっ!」
「うい、おはよ、みっちー……そして、ボンクラ兄」
「あぁ、おはよう。美鶴みつる功治こうじ……じゃないわぁ! お前等」
 冷静な朝の挨拶なんてしてるんじゃないっ!
 にこやかに手を振る女の子――こいつは、佐々木美鶴ささきみつる
 目の前にいる変な男の妹だ。
 綺麗な艶のあるセミロングの髪と、丸くちょっと目尻が垂れている瞳に、上向きにカールしたまつ毛。小振りな鼻にピンク色のプリっとした唇。可愛い部類に入るが、意外と喧嘩っ早い性格で、琥珀と仲が良い。
 あいつと組んだ美鶴は最強タッグ――どんな奴でも敵わないと思うぞ。そして、顔に縦線がびっしり入って、ショックを隠し切れてないこの男。小声で「ひどいよ…さんごっち」とか言ってる。気持ち悪いぞ、お前。いや、こんなに冷静に観察している場合ではなくて、こいつ等……俺の机に何て事を!
「こらっ、美鶴、功治っ! 人様の机に何してんだよ、教科書さん達に謝れっ」
「だから、おにぃ……頭痛い人になってる。かわいそうな人に成り下がってるよ」
「うっさいわぁ、これは俺の問題だ」
 冷たすぎるツッコミにもめげず声を張り上げる俺に、周りからは冷ややかな視線がビシバシと降り注ぐ。
 まずい、本当に頭が痛い人になっているようだ。しかし、ここまできて引く事など出来るかっ!
「引き際を間違えた愚かなおにぃ」
「うっさいっ、それ以上言うなぁ」
 それから無表情に笑うなっ、気色悪いから。ニヒル過ぎるぞ。笑うなら声を出せ、声をっ!
「おぉ……我が友、イモウトスキー亮っ!」
「そういう呼び方するんじゃねぇ! 功治っ」
「愚負っ……そして、挫苦……」
 お腹を押さえながら倒れこんでいく功治。意味分らない事を言ってるんじゃないよ。
 こいつは、俺の一応友達の佐々木功治ささきこうじ。そして美鶴の兄だが、こいつらも俺と同じで義理なんだ。だから俺と功治が仲がいいとかではなく、幼稚園の頃から一緒のただの腐れ縁。
 それがなければ、こんな奴が友達だとは思いたくないが、それが事実なんでしょうがない。
 ショートウルフでアッシュブラウンの染めた髪。切れ上がった目尻をした瞳と男にしては格好いい。それに筋の通った鼻と凛々しい口元に女子達はクラクラとするというのに、こいつの場合は性格が最悪なんだ。
 幼稚園の頃は、まとな奴だったのに……。
「ありゃ〜、お兄ちゃんだらしないなぁ。ま、いっか……これで少しは懲りるかなぁ」
「それで、今朝はどうしたんですか?」
「今日は、私の下着の色が気にいらないとかなんとか言って、自分の持ってるのを穿かせようとするの」
「それはキモイ。さすが、ボンクラ兄……やる事が変態の極みですね」
 酷い言われようだな、功治。だが、自業自得だと思うぞ。そんな事をしていれば、いずれ捕まるぞ?
 俺は絶対に面会には行かないからな。友達とは思われたくない。と言うか、妹相手に何してんだよ……お前。
「俺は自分の信念を貫こうと……俺は義妹が……そして、白が好き――」
「それが気色悪いのよっ」
「げふっ」
 倒れこんでいる功治に問答無用の踵落とし。相変わらず、手加減なしの一撃だ。しかし、そんなに足を上げると可愛いピンクのフリフリが見えてるぞ? それに見ろ、周りには御定番のカメラ小僧共が、うじゃうじゃと集まっているではないか。
 こいつ等、学校に何持ってきているんだよ。
 それにしても、高そうな一眼レフだな、あれ。大きな望遠レンズをつけて、何撮るつもりだ。
「さて、この惨状をどうしたらいいんだ?」
「とりあえず、拾う事だよ……おにぃ」
「そうだな、珊瑚そっち頼む」
「了解っす……あ、えっちな本発見」
 そう言って掴みあげているひかるの手には保健体育の教科書。それはえっちな本とは言わない。
 そして全てを拾い終わって、ふと見れば――そこには、無残に山積みされた哀れなカメラ小僧達の上に立ち、勝利のポーズをとっている美鶴がいた。だから、見えてるって……。

「おらぁ、席に着けぇ。そして、このゴミを片付けろ〜」

 そんな状況の中、呑気な声を出して教室に入ってきたの担任のひじり先生。
 おもむろに蹴っているのは、床に転がる功治。ゴミとは酷いものだ。
「邪魔な奴だ。まったく、なんでいつもこいつは寝転んでいるんだ…」
「ぐえっ」
 そう言いながら、功治を踏みつけていく先生。それはあまりに酷いのでは?
 しかし、これも自業自得だしな。それにしても不精ヒゲに首からタオルをかけて、三本ラインのジャージに雪駄という今時の先生とは思えない格好をしているが、それでも”先生”という肩書きを持っている立派かどうかは分からないが、先生だという事だ。
 しかし待てよ? 確か、聖先生って――。
「水上……減点50」
「何がっ!」
「私をバカにしただろ? これでも、勘だけで生きてる人間は強いのよ」
 勘だけで生きている人間――て、すごい事言ってるよ。この先生は一応、生物の分類上哺乳類人科の女だよな?
 しかし、あの長い髪も半年以上も洗ってないような、艶無さはどうだ? 結婚適齢期という言葉を知らんのか? もしかして、それがショックで不精ヒゲが……。
「これは、ヒゲではない。朝、机にアゴついて寝ていたら、下に敷いて紙のマジックが付いたのよ」
「なんて、紛らわしい」
 それが二十代の女性がする事かよ。それより顔を洗ってこいよ、先生。
 そんな俺の心の声は届かないらしく、教卓の前に立つ先生はやる気なさげに出席をとっている。出来れば頭かきながらするのは、やめて欲しい。
なんだか、女性に対する理想というものが崩れ去っていく瞬間を垣間見た気がする。

「今日は、現国の杉本先生と理科の杉山先生、それと日本史の杉寺先生が一身上の理由で欠席です」

 教室内の声が一斉にストップする。最早、ツッコミどころが多すぎて誰も突っ込めない状態だ。
 今更ながら、なんで「杉」が付く先生が多いのかとか、一身上の理由ってなんだ? とか――。
「それは知らんよ、水上。という事で、午前中は全て自習だ」
 やっぱり、俺の考えている事が筒抜けになっている。それにしても午前中って、あと一つ授業があるはずだが、
「は……? 聖先生の授業があるでしょ?」
「私は今から実家に帰ってお見合いがある。……大変なんだぞ? これでもモテモテだ」
 その言葉に、再度フリーズ。
 嬉しそうに頬を赤くする聖先生に驚きすぎて、誰からも言葉なんて出てこない。
 この先生からそんな言葉が出てくるなんて、驚き以外に何があるって言うんだよ!
「おうっ、浅川が倒れたぞっ」
「衛生兵、出動だっ! うおっ、こっちで清水が泡噴いてるぞっ」
「急げっ、敵は強敵だ! 心してかかれっ」
 バタバタと忙しく教室内を走り回る衛生兵。もとい、保健委員が右往左往。
 戦場と化した教室内で、静かに声を上げている一人の女。

「……お前等、全員覚えてろよ」


 そう言う前に授業しないでお見合いに行くあんたはどうなんだよ……。


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