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第1話:俺の朝と賑やかな連中
 俺は走っていた。
 ものすごい全力疾走である。陸上世界記録保持者もびっくりの記録だろう。
 では、何故走っているのか?
 別に怪物に追われている訳でも、悪戯して雷親父から逃げてる訳でもない。
 それは後ろから、男なら一度は叶えてみたいハーレム的な数の女の子に追われているからだ。
 口々に、「お兄ちゃん」「お兄様」などと叫ばれた日には、普通の男なら間違いなく嬉し涙を流して喜ぶだろう。
 ちょっと野太い声で「兄貴っ」って聞えるが、それは聞えてない事にする。と言うか、消えてくれ。
 俺はお前等のお兄ちゃんではないんだ。頼むから来ないでくれ。

 ――これ以上、妹はいらないんだよ!


「おっきろぉ、兄貴っ」
「ぎゃっ」
「もう一発っ」
 顔面、特に鼻に痛烈な痛みを受けて飛び起きる。
 あの鼻の奥に、独特の匂いと痛みで急速に覚醒していく意識に、更にもう一撃お見舞いされる。
 この力の加減の知らない拳を振り上げてくる奴は、この家には一人しかいない!
「痛てぇよっ、琥珀こはく!」
「グッモ〜ニンッ、兄貴。いいお目覚めは出来た?」
 痛む顔を押さえて起き上がると、俺の上に見慣れた物体が座って手を振っていた。
 満面の笑みを浮かべてこちらを見ているその顔に、軽い殺意を覚えながら睨みつけてやる。
「兄貴を殴るとは……なんて、弟だ」
「あたしは、女の子だよ!」
「ぐふっ」
 鳩尾に一発。握りしめた拳が容赦なく撃ち込まれていた。
 「打つ」ではなくて「撃つ」とはまるでミサイルのようなパンチだからだ。
 そして訂正しよう。
 こいつは女の子だ、それも俺の妹。
 あのでこぼこのない身体でも、女の子に見えない言葉遣いでも間違いがあってもなくても一応は、女の子だと言う事だ。おっと、こんな冷静に解説している場合ではなかった。どうやら俺は、寝ていて夢を見ていたと言う事か?
 それにしても、なんて夢だったんだ。
 体操着の女の子、しかも紺色ブルマ着用という夢のような格好とフンドシ一丁の野郎共に『おにいちゃん』『兄貴』呼ばわりされて、追いかけられないといけないんだ。冬なのに汗だくになってるぞ。
「グッモ〜ニン、じゃねえよ。毎朝何するんだ、お前は」
「目覚し時計の代わり? こんな可愛い目覚まし時計はいないよ?」
 可愛く首を傾げてるんじゃない。こんな暴力的な目覚し時計はいらないぞ。
 と言うか、自分で可愛いと言っているあたり、随分と痛い事だ。それに俺は頼んでない。
 朝は比較的起きれる方だし、問題はない。だから、起こしにこなくても大丈夫だと言っているのに絶対に聞かない。
 と言うか、聞こうともしないで段々とエスカレートしていっている。そのうち俺、この世とおさらばかも知れないな。
「それより、下りろよ。起きられないぞ」
「むぅ、分かったよ。それより、兄貴……」
 渋々と俺の上から退いていく琥珀は、ため息をつきながらベットから下りて一言。

「……欲求不満は、体に毒だよ」

 ポンポンと肩を叩いて、悲しそうに目を伏せて首を横にフルフル。琥珀はそのまま、俺の部屋を後にしていた。
 呆然としている俺は、暫く経ってやっと言葉の意味を理解した。
 なんてマセガキだ。これは、朝だからしょうがない事なんだよ。男なら誰だってなるんだ!
 決して、欲求不満などでは……決して、決して――

「だぁー!」

 あいつにこんな侮辱を受けるなんて、ショックだ。俺、生きていけないよ。
 それより、女の子ならもう少し恥じらいを持て、琥珀。俺の方が恥ずかしいってどういう事だよ。
「お、おにいちゃん……どうしたの?」
 部屋の入り口。開け放たれたままのドアから声が聞える。琥珀の奴、また閉めていかなかったな。
 何回言ったら、ちゃんとできるんだよ。それより、あのドアの隙間でピコピコ動いている物体はなんだ?
「お、おにい……ちゃん? 朝から叫んでるけど、おかしくなった? もしかして壊れた?」
 未だにピコピコ動く物体が更に小刻みに動き始めた。さらりと酷い事を言うものだ。
 しかし、未確認物体だな……あれ。もしや、宇宙人か? 
 あれは宇宙人の頭についている触角なのか。
 俺はさらわれて、改造されて宇宙の果てに売り飛ばされて、見世物小屋で一生を過ごすのか?
 否、それだけは、嫌だ。
 よし、宇宙平和の為にここはこいつを捕まえて、逆に見世物小屋に売ってやる!
「この宇宙人め!」
「ひにゃ!」
 触覚を無造作に掴んで思いっきり引っ張ると、あら不思議。
 思いのほか軽く勢いよく、俺の胸へとすっぽりと収まっていた。なんとも小さい宇宙人だ。
「なんだ、瑠璃るりか」
「はわわ……お、おおお、おにいちゃ……」
 俺の胸にすっぽりと収まっているのは、瑠璃だった。俺を見上げる顔一面、真っ赤だ。
 両手を胸の前で所在無さげに動かして恥らうポーズは最高である。こういう恥じらいが、女の子なんだよ。
 じゃなくて、俺が掴んだのは瑠璃の髪の毛のようだ。
 どうやら、ツインテールに結ばれた髪の毛だけが見えていた訳だ。いや、気付いていたよ?
 さすがに長年一緒に暮らしいる家族ぐらい、すぐに分かるぞ。
「何か用か? 瑠璃」
「えっと……あの、その、あの……」
 俺を見ている瞳は潤んで、妙に色っぽい。さすがは、天然系。男心をくすぐる技を体得している。
 恥ずかしそうに、チラチラと見るその仕草は普通の男ならイチコロだ。イチコロって古いか?
 こいつは異様に恥ずかしがり屋で、人前で話をするのは大の苦手という筋金入りの人見知り気質。
 そんな性格だから、よくパニくっている。今もパニくっているわけだが……て、まずい!
「い、いいい、いちばんっ! 瑠璃、脱ぎます! ――ちゃらららぁ〜ん」
「だぁ! 待て、瑠璃っ。脱ぐなぁ!」
 目がグルグルと廻っているほたるは、着ている可愛い猫柄のパジャマの上着に手を掛けて、脱ぎ始めていた。
 しかも今回は自分で歌ってるバージョンかよ。まずいぞ、これは最高潮にまずい。
 チラリと覗く白い肌と二つの山に一瞬ドキッとした。随分と成長したな、お兄ちゃんは嬉しいぞ。て、そんな事を考えている場合ではない! 止めないと、こいつはこのまま全部脱いでしまうんだった。
 昔のぺッタンコならまだしも、今の身体で脱がれた俺は――

「野獣と化しますね……おにぃ」

 そうなのだ。俺は野獣と化してしまう。だから、琥珀にも欲求不満などと……!
「朝から、夜の情事とは……。おにぃも、中々やりますなぁ」
「うおっ! さ……さんごっ!」
「グー出るパー勝つ……ちゃお」
 意味不明な事を言って手を上げている珊瑚さんごは、ほとんど無表情に俺を見つめている。
 少しは笑うか軽蔑するか、表情をつくってくれよ。俺もリアクションに困るんだぞ。
「何が言いたいんだよ」
「朝の挨拶」
 もしや、「グーテルモーゲン」って言いたかったのか?
 しかし、何故にドイツ語?
 それを分かる俺もすごいと思うぞ。さすがは、長い付き合いと言うべきか。
「それにして……朝からお盛んな事ですね。……この鬼畜外道」
「ぐお」
 精神に1000ポイントのダメージ。しかも、どこ見ながら言ってんだよっ!
 畜生、どいつもこいつも俺をなんだと思ってんだよ。もう立ち直れないかも……。
「だぁー! お前も見てないで止めろやっ、珊瑚っ!」
「なんで……いつもの事じゃない。今更、瑠璃の裸見たってピーはピーピーなくせに」
「意味もなく、放送禁止用語使うなっ!」
 自分でピーピー言うなよ。そして、言い終わってから頬を赤くするんじゃない!
 まったく、こいつの言動はいつもおかしいよ。まともな事を言っているようで、少しだけズレている。
 こいつの感性を誉めるべきか、注意するべきかいつも迷ってしまう。
「とりあえず、止めろっ」
「分かりましたよ。一番、瑠璃さん優勝」
 珊瑚がそう宣言すると、瑠璃はピタリと動きを止めて、そしてガッツポーズ。そのあと、何故か手を振っている。
 もしや、観客にアピール?
 どういう状況で設定なんだよ。そして瑠璃は、見事に全裸一歩手前。
 辛うじて、下着だけを着ている状態。毎回思うが、そのガッツポーズに何の意味があるのか教えてくれよ、瑠璃。
「え……あ、あれ? きゃぁ、お兄ちゃんのえっちっ」
「ぐはっ」
 そしてお決まりの行動をして、部屋を出て行く瑠璃。
 何故に、毎回ピンポイントで急所を狙ってくるのか教えてくれ。
「その内、使い物にならなくなりますね……。若いのに、大変」
「う、うるせぇよ……」
 珊瑚の哀れみにも似た声を受けながら、俺は悶絶していた。


 俺の朝って、なんでいつもこうなんだよ……。
読んでいただきありがとうございます。
思いつきで書いたもので、たぶん不定期更新となると思います。
打ち切りにならないように書いていきたいと思ってますので
よろしくお願いします。


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